アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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乱戦海里(2/2)

 

 ウマソウルの名前と“領域”の効果は関連していることが多い。そう認識した時から、アナはベレヘニヤを強く警戒していた。

 

 日本での知名度は高くないが──そのせいかBerehinya本来の発音からはやや遠いカナをあてられているが──ベレヘニヤは東欧においてかなり力のある神性だ。

 一般には海/川/水の女神とされる。ただしここでいう海とは生命の水に通じるもので、『ベレヘニヤ=万物の母』とする神話も少なくない。

 

《ギリシャにおけるガイア、メソポタミアにおけるティアマトといえば分かるか?》

『あ、あんまり。日本で言うと誰なんです?』

《難しい質問だな……イザナギとイザナミが(あま)沼矛(ぬぼこ)で掻き回したら世界ができたとか言うだろう。その海がベレヘニヤだ》

『え゛』

 

 もちろん古い神話には様々なバリエーションがあって、ベレヘニヤも常にそう語られるわけではない。とはいえ『万物の母』ではない場合の役どころは『スラヴの守護神』である。

 

『どっちにしろヤバくないですか?』

《観に来る時間を取れて良かったな。一応『家庭の守り神』なんて優しい神格でもある》

『それだといいなぁ』

 

 そういうわけで阪神JFの前日にベレヘニヤの走りを観た。

 結果、彼女の“領域”は最も恐るべきもののようだ。すなわち『万物の母』としてのべレヘニヤである。

 

 



 

 

『第4コーナーに入るところでナーサリーナース加速したでしょうか』

『いえ、彼女以外が減速したようですよ。何があったんでしょう』

 

 ヒトミミに“領域”は感知できない。そこが内側からどんな空間に視えているのかも。

 陽の射さない森というだけでも恐ろしくはあるが、〈魔の森のまれびと〉であれば妨害効果はさほど強力ではなかった。予想もつかない怪物が飛び出してくる点で厄介──それだけとも言える。

 

 

 

 

 

 ミルファクの前、4番手にいたウマ娘が“領域”を開こうとして──あっという間に森に呑まれて順位を落とした。

 無理もない。なにしろ〈魔の森の蛇妖〉はナーサリーナースとミルファクによる合作である。並みの“領域”では対消滅にも持ち込めない。

 そして〈極点〉のような偶然と無意識による産物ではなく、意図的に仕組まれた対策だ。

 

 桜花賞において、アナグラワンワンは〈コンゴウ堕天〉の力で氷の盾のようなものを作り、それを鏡とすることでミルファクの掲げた魔眼を遮った。

 ただそれだけ。あまりに簡素な対処。しかしそれを突破する術がミルファクには無い。

 だから(﹅﹅﹅)ナーサリーは彼女に声をかけたのであり、森の暗がりに潜んだ無数の蛇が睨みつけるこの“領域”は鏡を迂回すべくデザインされたもの。

 

 すなわち〈英雄の戦果(ペルセウス・レイズ)〉の効果を必中(﹅﹅)にしたのが〈蛇妖〉である。

 その効果は、文字通りの石化でこそないものの──、

 

「「きっつ……!?」」

 

──アナグラワンワンとホウカンボクが共に呻き声を漏らすほど強烈な、(スタ)(ミナ)の減少。

 

『減少っていうより凍結!? ボクの体力が最大で10として、今は7残してあったのに、その内の4が使えなくされた!』

 

 ホウカンボクは再びゲーム的に捉えている。概ね正しい。

 この“領域”を抜け出すか打ち破るかすれば問題の4は使えるようになるが、それまでは3でやり繰りせねばならない。もちろん残りの800m弱を駆け通すにはかなり心許ない残量だ。

 ちなみに同じスケールで表すと、フィジカルで劣るアナグラワンワンのスタミナは最大値が9で残量が5となる。つまり現在自由に使えるのは1。堪らず手札をひとつ切る。

 

『アナさん、頼みます!』

《了解》

 

 

 血界再現(ブラッドアーツ)──ハチドリの舞

 

 

 スタミナを僅かながら回復する技だ。それでも速度は落とさざるを得ないのでじりじりと位置が下がり、ホウカンボクに抜かれてしまう。

 

「ねぇ、この前の雪景色は!?」

 

 追い抜きざまに叫んできたことの意味は分かった。桜花賞でやったように〈コンゴウ堕天〉などで“領域”を上書きしないのかと──してくれと──言いたいのだろう。

 

「……この状況だとちょっと……!」

 

 アナグラワンワンは背後を気にしながら答える。懸念した通り、ミルファクの後ろにいるウマ娘たちはここに展開されている“領域”の危険さを察して前に出てこない。結果として位置が詰まり──ベレヘニヤともかなり近い。明らかに機会を窺われている。

 〈コンゴウ堕天〉で森を打ち破れればまだいいが、人数差で一方的に負ければ気力を浪費するだけ。首尾よく対消滅に持ち込めてもその瞬間に〈()()懸濁(ヘニ)()〉が来たらどうしようもない。

 

「そっちこそどうにかできないの!?」

「キミたちもニュクスも、“領域”とかいう良く分かんないものを器用に扱い過ぎだと思う!!」

「それはそうかも」

 

 他の世代のウマ娘が聞けば全力で同意しそうな叫びだった。もっともアナグラワンワンやナーサリーナースからすれば、“領域”に頼らず足腰で戦えるムーンカフェやホウカンボクが恵まれているのだが。

 いずれにせよ、このままではホウカンボクにも勝ち目は無い。

 

「仕っ方ないなぁ、ぶっつけ本番なんて好きじゃないのに!」

 

 

 未現領域──再臨する執着の棘(リフューズ・ザ・セイクリッド)

 

 

 ホウカンボクのそれは、“領域”と呼びうるかも怪しいものだ。何せ彼女の中のウマソウルは変質してしまった。緋紅色の花を咲かせる宝冠(ほうかん)(ぼく)という樹(および紐づく逸話)との繋がりも失って、無色な力の塊になっている──かつてウマだった魂はニュクスヘーメラーとの再会・再戦が叶ったことで満足したらしい。

 だから今の形は、この世界に生きるウマ娘としてのホウカンボク自身が、擬似的な死と再誕を通して象った(たま)(しい)。姉を抜き去りネオユニヴァースに抜き去られた瞬間に形を成した、呪いにも似た応報の棘。もしくは子供じみた誓いの針。

 

 負かされた。今度は勝つ。

 この場でホウカンボクを上回ったことがある2人、アナグラワンワンとナーサリーナースは──、

 

「「っぐぅ!?」」

 

──(いばら)のような根のような、抜けない何かが刺さったような強い痛みに襲われた。

 厳密には痛みではなく、ホウカンボクが体験した『敗北と共に感じた死と停滞』を圧縮して叩き込まれているようなものだが、いずれにしても衝撃は大きい。

 

『おっと第4コーナー抜ける前にナーサリーナース大きく減速! ここでホウカンボク前にでますアナグラワンワンは──ついていけないか!?』

 

 ナーサリーナースは“領域”を維持できなくなり、その結果〈蛇妖〉は解けてゆく。

 同時にミルファクとその後続も一斉に加速を始め──、

 

『ミルファクに並ばれ、抜かれましたアナグラワンワン4番手に後退! 更に後ろからも集団が迫っているぅー!』

『最終直線に入るところで先頭ホウカンボクに代わりました! 2番手もミルファクあがって来ます!』

 

──先頭ホウカンボクも〈蛇妖〉から取り戻したスタミナをラストスパートに回そうとした、その直前。先頭から最後尾までがかなり詰まったこの瞬間。

 

 全員を呑み込む海が降ってくる。

 

 

 領域具現──原始懸濁海(ベレヘニヤ)

 

 

 〈懸濁海〉は海底のような情景を持つ“領域”だ。囚われた者は水の激しい抵抗を押しのけて進むことになる──体感としてはゼリーやスライムを掻き分けるのに近いようだが。

 とはいえ、『身体が浮き上がって走れない』ような状態にしてしまうわけではない。

 

 そもそもウマは泳げる動物だ。個体差や好き嫌いはあるにせよカナヅチは居ないと言われている。

 ウマ娘も、ほとんどは泳げる。

 ほとんどは。

 

 一方、神機使い(ゴッドイーター)は泳げない。浅い水場にすら立ち入らない。ゲートや病院の検査を全く苦にしなくても、3冠を獲ったUMA娘でも、越えられぬ弱点ぐらいある

 天敵だ。だから使われた瞬間に即応する必要があった。

 

(『効果範囲に入らない』という対策もありえたが、それを意図して大逃げに出ればベレヘニヤには勝ててもホウカンボクに敗れるだろう)

 

 

 喰核再現(プレデイテッド・コア):グボロ・グボロ

 

 



 

 

 初めて見た時は口がデカくて顔が怖いとか思ったけれど、大きなヒレでのたのた歩く様は案外愛嬌がある中型アラガミのグボロ・グボロ。

 

『セーーーフ! グボちゃん最高!』

《まさかこれほどグボグボを頼ることになるとは》

 

 アナさんが紹介してくれた時はごく端的に《ザコ》の一言で、だから使い道なんて無いと思われていたけれど。

 そもそも彼らは水棲のアラガミなのだ──いやマグマに棲んでるのとかも居たみたいだけど、それはおいといて。陸上で動きが鈍るのは仕方がないじゃないか。

 つまり現状は水を得たグボちゃん。〈懸濁海〉はむしろ味方である。ベレヘニヤからすれば理不尽だろうけど。

 

「アンタ本当にUMAねえ!?」

「せめて娘はつけよう?」

 

 後続集団から飛び出したベレヘニヤが追い縋ってくるけれど、距離は詰めさせない。もう〈蛇妖〉は解けたから私も思い切り泳げる。

 それどころか、ホウカンボクの〈棘〉によるダメージまで癒してもらえた。

(ダメージとは言っても、ニュクスさんが“邪眼”で撒いてた病気とは違う。レースが終われば消えてなくなるはずだ)

 

『なんだか本当に“生命の水”みたいですね。デバフ系にくくって良いものかどうか』

《相手を回復し全力を出させた上で枷を課す。……ある意味で残酷だな》

『?』

 

 〈懸濁海〉に呑まれたウマ娘は全員が癒やしの恩恵を受ける──相手に言い訳を許さない厳しさとも取れるけど、どちらかといえば優しい“領域”に思える。

 …………いや、違うか。

 アナさんが残酷と言った意味は周りを見れば分かった。これは選別だ。容赦の欠片も無い生命の競争原理。

 外ラチの近くではナーがもがいている。それは先頭のホウカンボクと比べてはっきりと遅い。

 

『アナグラワンワンとベレヘニヤが縦に並んで猛追を開始! これは速いぞ最終直線みるみる追い上げていきます!』

『ミルファクも必死の表情だ、しかしアナグラワンワン残り400mの坂をするすると駆け上がって2番手に復帰しました。ベレヘニヤはついていけません』

『ホウカンボクとの差は3バ身、最後は一騎打ちの様相となるか!?』

 

 ナーは〈棘〉に貫かれた段階で体力が尽きたのだろう、脚を緩めながら外に()れていた。だけどそこに〈懸濁海〉が来て体力は戻った。海の重さは受けつつも、それに全力で抗える──ナーも含めた全員が。

 結果、浮き彫りにされるのは地力の差だ。この海において、ナーはミルファクさんに勝てないしミルファクさんはホウカンボクに勝てない。

 そしてベレヘニヤはというと──、

 

『あぁ……なるほど、これは残酷ですね』

 

──大海の女神たる彼女に〈懸濁海〉の不利は働かない。

 この海を私はアラガミという異分子(インチキ)で味方につけ、ホウカンボクは身体能力で正面からこじ開けてゆく。

 この状況でなお、ベレヘニヤとホウカンボクのラストスパートはほとんど同じ速度なのだ。ふたりの距離はごく僅かにしか詰まっていかない。なんて残酷な力の差だろう。

 

「く、そっ……!!」

 

 悔しさが血のように滲む声。きっと唇を噛んでいるだろうベレヘニヤを、私は振り返らない。

 直線残り300mは平坦のみ、背中は2バ身半ほど先にある。

 

『これなら届く──!』

《勝てるな。油断しなければ》

『どうぞ観てて下さい!』

 

 




 

 

 このゴール直前のことを、ベレヘニヤたちは次のように振り返る。

 

「そりゃ迷いましたよ。私の“領域”がワンワンに味方してるのは明らかでしたから。

 かといって仮にすぐ解除してたら、私はミルに抜かれて4着……もっと下だったかも。自分の順位をできるだけ上げることを考えれば、〈海〉を維持する方がベターだったんです。実際にそうしました」

「え、でも最後は解いたよね。私がホウカンボクを抜いた辺りで」

「先頭に立った時点で〈棘〉が紅く光り出したでしょ」

「うん、痛みが──幻痛が来た。ホウカンボクのアレは『負けた相手』に張り付くんだね」

 

 その瞬間にベレヘニヤは〈懸濁海〉を解いた。それが何故かといえば──、

 

「ちょっとだけど体勢崩れたじゃない? だから『ここで〈海〉を解けばワンワンの負けだ』って思ったわけ。ミルとは少し差を作れてたし」

「私が困ってそうだから更に嫌がらせ重ねたってこと……?」

「理詰めで考えたわけじゃないけど。瞬間的に『いい気味』とは感じたんじゃないかしら」

「ひどっ」

「そっちこそ予想してたんじゃないの? 〈海〉を解くのと同時に切り替えて、きっちり4冠目獲っちゃって

 

──飾らずに言えば『アナグラワンワンの足を引っ張る為に解いた』と言って良い。海でなくなれば〈グボロ・グボロ〉は大きく減速する。

 しかしそのターゲットは同時に喰核を切り替えて対処し、見事NHKマイルカップに勝利

 2着ホウカンボク、3着ベレヘニヤ、4着ミルファク。

 

「予想っていうか、備えてたんだよ。ベレヘニヤの『お陰で勝つ』のも『せいで負ける』のもすっきりしないからね」

 

 かつて“フォームががたがた”とムーンカフェから責められた〈アバドン〉の推進力も、今では無駄にするようなことはない。〈グボロ・グボロ〉からの切り替えも瞬時に行えるようになった。

 それはすなわち、フィジカルの強さとは異なるアナグラワンワンの実力である。アナは大いに愉しみ、グラは自信を深めた。

 

 

『よかった……さて、次のオークスは2週間後なので少しゆっくりできますね

《それはツッコミ待ちというやつだな?》

『もちろんですよ〜』

 





(ゴッドイーター未プレイの方へ)
 グボロ・グボロは『鰐に似たアラガミ』とされますが、陸上での動きはセイウチやオットセイを想像した方が近いかも知れません。左右の胸ビレと尾ビレとでびったんびったん動きます。
 『神機使いは泳げない』は、作中で一切水中に入れないことから独自に設定したものです。
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