アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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 あけましておめでとうございます(作中日付)


年の初めのエトセトラ

 

 ボゥ先輩によると、この栗東(りっとう)寮には季節の風物詩が2つあるそうだ。

 

 春は悲鳴。

 寮母さんの尊死や復活の雑さに慣れるまで、あちこちで新入生が叫ぶさま。

 談話室に置いてある『寮母さん取扱い説明(マニュ)(アル)』の内容が浸透するまでは頻繁に聴かれた。

 

 冬は増殖。

 毎年の年明けに寮内で目撃される怪異、『増える寮母さん』である。

 

《私らより彼女の方がよっぽどUMAなのでは……?》

『まぁデジタルさんのお陰で色んなおかしさが見逃されてる感はありますよね』

 

 ここでいう増えるとは、あまりに目まぐるしく働くせいで分身でもしてるように思える──みたいな話ではない。少なくとも見る限りでは文字通り増えてるとしか……。

 上級生は誰も気にしてないし、もう寮母さんはああいう存在だって諦めは下級生にとっても難しくはないけれど。

 

 新年である。結構な割合が晴れ着を用意している(私みたいにレンタルの子も多い)。だけど大多数は自分で着付けができない。

 着付け担当と記念撮影担当と真っ白に尊死する担当、『このぐらいひとりでやらなくては皆さんをお待たせしてしまいますからっ!』と寮母さんが張り切るのは当たり前とも言える。

 

《分身できるなら全員で着付けをすればもっと速く済むだろうに……》

『アナさんは真面目ですねぇ』

 

 ちなみにヘアメイクにはボゥ先輩も手を貸していて、私は順番待ちの列を整理するようなお手伝いをした。

 

 そんなこんなで自分たちが出かけるのは午後になってしまったけれど──いざ、初詣だ!

 

 


 

 

「今さらだけど、あんたよくこんな余裕あるわね?」

 

 白と藤色の晴れ着に身を包んだボゥ先輩が気にしてくれたように、私は5日後にフェアリーステークス(GⅢ)を控えている。ぼちぼちレースに向けて気持ちを研ぎ始める頃で、人によってはレースに集中するために趣味を封印したり……って、ボゥ先輩はまさにそんな感じか。

 

「私は当日の朝からでも間に合う方です。焦りというか、ついレースのこと考えちゃったりはしますけどね」

「無理してない?」

「多少無理して気を抜いてます。できるようになれってサキさんが」

 

 気持ちの切り替えを習得せよ、と。確かにそれができないと連闘なんてやってられないよね。

 

「…………またバカなローテ考えてるのね」

「ふっふっふー。まぁダメっぽければすぐストップかかるので、どこまで達成できるか分かりませんが」

 

 私に何を言っても無駄だと思ったらしく、先輩の視線はサキさんへ。サキさんもぐっと頷いて引き受ける。

 

 ──ちなみに今日は珍しい顔ぶれで歩いている。ふたりの先輩とサキさんギンさん、そしてうちの両親だ。

 表向き、『家がすぐそこだしせっかくなので』ということにして合流した。

 本当は違う。

 みんなで列に並んで参拝を済ませたら、あとは屋台でも見ながらぶらぶらすることになるわけで──、

 

「あなたたちは3人の方が楽しめるでしょう?」

「そうですね。千田さん、祝い酒でもいかがですか」

「いいですなぁ」

 

──うん、ここで大人組とは解散になるよね。

 お酒なんかほとんど飲まないお父さんが積極的に声をかけたのは、ギンさんとじっくりお話するため。お祝いではなく、説得のためだ。

 

 

 去年の11月、ギンさんは学園の事務員を年度いっぱいで辞めると言い出した。理由の説明は特に無くて……普通に考えたら年齢とか体力の衰えとか、そこまで不思議ではないんだけど。

 ただしその少し前、彼はうちの両親と話をした。我が家にとってすごく有り難かったそれは、同時に幾つかのルールを破ってたらしくて──ギンさんはその責任として自身に幕を引こうとしているのだ。

 私も両親もそんなことは望んでいない。こっちは全く損してないどころかお世話になったわけで、取るべき責任なんかそもそも無いと思ってる。なので辞めるという選択を翻してもらいたい。

 

 まぁ具体的なやり方はお父さんに丸投げしたけど、そのためにこうして初詣に交ざってきたんだから……サクッと脅すかなぁ?『このことを雑誌にでも漏らせば責任はサキさんにも及びますよ』みたいな。

 もちろんそんなこと、仮に実行したら私のレースにも悪影響が出かねないからやりはしない。でも親と同じくらい──先輩たちの分も合わせたら親以上に──それを厭うのがトレーナーさんの(さが)である。『漏らされたくなければ辞表を取り下げてくださいね』とか言われたら従うことになるんじゃないかな。

 

『お父さんならもうちょっとえげつないこと考えるかな?』

《グラの性格、父親譲りだったのか……》

『ただの体育教師のはずなんですけどね。今にして思えば合理主義が行き過ぎる面はあったかも』

 

 今にしてというか、昔からお母さんは『冷たい』とか指摘してたような気もする。それも的外れではなかったんだなぁ。

 

 

 ……冷たい、と言えば。

 

「ワンちゃん、ほらどんどん食べよー? 私こういう屋台とか大好きなの」

「わっとと、引っ張らなくても行きますよー」

 

 明るく笑いながら豪快に食べ歩くアリー先輩の空気はどこか冷たい。いつものぽわっとした感じがなくて、笑顔や振る舞いを作ったような硬さがする。

 不機嫌というか……怒ってる?

 

わ、私なにか不味いことしちゃいましたかね

これはあんた関係ないわ──いや、微妙に無関係でもないけど

「え」

悪いことはしてないし、アリーもあんたを責める気は無いってこと

 

 ヒソヒソとボゥ先輩に訊いていたら……まぁそんなの、ウマ娘の耳には余裕で聴こえるわけで。アリー先輩はあっさり仮面を外して、テンションの低い素顔を晒した。

 

「新年からごめーんなさーい……」

「別に謝ることはないですけど。私が無関係じゃないっていうのは?」

「あー、んー、あのねー」

 

 悩み悩み、返ってきたのは質問。

 

「ワンちゃんはさ、『普通に出来ると思ってたことがやってみたら出来なかった』時に落ち込む気持ちって分かる?」

「私をなんだと……それぐらいは普通に分かるつもりですよ」

「じゃあそういう時どうする?」

「『頑張って出来るようにする』しかないと思いますけど」

「だよねー……」

 

 あれっ。迷わず即答したら微妙に想定外のリアクションだ。今の『だよね』って共感じゃなく諦めに近くないですか?

 

「アスリートとしてはワンの答えが結論なのよ。それを選べないならイコール挫折だもの」

「ですよねー? 説得なんて無理ですよ、“ウマソウルが止まっちゃった”とか言われたってどうしようもないってゆー」

「えっと? どういうことです?」

 

 改めて話を聞けば──不機嫌の源は妹さんだという。

 クラスは別だけど私と同学年、デビューも同時期だしレースで競ったこともあるウマ娘だと。

 

「誰のことでしょう。初耳ですけど」

「言ってないもん。私あの子のこと嫌いだし」

「え」

 

 嫌い、と耳を絞ったアリー先輩はびっくりするほどドライだ。照れ隠しとかそういう感じではない。深く訊きにくいけれど、ともかくその妹さんはまともにトレーニングをしなくなってしまったらしい──私に負けて以来。

 で、先輩のご実家は妹さんの説得を頼んできたという。なんとかまた走るようにしてくれ、と。

 

「本人に走る気が無いなら、それは……」

「だよねだよねー? 全くママたちは好き勝手言ってくれちゃってさー!」

 

 愚痴スイッチが入ってしまったようだ。早口で語られたのはアリー先輩のお家の話。

 

 ここ数世代でオープン戦に勝てる競走ウマ娘が何人か続いたのと、(くだん)の妹さんがとても高い素質を示したとかで、『レース界で名家と呼ばれる家』を目指して頑張ってるんだとか。色んな家があるなぁ。

 先輩としてはそんな家の思惑知ったこっちゃ無いらしいけど。

 

「ワンちゃんも気にしちゃダメだからね? あの子のことで何か頼むつもりも無いし」

「あー、まぁ頼まれても私には励ますとか無理でしょうし」

「「それはそう」」

 

 そんなに声揃うほどですか???

 

 

 

 神社を後にして学園へ戻る途中、アリー先輩は「気分転換に歩いてきます」と分かれて、ボゥ先輩とふたり。

 時刻はもう夕方で、冬の短い日は一気に熱と光を失っていく。

 

「──ねぇ、ワン。あんた私と戦いたい?」

「はい」

「即答……」

「戦いたくない相手なんてあんまりいませんけど、好きな人とは是非走りたいです」

 

 気負いの無い質問に、私は思ったまんまを答えた。

 嘘ではないけど覚悟もないまま。

 

「そう。なら今年のどこかね

「っ、…………」

 

 なんでもないような空気で。

 でも、質問を許さない雰囲気で。

 

「私にとって安田記念は特別よ。子供の頃から憧れた大舞台。あんたが『一番必死なアルヘイボゥ』と戦いたいならそこに来るといい」

「……はい」

「でも、『一番速いアルヘイボゥ』はそこじゃない。実はかなり無理してマイルを戦っててね──マイルチャンピオンシップはきっちり獲らせてもらった*けど。スプリントに絞ってたらもっと長く走れてたかも知れないわ」

「…………じゃあ」

 

 今年でシニア2年目の先輩に──3年目が無いかのように。

 

「グレードとか気にしないでしょ? なら7月の最後空けときなさい」

「……アイビスサマーダッシュ?」

「そ。新潟の直線1000m」

 

 カーブがない、高低差も少ない、真っ向勝負しかできないそのGⅢレース。

 確か先輩はクラシックの時に勝っている。けどペイジの使える私と勝負になるとは──なんて、そんな浅はかな考えをすぐに恥じた。

 

「私が唯一レコードを刻んだレースよ」

「え」

「あら、そこまでは調べてなかった?」

「すみません……」

 

 先輩は去年アイビスに出ていない。ならレコードを更新したのはその前、クラシックの時だ──マジで?

 

 私が知り合ってからの8ヶ月、シニア1年目の先輩は堅実にタイムを伸ばし続けていた。普通に逆算すればクラシック7月にレコードタイムを出せるほど強かったとは考えにくい。

 つまりこの人は……生来スプリンターなんだ。マイルはむしろ苦手で、にも関わらず安田記念への憧れで身体に鞭打っていただけの。

 そういえば先輩はスプリンターズステークスにも勝っている。あれより更に200m短いアイビスサマーダッシュならもっと……?

 

「──っは、良い顔になったじゃない。じゃあそれでいいわね?」

「……先輩こそいいんですか? アイビスの前後は暇ですよ私」

 

 安田記念はダービーの翌週だから疲れが残ってるかも知れないし、スプリンターズステークスは凱旋門賞の前週だから力を絞り惜しむかも知れない。

 私に勝つことが目的なら、アイビスという選択はきっといまいち。

 

 でも先輩は……本当に、恥ずかしい位に私のことを分かってくれている。

 

 

「どうせなら私の全力を見たいでしょう? そっちもそのつもりで来なさいよ。

 他のレースのことなんて考えてたらぶち抜いてあげるわ

「っ……!」

 

 

 この先輩最高すぎない???

 

《おいおい落ち着けグラ、半年先だぞ》

『分かってます、分かってます……!』

 

 今年の私には“領域”がある──ムンちゃんはホープフルステークスで見せた〈アバドン〉を『黒いの』と言ったけど、それはカメラに写ってなかった。

 もちろんペイジとかは大きな力だし不満は全く無いけど、あれはウマ娘以外にも視える。“()()”はそうではない。

 ムンちゃんにも言われた通りまだまだ未熟な、全く新しい力ってことだよね。フォームの改善もそうだし、月面以外でも制御できれば【ブラッドアーツ】との併用なんかも考えられる。伸び代だらけだ。

 

 

「7月末、アイビスサマーダッシュには何が何でも出ます。それまでにもっと強くなりますから!」

「はいはい。しんどそうだから1回きりで勝ち逃げさせてもらうわね」

 

*
クラシック期に挑んで惨敗したのでリベンジした。





※なお、アイビスサマーダッシュの2週間前にはパリ大賞典に出ることも検討しています。グラはそれを忘れているわけではありませんが、もはや中1週を『のんびり』に感じている模様。

※6/2からは(トラブルが無い限り)20時更新に戻ります。
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