アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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拡章:異端の征超
ヴァジュにゃん(にゃん?)


 

 京都レース場。

 ダートレース、なでしこ賞のゲートインが進んでいる。

 

『注目はなんといっても芝を主戦場とするアナグラワンワン。先月は芙蓉ステークスでムーンカフェとの激戦を繰り広げました』

 

『ここで驚きのデータをご紹介します。なんと今日走る16人の内9人は、過去に同じレースを走ったことがあるんですね』

『同じレースといいますと?』

『デビュー戦です。結果的にはアナグラワンワンが勝ち上がりましたが、その日に敗れた内の8人が未勝利戦を抜けて来ました』

 

 その数にアナウンサーがしばし絶句する。

 解説によればデビュー戦は12人で行われ、そこからアナグラワンワンを含めて9人が1勝をあげたというのだ。

 

『それは非常に多いのでは』

『7割5分はとんでもなく高い割合ですよ。ファンの間ではアナグラワンワンと競うと成長すると囁かれるそうで』

『興味深いデータですね。さて全ウマ娘ゲートインを完了しました』

 

 

 会場がふっと静まり──ゲートが開く。

 

 

『今一斉にスタート同時に飛び出したのはやはりアナグラワンワン』

『スタート直後の芝は彼女に味方する要素ですね』

 

 芝とダート。アナグラワンワンはその違いこそ意識するもののどちらも走れる。それは非常に稀有な才能で、先頭を取ることは容易かった。

 ここから400mは平坦な直線が続く。ペイジをフル活用できるこの状況、更に差を広げられるはずだが──そうはならない。

 

 

 領域具現──ツイテイクヨ

 

 

『先頭アナグラワンワンから2バ身ひらいてヒトリニシナイデ猛追します、おっと彼女に続くように全体がペースアップしたか?』

『差しと追い込みの子はかかってしまっているかも知れません。ここは我慢どころですよ』

 

 〈ツイテイクヨ〉の効果は『先行位置にいる時、先頭の逃げが速いほど自分も速まる』こと。

 この“領域”の限界を突破しない限りはどんなに速度を上げても差は開かず、今回のアナグラはそれに失敗した。〈ツイテイクヨ〉はあるデメリットを背負うことで効果を高めているのだ。『後続全てのウマ娘を加速する』という、ヒトリニシナイデにとってのデメリットを。

 このおかげで、差し・追い込みの選手たちも解説が心配するほどの消耗はしていない。言うまでもなく、これはアナグラにとっても多大なるデメリットである。

 

 もっとも、ヒトリニシナイデの“領域”はデビュー戦でもほぼ完成していた既知のもの。アナグラもサキもおおよその効果を把握している。

 だから追跡効果を振り切れないと見た段階で脚を緩めた。

 

『集団まとまったまま、向正面は登り坂に入りました』

『登った先にはカーブが待ち構えます、後方のポジション争いは混戦模様』

 

 現在のグラは自分でペイジを出し入れしているため、登り坂であっても直線ならばスパイクに頼れる。同じ速度を出すにもスタミナや脚を休めたまま。

 代わりに頭は大変忙しいことになっているが、この1ヶ月間でスパルタ式に鍛えられた。アナが(のたま)った《逃げは自分の走り以外難しいことなんて考えないだろ》は容赦なく正論である。

 

 ──つまり3コーナー手前まで、ほとんどの選手が力を温存したまま進行した。大きく消耗したのは“領域”を具現化してアナグラと後続を繋いでいたひとりだけ。

 

『おっとここでヒトリニシナイデ疲れたか』

『3コーナー入るところでアナグラワンワン加速──後続も一気に動き始めた!』

 

 3コーナーは下りながらの曲がりだ。

 グラは(シールド)による(セイル)で風を切る。(ブレード)はオラクルソードに切り替えたが速度はむしろ増した。

 

 この先ゴールまでの700mにも、先頭が減速するような要素は無い──コースには。

 だから。

 

 

 領域具現──You Chained!

 領域具現──万泥沼(スワンプマン)

 領域具現──土蜘蛛妖演舞

 

 

 立て続けに複数の“領域”が開く。減速効果のある鎖や泥沼は、どちらもデビュー戦の時よりずっとはっきり形を為した。

 これはアナグラにとって──朗報である。

 

 現実世界に心象を具現化する“領域”は、基本的に混ざり合わない。同じ座標にふたつ重なることはできないから、片方が掻き消されるか双方が打ち消し合う。

 デビュー戦では曖昧だったが故に併存できていた鎖と沼が、今回は完全に対消滅した。

 

 大きな3コーナーを回りながら後方を確かめるグラ。

 完全に初見である蜘蛛のような怪物だけが追い縋ってくる。

 

『知らない“領域”ですね……む、ドンナさんどこにいます?』

《追込みの位置、最後尾だ。だが距離はそこまで開いてない》

『きっつーい!』

《愉しそうだな全く!》

 

 〈土蜘蛛妖演舞〉の詳細は不明だが、対消滅に巻き込まれなかった点から推測はできる。心象を具現化する先が、使い手の外側にある世界ではなく使い手自らの身体なのだろう。

 効果対象は狭く自分自身だけ。他者には直接的に作用しない。

 テセウスゴルドの〈黄金への憧憬(リスペクト・ザ・ゴールド)〉などに似たタイプ。

 ということは──。

 

 4コーナーに入る前に、アナグラはその蜘蛛を意識から()()()

 

 

『ゆるい下り坂続きながら先頭アナグラワンワンは4コーナーに入りま──ッ最後尾ティーガードンナ! ティーガードンナが集団の中央を引き裂くように急発進だ!』

『先行集団でも差し集団でも相互の潰し合いがありました。その間隙を一瞬で押し開いて前に出た素晴らしいタイミング! それを活かす加速力!』

『雷の虎が駆ける! 追い抜かれた子たちが思わず怯むほどの勢いです!』 

 

 “領域”同士の対消滅まではアナグラも想定していた。しかしその直後に訪れるほんの一瞬の真空状態を駆け抜けるだなんて──しかもあれは、ただ鋭い戦術眼と猛る気迫の賜物だ。

 ティーガードンナは、まだ。

 

 

『3番手まで順位をあげたティーガードンナ、しかし4コーナーインベタは塞がっています後ろにつくか膨らむか』

『2番手カモノマツエイ素晴らしい安定感です、コースも速度も揺るぎなし』

 

 4コーナーの入り口は下りながらのややキツいカーブになっている。ここで最高速のまま膨らまない辺り、カモノマツエイの〈土蜘蛛妖演舞〉は姿勢制御やコース取りを支える“領域”なのかも知れない。

 しかしこのような自分自身にのみ作用する“領域”は、いわばスペックによるゴリ押しだ。

 

 言い換えれば、がっぷり四つの押し合い勝負しかできないタイプ。搦め手には向かないし、気持ちで負けてもズルズルと落ちてしまう。

 例えばあんな風に。

 

 

 領域具現──雷轟疾駆(ヴァジュラ)

 

 

『あぁーっとティーガードンナがインをついた! カモノマツエイ道を譲るかのように膨らんでしまった!』

『実際“そこを通せ”という圧力は凄まじいでしょう』

 

 今やグラの目にはティーガードンナが本物の雷虎に視えている。

 デビュー戦でも使われたから効果の推測はできている。ただ『ゴールへの最短ルートを通る際は爆発的に加速する』というだけ──カモノマツエイをヨレさせたのは速度と気迫による(副次的な)もので“領域”自体の作用ではない。

 その速度たるや、ペイジを使うアナグラを完全に上回るほど。

 

 デビュー戦で勝てたのは、ティーガードンナにとっても自らの“領域”が未知だったから。あの時の彼女はレースの半ばより手前で雷轟を纏ったためにその速度を活かしきれなかった──仕掛けが早すぎたのだ。

 今回は違う。“領域”を温存して自らの力で3番手に上がり、ゴールまで疾走りきれる距離で具現化した。

 

 こうなればアナグラに取れる手段はひとつだけ。予め内ラチぴったりにコース取りをして進路をブロックする。

 

『コーナー抜けて残り直線300! 250!』

『先頭アナグラワンワンその真後ろにティーガードンナ! 追い付いた、抜けるか、並べそうだが!?』

『残り200m切りましてティーガードンナ伸び脚が止まったか!?』

 

 

 ティーガードンナは速度で(まさ)っていた。しかし横にズレて抜くことはできない。〈雷轟疾駆〉によるブーストは最短ルートでのみ働くからだ。それ抜きでは直線のアナグラに勝てないと分かっている。

 

 言葉にこそしないが、初戦では“領域”を使わさ(﹅﹅)れた(﹅﹅)ような感覚があった。もちろん自らの力なのだから制御が未熟だっただけ。

 だから敗戦以来絶えず考えて、トレーナーや先輩から様々な“領域”の形を聞いて──その総てを糧とした。

 

 ただアナグラワンワンへのリベンジのために。

 この時点のジュニア級で誰よりも“領域”を応用(﹅﹅)できるのは、他でもないティーガードンナである。

 

 

 領域転象──開闢雷霆(インドラ)

 

 

 自身に向けていた改変を世界へ。

 内への心象を外へ。

 強化の力を弱化へ。

 

 瞬間、烈しい閃光と爆音。

 アナグラの真後ろに雷が落ちたのだ。それは幻なれどもティーガードンナを輝かせ、ついでその脚が強くダートを踏みしめる。

 地面を伝わって雷帝の進路を拓こうとする稲光。触れればどうなることか──常識的な意味での感電はしないはずだが──アナグラにとって有利に働くわけも無い。

 しかし躱すにはあまりに疾い。それはあたかも光のように、ティガードンナの踏みしめと同時に標的を貫くだろう。

 

 

 逆に言えば──アナとグラは、その瞬間どうするかを予め(﹅﹅)決めてあった。

 〈雷轟疾駆〉は前さえ取ってしまえばそこまで恐ろしくないから。彼女の闘争心は信じるに値するから。『進路から退かす手立て』を用意してくるに違いないから。それは雷の姿をとるはずだから。

 その場で対応を悩む時間など無いと想定した故の決め打ち。ティーガードンナが〈雷轟疾駆〉以外の何かをしたらコレをする、と。

 

『間に合え──バーリオル!』*

 

 蹄鉄には鈍器の如き鉄塊が現出する──グラによって。

 今回のレース、ここまでアナはほとんど何もしていない。(ライフル)での回復弾だけは担当していたが、他はグラに任せてずっとティーガードンナを注視していた。

 まさにこの一瞬のために。

 

 

 血界再現(ブラッドアーツ)──烈風刃

 

 

 溜め込んだ力が炸裂した。この世界ではアナにとっても初めてとなる【ブラッドアーツ】の発現。

 本来はアラガミを打倒するために使われたが、もちろんここでは違う。かつてはオマケのような扱いだった副次効果──アラガミが放った弾丸などを打ち消す効果*を見込んでの使用だ。

 

 ティーガードンナには視える。

 初めて外側に開いた自らの“領域”は閃光の道に似て、そこを奔る雷撃は自分以外の全てを弾き出すはずだった。

 しかしアナグラワンワンは譲らずそこを駆け続ける。こちらが寝ても覚めても研ぎ続けてきた闘争心(きば)を烈しく踏み潰しながら。

 

『上等じゃねェか!』

 

 自然と口角が上がる。事前の目論見通りの勝ちなど知ったことか。ならばと〈雷霆〉を閉じ、進路を横にズラしてから〈雷轟〉を再展開しようとするが──、それには様々なものが足りていない。

 

『アナグラワンワン先頭を譲らず! 堂々たるゴォール!』

『ティーガードンナ苦しそうだ、追いつくまでに脚を使い切ったか──あぁっとゴール直前カモノマツエイに2着を奪われました』

 

 そもそも“領域”自体がウマソウルの極致とも呼ばれる奇跡である。主に精神力だが体力も大きく削られてしまう。それを変形させたばかりか閉じたり開いたりと繰り返すほどの余力があるわけもなかった。

 ──『ジュニア級の今は』と言い添えるべきだが。

 

 

「ックぁー……ハッ、ハッ……また、負けちまった、行ける気がしたんだが……!」

 

 荒い息を整えながら、1着アナグラワンワンと3着ティーガードンナは言葉を交わす。

 

「ふへー……焦りましたよ、まさかあんなに使い(こな)してるなんて。練習とかできないはずなのに」

「そこはイメトレだな。ワンワンを追い抜くことだけずっと考えてたから、実際に前を逃げてくれて『カチッとはまった』感じがしたぜ」

 

 その言葉に軽く目を見開いて、嬉しそうに笑うアナグラワンワン。

 

「あはっ。同じです、ドンナさん」

「同じ?」

「私が勝てたのはイメージ通りのことが起きたから。ドンナさんならきっと後ろから雷みたいに迫ってくるって思って対応を考えてたんです──この1ヶ月ずっと」

 

 言われた側は複雑な思いである。思わぬ共通を楽しくも感じるし、意識されたことは誇らしくもある。しかし不愉快さが無いとも言えなかった。

 

「こっちはデビュー戦からの4ヶ月だぞ、チクショウ」

 

 

 

 なお、ティーガードンナは本格化が遅かった関係で現在中学3年生。年齢としてはアソカツリー(中2でクラシック級)よりも上である。また、日本では芝より下に見られがちなダートウマ娘は将来に悩むような機会も多かった。

 諸々の要因が合わさって、ティーガードンナの精神はそこそこ成熟している。

 

 具体的には、負けた腹いせに『今回は衣装のサイズ大丈夫だよな?』などと訊くことはしなかった。

 めでたしめでたし。

 

*
実戦では初めて用いる剣。ペイジのような加速力は無い。衝撃を分散することから、グラは脚を護る目的で使う。

*
ゲーム中のテキストに説明が無いのでゴッドイーターも知らなかったりするが、そういう効果が実際にある。





□オリウマ娘ちゃんズの名前の由来

カモノマツエイ:賀茂の末裔
 陰陽師家系との関係ははっきりしない。
 固有スキル〈土蜘蛛妖演舞〉
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