アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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並ぶ名に鎮魂を(イヴィルアイ)

 

 直接話してみてびっくりしたんだけど、アストロさんは宇宙服のまんま私と走るつもりだったらしい。

 走ったら病毒が強まる(ことがある)とはいえ、無理があるんじゃないかなぁ。

 

「だって、それじゃアナグラワンワンさんが……!」

「本当に大丈夫ですって。私の出走数はご存知でしょう?」

 

 あれだけ走ってなお私は無傷で、それは確かな実績だ。

 渋々、といった感じで宇宙服を脱いでもらった──最終的には。

 

 そこまでの紆余曲折も、面倒なんて言っちゃいけないんだろうけどね。

 

 まずは場所。

 彼女が幼い頃のちびっこレースで300人に感染させた際、そこは開けた屋外だったそうだ。じゃあ一体どこでなら宇宙服を脱げるのか?

 これの解決方法には私が一番尻込みしたね。だってお金の力だもの。

 

「専用っ! このトラックに人が立ち入ることはない、存分に使い給え!」

「理事長……」

 

 お金持ち怖いよう。私有地ってレベルの広さじゃないでしょこれ。観客席まで備えたものをトラックなんて呼ばないで欲しい。これはもうレース場だ、学園の校庭より広いし。

 このだだっ広さに驚く様子が無い辺り、アストロさんは名家のウマ娘なんだなぁという感じ。

 

「皆さん、アナグラワンワンさん以外は出ていって貰えますか。そうしたら、仕方がありません……脱ぎますので」

 

 次にメンバー。

 タキオンさんやサキさんがもしもに備えて近くに居たがったけれど、結局はアストロさんの求めに応じて遠ざかっていった。……姿も見えない林の向こうまで。

 私には色んな計器が取り付けられて、脈拍とか血中酸素とかはリアルタイムで送信するようになってるけどね。

 

 それでようやくアストロさんも納得して、ついにメットに手をかけてくれた。

 だけど──、

 

「っ、…………」

「? まだ何か問題が?」

 

──その手は止まってしまった。俯いてしまい表情は窺えない。

 

《……少し待ってやろう。もう数ヶ月も人前ではメットを外してないようだし》

『あぁ……それは怖いかもですね』

 

 それは例えば、私がお母さんと話すような。客観的に安全なことであっても──お母さんが私を害するわけじゃないと分かってても、私の状態回復弾のことを知ってても──怖いものは怖い。

 アストロさんは震えて立ち竦んで、けれど自らその壁を超えてみせた。

 

「お待たせ……しました」

「おおー。髪、やわらかそうですね」

「えっ? その、どうも……?」

 

 メットに仕舞い込まれていた薄墨毛がボリューム感と共にもわっと広がる。暖かそう。

 

「もふもふ……触ってもいいですか? というか嫌でなければ、前髪を上げて顔を見せてくれると──あ、礼儀だとかそういう話じゃないですけど」

「あまり近づくのは、ご遠慮ください……でも髪は、さすがにどうにかします」

 

 ですよね、そのまま走ったら目に刺さりますよね。アストロさんはカチューシャを取り出しておでこに装着。瞳みたいな流星が隠れて本来の瞳が姿を現す。

 

「改めて、はじめましてですね。体調が悪くなったらすぐ言ってくださいね……?」

「はい、今のところはなんともないです。軽いジョギングから始めましょうか」

「分かりました。タキオンさん、お手数ですが、モニタリングお願いします」

 

 無線越しに了解の返事があって、私たちは並んで走り始めた。

 

 ……なお、まだ宇宙服は脱いでくれていない。メット以外はそのままで走るというのだ。ジョギングくらいは出来なくもないけどさぁ。

 ともかくひとまずは、私が大丈夫だってことを見せるしかないかな。

 

 

 ジョギング程度でも【喚起】が働くことは実証済みだし、アストロさんもそれを感じたっぽい。

 

 そして問題の現象も私に牙を剥いた。

 まぁ目論見通りに回復できたので相変わらずのノーダメージだ。どやっ。

 

 それで2日目からはアストロさんも体操服になってくれて。結構な速度での併走トレーニングを繰り返すうち、『この感じが“領域”の予感なんですね』みたいな感想もでてきた──私はその感じを知らないからなんとも言えませんが。

 

 でも順調なのはここまで。何日か続けてみたものの、やっぱり『練習の中での初回発動』は上手くいかない。アストロさんが怖がってブレーキ踏んじゃってる面もなくはないだろうけど、やろうとしても基本はできないことらしいからなぁ。

 

 この段階で、タキオンさんが『あるアイデア』を出してくれた。

 

「そんな、危険過ぎますっ……!」

「じゃあどうするんだい」

 

 アストロさんは反対したけれど、他に案が無いのも事実。まぁまだ始めたばかりなので──、

 

「ワンワン君の時間をずっと縛りつけると?」

「え、まだ1週間経ってないんですしそんなに追い詰めなくても」

 

──もうしばらくはこのまま【喚起】を受け続けてもらってよいのでは、と。

 そんな風に考えたのは私だけだった。

 

「そう、ですよね……ワンワンさんも連闘を終えたばかりですし、このタイミングにお願いしておいた方が──」

「えっ、あっ」

「──はい?」

 

 リスクのある頼み事をするならレースの無い時期に。その気遣いはとってもありがたい。

 でもそういうことなら、もう何日か待ってもらわないと。

 

「えっと、京成杯も走る予定でして」

「……明後日じゃないですか!?

 

 そうなのです。年末のホープフルステークスから年始のフェアリーステークス、この2戦で終わってはいない。明後日の京成杯まで戦う3連闘でひと区切りだ。

 

「はい、なのですみませんが明日は無しで」

「むしろなんで今週引き受けたんですか!?」

「だから全力では走ってませんよ。お望みなら走れますけど」

「やめてくださいね、絶対にやめてくださいね」

 

 


 

 

『誰に予想できたでしょう、誰が理解できるでしょう、そして誰も戦慄せずにはいられないでしょう。

 アナグラワンワンは“この連闘はトライアルです”と答えました。すなわちこれは意思表示です。連闘できなければ獲れないものを狙うという野望の先触れなのです。しかもそれは2連闘ですらなかった……!』

 

『誰が呼んだか“不壊(ふえ)の金剛”、その目指す先は分かりませんが、はっきりしていることがひとつあります!

 最高硬度を誇るダイヤモンドに一切の曇り無し! 京成杯も危なげなく先頭でゴールしました!』

 

 

 ──えっ、私コンゴウとか呼ばれてるの? ダイヤモンド由来だとしてもちょっと……。

 いや別に抗議とかはしないけど。しないけどさ。コンゴウって聞いて猿を連想する*方が特殊なんだから、きっと悪気は無いんだろうし。

 でもそう呼ばれる度にアナさんが《クソ猿どもめ*狩り尽くしてやる》とか荒っぽい感じになるのは謎。何があったんだ。

 

 


 

 

 というわけでつつがなく(?)1月の前半を終えた。次走ははっきり決まってないけど、多分3月前半かなぁ。

 とりあえずしばらくはアストロさんの件に集中できる。

 

(ちなみにお父さんはギンさんを丸め込んだらしく、年度末での退職は立ち消えになった。それについては一件落着だ)

 

「お待たせしちゃってすみません。今日はタキオンさんの案やってみるんですよね」

「お待たせって……あぁもう、ワンワンさんのレース間隔は本当に心臓に悪いです……」

 

 アストロさんが昔のサキさんみたいな狼狽え方をしていて面白い。それでいうとほとんど驚きを見せなかったタキオンさんは何なのって感じだけど。

 ほぼ初対面からUMA娘扱いは失礼だと思うんだ──いやまぁ、どの口で言うんだって話だね。分かってますよーだ。

 

 そのタキオンさんからのアイデアは、とある経験に基づいている。

 

『カフェが──あぁ、マンハッタンカフェのことだが──模擬レースでも“領域”みたいなものを使えると話しただろう? 現役の頃に検証してみてね、幾つかの条件は明らかになったんだよ』

 

 ひとつ、最低でも2人のウマ娘が走っていること。

 ひとつ、お互いが真剣に勝ちを目指していること。

 ひとつ、応援してくれる観客が居ること。

 

 この内お客さんからの影響に関しては検証不足なところがあったとかで、ホープフルステークスの時に何やら耳目を集めていたのはその辺の実験も兼ねていたそうだ。

(確かにドゥは初めての〈二重否定〉を完璧なタイミングで決めたし、アイオブエンヴィさんの〈歪み果てし遠近法〉はたぶん効果が強まってたし、ムンちゃんも〈極点〉の中で〈遠近法〉のターゲットを切り替えている──とはいえ数字で比較できるものじゃないから、主目的は普通にムンちゃんの応援だったのだろう)

 

 

 話を戻すとつまるところ、『私とアストロさんの2人きりで併走しててもダメなら、少数でも観客の前で模擬レースをしてみてはどうか』と。

 

『“領域”をファンタジーっぽく魔法と呼ぶなら、その分類は儀式魔法とかその辺りだろう。ウマソウルが核であることは間違いないが、そこへと向けられる闘志や期待も重要らしい。

 会長──"皇帝"なんて分かりやすいじゃないか。レース外でもいつでもどこでも、重いものを背負い込んでる』

 

 あー。アナグラワンワンの名に向けられる厄介ファンの激重な期待は呪いじみているけれど、なるほどアレなら何らかの異常や超常を起こしても納得しちゃう熱量だ。

 アストロさんにも似たような呪いが向けられているのかな……。だとしたら、純粋な応援っていうプラスの期待を受け取ってほしいと思う。

 

 本人は危ないからって凄く怖がっているけれど。

 

 ──そのせいで観客席は、なんとも不思議な光景になっているけれど。

 

「うわぁ……」

「私用の予備に加えて、実用品や展示品などを……借り集めてもらいました」

「夏じゃなくて良かったですね」

「う……確かに」

 

 観客席に並んでいるのは宇宙飛行士である──いや、宇宙服着てるだけなんだけど。理事長、駿川さん、サキさん、あとアストロさんの家の人、ほぼ全員がそんな姿なのだ。

 

 メットを被らず、お医者さんがするようなマスクを着けただけなのはたった2人。

 これまでに何度か体験していて対抗薬の用意もあるアグネスタキオンさんと……とあるヒトミミ女性。

 

 本番のレースにはヒトミミの観客も大勢いるんだから、この確認はいつか必要なことだ。『ウマ娘への影響は防げたけどヒトミミは感染する』とかじゃ困る、それは間違いない。

 だからってそれを誰に頼むかは大問題だったんだけど、誰もが適役に挙げたのが彼女──桐生院 葵さんだった。

 ハッピーミークさんやアグネスデジタルさんを育てた名トレーナー。ただし今回の指名は指導力じゃなく、『ウマ娘に迫る』とさえ言われる体力を買われてのこと。

 

 割と危険な試みだと思うんだけど、本人が率先して『私が適任でしょうから』とか言う辺りよっぽど頑丈なのだろう。

 

 

 そんなこんなで10人にも満たないけれど、応援してくれる人は近くにいる。

 万が一の備えも出来る限りした。

 

「始めましょうか、アストロさん」

「…………お願いします」

 

 みっちりアップを取って、本番のような緊張感を持っての模擬レースが始まる。

 あとはアストロさんが“領域”を開き、かつ初回からそれを使いこなして範囲を思い切り(せば)められれば大成功。

 

 

 その目論見は、半分だけ成功した。

 

 

 忌称病域──並ぶ名に鎮魂を(イヴィルアイ)

 

 

 深い夜の薄絹(ヴェール)が広がる。現実のターフと朧に重なり合う不完全な“領域”。それは青紫の蝶が舞い、石造りの墓標が並ぶ墓地のような世界だ。夜闇に染まった空には星も月も見当たらない。

 

〔っ、ふたりとも、中止だ!〕

 

 無線からのタキオンさんの声ですぐに脚を止めて振り返る。

 アストロさんは半分トランス状態だったけど、どうにか立ち止まってその場でうずくまってくれた。そのまま動かずに訊ねてくる。

 

「ワンワンさん、“領域”は届いていませんか!?」

「っ……」

 

 改めて見れば墓地と思われたのはアストロさんの周りだけで、お墓は2列しかない。……1列13基であわせて26基。嫌な数だ。

 でもその外にもこの“領域”は広がっている──()まり(﹅﹅)にも(﹅﹅)遠く(﹅﹅)まで。

 

「……いいえ。届いています」

 

 なんて広さだろう、ドゥの〈否定〉よりずっと広大だ。彼女の後方遠くにある観客席も──夜と蝶の幻影に飲み込まれている。見たままを言うしかない。

 

「あぁ、あぁぁぁ……!」

「落ち着いてください、大丈夫です! 誰も倒れたりとかしていませんから!」

 

 こんな薄っぺらい言葉でどうにかなるほど彼女の慟哭は浅くない。

 耳がめちゃくちゃに暴れてカチューシャが外れ、瞳に見える前髪が垂れ下がった。

 自らを抱く身体は高熱があるみたいに震え、だけど掴んだ腕は冷え切っている。さっきまで走ってたのに。

 そして明らかに錯乱状態にあるのに、“領域”もどきは消えるどころか揺らぎすらしない。

 

《無理やり()めてやるべきだ》

〔ワンワン君、注射を!〕

 

 アナさんとタキオンさんの言葉に従い、渡されていた注射器を構える。注射器といっても針は付いてない筒みたいなもので、素肌に押し付けるだけでプシュッと薬液を送り込んでくれるらしい。

 中身は予めアストロさん用に調整された鎮静剤と睡眠薬だ。ともかく今は気を失ってもらう──しかしそこで、異変。

 

《っ!? グラ!》

「なん、ゴフッ──!?」

 

 薬液の注入とほぼ同時、これまでに無かったことが起きた。濃い紫の霧みたいなものがアストロさんの足下から噴き出したのだ。彼女の首筋に手を伸ばしている私は当然避けられない。

 

《できるだけ口と鼻を塞げ、足踏みしてオラクルを補充しろ!》

「く……!」

 

 肺が痛い、喉が焼ける──注射はたぶん出来たから、大慌てで口を覆い距離を取りつつ足踏み*を繰り返す。

 

 あ゛ー、効くわー。

 

 意識を失ったアストロさんを支える余裕まではなくて、咄嗟に投げたクッションに向けて倒れ込む感じにさせちゃったけどそこは勘弁して欲しい。

 

 とりあえず毒霧(?)は彼女の気絶によって夜闇の幻影ごと消え失せた……ふぃー。

 今のはアナさんがいなかったらマジで危なかった──いやほら、状態回復弾なんかレースで使う機会が無いから。私は連発とかできないので。アナさんにやってもらっていたのである。

 

〔──もっと離れろワンワン君!〕

 

 なおタキオンさんは、あの毒霧が発生した瞬間に観客の皆さんと共に大きく距離を取っている。無線越しに聴こえた感じだと桐生院さんには視えてなかったようだから……とりあえず“領域”なのは確定、かな。

 なら意識を失ってる今は安全なはず。

 だけど、あぁ。宇宙服越しにでも分かるほどサキさんが狼狽えている。ここはタキオンさんの指示に従うとしよう。

 

 アストロさんのことは一旦その場に放置する形。だけど今は仕方がないだろう。

 彼女をすぐに叩き起こしたところで、今日はもう“領域”を(せば)める練習なんてできそうもないし。

 

*
コンゴウ:アラガミの1種。外見は大きな猿。恐らく金剛力士からの命名。

*
コンゴウは群れる習性があり、囲まれてタコ殴りにされたゴッドイーターは少なくない。

*
回復弾や状態回復弾を使うのに必要なオラクルエネルギーは、オラクルソードで何かを斬り付ける度に得られる。




 状態回復弾は、レース中に受けた“領域”によるデバフを解除するには【多くの場合で実用的ではありません】。


※以下、重要ではない設定※

 アイオブエンヴィの〈遠近法〉などによるデバフは、状態回復弾でもごく僅かな時間は消えますが、睨まれている限りは即座に再発してしまいます。
 “領域”の効果範囲を抜け出すか閉じさせれば(状態回復弾なんか無くても)すぐに解除されますが、内側にいる間は異常が発生()続け(﹅﹅)()。これがデバフ系“領域”の原則です。

 アストロの“病域”は、範囲から離れても症状が継続する点が普通ではありません。受けた側の免疫力や薬などで対処する必要があります。
 今話ラストの毒霧は免疫でどうにかなるレベルではなく、また未知の現象で対応する薬が無いことから、大変危険です。状態回復弾が無ければかなり不味いことになっていました。
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