アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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(とき)を睨む

 

『春一番をも追い抜く疾風一陣! クラシック最初の冠を勝ち取ったのはアナグラワンワンです!』

 

『最終直線ナーサリーナース苦しそうだ──3人が並んでゴールしましたが2着はホウカンボクか』

『3着4着はミルファクとナーサリーナース、写真判定になりました。そこから少し空いて──』

 

 

「はっ、はっ……ふぅっ……」

 

 桜花賞は獲った。獲れた。コンゴウの聴力と風を使いアナさんにアドバイスを貰いながら……脚のダメージも、ちゃんと抑えつつ。()()の制御は気力を削るけれど、コンゴウ*くらいなら暴走の危険はもうゼロだ。

 

『私たちが目撃──としているの──るべき伝説のはじ──』

 

 何やら大仰なことを言われてる気がする。でもよく聴き取れない。会場からの歓声が凄すぎて。

 歓呼、称賛、驚き……うぁあ、“金剛”呼びが思ったより普及してるぅ……なんとなく笑顔が歪んでしまいそうで、いつも通り深々と頭を下げるだけで客席から離れることにする。

 

 

 ちなみに写真判定で4着だったナーは疲労が重すぎて救護室送りに。〈冬眠鼠〉で誤魔化してただけで、1600mをスパートし通したようなものだからね。

 でも担架で運ばれていく時にこちらを睨む視線は雄弁だったな。

 

『ドゥのこと下に見てると痛い目みるぞ』

 

 あれはそんな感じの怒りだった。

 つまり、きっとナーは気づいたのだ。スタート前の私が意識していた『桜花賞以外のレース』が、皐月賞()すら(﹅﹅)ない(﹅﹅)ことに。

 そう、今の私にとって皐月賞は──もちろん手を抜いたりはしないけれど、ひどい言い方をすれば──もっと強くなるための過程だ。

 

 今のままじゃ勝てない。そういう焦燥が強い。

 そりゃムンちゃんやドゥと競うのは愉しみだけど、それは今後もたくさん味わえる。皐月賞かどうかには拘らないし。

 

 対してボゥ先輩との(アイビス)*は1度きりらしいから。

 この間から、私の頭は先輩のことで一杯である。

 

 


 

 

 ボゥ先輩は3月の末に高松宮記念を走った。シニア限定のGⅠレース、距離は1200m。これに勝ったことでGⅠ4勝目*だと世間は大いに盛り上がっている。

 もちろん凄いことだ。ただ、私にとってはレース内容の方が重い。

 

 元々スプリンターだったのは初詣の後に聞いたし、楽な相手だなんて思ったことはないけど──、

 

『まさか! そこから届くのかアルヘイボゥ! 400mの最終直線、急坂をそして順位を駆け上がる!』

『大外から一閃ゴボウ抜き、これは写真判定になるか──いえ、クビ差です! 着順確定が出ました!』

『連勝が止まりませんアルヘイボゥ、4つ目のGⅠタイトルを獲得ぅー!』

 

──あんなにも刺激的な勝ち方をするなんて。

 

 マイルを制した先輩の体力なら1200mは余裕がある。わざわざ最後尾で待機しなくても中団について行けたはずだし、実際にスプリンターズステークスではそうしていた。

 そんなセオリーを捨てた高松宮記念の走りは、瞬間の加速力とトップスピードを私に見せつけたのか。それとも以前(クラシック)の戦い方の錆落としだったのか。

 

 いずれにしても、2年前よりも確実に速くなってる。

 先輩がクラシックの7月にアイビスサマーダッシュで刻んだレコードタイムは、平均時速にしてなんと67.2km。ちなみに最も速かった1ハロンを抜き出すと時速75kmにもなる。

 これを上回らないといけない。

 

「…………いや無理では?」

 

 実は私、レコードは1つも持っていない。芙蓉ステークスではそれまでのレースレコードを上回ったけどムンちゃんが更に上を行ったから。

 これまでの記録から言っても時速67kmなんて──瞬間ならともかく平均となると──未知の領域。

 

 だからますます意識せずにいられないんだけど。

 ……その相手は今日も仲良く同室である。

 

「どうしたの?」

「あ、すみません。独り言です」

「そ」

 

 チョキン、チョキン。

 定期的に散髪をお願いしてる、それどころか買う私服まで相談させてもらってる先輩の倒し方を必死で考えるってのも酷い話かも知れない。同時にこうして挑むことこそ敬意の示し方だ。

 

「例の『アナさん』?」

「今のは違います」

 

 先輩はこちらから話すまでもなく『見えないお友達』の存在を確信しておられたので、とりあえず名前だけは伝えてある。

 だから気軽に答えたんだけど──、

 

「ふぅん。以心伝心ってわけじゃないのね」

「はい。……ん!?」

 

──なんか情報収集された!? 更に罵倒まで飛んでくる。ひどい。

 

「迂闊おバ鹿ワン子」

「っぐぅ……」

 

 常時お互いの考えが透けるとしたら『アナさんとの会話ではない独り言』なんて有り得ないから、(プラ)(イバ)(シー)が有るなら以心伝心ではないって推測は妥当だ。当たってもいる。

 でも日常会話でそんな誘導尋問しかけられるなんて考えませんって。

 

「桜花賞、見事なバ群コントロールだったわね。あんな器用なこと貴女にできるわけないじゃない」

 

 それはそう。あれはアナさんの助言あってこそだ。

 そして私たちは言葉を介して会話をしている。先輩が暴いた通り……タイムラグも、ある。

 

「私は警戒されてないのかしら?」

「そんなわけ!……ていうか先輩こそ、『弱点に気付いたぞ』って教えてくれてるじゃないですか」

「アイビスだと弱点にならないでしょ。元々そんなヒマ無いんだから」

 

 そうですけど。真っ直ぐだしコーナーもないし1分もかからないしで、コントロールの余地ゼロですけど。

 

「安田記念なら弱点になりえましたよ。言われなければ」

「……まぁ、そうね。でも貴女のことだから、『安田記念は出ないでおいた方がアイビスサマーダッシュをより愉しめる』とか──」

「なななななんで分かるんですか!?」

 

 こ、心を読まれた!!??

 いやまぁ、『先輩の夢である安田連覇をあえて邪魔する理由も無い』とか『アリー先輩がまた出るって言ってたし』とかも理由ではあるけど。

 今年の安田記念にはあんまり意欲を感じてない。そこは当たってる。

 

「なんでって……『6月のフランスってどんな服で行けばいいんですかね』とか訊いてきたでしょうが」

「そんな僅かな手がかりから……!?」

「喧嘩売ってる?」

 

 ちなみにアナさんはしばらく前から爆笑中。あえて伝えてはこないけど雰囲気的に。

 

「オークスとダービーが終わった辺りでまた行くんでしょ。ジョッケクルブ賞とか」

「も、黙秘します! これ以上の誘導尋問にはかかりません!」

「誘導した覚えが無いわねぇ」

 

 チョキン、チョキン。

 全く嘆かわしい、正直者には生きにくい世の中ですよ。

 ……違う違う、アイビスサマーダッシュのことを考えてたんだ。

 

「レコードってどうしたら破れるんですかね」

「またバ鹿なこと言い出した……」

 

 先輩は呆れも露わに言う。

 破ろうとして破れるウマ娘なんて恐らくいないと。実力だけでなく、僅かな運や様々な条件が重なって初めて可能性が出てくるのだと。

 

「そんなこと言って、先輩はきっとレコード更新するでしょう?」

「はあ? そんな断言できないわよ」

「え、でも」

「あのねぇ。私が53.6秒を出した時はまず8枠18番──最外だったの」

 

 直線だけだから変な感じもするけど、普段のレースで外にあたる観客席寄りがアイビスサマーダッシュでも『外』と扱われる。

 そしてこのレースは外枠有利だという。内側のウマ娘が外ラチに寄ってくる程度には。

 

「普段踏まれることの少ない外側の方が芝が綺麗で走りやすい、でしたよね」

「そう。私の前にレコードだった53.7秒は、カルストンライトオさんが13人立ての12番スタートで刻んだ──ていうかあの人5枠5番でも53.9秒とか出してるし。それと比べたら私の記録は運よ」

「運は言い過ぎじゃないですか?」

「枠番以外も、全部の条件が私に味方したって話。今年もそうなるなんて考えにくいわ」

 

 時計(タイム)を左右しうる要素は芝、気温、湿度、風……挙げていけばきりがない。む〜、それら全てが好条件になる確率は確かに低い。

 仮にそうなったら記録を更新できるだろうと、それだけは先輩も(やれやれと)認めてくれたけど。

 

「えー……残念。私と先輩にベストなコンディションだといいなぁ」

「無茶を言わないの。ていうか皐月賞のこと考えなさいな」

 

 真っ当なアドバイスである。皐月賞はもう4日後。

 7月のことなんか考えてる場合じゃない──普通なら。

 

「考えましたけど、もうイメージトレーニングはやり過ぎって位にしたんです」

「あー……。顔ぶれもホープフルステークスと被りそうではあるか」

「ですです」

 

 皐月賞は──というか、皐月賞()中山レース場の2000m。ムンちゃんに負けたのは2回ともこの条件だから、『どう勝つか?』を悩んだことなんて数え切れないんだよね。ちょっともう考え過ぎというか、泥沼感がある。

 その中だと今回は好条件に恵まれたっぽいし。

 

「テセさん──テセウスゴルドさんは『ダービーでリベンジするからな』とのことで」

「皐月には出ないの? それは大きいわね。あの“領域”はムーンカフェに味方するでしょうし」

「はい。それとお天気も」

「あぁ、そういえば前線が上がってくるとか」

「皐月賞前日から当日にかけてかなり降るみたいで。重バ場なら勝ち目は増えるだろうって」

「サキさんが言ってたなら間違いないか……」

 

 頷き返す。アイビスの件じゃないけど、皐月賞では私に運が向いてると思って良さそうだ。

 ムンちゃんの“領域”でも喰核再現(プレデイテッド・コア)が使えることは実証済み。年末みたいにブレブレの不様な走りはもうしない──中型まで*なら。

 

『今のところ制御が甘い大型(﹅﹅)たちを試すかは悩みどころですが……』

《ムーンカフェの“領域”内はいい練習場だと思うが──いや、練習扱いしたくないのか》

『そりゃそうですよ。真剣勝負ですもん』

《……負けた時の言い訳にも聞こえるな

『っ、アナさん最近厳しくないですか!?』

 

 いや、そりゃ、その。

 アイビスまでのレースをレベルアップのための経験値みたいに見てしまう傲慢が、私の中に確実にある。それが後ろめたいんだ。

 同じ理由で『レースを練習台にしたって、勝ちさえすれば誰も文句は言えない』なんてアナさんの極論にはぎょっとしてしまう。だって流石に割り切り過ぎでしょう、それは。

 ぎょっとしつつもどこかで納得もしてしまって、だから言い返せないのだけれど。

 

 

「…………」

 

 チョキン、チョキン。

 先輩は何も訊いてこない。

 

 なのに散髪が終わったら、前置きも無しに怖いことを仰る。

 

「どっちかっていうと割り切りと棚上げが過ぎる方なんだから、そんな貴方が『割り切り過ぎだ』と思うならやめといた方がいいんじゃないかしら」

「ほんとに心読めてるんじゃないですか!?」

「ひとり百面相が雄弁過ぎなのよ」

 

*
愛称はつけない。コンゴウなので。

*
開催地新潟の県鳥トキから命名された。

*
安田記念、スプリンターズS、マイルCS、高松宮記念

*
原則的にサイズが大きいほど危険。コンゴウは中型。




 “韋駄天”と称えられた名スプリンター・カルストンライトオ号(実在馬)は2024年2月7日に老衰のため永眠しました。
 感謝を捧げると共にご冥福をお祈りします。
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