GE1&2の主人公はゲーム中で過去が一切語られないので、アナの来歴はすべて独自設定です。
それはどこか遠い
アナにもグラにもアストロにも、はっきりと知る術は無い。
ただ不可解な悲哀と一方的な嫌悪だけが、朧な夢に漏れ出して伝わるばかり。
もし仮に
そこには馬という生き物がいて競馬という文化もあった。レースには多くの人が胸を熱くしていた。
そこで突然変異を起こしたある感染症。これが馬や牛に大流行してしまった。潜伏期間は長く、感染力は強く、致死性は高いという悪辣なものが。
但しそういった性質が知られたのは流行の後だ。
世界でもまだ感染例が少なかった頃、この病による死亡例として国内最初に確認されたのは、農耕馬でも乳牛でもなく──競走馬だった。
発覚は2月の終わり頃。
しばらく前から体調を崩していた競走馬、13頭が相次いで亡くなった。全て前年11月末に行われたレースに出走していた馬たち。
その衝撃も冷めやらぬままの1ヶ月ほど後、今度は年の瀬に走った15頭の内13頭が病死。
死因の類似から11・12月の2つのレースでの感染が強く疑われ……そして、その両方に出走した馬が1頭だけいる。
感動的な激戦を制して2つの冠を戴いた新たな女王──そのはずなのに。
彼女の勇名を称える声はぱたりと絶えた。それどころか_________という本来の名前(女神____と女神_____とを繋げたもの)は口にするのも憚られるようになってしまった。
『あの牝馬』、『例の馬』、『疫病神』。
馬が悪いわけではない。_________も
その病がほとんど知られていなかったのだから、厩舎や競馬場の責も問いがたい──競走馬の感染死は最後までこの26頭のみで抑えられたのだから、むしろ賞賛されるべき対応だ。
ただ、2つのレースはグラたちの世界で言えばGⅠに当たる*ようなもので。そこに出走できるのは多くの人に愛された名馬ばかりだった。それを短い期間で26も失った人々は平静ではいられない。
更に悪いことに──本来は喜ぶべきことだが──感染を媒介したと思われる_________は生きていた。無症状感染、つまりぴんぴんしていた。
恨み辛みは理屈ではない。若き女王がその翌年に1戦もせずひっそりと引退したのは厩舎の判断であって、協会が拒んだなどの事実は無いが……仮に出走していたら、観客はどれほど激したことか。
『死神』──あるいはもっと過激な、誹謗中傷に近い言葉も使われたことがある。
やがて定着したのは、馬名としても有り得なくはないカタカナ6文字。額の流星が第3の目のようだから。
『イヴィルアイ』。
その世界において悪夢と悲劇の代名詞。
亡くなった26頭は長く悼まれ愛されるだろう。しかし彼ら彼女らが語り
あの邪悪な瞳に射抜かれることが無ければと。
忌まわしき、疎ましき、呪わしきイヴィルアイ。
本来の名が語られることはもう無い。
彼女が達成した、この上なく輝かしい業績も。
アストロさんと色々あった翌日は、タキオンさんも『大事を取って休みなさい』と外出を禁じられたとかで練習が無しになった。
だから血を1滴だけもらって、2晩続けて夢の中で合流したわけだけど。
「今のがウマソウルの……ウマだった頃の、記憶……?」
「ぷ、ぷらいばしぃ……!
まぁその、そうです。子供の頃からずっと、何度も見た夢です……」
なんか観てしまった。プライバシーに関しては本当に申し訳ない。
ともかく、何より気になるのは『イヴィルアイ』が忌み名だった件だろう。本来の名は別にあって、それを避けるために使われたのだ。
「名前……私には聴こえなかったんですが、アストロって名前だったんですか?」
「いいえ、私にも分からないんです」
本人にも分からない、か。まぁ分かってたらそれ名乗るよね。
アナさんも同じ夢を観て、やっぱり元の名は聴こえなかったという。ただ、それでもニヤリとやる気を覗かせている。
「朗報だ。ソレが真の名でないなら私の企みはやり易くなったと言える」
「そうなんですか?」
「名前はただの言葉じゃないからな」
例に挙げられたのはドンナさん。彼女のウマソウルもかつてウマだったなら、その頃から雷を纏えたわけではないはずだと(アナさんみたいな例外は考えないものとして)。
「かといって、じゃあ適当に名前を付け替えたらレースに有利な性質を得られるか? そういうもんじゃないだろう、魂の真名は決まってる。どんな悲劇があろうが後付けで書き換えられはしない」
「え、でもアストロさんはイ……例の名前で」
「本来の名が覆い隠されてる感じだと思う。
だっておかしいだろう、仮にアストロの
「あれ、そう言えば……?」
言われてみれば……邪眼なんて言いつつ、あの病毒は目や視線と関わりが無い。見てない方向にまで効果が及ぶし、そもそも宇宙服で防げてたのが謎。ヘルメットのバイザーはかなり透明度が高いし。
「私は、イヴィルアイじゃ、ない……?」
「あの夢からするとそう考えられるんじゃないか」
「元の名前……は、分からないんですよね」
「分かるならそれが最善だろうと思う。それは感染症とは関係の無い、純粋に速さや勝利を称えるものだろうから……取り戻すことができれば、それこそ根本的解決になりえる」
ただ、そればかりはアナさんにも分からない。
……分からないことは考えない。この人はそういうタイプである。
「しかし今困っているのはたかが仮初の名だ。別の名で上塗りすることはきっとできる」
「はい?」
「アストロ、君が受け入れるなら新しい名前と性質を与える。
その名は毒を操る怪物で、お誂え向きに大きな瞳も持っているが、近付いただけで冒されることはないし広範囲に毒を撒くこともできない──つまり、少なくとも範囲を狭めることはできる」
「か、怪物? 化け物?」
アストロさんは戸惑っている。頑張って慣れて欲しい。
それにしても毒のアラガミねえ。
私が教わったのはアバちゃんこと〈アバドン〉をはじめとする限られたもので、何らかの形でレースに使えそうなのばかりだから、毒を撒くアラガミとなると多分聞いたことがない。
「大丈夫ですよアストロさん。好きな時に毒を撒けるってことは、その時以外は毒性が無いってことですから」
「え、いやそうじゃ、なくて。なにされるんです私」
「事例としてはティーガー……いや、ドゥームデューキスがやったことに近い。“領域”を拡げず固めてその身に纏うんだ。そこに
む? ドゥの領域転象はともかくアナさんいつの間にそんな技を?
「そんなことできるんですか?」
「〈新月〉を〈極点〉に変えたのは私だと言ったろ?」
「あぁそういえば……あーなるほど! いける気がしてきました!」
そっか、そっか。普通なら“領域”は他人からの影響なんか受けない。〈極点〉は特別な例だ──じゃあ何が特別だった?
アナさんの心象と〈新月〉がそっくりなことだ。アナさんとムンちゃんはそれぞれ似たようなイメージを抱えていた。
……私たちとアストロさんも、すでに達成してるよね。彼女が見てた夢の内容なんて、言葉だけじゃかなり無理がある深いところまで共有できている。
逆にアナさんが狩ってきたアラガミのこともばっちり伝えられる。夢の中でなら、神機は完全にそのアラガミを
「あの、説明を、説明をください……」
「ちゃんとしますって。いきなりアラガミけしかけたりしません」
「けしかける……!?」
まぁ『アラガミって何?』みたいな質問は口で幾ら言っても分からないと思うので、オウガテイル*辺りを見せちゃうのが早い気もするけれど。
大丈夫大丈夫、小さい子なら確実に止められるし。
「それでアナさん、何ていうアラガミをモデルにするんですか?」
「──サリエル。女神とも魔女とも称される、優美で危険なアラガミだよ。
神話的にも邪眼や邪視の祖とされる名前だし、病の御使いとされることもある。問題の名前とも親和するだろう」
この後、アストロさんには色んなことを説明した。
翌朝、ちょっと気になったことを訊いてみる。
『別に文句とかじゃないんですけど』
《うん?》
『アストロさんの件、アナさんやけに積極的じゃないですか?』
正確には普段のアナさんが消極的なんだけどね。必要が無い限り口を出さないってスタンスがほとんどの場合一貫していて、でもアストロさんにはそうじゃない気がした。彼女が困っていることを踏まえても。
《あぁ……そうかもな。図々しかったか?》
『いえ全然。やめて欲しければその場で言ってますよ』
《うん、そうしてくれ。
……ちょっと、昔のことを思い出していた》
『昔のこと』
そうして始まったのは、これまでほとんど教えてくれなかった個人的なこと。
《また闇が深いとかドン引きされそうだし、特に意味の無い愚痴になるぞ》
『うっ。……アナさんがいやじゃなければ聞きたいです』
《いや……ではないんだが。何を思えばいいのか分からないんだ。育ての親で恩人なことは確かなんだが》
アナさんに親は居ないと聞いていた。生みの親については顔も名前も知らない、そんなのは珍しくもないことだったと。
物心ついた時には既に孤児院にいたそうで──そのまま
《16の時、急に追い出されたんだよ。理由も聞かされずに》
『え』
《何度も死にかけながら数年ほど
『それは、当たり前というか』
アナさんがいたのは平和な日本じゃない。追い出すとか捨てるっていうのは……殺す、に近い行為のはずだ。
《ただ、施設に残っていてもろくなことにはならなかったんだよな》
『……アラガミに襲われた、とか?』
《そうじゃない。あそこは、分かりやすく言えばマッドサイエンティストの人体実験場だったんだ》
『…………え、まさか』
《そう、被験者を集めて好き放題するための孤児院。その経営者であり科学者──私にとっての親はそういう人だったんだ。“先生”と呼ばされていたが》
アナさんが施設にいた頃はそんな扱いを全く受けていなくて、事実を知ったのは神機使いになってから3年以上も後のこと。“先生”と再会し、同じ孤児院で育った後輩たちと共闘し──その果てに“先生”の凶行を知った。
《後から幾ら考えても、私だけを放逐した狙いが分からないんだ。先生は──さっきは分かりやすくマッドなんて言ったが──人間的な倫理観を捨てていただけで合理的な人だった。計画にとって私が邪魔なら殺しただろうし、役立たずでも何らかの形で利用しそうなのに……ただ追い出した。
何故なのか、何がしたかったのか、分からない》
『…………アナさんを守ろうとした?』
《そんな可能性も考えはしたがなぁ。生かすつもりなら余りに運任せだし、私以外にはあんなことをしたくせに、という》
悪事を知ったことで恨みにくくなるというのも不思議な話だけれど。『捨てられた』のか『救われた』のか分からなくなって、後者だとしたら『どうして他のみんなは』となる。
(アナさん以外が具体的に何をされたかはボカされたけど、要は言えないような扱いってことだ)
《ま、
『……ラケル、さん』
《先生のおかげというのも変だが、あの人のことを思い出してなきゃもっと躊躇ったかも知れない。毒を抑えるためとはいえ“領域”を意図的に書き換えるだなんて人道無視なプランは》
『ぁ、あ〜……』
言われてみれば確かに大胆な提案だった。いや、ちゃんと説明して本人の了解とるんだからマッドサイエンティストとは全然違いますけど。
アナさんの語る“ラケル先生”は、倫理観は無いし人道も無視するし孤児院の後輩たちにひどいことをした……控えめに言っても犯罪者だ。その上で、アナさんの語りから嫌悪の匂いはしない。
きっと子供の頃は良くしてもらったんじゃないかな。その時の親愛を忘れて憎むのも、悪行を見ないふりして愛するのも、どっちもなんだか歪んでる。
そうしてしまった方が楽ではあったのかも知れないのにね──アストロさんの見方が少し歪んでたように。
《──そういえばこれも伝えておこう。私の、ウマソウルの名前についてだが》
あ、それは私も気になってた。
『後付けの名前だってことですか?』
《あぁ。教科書に載った名前の方が世界に広く知られていたから、と説明したと思うが》
『はい、そう聞きました』
世界的にはそうでも、アナグラの同僚までアナさんの本名を知らなかったわけじゃないだろう。それなら英雄の偉業は本名で歴史に刻まれるはずで、“アナグラワンワン”は後から上書きされた名前ってことになる。それは“イヴィルアイ”と同じじゃないだろうか。
──と思いきや、前提が違っていた。
《私、アナグラでフルネーム名乗ったことないんだ》
『えっ』
え、アナグラの人からは“アン”って呼ばれてたんですよね? そもそもアンとしか名乗ったことがない?
《マグノリア=コンパス──孤児院にいた頃の知り合いもほとんど亡くなっていたし、記録も消されてたみたいだから……私のフルネームを知ってたの、下手するとラケル先生だけなんだよ》
『ひとりだけ? だからフルネームでの逸話がそもそも無いってことですか』
『だと思う。無いというか弱いというか』
──そんな話の流れで、ようやく。
知り合ってから8ヶ月も経って。
『フルネーム、教えてもらっても?』
《構わんが、“アナ”も気に入ってるぞ》
『それはそれとして』
《──アン・マグノリア。ラケル先生は私にだけ施設の名を与えた》
それは…………どういう意図の名付けだったとしても。
追い出されて恨んでた頃なら積極的には名乗らないか。ちょっと納得してしまった。
『……アン、というのは。何か由来とか』
《知らん。ただマグノリアという花の名はフランス人に由来する*らしいな》
『フランスって……まさか、最初の孤児だったんです?』
《私の知る限りではそうだ。“実験体
闇が深い。知れたことは嬉しいけれども。
『──これからもアナさんと呼ばせてください』
《あぁ、それでいい》
アストロはアラガミブートキャンプに入るようです。
(次話)
ところで、苦しんでいるのは彼女だけではなく。
(ゴッドイーター未プレイの方へ)
『サリエル』はドレスをまとったような人型のアラガミです。ほぼ常に浮遊しているため空中戦をすることになります。
毒霧を撒くことがありますが常に毒を帯びているわけではありません。
防御力は高くないので、熟練した神機使いの前ではすぐへろへろになって地面に落ちてきます。かわいい(異論を見たことがない)。