アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

43 / 166
※この物語はフィクションですし、今回の新キャラにはモデルにした馬/人物/出来事のいずれも存在しません。


呪われた名前

 

『“クラシック級はこれまで以上にたくさん走りたい”ととんでもない宣言をしているアナグラワンワン、周囲の不安もどこ吹く風! 激戦ホープフルステークスからの連闘*となるこのフェアリーステークス、5バ身以上の大差をつけての快勝だあぁ!』

 

 

 フェアリーステークスは全員が初顔合わせで、そのせいか繰り出される“領域”は不完全なものばかりだった。

 ……また使い手を量産したとも言う。

 

 そして勝ち負けと同じくらい大切な、身体の調子について。

 私じゃなく、サキさんやお医者さんや検査機器メーカーさんの胃痛が悪化した。これまで通り花丸健康ノーダメージで安心なのに、以前から胃薬を手放せなかったってどうして*ですか……?

 

 


 

 

 新学期を迎えてすぐの放課後。

 私とサキさんは理事長からの呼び出しを受けた。『特殊な頼み事があるので、他言無用で』と。

 

「頼み事ってなんですかね?」

「私も全く聞いていないわ」

 

 首を傾げながらやって来たのは大教室。何かの説明会とかに使われる、200人近く座れるような部屋だ。

 でも今、座席はすべて空っぽ。秋川やよい理事長ともうひとりが演台の上に立つのみ。

 ウマ娘のビジュアルに疎い私でも分かる。白衣がトレードマークなんて人は多分他にいない。

 

「「アグネスタキオンさん……?」」

「お、来たね。じゃあ早速説明するから座ってくれたまえ。あぁ、できれば後ろの方がいい。私たちから距離をとって欲しい──そんな必要は無いけど念のため、ね」

 

 サキさんを見る。首を横に振られる。仕方がないので言われた通り、おふたりから遠い席についた。

 最初に口を開いたのは理事長である。

 

「前提ッ! これからする話はあくまで依頼であって強制や義務ではない。君たちの生活やレースに支障を来すことは、依頼するこちらとしても望んでいないのだ」

 

 頷き返す。

 理事長が扇子を閉じて開くと、文字が変わっていた(いつものことなので深く考えてはいけない)。

 

「不要──遠慮は要らない。この依頼は学園とURAとさる(﹅﹅)名家の連名によるものだが、断ってくれても一切の不利益は受けさせないと誓おう!

 ……可能な限り排除するが、未知のリスクもあることなのでな」

 

 誠実な理事長の言葉を引き取るように、今度はタキオンさんが口を開く。

 

「リスク、については私の担当だ。私はそれを予防・軽減するためにここにいる。いわば医師──薬剤師かな? そういった役割だね」

 

 その言葉にサキさんが身を固くして、タキオンさんは「モルモット扱いはしないさ」と肩を竦めた。え、言うまでもなく当たり前のことでは……?

 

「さて、ここからは本人が説明したいそうだ。……おいで」

 

 演台の裏側にある準備室のような所へタキオンさんが声をかけると、ややあって姿を見せたのは緑色のレディススーツ……駿川さん? ではなく、彼女は誰かの手を引いて誘導しているだけらしい。

 連れられて現れたのは──かなり大きなシルエット。サキさんと並んで疑問符の雨に晒される。

 

「う、宇宙服……?」

「ですよね。宇宙服っぽいデザインじゃなくて宇宙服ですよね」

 

 よたよたと歩きづらそうにしながら宇宙服は台へ上がり、私たちに向かってぺこり。

 

〔はじめまして。お手数をおかけします……。

 笠松トレセンから編入してきました、中等部3年の……えと、その。今月からクラシック、です〕

 

 どうやらメットの中にマイクがあるらしい。スピーカー越しに気弱そうなぽしょぽしょとした声。

 はっと立ち上がり──宇宙服のインパクトで呆けちゃってた──こちらも頭を下げる。

 

「はじめまして、アナグラワンワンです」

「そのトレーナーの千田サキです。……あなたが『アストロ』ね」

「あれ、サキさんご存知なんですか」

「事情があって制服を着られない生徒が編入してきたとだけ。会うのは今日が初めてよ」

 

 制服は、まぁ宇宙服の上からってのは無理があるよね。中には着てても分かんないし。

 

〔はい、私のことはアストロと呼んでください。そうお願いしています〕

 

 駿川さんが照明を調整してくれて、メットの中が窺えた。光を反射していた透明なパーツはかなり範囲が広く、目元口元だけでなくおでこの辺りまで透ける造りだ。

 ……ただ、素顔はよく分からない。前髪が長すぎて両目が完全に隠れている。

 

〔ですがアストロは本名ではありません。私は……私のウマソウルの名前が、嫌で仕方ないんです。そんな風に呼ばれたく、ありません〕

 

 髪は……薄墨毛、だろうか。黒に近い灰色。光の加減か、ほんのりと青みや緑っぽさも混じる。そして真ん中に居座る流星はとても特徴的だ。

 

〔礼儀として、呼ばれたくない本名を……今回だけ、名乗っておきます。私のウマソウルの名は──〕

 

 彼女の額を飾る流星は、まるで大きな目。

 

〔──イヴィルアイ(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)。それが私の名前で……私が乗り越えるべき運命なのだと思います〕

 

 邪眼(イヴィルアイ)。それはまた、呼ばれたくないのも分かるという話。

 

 ……普段から『ククク……我は七大罪の一翼……』とか言ってる人もいるらしいけれど。みんながみんなアイオブエンヴィさんみたいな趣味をしてるわけじゃないのだ。

 

 


 

 

 彼女の周りには昔から病人が多かったという。

 病気といっても軽い風邪のようなもので、元が健康なら無視もできちゃうし半日も休めば治るようなもの。

 ただし、まず頻度が異常だった。

 次に範囲。彼女の実家(名前は伏せられた)は毎年ちびっこレースを主催していて、彼女がそれに初めて出場した時、軽い風邪のような症状に見舞われたのは──なんと実に300人以上。会場にいた、アストロさん以外の全員

 それはまるで感染症で、だけど感染源が見つからなかった。ウィルス、細菌、ノミやダニ……ありそうな可能性が除外されていって、残ったのが彼女だ。

 

「断定できる証拠は無いが、私はこれをアストロの“領域”だと思っている。本人の意思によらない、薄く不完全な発露だろうとね」

 

 タキオンさんは確信がある様子。確かに“領域”が原因なら感染源は特定できないだろうな……。

 

「レース外の“領域”は極めて稀なケースと聞いているけれど?」

「それは少し不正確だね、千田トレーナー。半端な“領域”でよければ、本番以外でも使えるウマ娘はそこそこ存在している。私は無理だが」

 

 タキオンさんによれば、マンハッタンカフェさんは模擬レースでもそれっぽいものを使えるそうだ。他にも不思議現象を日常的に起こすウマ娘は『極めて』というほど稀ではないという。

 

「デジタルさんみたいな感じですか?」

「あの子を基準にするのはあまりにも……いや確かに、デジタル君だけじゃなく会長のも彼女(﹅﹅)のも他のウマ娘には真似できないんだが……」

 

 思い悩ませてしまった。やっぱり寮母さんのアレは深く考えてはいけないのだろう──と、思いきや。

 タキオンさんは「でもね、ひとつだけ」と普遍的な法則を挙げる。

 

「ウマ娘が初めて(﹅﹅﹅)奇跡を起こしそれを我が物とするのは、魂を削り合うようなレースの最中だ。これについてはほぼ例外がいない。いるとしても『極めて稀』だ」

「なるほど……なるほど」

 

 2度頷いたサキさんは、たぶん私の周りのみんなのことを考えている。先輩たちもナーもドゥもベレヘニヤも、練習でたくさん【喚起】を浴びていてもその場で発動はしなかった。初めての“領域”は全員がレース中だったのだ。

 

 

「だから常識でいくと、幼いアストロが“領域”もどきを使っていたとは考えにくい。それに“領域”由来の異常(デバフ)なら解除と同時に尾を引かず消えることがほとんどだ。

 が……それでもなお、私は確信している。根拠はふたつだ」

 

 ひとつ。アストロさんが頻繁にみる夢のこと。

 自らが病魔を広めてしまう、悪夢

 ウマソウルが別世界で体験したことを追体験するような夢……そうした話はよく聴く。本当のことか確かめる術は無いけれども。

 

 そしてもうひとつは、タキオンさんの友人が証言したそうだ。

 

別世界(アナザーヴァース)の“観測”にかけて、彼女は間違えない。アストロの事情を一切教えずに睡眠中の様子だけを観てもらったところ、病気のことを言い当てたよ。ウマソウルの影響だという示唆もくれた」

 

 

 未熟で希薄な“領域”モドキでさえ300人を巻き込んだ(と思われる)アストロさんは、当たり前に恐怖した。自分の“領域”はずっと封印しよう、レースなんてとんでもないと考えたそうだ。

 けれど困ったことに、その特性は進行している。ゆっくりと確実に強くなり続けている。

 

「目標は“領域”を制御し封じ込めることだ。それは走ることなしに達成できないし、放置は得策ではないと考えている。

 アストロと一緒に走っても、症状は軽いし私の薬で簡単に治せるから、これまではそうしてきた」

 

 そもそも症状は大したことがない。

 今の──走っていない状態の──アストロさんが周りに与える悪影響なんてほぼゼロだという。わざわざ宇宙服で自分を閉じ込める必要もほとんど無いそうだ。着てると本人が安心できるというだけで。

 

「ただしそれも“今のところは”と付け加えなきゃならない。対症療法に過ぎないから根本的な解決の手立てを探してたんだ。

 しかし私や友人では状況把握が精々で、その先は(かんば)しくない。だから【喚起】の助けを欲している」

「……なるほど」

 

 色々と話を聞いて──できるだけ協力したいな、と思った。

 だってアストロさん、これまでたった2度の公式戦では『万が一にも“領域”を開いてしまわないように』と力を絞って走ったらしいのだ。

 それは酷くもどかしいだろうっていう同情みたいな面もあるし、個人的に愉しみな面もある。そんな走りで未勝利戦を勝ったアストロさんは、全力を出せたら物凄く強いってことでしょ。

 

 乗り気な私の隣で、苦言を呈するサキさん。

 

「……待って。『奇跡を我がものとする』には本番のレースで初めての発動をしなきゃいけないんでしょう? でもアストロはそれを避けたい──練習のみでの習得を目指してるのよね」

「その認識で間違いないよ、千田トレーナー」

「それは『極めて稀』で『ほぼいない』と言わなかった?」

「言ったね」

「そんな無茶な」

 

 サキさんが抗議するのも分かる。だってタキオンさんは、『私はそんな例外をほとんど知らないが、アストロをそういう極めて稀な存在にしてやってくれ』と言っている。方法も可能性もきっと丸投げだ。

 

 ……でもねサキさん、その点に関しては仕方がないと思うんです。

 

「無茶は承知だしダメ元に近いが、頼ってみたくもなるさ。『公式戦に出たことも無いのに寮の裏庭を穴だらけにしながら“領域”らしきものの練習をして、ある程度はモノにしたウマ娘がいる』なんて、信じがたい話を聞いたら」

「完全に納得したわ」

 

 ですよねー。つまるところこの件は、『UMA娘のことはUMA娘を頼れ』として私に持ち込まれたのだ。どうしたらいいかなんて分からないけど筋違いとは言いにくい。

 ……それに、常識を突破しなきゃアストロさんはまともな生活ができない。あの宇宙服だって好きで着てるわけじゃないみたいだし。

 

 サキさんはやれやれと眉間を揉む。後で肩をお揉みしよう。

 

「──ワンが乗り気になっちゃったみたいだし、レースに差し支えない限りはできるだけやってみましょう。

 ただ、アストロは気を悪くするでしょうけど、感染への備えは万全に取らせてもらうわ」

〔それは、もちろんです。私も感染(うつ)したくは……〕

 

 いやー、その点についてもどうにかなりそうなので。ますます私は断りたくない。

 

「あ、それが“領域”の不思議現象なら私は大丈夫ですよ」

ワン! ……駄目よ、なんてこと言うの」

 

 サキさんが大きな声を出すのは本当に珍しいことだ。申し訳ない──説明の順序を間違えちゃって。

 

「『回復弾』は筋肉や骨のダメージを治せるだけ。体力は戻らないし病気も治らない。そうでしょう?」

「はい、その通りです」

「ならアストロからの感染は──」

「えっと、ごめんなさい。これまで使う機会が無かっただけで、手段としてはあるんです」

 

 あっ、もうサキさんが怪訝な顔を通り越して遠くを見てる! ちゃんと最後まで聞いてくださいよ!

 

「『状態回復弾』。普通の病気には分かりませんが、“領域”由来の病毒ならたぶん効きますよ」

 

*
中1週も挟まず、ホープフルSの翌週に走っているということ。

*
世間から彼らへの批判をグラは知らない。




 重めな話ですがあんまりシリアスにはなりません。アナとグラなので。
 アグネスタキオンの『友人』についてはご想像の通りです。5話くらい先で登場予定。スフィーラ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。