アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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萌芽(ジュニア)期の終わり(開花(クラシック)出走計画(ドアホローテ)

 

 芙蓉ステークスのラストで初めて〈新月〉や〈極点〉を経験した際、すぐには気付けなかったことがある。実はあの時、『アナさんと引き離されたこと』以外にもうひとつ異状が起こっていたのだ。

 異状というか……理屈に合わないことが。

 

 普段ならアナさんはペイジとかを出し入れできる。つまり神機を操作できる。

 これが月面世界ではできなくなった。神機は私の側にあり、アナさんと隔離されてしまったせいで。

 すると、おやおや? 普段はアナさんによって厳に抑制されている(プレデター)は、どうして暴れなかったのだろう。その頃の私は(シールド)しか扱えなくて、喰は従わなかっただろうに。

 

 曰く、あの月面は本当に特別で。

 アナさんがシオさんを思わずにいられないように、アラガミは安息を得るのだろう、と。

 

 だって剣・盾・銃が使えるようになった今でも決して大人しくはないんだもん。何か理由が無かったらあの時に暴れなかったことが納得できないレベルで。

 

《他に説明がつかないだけで、こじつけに近いがな》

『まぁアバちゃん*は人を傷付けるタイプじゃないですし、引っ込めることだけは私でも確実になったので』

 

 月面でなら試してもいいと判断した。逃げるアラガミだから、先頭を取ってからじゃないと脚が止まるか脇に()れかねないけど。

 

 



 

 

 レースは終わった。

 会場全体が歌ってるみたいだ。ロックだかメタルだか、なんか激しくて自由で統一感の無いやつを。

 声が降ってくる。波打つようにターフを揺らし、熱を孕んだ風を生み、身体の火照りをゆるやかに冷ます。

 

 後悔は無い。力を尽くした。

 絞り出した全力がぶつかって削り合い、ひとつの結果(かちまけ)を生むのは当たり前。

 

 ──それはそれとして疑問はある。

 

「うっそでしょ……?」

 

 掲示板を疑うわけじゃないけど、そう言いたくもなる。月世界が解けて帰ってきたアナさんも着順を見て誤解するほどだ。

 

《──〈アバドン〉は従わなかったか》

「おかえりなさい。いえ、加速はばっちりしたんです」

《ただい……なんだと?》

 

 負けた。抜かれた。もちろんムンちゃんに。

 コア情報からの特性再現には成功して、これは勝ったと思ったのに。

 その1着は涼しい顔だ。

 

「言ったじゃない。私が勝つって」

「ムンちゃんて割と脳筋だよね……」

「は?」

 

 そんな睨まないでよ。

 あの瞬間、不慣れな加速に戸惑いはしたけど神機が暴れるような感じは無かったし、ムンちゃんとの差も少し開いたはずだ。

 

 凝視≫(Gaze On)アナグラワンワン

 

 ムンちゃんはすぐに〈遠近法〉を私にセットし直した。再選択が出来ることには少し驚いたけど、出来たんだから仕方がない。その効果で速度差が再逆転したところまでは分かる。

 それでもなお、逃げ切れると思ったんだけどなぁ。

 

「あの黒いの、初めて使うんでしょ」

「黒いの? あー、アバちゃん」

「誰よ──後でじっくり訊くわ。ともかく最後の加速ね。

 単純に練習不足でしょ、フォームがったがたじゃない。ふざけてんの?」

「え、そこそんなに怒る……?」

 

 まぁ練習不足は事実。ぶっつけ本番。つまりムンちゃんによれば、前へ向かう力をあっちこっちへ無駄にするへぼへぼフォームだから根性で抜き去ったのだと。

 

「やっぱり最後根性じゃん?」

「うるさいわね。どうしても勝ちたかったの」

「……私だって勝ちたくなかったわけじゃ」

「それは分かってる」

 

 柔らかぁく微笑んだムンちゃんは、私を見ながら何か思いついたらしい。何やらろくでもない雰囲気。

 

「そんな貴女にプレゼントがあるの」

「受け取り拒否していいかな」

「私も普通ならこんな押し付けは遠慮するけど……構わないでしょ、貴女になら」

「押し付け……?」

 

 渾身のジト目もスルーして、ムンちゃんはなんでもないように目を閉じて──、

 

「体力がゼロな、だけで。怪我とか……無いから。あと、よろしく」

 

──ぐでん、と熱い身体をもたれさせてくる。

 

 

 ……寝た。

 

 ガチで寝てる!?

 

 

 真壁トレーナーが怒った雰囲気で駆け込んできたから狸寝入りかと思ったけど、本当に完全に熟睡しちゃってんの。

 ──そりゃ『ENDLESS DREAM!!』にセンター不在とかありえないし、阪神でもやったから振り付けは完璧だけどさぁ! 2着だった私を真ん中に立たせるのはプレゼントって言わなくない!?

 

「……ドゥかテセさん*、センターいかがです……?」

「ムーンが無理ならお前って決まってんだよゥ」

「ゴルシさんでも引き受けねーわ」

 

 それはそう。かといって気が進むわけもなく。

 

「ちなみに私の立場にゴールドシップさんが居たらどうするんでしょうね」

「む? ん〜……2着になってないんじゃねーかな」

「ぐはぁ正論」

 

 それもそう。文句あるなら勝ってれば良かったんだよね、レースだもん……。

 

 

 だからって、よりにもよって今日が代理センターだなんて──両親への生披露は初めてなのに!

 

 



 

 

 ライブの後、いつものように病院に行く──その前に。

 サキさんに脚をチェックしてもらう。ライブの直前にも診てもらった。

 

「比べてみてどうですか?」

「…………」

 

 難しい顔で脚を揉んで……やがて、天を仰いだ。

 私もサキさんのことが色々分かるようになってきた。これは『勘弁してよ本当に』みたいな意味だ。

 

「いやまぁ、いいことなんだけどね……?」

「ライブ前より良くなってるでしょ」

「えぇ、えぇ。間違いなくね」

 

 今回のレース、後半はずっとオラクルソードと回復弾を使えていない。だからライブ前はそれなりのダメージがあった。

 対して今は無傷に近い。踊りながらずっと回復してたから。レース中ほどじゃないけどライブ中も結構効くようだ。

 

 なお、回復弾が癒やしてくれるのは筋骨の損傷だけ。アナさん曰くHP(ヒットポイント)的なもの。心肺の負荷、つまり(スタ)(ミナ)的なものの減少には効果がない。

 けれどSTは〈ハチドリの舞〉でちょっとずつ補充できたので元気一杯である。流石に宙を踏むまではできない不完全な形ながら、【ブラッドアーツ】を使えたってことだ(人によっては“領域”モドキも開けるかも知れない。開いてどうすんだって話だけど)。

 

 

 要するに身体は現在ノーダメージ。あるのは私とアナさんの精神的疲労だけで、これは睡眠とご飯でもりもり全快する。

 それならさぁ。

 

「サキさんサキさん、中山金杯、出ても良いですか?」

「……中山金杯はシニア限定よ」

「あ、そっか。じゃあフェアリーステークス」

 

 物凄く渋い顔をされた。でも駄目とは言われない。

 

「……中山で2度続けて負けたから、勝っておきたいのは分からなくもない。敗戦や苦手意識の払拭ってバ鹿にはできないしね。

 でもそれなら京成杯の方がよくないかしら」

 

 うん、京成杯は中山2000mだからリベンジとしてはぴったりだ。フェアリーSは中山だけど1600mだからね。

 でも京成杯は遠い。

 

「京成杯、再来週(﹅﹅﹅)じゃないですか」

「……つまり、来週だから(﹅﹅﹅﹅﹅)フェアリーステークスに出ようと」

「はい!」

 

 だって今後、大きなレースの間隔が狭いんだもの。クラシック級が走れるのに限定しても、桜花賞の翌週は皐月賞だし、オークス→ダービー→安田記念とか秋華→菊花→秋天なんて3週連続である。

 

「連()っていうんでしたっけ、中1週も空けずに連戦すること」

「言葉はあっても*実際にはもう聞かない。でもワンなら無茶ではないのか……」

「はい。ただほら、いきなり桜花賞から皐月賞で試すのは危ないですし。それよりはフェアリーステークスで試しとくのがいいかなーと」

 

 安全は大事。

 理屈の上では大丈夫なことを実際に試すのも。

 

「つまり、フェアリーステークスを故障なく乗り切れたら?」

「月に4戦まで行けますね!」

「…………」

 

 ちなみに昨日もサキさんとクラシック級の出走計画を話し合った。その時は来週や再来週なんて話は全然なくって。

 ただ多すぎる選択肢からどう取捨選択するかって話に終始しちゃったから……じゃあもう出られるだけ出たら良くない? という。その為にはそれが無理じゃないことを実地で示す必要がある。

 故に来週だ。私ったら論理的。

 芙蓉ステークスの後も『サウジアラビアロイヤルカップ諦める必要なかったんじゃ』とか思ったし、今日の感じからしても問題は無さそう。

 

「ワン? 考えてることを終わりまでちゃんと聞かせて。仮に桜花と皐月をつつがなく走れたとして──」

「オークス・ダービー・安田記念?」

「そこでも一切の故障が無かった場合、その(﹅﹅)()──10月は?」

 

 あはー、さすがサキさん分かってらっしゃる。うん、ちゃんと言葉で伝えるのも大切ですよね。

 確かに私の理想は秋華・菊花・秋天の3()連闘ではない。

 

凱旋門から天皇賞(あきてん)までの4()連闘、行けないかなって」

「やっぱりか……」

「サキさんが止めたらやりませんよう」

「……そうね、ワンは止めれば止まるのよね……」

 

 遠い目をされてしまった。視線の先はフランスだろうか。

 ロンシャンレース場があるパリと羽田とは飛行機でざっと15時間。

 や、だから流石にね。『時差を利用したら安田記念と同日開催のジョッケクルブ行けるかな……?』とかは考えてない──飛行機の時間調べて無理だと判断した。

 私はUMA娘だとしてもバ鹿ではないのだ。

 

 そもそも、レースにだけ間に合えば良いってものではなくて。

 私は洋芝を走ったことが無いから、時間をかけて──それこそ全身で寝転んだりしながら──走りを作る必要がある。硬さや反発や摩擦を体感して、最適なフォームをデザインして、試して直して試して直して……みたいな。

 

 そのためにある程度の期間フランスに滞在する必要があるんだけど、ずっとサキさんを独り占めにはできない。だから──、

 

「それだと、トーヴェさんとの話は進めていいのかしら」

「あ、はい」

 

──トリィさんのトレーナーを頼ろうという話。ペイジの許可とかの関係である程度の秘密を明かす必要があるらしいけど、その辺は抵抗が無い。

 あぁ、止めれば止まるっていうのはトリィさんとの対比か。彼女は止まらないクセウマ娘らしいからね……。

 

「お手数かけます、色々と」

「それはいいのよ。むしろ私の仕事は減るくらいだから」

 

 まぁ事務的にはそういう面もあるか。

 

「トーヴェさんやフランスレース界は常識が吹っ飛んで忙しくなるでしょうけど」

「なんのことです?」

「ワンが吹っ飛ばすって話よ?」

 

 失礼な。爆弾じゃあるまいし。

 

 

「……あ、でもサキさん。今度ちょっと……うーん、個人的な話をしたくて。それは秘密にして欲しいんです、トーヴェさんにも誰にも」

「──分かった、約束する」

「ありがとうございます。年明け辺りかな、お時間ください」

 

 



 

 

 なんて言ってたのに。

 翌朝早くにムンちゃんが突撃してきた。約束を果たせというのだ──つまりアナさんのこととかを教えろと。

 

「それ自体は構わないんだけどさ」

「なによ。ライブの件で恨み言?」

 

 正直それもある。後でたっぷり聞いてもらおう。

 

「同じこと何度も話したくないから、サキさんにも一緒に説明しちゃいたいんだよね」

「っ…………底無しバ鹿ワン子」

「なんで???」

 

 すっごい複雑そうな──不服と諦めを足して割り損ねたみたいな──顔で睨まれたけれど、とりあえず頷いてくれた。電話したらサキさんも時間をくれるようだ。

 なので2人にはさくっと話してしまおう。

 

 ムンちゃんは疑わないと思うから。

 そんな彼女に聞いてもらえてれば勇気が出る。根拠の無さとかを気にせず堂々と話せるだろう。

 

 なんか今はやけに不機嫌だけど。

 

《……もしムーンカフェの機嫌を取りたいなら、『まだ両親にも話していないことだ』と教えてみろ》

『? なんでそれでご機嫌取れるんですか?』

《結果は保証しないし、言うか言わないかは任せる》

 

 アナさんが珍しく対人関係にアドバイスをくれたので、その通りにしてみたら本当にムンちゃんの態度が和らいだ。謎。

 

 

 

 

 ──ほとんど全てを明かした。

 省いたのはアナさんの世界の具体的なエピソードぐらいかな。ほら、その辺は大抵闇が深いから。説明のために必要だったから『こことは全然常識が違う、ウマ娘が存在しなくてアラガミって怪物がいる世界』ぐらいは話したけど。

 

「じゃあ、“グラ”ってあだ名を拒んだのは」

「アナさんがくれた名前だから。特別感と言うか、大切にしたいなって」

じゃああのフランスの子はなんなのよ……

「フランス?」

「フランスのウマ娘*にグラって呼ばせてたでしょ」

「? トリィさんかな。それならアナさんが教えてくれたまんま喋ってたからで──」

 

 彼女との初対面のことを話す。その時の私はスウェーデン語なんてひとつも知らなくて、アナさんがグラと名乗ったことさえ後から知った。

 

 アナさんは私の人生を侵すようなことをとにかく嫌うから、ああいう状況でも──実質的に話してるのはアナさんであっても──“アナ”と名乗ることはしない。

 発音しやすい短い音で、かつトリィさんと向き合ってるのは自分ではなくこの子だと押し出すような感じで“グラ”の方を告げたのだろう。

 

 そんな経緯を話したら、なんかムンちゃんに怒られた。適当な理由で呼ばせるなとか訂正しろとか──流石にもう遅いってのは納得してくれたけど。

 

「…………私もグラって呼ぶから。勝ったんだもの、構わないわね?」

「もちろん。ムンちゃんなら歓迎」

 

 

 ちなみにサキさんはというと、「異世界でもこの世界と共通の言葉が話されてる……?」と首を傾げていた。そこが気になるんだ。

 

《いや、私も不思議には思っていた。考えても答えが出そうにないから言わずにいたが》

「そんなに不思議ですかね。ウマソウルの名前だって異世界で付けられたものでしょうに、“ムーンカフェ”は英語ですし“アルヘイボゥ”は日本語ですよ」

《日本語? アルヘイボゥが?》

「床屋さんの、あー…………そっちだと……。えぇと、3色のポールみたいなものを回して看板にするんですけど」

《あー、何かの映像記録で観た*かも知れない》

「アレを有平棒(アルヘイぼう)といいます。ポルトガルの砂糖菓子がアルヘイって呼ばれてて、それぐらい色鮮やかな棒なのでアルヘイ棒だそうです」

《ほーん。……ところで2人が取り残されてるが?》

 

 それはそう。アナさんの声は私にしか聴こえてないからね。

 

「慣れますよその内」

「「いやいやいや」」

 

 ムンちゃんとサキさんの反応が揃った。そんなに否定しなくても。

 

「ボゥ先輩、そういうものだと諦めてスルーしてくれますよ?」

「言われてみればそうね……」

「慣れちゃ不味いと思いますよ。ワン子の──グラの奇行を全部スルーしかねない」

「それは不味い。ありがとうムーンカフェ」

「いえ」

 

 おかしいな、勇気を出して秘密を明かしたのにムンちゃんとサキさん間の絆が深まってる気がする。ここは私との絆でしょ普通。

 

 


 

 

 こうして私のジュニア級は終わった。

 11戦9勝、2着2回。負けたのはムンちゃんにだけだ。

 ちなみにムンちゃんは4戦4勝。

 

「……言っとくけど、勝ちの数でグラと競う気は無いから。そこで張り合うのは真壁さんからも禁止されてる」

「勝ち誇ったりなんて出来ないよ。だから次、次いつ()ろっか」

「…………」

「ムンちゃん?」

 

 不自然なところで黙られたので首を傾げる。ムンちゃんならクラシックの予定もある程度は決めてそうなもんだけど。

 

《昨日無理した件で叱られでもしたんじゃないか》

 

「──真壁さんからレース減らすように言われたとか?」

っ!? ……あぁ、今の()が“アナさん”なのね」

「ひどっ! あってるけど驚き過ぎじゃない!?」

 

*
アバドンのこと

*
『ゴルドさん』は名前負けに感じると拒んだ。

*
JRAの用語辞典にも載っている

*
誤解。国籍はスウェーデンのまま。

*
ゴッドイーターの世界にそんな文化的なお店は残っていない。




※次話以降で改めて触れますが、喰核再現された〈アバドン〉はサキやカメラには視えていません。世間から『レース中に真っ黒な化け物に姿を変えた!』とか騒がれる心配は要りませんのでご安心ください。
※まぁ〈ハチドリの舞〉で宙を駆けたのはばっちり映像に残りましたが……大多数の人は『しゅごーい』と安田記念@2005年並みの感想で流してくれるでしょう。たぶん。本作の過去には“走るというより飛んでる感じ”なウマ娘もいたはずですし(未実装なので出しません)。
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