アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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乱戦海里(1/2)

 

 5月の第1日曜日、NHKマイルカップ(GⅠ)に挑むあるウマ娘の話をしよう。

 

 ジュニア級では早々にメイクデビューを果たし、その後GⅢに3度挑んだがいずれも敗れ(最高で3着)、プレオープンで1勝をあげて計5戦2勝。

 クラシックに上がってからは準重賞(リステッド)にあたる紅梅ステークスとエルフィンステークスで4着と3着。続いて4月のアーリントンカップ(GⅢ)で初の重賞勝利を飾り、マイルカップ出走権を掴んだ。

 彼女の名をベレヘニヤという。

 

 ちなみにクラシックの5月で9戦目というのは中々のハイペースで、常識的にはかなり頑健な部類だ。

 某UMA娘のせいでそのように語られることは無いが。

 

 

 皐月賞の後、アナグラワンワンはSNSで出走予定を明かした。NHKマイルカップに(も)出るのだと。それによって予定を変えたウマ娘もいるだろう。

 しかしベレヘニヤは回避など考えもしなかった。昨年末からこのレースに照準を絞ってきたし、それを公言もしてきた。そもそも走る前から負ける気でいるなど話にならないから。

 

 そしてそんな負けん気を抱くのは1人だけではない。

 

『……いつもの顔ぶれは誰も避けなかったのね……ま、それもそうか』

 

 桜花賞でアナグラワンワンに敗れた面々──すなわちホウカンボク、ナーサリーナース、ミルファク。3人ともマイルカップに来ている。

 ベレヘニヤを含む4人は全員が『アナグラワンワンに勝つのは自分だ』と決意しているし、アナグラワンワンも『私が負けるとしたらこの4人の誰かだ』と注視している。

 

 ベレヘニヤは警戒に含まれている自覚が無いけれども。

 

 

 彼女とトレーナーの矢部は冷徹に戦力分析をした。

 未知が多すぎる“領域”は別として、4人の身体能力を比較すれば次のような並びになるだろう。

 

ホウカンボク > ミルファク ≥ ベレヘニヤ > ナーサリーナース

 

 また、アナグラワンワンに対する理解度・判断力で言えばこうなる。

 

ナーサリーナース > ベレヘニヤ > ホウカンボク ≥ ミルファク

 

 仮に4人がチームメイトなら、『ホウカンボクを勝たせる為に3人が壁になる』戦略が最適だ。

 最適というより実はかなり有効で、アナグラワンワンは『それをされたら勝てないかも』と密かに思っている。

 4人の気質的にもトゥインクル・シリーズの文化的にも考えにくい話だが。

 

 逆に4人が潰し合いをしてもアナグラワンワンを利するだけ。

 もっともその心配は要らないとベレヘニヤは見ている。

 

『ホウカンボクは前しか見ないタイプだから、警戒対象はナーサリーくらい。

 ナーサリーとミルはこの手の計算はできるはずだし』

 

 ナーサリーナースやドゥームデューキスとは同級生だし、昨年10月からは自主練も共にして親しくなった。

 そしてミルファクは、幼い頃から知る1歳上の従姉妹である。

 

 


 

 

「まとめると、あの4人は──お互いを勝たせるつもりこそ無いでしょうけど、ワンを潰すって1点に限れば協働しうる。しかもお互いが知らぬ仲じゃない。

 ──タフなレースになる」

「同感です」

 

 クラシックに上がってから既に3つの(GⅠ)を獲得したこの陣営からしても、気の抜けるレースではありえない。

 戦力評価は概ねベレヘニヤ陣営のものと一致する。付け加えれば、この2人は“領域”についても知識が深い。

 

「ナーの“領域”は、悪いけどあんまり脅威になりません。ミルファクさんも──()()は推測しかできませんが、たぶん大丈夫。ホウカンボクのはよく分からないので保留で。

 問題はベレヘニヤ(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)です」

 

 昨年12月、阪神ジュベナイルフィリーズの前日。前乗りしていたアナグラワンワンはさざんか賞を──ベレヘニヤが2勝目を上げたレースを──観戦していた。

 そこで彼女の“領域”を知った。観ておいて良かったと心底から思っている。

 

「“タイミング次第ではひっくり返される”、だったかしら」

「はい。今の私なら乗り切る方法はありますが……ミスったら沈められる。勝敗を左右する振れ幅で言えば、誰より警戒すべきは彼女ですよ」

 

 ──そんな風に思われていることを、ベレヘニヤ本人は知らない。

 

 


 

 

『さぁ、例年であれば“クラシック3つ目の冠”とご紹介するNHKマイルカップ、今年からは“4つ目”と申し上げるべきでしょうか』

『いやぁ、芝とダートの両方を走れるだけでも珍しい上にこの過密ローテですからね。彼女に限ってのことと思いますよ』

 

『ファンの間ではクラシック()()のGⅠレースを全て周る“金剛10冠”なんてものも考えられているとか』

『10ですか? ええと……あぁ、クラシック限定。シニア混合のレースを除くわけですね』

 

 アナグラワンワンは安田記念を『来年挑む』として予定から外した。そのことからクラシック限定のレースだけを含むものとして、出来上がるのは『4月に3戦→5月に3戦→6月初週に1戦→10月に3戦』という頭のおかしい殺人的な日程である。

 しかしその10冠のうち3冠(桜花・皐月・羽田盃)は既に現実のものになっており、続く4冠(NHKマイル・オークス・日本ダービー・東京ダービー)も宣言済み。10月の3冠(ジャパンダートクラシック・秋華・菊花)も不可能とは言い切れない。

 

『挑めるウマ娘が他にいませんよ……』

『だからこその“金剛10冠”というわけです!』

『実況さんの私情はそろそろフタをしましょう、ゲートインが始まっています』

 

 レースファンは夢を見るものだ。その夢は叶っても破れても、裏切られてもドラマがある。

 

 ──もっとも、ファンの期待通りに動くアナグラワンワンなど違和感の塊ではないか? 裏切られることを望んでいる節すらあるのが彼女のファンの特色(カラー)であった。

 もっともそれは先々についての話であって、今日この場においてはただ熱戦が繰り広げられることを信じている。

 

『失礼しました。東京レース場1600m、バ場は良の発表です』

『1番人気アナグラワンワンは大外18番スタート。2番人気ホウカンボクは1枠2番、隣にナーサリーナース──ちょっとゲートイン戸惑っているのは15番、GⅠ初挑戦のベレヘニヤです』

 

 ゲートで待つことを苦手とするウマ娘は珍しくない。

 だからいつも早めに入って苦も無く待っている姿は印象的だったのだが──今日のアナグラワンワンは様子が違う。振り返るようにしてベレヘニヤを視ていた。プレッシャーになると気付いて視線は正面に戻したが。

 

『今のは……警戒、でしょうか』

『分かりません。ナーサリーナースと共に同級生ですから、何かしら思うところはあるかも知れませんが』

 

 大きく深呼吸をしたベレヘニヤが15番ゲートに収まって。

 スタッフが離れ──乱戦が始まる。

 

 

『スタート共に飛び出したのはナーサリーナースとすぐ後ろにつけたアナグラワンワン、今日は逃げの位置を取るようです』

『大外からであれば桜花賞のように先行に位置取るかと思いましたが驚きですね。しかしライバルたちには想定内か、まっすぐ一列に並ぶ形になりました』

 

 

『あっぶナ……大外からでも構わず来やがったナ?』

 

『ナーはいつものスタートダッシュ、流石に2枠からは奪えないか。ひとまず2番手で良いとして、ベレヘニヤは……最後方っぽい。イヤだなぁ』

 

 逃げはナーサリーナースとアナグラワンワンの2人、2バ身ほど開いての後続は長く連なって──どこからどこまでが先行とも差しとも分けがたい縦列に。

 4番手ホウカンボク、8番手かその辺りにミルファクがいることはアナグラワンワンからも確認できた。しかしベレヘニヤの姿は見えず、この並びでは〈コンゴウ〉を使っても動向は察しにくいだろう。

 対して後ろからは前が見えやすいもので、虎視眈々と仕掛けどころを狙っているに違いない。

 

 

 最初に小さな動きを見せたのは──、

 

『逃げで来てくれた、桜花賞みたいなことにはならない! 今度こそ!』

 

──負けて(しんで)なお再起する才能、ホウカンボク。

 

 

 彼女は年始から2ヶ月以上もトレーニングをせずにいたため、身体を作り直す必要があり……桜花賞の時点では8割の仕上がりだった。それでも2着なのだ。色々と巡り合わせが悪いだけで素質も実力も本物である。決して仲の良くない姉ですら認めざるを得ないほどに。

 

 ニュクスヘーメラーと親しくなったことで多少は人当たりが柔らかくなったし、その恩人にあたるアナグラワンワンを見下すようなことはもう無い。

 が、レースの形勢判断は極めてシビアだ。

 

『ワンワンはゲームで言ったら魔法戦士みたいなユニットなんだ。接近戦を挑もうとしても色んな魔法で妨害してきて近寄らせてくれない。でもインファイトだと純戦士系には負ける、みたいな』

 

 捉え方は独特だが要点は外していない。そしてこの喩えでいくと、ホウカンボクは『殴り合いに持ち込みさえすればそうそう負けることは無い高レベル戦士ユニット』にあたる。

 

『向こう正面、中ほどの坂でホウカンボクが進出。3番手に上がってそのままアナグラワンワンの後ろにつけました』

『スタート直後は相手の出方を見ていたようですね』

『桜花賞ではアナグラワンワンが先行位置でバ群をコントロールしました。今回は全く違う展開になりそうです』

 

 桜花賞のような搦め手を取られる方がホウカンボクとしてはやりにくい。今回の形は自分の強みを押し付けていける接近戦だ。

 

 

 では、アナグラワンワンが搦め手に出ないのは何故か。

 

『やって欲しくないことをやってくるなぁ、もう!』

《やはり地力はムーンカフェ級だな。あの子も真っ当に戦えば順当に勝ててしまう》

 

 ホウカンボクを軽く見ているのではない。むしろ身体能力でいえば最強の敵だ。

 それでも今回は中団に居づらいのである。

 

『あ゛ーやりにくい! ベレヘニヤのせいで!』

 

 状況としては『アイオブエンヴィがいるレースでは〈歪み果てし遠近法〉があるから先頭に立ちたくない』*のと近い。

 ベレヘニヤの“領域”は、アナグラワンワンというウマ娘にとって天敵(﹅﹅)と言っても過言ではないのだ。

 

 そんな風に後方を気にしながら、また猿の面も被らぬまま走るアナグラワンワンの様子に──ナーサリーナースは全神経を注いでいる。

 

『何を、誰を気にしてる? 決まってるナ、桜花には居なかったヤツ。ゲートでの様子を見ればベレーのことだ。アイツの“領域”は私も知らないけど……どうもワンワンはベレーの仕掛けを待つみたいだナ』

 

 正しい。冷徹で正確だ。

 アナグラワンワンに対する先読みならこの場で最も優れる彼女は、正直なところ怒りに燃えている。今回も出走直前まではどこか上の空で、そんな風に別のレースを考えながら親友を下したUMA娘に、なんとしても土を付けてやりたいと。

 

(アイビスサマーダッシュであるとまでは分かっていないが、『オークスでもダービーでもなさそうだナ?』とは察している)

 

『前からナーサリーナース、アナグラワンワン、ホウカンボクと3コーナーに入ります。後続も細かく順位入れ替わっていますが』

『アナグラワンワンが睨んでいたベレヘニヤは最後方のまま。中団ではミルファクが少し前に出たか』

 

 コースは下りに傾いたまま曲がり始める。こうなるとアナグラワンワンは速度を増し、ナーサリーナースは先頭をキープすることが難しい。出来ることも限られる。

 

 

 領域具現──うたたね冬眠鼠(ドーマウス・カナー)

 

 

 レース前半はスタミナを無視した(彼女にとっては)大逃げ。中頃で失速しそうになったら“領域”で誤魔化す。そうすることで擬似的に超ロングスパートを実現して、それでようやく掲示板に絡めるというのがナーサリーナースの地力のほどだ。

 そのパターンは周りにも良く知られており、転象も含めて大きな脅威にはならないと判断されている。

 

『分かってるナ、私を危険視するヤツなんていない。その油断を突けるような切札(ジョーカー)も無い──』

 

 もっとも、知られていると分かっていれば何か策を考えるのがナーサリーナースというウマ娘。

 そして今回は、正確には桜花賞で負けて以来は、特になりふり構っていない。

 

『──私だけなら(﹅﹅﹅﹅﹅)、ナ!』

 

 話は通してある(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)

 

 

 領域具現──英雄が掲げし(ペルセウス・レイズド・)

 領域転象──魔の森の(ジャバウォッキー・)

 

 チェシャ猫は笑う。

 輪郭すらあやふやにして。

 

     ──蛇妖(ゴルゴーン)

 

 

「「っ!?」」

 

 ぎりぎり先頭のナーサリーナースと5番手まで上がってきたミルファク、このふたりに挟まれる位置にいた3人は完全に囚われた。

 何処に石化の魔眼が潜むかまるで分からない闇深き森──自らの“領域”に他人の“領域”を迎え入れて混ぜ込んだ、ひとりでは勝てないふたりが結託した罠に。

 

 

 レースは3コーナーから4コーナーへ。残り800m。

 ベレヘニヤは、まだ動かない。

 

*
実は先頭以外にも使えるが。

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