アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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荒章:異端の獣臨
紅面桜冠


 

 4月のはじめ。

 

 今年の新入生を迎えるにあたり、トレセン学園と生徒会には非常に重要なミッションがある。『アナグラワンワンの真似をするな』の周知徹底だ。

 彼女の知名度は極めて高い。その出走数が異常なことも。しかし知識として知っていても『あの人にできるなら私だって』と考えがちなのが若さというもので、それを放ってはおけない。

 

 そもそもウマ娘は走るのが好きだ。沢山のレースに出たい──彼女のように。真似をしたい動機はみな抱いている。

 だから入学前のガイダンスや書類でも再三警告をしているが、それだけで解決とは考えにくい。

 

 そこで設けられたのが、入学式での本人による説明タイムである。

 

 

 ちなみに桜花賞は4日後。

 短い時間喋るだけとはいえ、普通のウマ娘が相手なら頼みにくいタイミングだ。

 ──アナグラワンワンならいけると考えられたらしい。

 

 



 

 

〔皆さん、ご入学おめでとうございます。中等部2年のアナグラワンワンです〕

 

 GⅠウマ娘として、演壇の上ではできるだけ堂々と話している。でも内心は不安が大きい。

 話すだけで諦めてくれるだろうか。私が新入生の立場なら言葉だけでは止まらない気がする。

 

 ましてや生徒会の人が用意してくれた原稿は、こんな内容で効果があるやらちょっと疑わしい。サキさんが太鼓判を捺したからそのまま受け入れて、こうして読み上げてはいるけどさ……こんなので怯むものだろうか?

 

〔皆さんにお伝えしたいのは、私が年末年始の2週間に──ホープフルステークスから京成杯までの3連闘の間に、どれほどの検査を受けたかです。

 私は、ただ万全であるだけでは連闘なんてしません。万全であると医学的に確かめられた上で走っています〕

 

 背後のスライドに実際のスケジュールが映し出される。

 あの期間はレース当日(レース後)だけでなく、その前日にも精密検査を受けていた。つまり3連闘の前後では6回の受診だ。毎回かなり時間がかかる。

 

 この辺をやけに詳しく語る、それだけの原稿なのよ。だけど講堂の空気はどんどん硬く冷たくなっていく。要するにドン引きされている。

 新入生たちの表情はとても雄弁だ。『そんなに病院に拘束されるなんて真っ平だ』ということらしい。

 

『おお……サキさんが言ってた通り……』

《ウマ娘の病院嫌いは相当だな》

『私が並外れて平気な方だって言われても実感無かったんですが、これほどなんですねぇ』

《ウマソウルの──ウマ由来の拒絶感か》

 

 あー、アナさんは元々がウマじゃないから。それは納得かも。

 振り返ってみるとゲート練習なんかも苦労した覚えが全く無い。もちろんスタートダッシュのタイミングとかは繰り返してるけど、『ゲートに閉じ込められた状態で大人しく待つこと』は何が難しいのか本気で理解できなかった。

 病院での検査も似たようなもので、拘束時間のほとんどはじっとして待つだけ。練習したいとか暇だとかいう以外にはなーんの苦痛も無い。

 だから当たり前に待てるものと思ってたんだけどね。どうやらここでも異端だったらしい。

 

〔──こういったことに耐えられないのなら、学園のトレーナーは連闘の許可を出さないでしょう。それくらい危険だということです──〕

 

 

 原稿に沿ったスピーチを終えて、サキさんや生徒会さんから観た様子を訊いてみても『あれだけ脅かせば無茶をする新入生はほぼゼロだろう、あとはトレーナーや教師が目を光らせる』とのこと。任せられたミッションは達成できたらしい。

 

 UMA娘扱いは今さらだし、私に実害は無いし、嘘を言わされた訳でもないし……必要なことではあったと思うし。

 うん、気にしないことにしよう。変人を見る目をたっくさん浴びせられたのは、多少傷ついたような気がしなくもないけれど。

 

 気にしない──もとい、そんなことを気にしてる余裕(ヒマ)は無いんだから。

 

 


 

 

『今年は暖かな桜前線と共にこの日がやってきました。クラシックGⅠ戦線の始まりを告げる桜花賞、パドックでは1枠1番のアナグラワンワンが静かに礼をしています。一見するとジュニアの頃から変わっていないようですが──』

『いやぁ、風格が出てきましたよね。学園での様子も昨年までとはかなり変わったらしいですよ』

 

 うへー、なんだか解説されている。

 確かにここしばらく、周りからよく言われるようになった。ギラギラしてるとか集中力がヤバいとか余裕が無さそうとか色々。変化自体はアナさんも指摘するし自覚もあるから間違ってはいない。

 ただ──、

 

『やはりフランスに遠征して世界を垣間見たのが大きいのでしょうか?』

『ええ。それに後輩ができた影響もあるかも知れませんね』

 

──的外れだなぁ。まぁ好き勝手に憶測してくれて良いけどさ。

 

『ライバルのムーンカフェは弥生賞でも無敗を守っています。皐月賞では3度目の激突が観られそうで楽しみですね』

『今日ここにいるホウカンボクやナーサリーナースも阪神ジュベナイルフィリーズのままではありません。久々に対戦するライバルも多いですよ』

 

 ……うん、うーん。さっきよりは近付いたけどもうちょっと。大正解までは言及されなかった。残念。

 

 

 

 ゲートインの直前。これまで話しかけてきたことの無いタイミングで、ナーが声をかけてきた。

 

「──ワンワン」

「ナー? こんな時に珍しいね」

「心配してやってんだナ。いつもと様子が違うから」

「あー、不愉快にさせたかな。ごめん」

「…………」

 

 なんのことだ、とは訊いて来ない。つまり私の態度は愉快なものじゃないんだね。

 桜花賞のスターティングゲートを目の前にしながら、私の意識には別の(﹅﹅)レースがあるから。そりゃ面白くないだろうし、ナーのことだから本気で心配もしてると思う。

 

「大丈夫、切り替えるよ。阪神でもそうだったでしょ?」

「そー言えばそーナ。他のレースのこと考えて気も(そぞ)ろなら足を掬ってやるんだが」

 

 また悪ぶっちゃって。ナーはそういうことできる性格じゃなくない?

 くすりと笑っているとゲートインが始まって、手を振りながら誘導に従ってゲートに入る。

 

『……良くない、ですよね。目の前の勝負に集中できてません……』

《良くないことか? まぁスポーツマンシップや礼儀の面ではそうか》

『あれ、意外。余計なこと考えてたら負けるぞって言われるものかと』

《そういえば兵士としての心構えなんか改めて教えたことは無かったな──》

 

 ゲートインはもうすぐ済む。戦いは始まってしまう。こんなタイミングで、具体的な作戦でもないことをアナさんと話すのは初めてだ。

 

《──グラ、『集中できてるか否か』なんて忘れてしまえ。それ自体が雑念だ》

『割ととんでもないこと言いますね』

《闘争にそんな余裕は無い。想定通りのもの、早めに発見できたもの、突発的な不運に誰かのミス──どれもやることは同じだろ。()()()()()()()

『ひぇ……』

 

 うわぁ、なるほど余裕なんて無い。

 そっか……そう考えるならアレもコレも頭から追い出そう。先のレースのことはもちろん、このレースのゴールラインのことすら。まだ先のことだ。

 今この瞬間は、蹄鉄とターフの感触を。横に並ぶ17人を。これから再現するモノの荒ぶる息遣いを。今まさに開かんとするゲートの、その金具が擦れ始める音を──、

 

《なに、力は貸してやるさ》

『頼りにしてます!』

 

──聴き逃さず対処しろ(かりつくせ)

 今ならできるはずだ。ニュクスさんと過ごした期間で、この子たちはばっちり扱えるようになったんだから。

 

 

 喰核再現(プレデイテッド・コア):コンゴウ

 

 



 

 

『ゲート開きまして先頭争いはナーサリーナースとミルファクが2人ぽんと抜けました』

 

 桜花賞は阪神レース場の1600m。ジュベナイルフィリーズと同じコースだ。

 あの時はスタート直後の先頭争いをアナグラワンワンが制し、そのまま最後まで逃げ切った。

 今回は早速違う展開になっている。

 

『2バ身あけて先行集団はアナグラワンワン、ホウカンボクほか激しく好位置を争っています』

『というより……アナグラワンワンの前に壁を作ろうとしているようです』

『マークを受けるのは納得ですね。しかし1枠のアナグラワンワンが先頭に飛び出さなかったのは何かトラブルでしょうか』

『いえ。意図して先行につけたように見えました』

 

 アナグラワンワンが先行につけるのは初めてではない。過去のレースも改めて見直したホウカンボクは、故に察する。

 これまでとは違う。決定的に違う。

 

『あれがワンワンの“領域”──!? ニュクスが装備型って呼んでたタイプに見えるけど……!』

 

 アナグラワンワンの姿はゲートイン前と変わっている。顔には猿のような赤い面、背中には明王が背負う火焔光のような何かが見える。

 ──それが〈コンゴウ〉というアラガミを再現した姿であることなど周りには分からない。ただその走りがこれまでと大きく異なるのは、周囲の全員が感じていた。

 

『頭を抑えきれないにしても抜けて行ってくれれば良いのに……やりづらい!』

 

 アナグラワンワンを含む先行集団は5人。順位は細かく入れ替わる。

 誰かが一時的に前を取ることはあっても、壁が完成しそうになるたびに微妙な位置取りや加減速で呼吸の隙間を射抜かれ、ホウカンボクたち4人は急場しのぎの連携を崩されてしまう。

 そのくせアナグラワンワンは3番手を確保しようとしない──そうしてくれれば遠慮なく風除けにしてやるものを。

 外からは『激しく位置を争っている』と見えていても、4人の実感は『振り回されている』といったところだ。

 

 

『先頭ナーサリーナースとミルファクは3番手集団に大きく差をつけて3コーナーを曲がっていきます』

『アナグラワンワンたちはもつれあったままコーナーに突入です、これは難しいですよ』

 

 カーブの途中で後方を確認したことでナーサリーナースも異常を察した。

 目に見える形での“領域”もそうだが、()()異端児が集団をコントロールする? 悪い冗談だ。

 

 もちろんアラガミのことなど知らないが、離れているからこそ観察しやすいこともある。

 本人の耳に加えて赤い仮面の左右に突き出た耳(?)も忙しなく動いていること。広い範囲でゆるい空気の流れがアナグラワンワンに集まっていくこと。

 

『風の操作……それに聴覚? よく分かんねーけど、とにかく脚を休めてやがるナ』

 

 鋭い洞察だ。〈コンゴウ〉の特性は気流操作と聴覚強化。それが全てではないが、自分だけ楽をしているのは間違いない。

 4コーナーで一気に加速してくることだろう。

 その時に先頭の自分たちと差が広いと、先行脚質のウマ娘たちは体力があっても加速しきれず振り落とされることになり──加速に優れるアナグラワンワンを利する。それが分かっていてもナーサリーナースには逃げ切りしかない。

 

 

 領域具現──うたたね冬眠鼠(ドーマウス・カナー)

 

 

「いつまでこんなスピードで……!?」

 

 並走してきたミルファクと少しずつ差がついていく。ここに来るまでのペースは1600m維持するには速すぎるもので、いわば破滅逃げに近い。

 〈冬眠鼠〉のようにスタミナ切れを防ぐ“領域”があれば別だが。

 

『苦しいはずですがナーサリーナースはペースを落とさず直線に入りました、ミルファクはちょっと厳しいか』

『後続は4コーナーを抜けようというところ、何処から誰から仕掛けるのか。まず飛び出したのは──!』

 

 

『気のせいや偶然じゃない、狙ってボクたちを操ってるんだ……!』

 

 ホウカンボクは確信と共に歯噛みする。このままだとコーナーの出口、最も加速に適したタイミングで他のウマ娘に半秒ほど進路を塞がれてしまうだろう。そこで道が空くのを待てばその間に突き放されるのは明らか。

 

『くそ、言いなりでいられるか!』

 

 多少の大回りは覚悟して、最適より僅かに早く仕掛ける──いや、仕掛けさせられた。こうしなければ置いていかれた。

 だから踏み込みを強めた瞬間に気取られる。

 

《ホウカンボクが出る》

『追います』

 

 〈コンゴウ〉の聴力ならば周りのウマ娘の動きは目で視るまでもない。そしてグラに聴こえる音はアナにも聴こえている。

 つまり今のアナは、聴覚情報から集団の動向を分析してグラに伝える(オペ)(レー)(ター)だ。それぞれの意図を察しバ群コントロールの糸を引くのがこちらであることは言うまでもない。

 頼れる上官、もとい管制官の情報に基づいて一旦〈コンゴウ〉を解除し、ペイジで4歩ほど急加速してから再び猿面を被る。

 

『ホウカンボク飛び出た、ほとんど同時にアナグラワンワンも急加速、これは速いぞ3人はついていけない!』

『ホウカンボクも伸びているがそれ以上に! 異常なまでに! アナグラワンワン空を翔けるような進撃!』

 

 〈コンゴウ〉は風を操る。喰核再現の最中は(シールド)をはじめとする神機の外装を使えないものの、身体で浴びる風に体重を委ねて走ることには慣れているグラが、自分の思う通りに烈風を起こせたらどうなるか。

 

「「速──!?」」

 

 意図的な追い風を翼にして翔ける。ホウカンボクが前に居られたのはほんの一瞬。ミルファクもすぐに2番手を譲ることになった。

 こうなれば迷うことはない。

 

 領域具現──英雄の戦果(ペルセウス・レイズ)

 

 怪物ゴルゴーンの首が宿すという石化の呪いが。

 

 未現領域──再臨する執着の棘(リフューズ・ザ・セイクリッド)

 

 死したウマソウルが伸ばし始めた再起の芽が。

 

 領域転象──魔の森のまれびと(ガストリー・ジャバウォッキー)

 

 ランダム故に対処の難しい迷いの森が。

 相次いで重なり合い襲いかかる。

 

《ミルファクは装備型、ホウカンボクは“領域”モドキ、ナーサリーナースは範囲型。奇跡的に相互干渉が起きてない》

『了解』

 

 驚きはあっても焦りは無い。

 何が来ようと狩るだけだから。“領域”は奇跡であっても無敵ではないから。

 

 

 喰核堕天(フォールン・コア):コンゴウ

 

 

 寒冷地に適応した〈コンゴウ堕天〉の世界は、あらゆる音を深々と吸い込む静寂の雪原。

 範囲型の“領域”は同じ座標に併存できない。ナーサリーの〈魔の森〉と干渉を起こし──対消滅ではなく打ち破る。

 

「マジか……!」

 

 何せ情報量が違う。コンゴウ種の討伐数は千でも足りない。

 

 次いで冷気を操る能力で氷を背負った。〈英雄〉のデバフ効果がゴルゴーンの魔眼を下敷きにしている以上、鏡状のもので視線を遮られれば解除せざるを得ないからだ。

 

「対処が早すぎる!?」

 

 アラガミと畏れられた怪物たちの名は神々や暴君から命名される習慣があったため、多くの神機使いは神話や歴史に通じている。

(もっともアナの知る神話ではアンドロメダ姫にウマミミは無かったし、ペルセウスが助けにくるまで走って鯨から逃げ続けるなんてパワフルな王女でもなかったが)

 

 ホウカンボクの〈執着〉は正面から受け止める──(コン)(ゴウ)を外しペイジを使うことで。どうやら負けたことのある相手に何らかの作用を及ぼすらしいが、現状では単純にパワー不足だ。

 

《年末に見た〈大輪(スカーレット)〉とはまるで違うな……?》

『今は雑談やめてくれません!?』

《あ、すまん》

 

 ホウカンボクにも色々あったらしいですよ、などと軽口を返すほどの余裕は無い。先頭とは最大で8バ身ほどあったのをホームストレッチだけで抜き返し()のだから。

 それでもなお、最後の瞬間までオラクルソードと回復弾は欠かせないのだから。

 

 

『春一番をも追い抜く疾風一陣! クラシック最初の冠を勝ち取ったのはアナグラワンワンです!

 

 

 まず1つ、などと数に拘るつもりはないけれども。

 翌週の皐月賞に向けて、コンディションは──最善をキープできている。蹂躙の始まりだ。

 




(ゴッドイーター未プレイの方へ)
 『堕天』というワードは『あるアラガミの別種』程度の意味です。通常のコンゴウは風を操りますがコンゴウ堕天は冷気を操ります。それ以外はほぼ同じなので、『堕天種の方が上位種』といったことはありません。
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