アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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 "ランデブー"。


明かされる名前

 

 アストロさんにサリーちゃん*のことを教えながら時は過ぎ、2月の上旬──京成杯から4週間後。

 

 

 領域転象──咲きて散る時忘れの花(レスト・ビトゥイン・サルツリーズ)

 

 

 なんかアリー先輩が京都記念に勝っていた。

 え、なんで???

 

「次走は小倉大賞典て言ってませんでした……?」

「その予定だったんだけど、妹さんにキレたらしくてね……怒らせるとヤバいタイプってやつ」

 

 私は寮のテレビで観てびっくり。ボゥ先輩は知ってたみたいだ。

 

 アストロさん関連では話せないことが多いのと、あとちょっとで毒を出さないことはできそうなので、ここ暫くはそっちに集中して先輩たちとはあまり話せてなかったんだけど……いつの間にそんなことに。

 

「ていうか2200mって。2000mでも勝ったことありませんよね?」

「ええ」

「勝算、あったんでしょうか」

「サキさんは最後まで反対してたわ」

「無かったんだ……」

 

 つまりぶっつけ本番と気合いでどうにかしたわけだ。体力については“領域”をひっくり返してどうにかしたんだろうけど……。

 

《アレは恐らく体力の前借りとかそういったものだぞ。しばらくは休ませるべきだ》

『アナさんが言ってくるならよっぽどですね。分かりました』

 

「何か言ってる?」

「げ。なんで分かるんですか」

「顔に出てるのよ。何か深刻そうだったわ」

「……体力の前借りみたいなものだと思うから、無理にでも休ませろって」

「なるほど了解」

 

 ……あの、アナさんのことボゥ先輩には話してないんですが? ムンちゃんとサキさんと、あと流れ的に仕方なくアストロさんにも話したけど、まだその3人しか知らないはずなんですよ?

 

「何もできないから深くは訊かないとか言ってませんでしたっけ」*

「何者か知らないけど、“領域”関連の見識は参考になる。今回のアリーについては杞憂なら杞憂で良いんだから、適度に利用させてもらおうと思って」

「……先輩ってたまに割り切りがすごいですよね」

「誰のせいだと思ってんのよ」

「………………え、まさか私のせいなんですか?」

 

 睨まれた。割と本気で怒ってるやつ。

 

 



 

 

 京都記念の翌日、いつもの夢の中で。

 

 

 偽称領域──浮かぶ魔の単眼(サリエル)

 

 

 アストロさんがドレスのようなものを纏う。これは彼女が自身の毒性を『固めた』イメージだ。

 私はそっとそれに触れてみて──うん、肌がぴりぴりするような感覚は無い。

 

「良いですよ、毒は散ってません」

「はい……後はこれを維持して……!」

 

 (ここ)は練習し放題で最高である。もちろん現実でも部分的にはやってるけど、色々と安全に気を遣うからね。

 〈単眼(サリエル)〉を纏うことはできるようになったし、その状態で毒を出す出さないも制御できた。それにじっとしてるだけなら〈単眼〉状態の維持もできる。この1ヶ月の素晴らしい成果だ。

 

(〈単眼〉はサリーちゃんの全部を模倣したわけじゃないから、当たり前だけど浮き上がったりする力は無い)

 

 これはつまり、アストロさんの困りごとを半分ぐらいは解決したと言える。

 タキオンさんが『極めて稀』と言っていたレース外での初回発動を実現させ、走らない限りは毒を出さずにいられる──つまり宇宙服を脱げるわけだから。

 

 同時に残り半分は未達成。

 全力で走りながら〈単眼〉を続けるのはかなり負担なようで……今はそれを伸ばすべく練習中。解けちゃっても通常状態なら〈(イヴィ)(ルアイ)〉よりはずっと弱いんだけど、それだって望ましいことではないからね。

 今のままだとアストロさんがレースに出るには懸念を伴う。

 

「そういえば、これは文句とかじゃないんですが」

「はい?」

「レースに出たい動機ってなんですか?」

 

 アストロさんは照れ臭そうに教えてくれた。

 ひとつは単純に楽しいから。つらい思いも沢山させられたけど、元々純粋に好きだったんだと。

 そしてもうひとつが、ある先輩ウマ娘の言葉。

 

「『ウマソウルは祈りだ』──的な? 多分そんなことを、言ってもらったんです、それが凄く嬉しくて。本当の名前が消されて、イヴィルアイなんて忌み名で呼ばれたとしても……それだけではないはずだって」

「祈り……」

 

 私のウマソウルたるアナさんは感じ入っている。

 

「素敵ですね。誰が言ってくれたんです?」

「実家とタキオンさんの伝手で、ネオユニヴァースさんっていう──」

「あぁ、あの──」

 

「「…………」」

 

 揃って絶句してしまった。それも仕方のない異常事態が起きていた。

 アナさんの夢はいつもの花畑で、普段なら空はどこまでも青い。

 

 だけどその空に、ウマ娘の姿が浮かんでいる。

 ……見下ろしてくる様はものすごく巨大な神サマのようだ。ていうかあの姿は──、

 

「え、と。あれが(﹅﹅﹅)ネオユニヴァースさん?」

「…………はい、あれがネオユニヴァースさんです……」

 

──うん、ネオユニヴァースさんが夢を覗き込んで来ていた。どうしてこんなことに。

 

《……CEBR、よかったね。"デブリ"が減って視界良好》

 

 

 

 アストロさんによると、ネオユニヴァースさんはウマソウルを“観測”できるらしい。それには無意識が剥き出しになる睡眠中などが分かりやすいとかで、これまでも様子を観られていたそうだ──事前に予告すると変に身構えてしまうからと、不定期に。

 寝てる間に来ては去っていくので、アストロさんが自覚するのは初めてみたいだけど。

 

「つまり今、ネオユニヴァースさんは美浦寮のアストロさんの部屋にいるってことですか?」

《アファーマティブ。RCC*は物理接触──『額に手を当てる』をしているよ》

 

 お、おう……彼女も色々と答えてはくれるんだけど、ごめんなさい私にはかなり難易度が高い。アストロさんも自信なさげだし、振り返るとタキオンさんも微妙に翻訳に困っていた気がする?

 

《INTI──それにMYS。"好転"と聞いてはいたけど……?》

 

 だけど何故か戸惑わない人もいるのだった。

 

「最大の問題は名前だった。“イヴィルアイ”という呪い──しかしそれは本当の名ではないようだから」

《! MIP、名前だけでそんな力が? UNBL……》

「名前だけ(﹅﹅)じゃない。“サリエル”は私の世界に実在して広く知られたものの名前だ」

《──"DIGG"。驚き、だね》

 

 なぁんでアナさんは普通に会話してるんです……? 意味の分かるところだけ拾って他はスルーしてるっぽいけど。

 というかあっちも私とアナさんの存在に疑問をぶつけないのはどうなんだ。

 

「褒めてくれているようだが、解決とは言い難い」

《アファーマティブ。XACF(ザクシフ)の名前は"見えない"──ネオユニヴァースからも『わたし』からも、ね》

「その名前をアストロが思い出せればかなり変わると思うんだが、難しいか?」

《NPB。ネオユニヴァースは感謝と称賛をするよ》

「む?」

 

 おや、何か食い違いがあったらしい。空に映る巨大ネオユニさんも首を傾げている。

 

《"PATH"はもう通じてる──もしかして、ACDN……?》

「待ってくれ、話が見えない。アストロの本当の名前が分かったのか?」

《ネガティブ。でも知っている存在がすぐそこにいる……(AC)(DN)なんだね。とてもスフィーラ、だよ》

 

 …………ん? 半ば理解を諦めかけてたけど、なんか今すごいことを言ったような。

 アストロさんの名前を知っている人がすぐそこにいる!?

 

《隣の部屋、だね。細くて確かなアストロとのREEN──SOSを、送る?》

 

「アストロさん、隣の部屋って?」

「え……ホウカンボクさん……?」

 

 




 

 

 ネオユニヴァースの“観測”によれば。

 

 『ホウカンボクというウマ』は無敗のまま_________と戦った──そして初めての敗戦を最後に病没した。これが『ホウカンボクというウマ娘』の不調の原因。ウマとしての蹄跡は敗北を最後に途絶えた。

 だからソウルには_________の名がはっきり刻まれているはずで、しかしウマ娘であるホウカンボクにはソウルの記憶など読み取れない。

 

 それはネオユニヴァースの領分だ。

 しかし(日が明けてから本人の了解を得て、翌晩に改めて)睡眠中の“観測”を試みたところ、肝心の名前ははっきりしない。

 

___ス……__メ__……?

 "ISRY"、『わたし』の力不足。"デブリ"の影響がこんなに強いなんて──』

 

 ここでいうデブリとは忌み名“イヴィルアイ”で呼ばれたことによる隠蔽──つまり畏れや恨みのことだ。本人ならともかくホウカンボクの方にまで効果が及んでいるとは予想外。

 しかしもう少しで"デブリ"は突破できそうだという──ならば、観測環境を整えれば或いは。

 

 ホウカンボクのソウルを高めつつ目的の名を明確に思い出してもらうこと。

 ネオユニヴァースのソウルを高めて“観測”の精度を上げること。

 同時に行えば真名を看破できる公算が高い。

 

 

 具体的には【喚起】を利用する模擬レース。

 場所と日程を調整する必要があるから、実施は少し先になるだろう。

 

 

 ──その模擬レースで最も得をするのは、果たして誰だろうか?

 

 




 

 

 京都記念から10日ほどが経った2月の末。

 秋川やよい理事長の私有地にて、ある模擬レースが行われた。

 

 元々は姉妹喧嘩のようなものだったが、幾つかの要因が絡み合い、走ったのは5人。

 アソカツリーとホウカンボク、アナグラワンワンと『アストロ』、そして──ネオユニヴァースである。

 私有地でひっそりとやったのは慧眼だ。もし学園の敷地内で行っていれば大いに人目を引いていただろうから。

 

 

 そのレースの決着後(﹅﹅﹅)、アナグラワンワンは背景を問い質されている。

 正座させられ、首からは『私は先輩を裏切りました』の札を提げられて。

 

「今のレースにはちゃんとした目的と必要性があって、3人には協力を約束しちゃってたので……でも本当にごめんなさい、レース直前まで知らなかったんです……」

「ボクの模擬レースの相手が私だって?」

「というか、アリー先輩の妹さんだってところから」

「ん、言ってなかったっけ──言ったことないや」

 

 これについてはグラの落ち度ではない。姉妹ともに言わなかったことだ。

 グラとしては相手がアソカツリーであるなどとは思いもせずに(というか4人で走るものという認識で)約束し、約束してしまったから断れずに走った。

 そして結果的に先輩を負けさせてしまった。痛恨の極みである。

 

 ホウカンボクの(はかりごと)。姉とアナグラワンワンとに、あえて個別で話を通したのだ。

 グラには相手がアソカツリーだと伝えなかったし、姉には『編入生のためにとても大切なことだから、模擬レースに3人加えたい』と了解を取った。

 

『“3人にとって勝敗は重要じゃないから、お姉ちゃんより前には出さない。それなら妨害にならないでしょ”ってボクは言ってた。確かにワンちゃん()前に出なかったし誰も私の妨害()してない──結果的にボクの後押しになっただけで……私も同じ恩恵を受けてた』

 

 姉としても無警戒だったわけではない。ただ彼女の視点では妹がアナグラワンワンを頼るとは考えにくかった──挫折のきっかけなのだから。

 しかしレース直前になってみれば『3人』には後輩が含まれており、そしてやはりと言うべきか、理解しがたいことが起きた。

 

「そっか……あ、正座は解いて楽にしていいよ。

 『編入生のために大切なこと』っていうのは? ワンちゃんがこのところ秘密モードで色々やってた件だよね」

「えーっと、レース直前まで『アストロ』って呼ばれてたウマ娘が編入生なんですが」

「うん」

「彼女、自分のウマソウルの名前が分からなかったんです」

「え」

 

 アソカツリーは『アストロ』が病毒を振りまいていたことなど知らない。その点はグラも話すつもりがない。

 しかしその他は隠すようなこともなかった。

 

「アストロっていうのは仮の呼び名で……彼女が失くしていた本当の名前はホウカンボクさんが知ってるはずだって、ネオユニヴァースさんが」

「???」

 

 目を白黒させるアソカツリーに、ネオユニヴァースの“観測”について伝える。『前世占いができる』程度の雑な説明だが。

 流石にウマの生き死にまで伝える意味は無い。

 

 なんとも不思議な話を聞かされて、アソカツリーは呻くようにまとめる。

 

「──え、っと。『アストロ』さんがいたのはボクのウマソウルが思い出しやすいように。ネオユニヴァースさんがいたのはソウルの記憶を観るため。ワンちゃんのお仕事はその両方を【喚起】でフィーバーさせること」

「ですです、その通りです」

 

 なるほど合理的な布陣ではある──唯一アソカツリーだけは居る意味が無いが。

 それは後輩が意図したことではないし、『アストロ』もネオユニヴァースもそんなことをする理由が無い。ならば犯人はホウカンボクだけ。

 

『編入生のための模擬レースと私とのレースを、ボクがくっつけてひとつにした。何のために?』

 

 勝つため、ではあるのだろうが。しかし目の薄い賭けである。

 『アストロ』の真名が明らかになったのはレースの真っ最中で、結果を決めたと言っていいアレ(﹅﹅)には全員が驚いていたから。

 

 

 妹のコンディションは最悪だった。2ヶ月もまともなトレーニングをしていなかったせいで衰えきっていた。

 姉のコンディションも良くはなかった。京都記念の2200mと〈(サル)忘れ(ツリーズ)〉は重い疲労を刻みつけ、その10日後にあたる今日も回復はしきっていない。

 サキが許可したのは800mという短い距離のみ。

 

 ここまでの条件でいくと妹に勝ち目は無い。才能の差を鑑みても、2ヶ月ものサボりはそれだけ重いから。

 

『……勝ち目が無いから博打に出て……しかもそれに勝っちゃったわけか。

 つまり「出来ないこと」に挑んで、運のおかげだろうと突破したんだね。全くボクは……』

 

 僅か800mの模擬レースが始まった、あの瞬間──、

 

 

 ホウカンボクのソウルは戸惑いつつも歓喜した。『()いつ(﹅﹅)が、いる』。

 生まれて初めて敗れた相手。内心で再戦と勝利を誓ったライバル。しかし再び(まみ)えることはなく、息が薄れゆく最後の瞬間まで名を念じた女神。

 すぐそこに。首の届く場所で。走っている。戦おう。病気は平気なのか。戦おう!

 ホウカンボクの声なき咆哮を、ネオユニヴァースは漏らさず聞き取って。

 

 

 固有権能──星の声を聞くよ(オウディテ・アストラ)

 

 

 大切に大切に、その名を呟いた。

 走っている最中だし、『アストロ』は毒を撒かないために〈(サリ)(エル)〉をまとっているし──普通なら聴き逃してもおかしくないのに、その名は納まるべきところへするりと還っていく。

 

「──っ、そうだ! 私は、私は!

 夜と昼を冠する──!!」

 

 彼女はもう、イヴィルアイでもアストロでもサリエルでもない。

 

「──ニュクスヘーメラー!」

 

 

 限定顕現──“もし(イフ)”を望む嘆願

 

 

 黄昏の薄闇が/未明の鬱金が、世界を隠した。

 

 彼女を邪眼と忌む声が常に望んでいたもの──『もっと、名勝負を観たかった』。もしもあんな病気が無ければ。もしも感染を防げていれば。

 何の罪もなく、また健康でいてくれた女王ニュクスヘーメラーを、ターフに迎えられていたら。

 どれほどのドラマが生まれただろう。リベンジしたい者も多かったはずだ。あの日まで無敗だったホウカンボクとまた競っていたら?

 

 相反する(ニュクス)(ヘーメラー)を名に持つ彼女は、『どちらでもない(あや)(ふや)』の中でのみ、その夢を叶える──。

 

「「っ!!」」

 

 姉妹のコンディションが最善のものに引き上げられる。疲労もサボりも今だけは無い。この“()()”の中でだけは。

 姉はすぐに確信した──勝ち目が消えたと。それでも全力で食い下がりはするが。

 妹にとっても予想外だが、彼女はこの幸運に遠慮などしない。小細工なしのスペック差で勝てるのだから、堂々とゴリ押すのみ。

 

 

 そう、これは基礎能力の殴り合い。

 だから当然、アソカツリーはホウカンボクに敵わないし──、

 

 

「……あ。"ISRY"」

 

 

──全盛期の実力を取り戻したネオユニヴァースが『つい』先着してしまうのも、実に自然なことだった。

 

*
アラガミ:サリエルのこと

*
21話『グラの忘却とボゥの心配』

*
Resonance Communication-Channel(共鳴通信チャンネル)




 次話、総括と強化フラグ。
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