アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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 グラが中央に滑り込めたのは、その時点で既にちょっと(?)おかしかったから。


月も昂ぶる

 

 11月の前半、京王杯ジュニアステークスでのワン子の走りはおかしかった。勝てたのは最終直線が長かったおかげで、そうでなければ敗けていた。

 解説は強風のせいとか言っているけど、それだけとはとても思えない。

 

 一緒に中継を観ていた真壁さんは「珍しいね」と呟きながら訊ねてくる。

 

「ムーンはどう思う? 今の走りについて」

「無様です」

「おぉ、思ったよりかなり手厳しい評価だ」

 

 驚かせてしまった。

 そうかな、厳しいのかな。

 

「風が原因のひとつなのは間違いないと思うけど」

「それはそう思います。でも……うーん……」

 

 確かにあの子の走りは風を利用してるし、ある意味では繊細だ。

 ……繊細という言葉はあまりにもイメージにそぐわないから言い換えよう。

 

 最適。無駄の無さ。

 その徹底ぶりは偏執的なレベルだ──命懸けなのかと思うほど。

 

 



 

 

 多くの生徒から見て、アナグラワンワンは不真面目なアスリートである。なにしろクラスでの練習と本番のレースとであまりにも速度が違う。

(千田サキの監督下でしかペイジを使えないことは、生徒にまでは周知されていない)

 

 ライバルの前で手札を隠すようなことは誰でも多少意識するものの、その落差が極端過ぎるのだ。そこまでして隠すくらいなら、いっそ授業での模擬レースなどは出なくても構わないのに。アナグラワンワンは走れる機会を逃さない。

 それらが手抜きに見えてしまう。タイムもフォームも大違いだから。

 

 しかしムーンカフェは──他の誰よりも圧倒的に長く観察している故に──それを『最適』と見抜いた。

 

『レースで使うアレは、きっと普段使いできない何か。そしてアレ抜きのワン子は、恵まれたウマ娘とはあんまり言えない……』

 

 これは真壁トレーナーとも擦り合わせた見解である。アナグラワンワンの身体つきの内、遺伝的な素養(筋肉の付き方や手足の長さの比率)は凡庸と言っていい。

 

 その凡庸な身体を最も合理的に使えばどうなるか。

 あるいは、足裏に強烈な摩擦を生むことができて蹴り足の加速力を格段に高められる場合にどう走るべきか。

 上体に浴びる空気抵抗を利用できる何かがあればどう曲がるべきか。

 

 その時々での最適解を突き詰めれば、概ねアナグラワンワンの走りになる。

 そういう意味では理想的で、やっぱり美しいと思ってしまうのだ。それこそ神聖さを覚えるほどに。

 

 もっとはっきり言えば、気持ち悪いレベルで。

 

 ある時など、ナーサリーナースたちにこんなことを言っていた。

 

『同じ良バ場発表でも日によって硬さは違うんだから、もっと細かく教えて欲しいよね。どうせ脚から返ってくる感触で使い(﹅﹅)分け(﹅﹅)()けどさ』

 

 雨で濡れたターフの走り方について話していたはずだが、2人はぽかんとしていた。聴き耳を立てていたムーンカフェも呆れ返った。

 UMA娘が当たり前のように言い放ったことは、ウマ娘にとって全く当たり前ではない。

 

 

 ウマ娘は長い時間を走り込みに費やす。それは頭ではなく身体にフォームを染み込ませる為だ。そうしておかなければ臨機応変な対応ができない。

 指摘の通り、路面の状況はその時々で微妙に違う。その差を吸収するのに頭で考えていては間に合わないから身体(かんかく)に頼る。だから基本フォームは何も考えずになぞれるレベルで覚え込むのだ。

 こういった半自動的な動作は切り替えが難しいから、ほとんどのウマ娘は芝でもダートでも海外芝でも身体で覚えた基本フォーム(に近い形)で走ることになる──それでタイムが落ちるとしても。

 

 アナグラワンワンの場合、幼少期から『感覚頼りで上手くいった体験』をほとんどしていない。そういう走りが出来ないわけではないが勝てなかった。身体はいくら鍛えても周りに置いていかれるばかり。

 伸び代が頭の中にしか無かったのである。身体の使い方をまず頭で考えて、頭で考えた理合(りあい)を身体でトレースして……そうすることで初めて、ほんの僅かにタイムが伸びた。

 おまけにその地道な過程に幽かな快感を覚えていたので質が悪い。

(走り込みはするが、それは脳内シミュレーションの妥当性を実地検証するような行いであって、身体に任せるつもりは無い)

 

 ムーンカフェはそうした背景の多くを知らない。しかしアナグラワンワンは、『良/稍重/重/不良』の4区分では少ないと言い放った。

 ほぼ全てのウマ娘が身体感覚に任せて吸収する路面状況や空気抵抗の違いを、頭で考えて使い(﹅﹅)分け(﹅﹅)()ことで補正するとしたら──確かに4パターンなどで足りるはずはないが。

 

 

 そう考えれば、選抜レースでの滅茶苦茶な走りも理解はできる。基礎能力が急上昇したことでこれまでに最適化してきたパターンが全て役立たずになり、大急ぎで用意できたのは直線の走り方だけだったのだろう。だからカーブでは『コーナリング』と呼ぶことすら烏滸がましい、見ていて腹の立つような有り様だった。

(厳密に言えば、グラは『スタート時』『加速中』『巡航』と3パターンを用意してレースに臨んだ)

 

 

 そんな走りだから、想定(パターン)外の強風が吹けばそれは大いに苦しめられるだろうけれど──、

 

 



 

 

「風は、大きな理由ではないと思います」

 

──レースがつつがなく開催されるレベルの風を、想定から外す理由が無い。

 あの(﹅﹅)アナグラワンワンが。『できることをしないのは大嫌い』なあの子が。

 想定しうる自然条件ごときに対処できないなら、芝かダートのどちらかに絞っているはずだ。そうすれば用意すべきパターンは半分で済むんだから。

 

「あの子の本来の走りはもっと美しいはず」

「…………」

 

 なのに何をやってるの。

 歯がゆい。じれったい。もどかしい。

 ……どれもしっくり来ない。

 

 そんな言葉に囚われて、練習にまで影響が出てしまった。

 

「──ムーン、今日はここまでにしよう」

「真壁さん……」

「……アナグラワンワンのことだね。少し意識し過ぎかも知れない」

 

 人によると思うけど、私はライバルが強いほど気分が乗る方だ。へなちょこで居て欲しくはない。

 ……とはいえ、こんなに調子を崩すなんて。京都ジュニアステークスが近いのに困ってしまう──だけど、今走り込んでも仕方がないのは真壁さんの言う通りだ。

 

「お姉様のカフェで勉強でもしてきます」

「分かった。身体を冷やさないように」

「はい」

 

 

 

 ここ『M』の1階は、用途ごとになんとなくお客さんが分かれる(別にルールとかじゃないけど)。

 お喋りも楽しむようなお客さんは大通りに面したテラス席寄り。静かにコーヒーや読書を楽しみたいお客さんは奥まったスペース。

 今日は寒いのでテラス席は無人。私もできれば室内がいいけど……リスニングや発音の練習もしたいし、外で我慢しようかな。

 ホットココアを頼んで広げたのは、フランス語会話。

 

 まだ計画といえるほど定まった目標ではない、遠い夢。お姉様が挑み敗れた凱旋門賞は小さな頃から意識していた。

 

 まぁここ数年はフランス生まれのフランス育ちが首位をキープし続けているし──10年で7回も国外に獲られた頃があったとかで、現地勢は凄まじく意地になってるらしい──日本勢による獲得も未だゼロ。厳しい戦いなのは火を見るより明らかだ。

 だけど私だってここまで無敗。真壁さんの想定していた成長も上回れているという。

 

 それに……下手をすると、日本初の凱旋門勝者はアナグラワンワンになりかねない。ワン子には芝の違いが大した壁にならないからだ。あの子なら──ましてロンシャンレース場に絞って最適化するなら──ごく短期間でどうにかしてしまう。

 

 他の誰かならまだしもワン子が勝つのは……なんというか。

 恥とまでは言わないけれど、日本がUMA娘の国だと思われるのは遠慮したい。

 

 

 というわけでフランス語である。別に必須ではないんだけどね。

 

「ジュマペール*、ムーンカフェ」

 

 イヤホンに流れるお手本を真似してウマホに呟く。正しく自動翻訳されればそこそこの発音ができてるってことだ。

 ──そんな風に勉強していたら、私以外のフランス語が耳に飛び込んできた。私が言うのもなんだけど、片方はずいぶん覚束ない。

 

「お願い、スウェーデン語、喋らせて」

「移り住んで何年経つと思ってるの。日本語を覚えろとは言わないからフランス語くらい慣れなさい」

「グラのせい……」

 

 明るい栗毛のウマ娘さんと、スーツ姿のヒトミミ女性。2人とも秋の装いなのに迷わずテラス席に座って、しかも頼んだのは冷たい飲み物だ。

 

「迷子になった時のためよ。フランス語の方が通じやすいんだから」

「悪魔。誘拐犯。トレーナー。

 今朝、グラのレースは、見た。充分だ」

「今朝のは絶不調よ。あれで判断しちゃダメ」

 

 ちなみに、ヒトミミ女性の流暢なフランス語は半分も聴き取れていない。発音の練習に使っていたウマホがぴょこんぴょこんと翻訳してくれて、その文字を読み取っているだけ。

 ……っと、これじゃあ盗み聞きだ。いくら彼女たちの声が大きめとはいえ、すぐに自動翻訳を止めるべき──私は確かにそう考えて、でも間に合わなかった。聴いてしまった。

 

『──中山レース場の観客席、本日の混み具合はまるで重賞競走です。芙蓉ステークスがOP戦であることを忘れそうになります』

『しかしそんな注目度も納得でしょう、1番人気ムーンカフェと2番人気アナグラワンワンは共にGⅢウマ娘、今回初の直接対決となります』

 

 それは耳に馴染んだ日本語で、言っている通り芙蓉ステークスのスタート直前で。それを観ながら2人は言った。

 

「あ、グラ(﹅﹅)だ」

「このレースでの彼女は2着だけど。さっきみたいに舐めたことは言えなくなるはず」

 

 今朝レースをして絶不調だった“グラ”、イコール芙蓉Sの2着だった選手。確実にワン子のことだ。

 ──どうしてその名で呼んでいる?

 

 

 “アナグラワンワン”って名を縮めようと考えた時、後半を使おうとするとどうしても犬っぽさや番号っぽさが出てしまう。冗談や罵倒としてならともかく愛称に使うのはどうなのって感じ。

 だから“アナ”とか“グラ”とか呼ぼうとしたクラスメイトも居た──だけどその2つだけははっきり拒んだじゃない。

 

『あだ名もらえるだけで嬉しいから、ホントはなんでも大歓迎! って言いたいんだけど……ごめんね、その2つだけは遠慮して欲しい。“アナグラ”なら構わないけど』

『フヒ、じゃあ“ナグ”って呼ぼウか』

『私は良いけど、それ呼びやすい? “ムデュ”』

『……ワンワンで』

『ワンワンだナー』

 

 

 

 ウマホを切ってお金を置いて、逃げるように席を立った。

 頭の中では益体もない妄想がぐるぐると渦を巻いている。

 

 考えすぎだ。彼女が勝手に“グラ”って呼んでるだけかも知れない。

 でもトレーナーの女性がフランス語を練習させてたのが『グラのせい』だというなら、きっとワン子は──もしくは“グラ”が──あの栗毛さんとそれなりに会話をしたってこと。

 話した上で、嫌なあだ名を甘受する? 言語の壁くらいで、あの頑固一徹バ鹿ワン子が? そんなの荒唐無稽だ。

 その呼び名を拒む方(﹅﹅﹅)気に(﹅﹅)しない(﹅﹅﹅)()がいると考えれば諸々がスッキリするじゃないか。むしろ『やっぱり』って感じ。

 

 だけどそうだとしたら。

 私が走りを通して知ったあなたはどっち?

 嘘が嫌いと繰り返すあなたはどっち?

 ひ弱な身体を鍛え続けてきたのは?

 負けた直後に嬉しそうに話しかけてきたのは?

 

 ──私の〈新月(りょういき)〉を違う何かに変えてしまうのは、ダレ?

 

 


 

 

「……真壁さん、ごめんなさい……」

「うーん……まぁ12月じゃなくて良かったと思おう」

 

 風邪をひいた。

 情けないやら申し訳ないやら。身体を冷やさないようにとピンポイントで言われてたのに。

 

「京都ジュニア、出たいです……」

「勧められないな。ぎりぎりまで体調は見るにせよ、よほどの奇跡的回復が無ければ出してあげられない。ホープフルで勝つためにもね」

 

 正論だ。年末に勝つ為に今は休むべきだ。

 あぁ、でも走りたい……お姉様もこんな気持ちで日本ダービーを見送ったのだろうか。菊花への望みを胸に秘めて。こんなにも辛いだなんて想像以上だ。

 ──いえ、私のは単なる自己管理不足なんだけど。悲劇に浸るには経緯がバ鹿らしい。

 

 

 ……そうだ、くっだらない弱気の虫に過ぎない。

 体調が良くなってくるにつれて、熱のせいで妙な自己憐憫をループしていただけだと分かってくる。

 

 ワン子が何者か?

 知らないわよそんなこと。あの子はおかしなウマ娘。その内側に2人だか3人だか潜んでいるとしても変わらない。

 

 ナニカが“領域(こころ)”に這入ってきてる? 

 今さらでしょうよ。私以外にどれだけのウマ娘が【喚起】の影響を受けたことか。

 いいえ、一緒に走ったことがなくたって。ワン子の走りのふざけた精度を見抜けるのが私だけだなんて自惚れる気は無い。見る人が見れば気付く。気付けば気にせずにはいられないでしょ、あんなUMA娘。

 

 危ないかも知れない?

 構うものか。危なければ真壁さんが止めてくれる。そうよねベレヘニヤ。

 

 それに何より──、

 

『速い! 強い! 2着との差はどれほどでしょうか目測も難しい差をつけて、アナグラワンワン1着でゴォールイン!』

 

──大差で勝ったくせに、そんな情けない顔されたら。そんなに私と戦いたいなら。

 こっちも覚悟を決めよう。

 

 

 京都ジュニアステークスの何日か後、私は勝負を持ちかける。そちらの賭け金(ベット)は個別の名前。

 

「ホープフルステークス。私が勝ったら教えて欲しい──」

 

 ベレヘニヤから聞いたわ。勝てば好きに呼んで良いんですってね?

 私は貴女を、『中に何人かを含む総称』じゃなく、競い合うアスリートの名で呼びたい。

 

*
私の名前は〜




 次話、いよいよ。
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