アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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菊に(ちか)

 

『前人未到の桜花賞&皐月賞制覇、おめでとうございます!』

 

〔…………ありがとうございます〕

 

 勝った場合のお立ち台インタビューにはある程度答えを考えてあった。

 でも今は頭が真っ白だ。3着だったムンちゃん、ゴール後にまたしても意識を失って(眠って?)しまった。しかも戻ってきたアナさんまで何故かクタクタ。

 

《ムーンカフェは軽傷で済んでるはずだ。私は疲れたので寝る……》

『え、はい!?』

 

 私が起きてる時にアナさんが寝るの初めてでは……?

 心配だけど、私の意識がある内はアナさんの顔も見えない。今すぐ寝てしまいたい──ダメなのは分かってるけど。

 

〔すみません、その。心配で……〕

『ムーンカフェさんは不調だったようですね。ドゥームデューキスさんは素晴らしい走りに見えましたが』

〔えぇ、はい。ドゥはスタートから想定を上回ってきました。あんなに速く……しかもこの距離を駆け通せるなんて〕

 

 暗い話題から転換してくれるのに乗っかりつつ、表情とかも立て直していく。やっぱりここで辛気臭い空気は似合わないから。

 

『アナグラワンワンさんは終始それを上回っていました。スタミナや耐久力は本当に素晴らしいですね』

〔その辺りは皆さんそろそろ驚かないのでは?〕

 

 笑いを取ろうと意識してみた。でも嘘ではない本音だ。ところが。

 

『ははは……いやいや、まだ当分は驚けますよ』

 

 愛想笑いが心に染みる。観客席もどよめくばかりで笑い声はなかった。どうせ常識がありませんよー。

 それからひとしきり今日の振り返りやお祝いの言葉をもらって、最後に。

 

『ところで次走は羽田盃とのことですが』

〔はい。夜のレースは初めてなので少し緊張しています〕

『そうですね。それでその、できればなんですが……』

〔はい?〕

 

 インタビュアーさんがやけに申し訳なさそうにするから何かと思ったら──、

 

『SNSの出走予定、羽田盃以降のものも知りたいという声が多くありまして……』

〔あ〜〕

 

──なるほど。言われてみればアカウント作ってから1回しか投稿してないや。

 

〔分かりました、トレーナーさんとも相談して更新します〕

 

 


 

 

本日時点での出走予定は次の通りです。

 

確定:NHKマイルC(5月1週)→オークス(5月3週)→日本ダービー(5月4週)

 

・確定は『不測の事態がない限りは変更しない』です。怪我などがあればスキップされます。

・8月以降の予定はお知らせできるほど固まっていません。

 

 

 投稿する前にサキさんに見てもらったら、アドバイスを2つ頂いた。

 

「前回、『4月末まで他のレースには出ない』ってあったじゃない? 他のウマ娘が一番欲しいのはあの一言なのよね」

「サキさんまで私を妖怪扱いする……まぁ5月中はこの3つの予定なので構いませんけど」

「それと、あなた安田記念にも出るものと思われてるから。騙す気がないならはっきりさせておくと良い」

「へぇ、そんな風に」

 

 あー、まぁ。去年の私はそういうの全然分かってなかったけど、安田記念が『春の(上半期の)マイル王決定戦』的な扱いなのはもう知ってる。私が先輩に懐いてるのは世間でも有名らしいし?

 だけどNHKマイル(同じく東京1600)も走るし、先輩とはアイビスで戦うし、何より安田記念ってシニアでも走れるんだよね。それよりはクラシック限定のを色々押さえておきたいなと思って。

 そういう基準で選んだレースを、ぽちぽちと追記した。

 

 

本日時点での出走予定は次の通りです。

 

確定:NHKマイルC(5月1週)→オークス(5月3週)→日本ダービー(5月4週)→東京ダービー(6月1週)*

 

・確定は『不測の事態がない限りは変更しない』です。怪我などがあればスキップされます。

・東京ダービーまではこれ以外に出るつもりはありません。安田記念は来年挑みます。

・8月以降の予定はお知らせできるほど固まっていません。

 

 

 ──よし、投稿っと。

 

「8月以降の予定は7月末に確定する感じ?」

「ごめんなさい、できれば。今はアイビスで頭が一杯なので」

「謝らなくていいわ。……東京ダービーの後はいつも以上に無理厳禁だから、そのつもりでね」

「お手数かけます」

 

 6月以降の計画ももちろんサキさんとは共有している。東京ダービーの後はちょっとした正念場のひとつだ。決意と共に頷き合う。

 

 そんな短いやり取りの間に、投稿はとんでもなく拡散されていた。個別のメッセージとかはとてもお返事しきれないので基本的にスルーしてるけど──うん、もう妖怪扱いが当たり前になりつつあるね!

 

 


 

 

 夜。夢の中ではちゃんとアナさんに会うことができた。

 ただ相変わらず疲れが見える。レース直後よりはしゃきっとしてるけど、こんなことは初めてだ。

 

「何があったんです?」

「ムーンカフェがな……あのままだと怪我してたから、できる限りダメージを肩代わりしたというか」

「え」

「そしたら遠慮なくこっちに負担を押し付けて暴走を深めてしまったというか」

「えっ」

 

 は? 何してんのムンちゃん。

 調子が悪そうなのはレース中に察した。そんな状態で〈新月〉を使えば、私から切り離されたアナさんが安全を慮るのは当たり前なことだ。

 でもそれをあてにして、アナさんと言葉を交わした上で無理を強いるってのはどういう了見だ。私だってそんなことはしていない──あれ、してないよね? 自信なくなってきたけど。

 ともかくこれはきっちり文句を言っとくべきだろう。

 

「心配かけて済まない。半日休んでかなりすっきりしたし、明日か明後日には完全に復調すると思う」

「それは良かったです。でも抗議はします」

「そうか」

 

 

 

 明けて月曜日、ムンちゃんは教室に来なかった。

 レース翌日に疲労で休むことはさほど珍しいことじゃない。ドゥも来てないし。アナさんが庇ったんだから心配するほどの怪我はしてないはずだ。

 なので放課後は美浦寮に突撃──、

 

《あちらのトレーナーにも許可を取った方が良くないか?》

『う、それはそうかも……』

 

──突撃、しようと思ってたのに。出鼻をくじかれてしまった。でも私がムンちゃんの立場ならサキさんはひどく心配するはず。

 仕方が無い、真壁トレーナーにも話を通すか。

 

『む〜……アナさんはムンちゃんの味方ですか』

《味方ってことはない。ただ別に彼女を責める気も無いな。グラが怒ってくれるのは嬉しいが》

『あ…………そっか、私これ、怒ってたんだ』

《む、違ったら済まん》

『違わないと思います』

 

 お母さんは例外として──あ、トリィさんも例外かな──誰かに怒るなんて久しく無かったような気がする。だからぴんと来なかったけど言われてみれば納得。

 これは怒りだ。何してくれちゃってんの、ムンちゃん。

 

 

 真壁さんにはかなり渋い顔をされた。

 

「あれほどの無茶をしたにしては奇跡的なほどダメージは軽い。今日は運動禁止だし1週間はかなり軽い練習になるけどそれで完治する。次走、恐らく日本ダービーへの影響も無い。

 だから出来れば3日待ってくれないかな。君と会うとムーンはまた無理をしかねない」

 

 言ってることは分かる。そういうリスクは確かにあるだろう。

 でも今抱いてるこの怒りは3日後じゃ伝えられない。きっと時間経過で鎮火し(さめ)てしまう。それは嫌だ。

 

「無理をさせないでください、と我儘を言ってもいいですか。ムンちゃんには伝えておきたいんです」

「……うん。それは元々トレーナーの仕事だし、そもそも会うことを禁じるような容体でもないから。きちんと知らせてくれてありがとう」

 

 というわけで改めて美浦寮へ。

 どよめきながら道が開いていくの、妖怪扱いが過ぎないだろうか。面倒が無くて良いけれど。*

 

 

 

「──ムンちゃん」

「…………グラ」

 

 ベッドの上でレースの映像を観ていたムンちゃんは、私の顔を見るなり深々と頭を下げた。怒りをぶつけるまでもなくぺちゃんこな様子だ。

 だけどね。

 

「ひどいレースを、してしまったわ……」

「そこじゃない」

「?」

 

 そこは別に怒ってない。不調は誰にだってあるよ。

 

「ムンちゃんにはアナさんのこと話してあるのに、危険を見過ごせないあの人の優しさにつけ込んで無理をさせた。そのことを怒ってるの」

「それは…………ごめんなさい」

 

 アナさんが怒らないことも気に食わない。だってムンちゃんは『自分を守る(きのう)』としてアナさんを使っ(﹅﹅)()のだ。そういう人格の無い武器扱いはドン引きですってば。

 

「無事なの? アナさんは」

「平気。でも昨日は見たことないほどぐったりしてた」

「──悪いことをしたって、今は思ってる」

 

 今は、という妙な限定。さらにムンちゃんは「それ以上にひどいことだけど」と前置きしつつ、本当にひどいことを言う。

 

「レース中の私は、同じ状況になったらきっと何度でもやらかす──アナさんを利用しようとしてしまう。責任逃れのつもりは無いわ、あれも間違いなく私よ。

 だけどどんな悪に(まみ)れようと負けたくない。そんな自分を止める術を、まだ私は持ってないの」

 

 危うく叫びそうになった。ぐっと呑み込んで、それから細く吐き出してゆく。

 

「…………それは、何? 今後もアナさんのことを使い倒すぞってこと?」

「違う。そんな風に耳絞ったりするのね、グラも」

 

 当たり前じゃないか。色々と俗なところもあるけど私の英雄だぞ。

 アナさんが何もしなければムンちゃんは大怪我をしていたという。私だけの英雄じゃなくなったのは少し残念だけど、感謝はしてほしい。それが無くてもせめて反省くらいは。

 

 そしてムンちゃんの反省の仕方は、あまりにもド直球だった。

 

「私は、弱い。だからアナさんに負担をかけたの。そんな必要もなくなる位に強くなればいいんだわ

「…………脳筋では?」

 

 いやまぁ、そうなれればその通りかも知れないけど……。

 

「とりあえずナーサリーやドゥームとやってる自主練に参加させて欲しい」

「……あのさ、【喚起】ってアナさんの力なんだけど」

「人数が増えると負担なの?」

「それは…………そもそも垂れ流しだから、負担とか無い」

「なら遠慮はしない。千田トレーナーも真壁さんも巻き込んで、そしたらグラにもメリットを提供できると思うから」

「うへぇ」

 

 目がマジだ。私が来る前から考えてたのかも。

 だけどたぶん真壁さんに相談はしてない。ついさっきも胃薬と育毛剤が机に並んでいたのに、ますますダメージが行くんじゃないだろうか。

 ……私の癖ウマ娘度が相対的に下がるのでは? ていうのは流石に冗談だけど。

 

「私は強くなる──納得できるまでグラと本番のレースはしないわ。これならアナさんへの負担はゼロでしょ」

「え、ぶつかりそうならムンちゃんが避けるってこと?」

「そう。菊花までにはどうにかしてみせる」

「菊花賞……」

 

 10月の長距離GⅠ。私も出るつもりでいる。それまでにムンちゃんと被りそうなレースは、と考えて──思わず目を剥いた。

 

「え、待ってダービーは!?

「諦めるわ。他人におんぶにだっこで走るわけにはいかないもの」

「──そんなあっさり……?」

「ファンには申し訳ないけど、元々菊花賞ほどこだわってはいないのよね。ダービーはお姉様も走ってないし……

 

 うわぁ真壁さん可哀想。あの人は次走をダービーだと思ってたよ。もちろん私が譲るなんてのも筋違いだけど。

 

「グラが出るかも知れないレース、教えといてもらっていいかしら。秋までは避けるから」

「菊花以外でムンちゃんと被りそうなのはオークスかダービーくらいだと思うよ」

 

 

 ──結局、秋までの予定を細かく伝えることになった。微妙に呆れられたのは納得しがたい。

 

 ただまぁ、私が怒ってたことは……アナさんへの負担はムンちゃんなりのやり方で避けてくれるって話だから、ひとまずはそれを信じよう。

 というか他()と言ってくれた時点で結構気が済んだし。

 

 何よりムンちゃんは、『もっと強くなるから菊花賞でまたやろう』と言っているわけで。

 そんなの私が喜んでしまうのは当たり前なのだ。

 

*
『東京優駿=日本ダービー』とは別。ダートのクラシック限定GⅠレース。

*
過剰反応するのは主に新入生。




 真壁さんかわいそう。
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