NHKマイルカップ翌日の晩。
UmaTubeであるゲーム配信が始まった。
「お久しぶりッス〜。なんて挨拶もそこそこに、今日はだらだらとランクマッチ回していくッスよー」
配信に映るのはゲーム画面と配信者の手元だけで、顔や部屋の様子は一切分からない。またHF8とは大人気格闘ゲームのシリーズ最新作で、今この時に配信しているのも彼女だけではない。
その割には多くの視聴者を集めていた。
待ってた!
久々というか一時期がおかしかったんだろ
相変わらず指の動きがヤバい
今のコンボ繋がるんか???
ゲーム配信者、アカウント名〈HKB〉。1月から2月にかけてほぼ毎日のように長時間の配信をし、手元を晒した状態でレーシングゲームの国内プロに勝ったり、ツボに入ったまま崖を登るゲームで世界記録に迫ったりした。
配信を始めてすぐにこれほどの実力を示せるのは何故か、既に名の知れたプロではないのか、本当にずるはしていないのか……様々な憶測が為されているが、その正体は誰も知らな──、
見つけた - 匿名お姉ちゃん
──つい先ほどまでは、誰も知らなかったが。
「ひえっ」
〈匿名お姉ちゃん〉が誰なのかも、他の視聴者からは辿れない。チャンネル主の〈HKB〉だけはその名前をクリックできた。そして案の定〈アソカツリー〉のチャンネルに飛ばされる。
つまるところ〈HKB〉とは、GIIウマ娘にしてつい昨日NHKマイルカップで2着となったホウカンボクだ。
「あ、あああの、正体はバラさないでほしいなー、なんて」
慌ててるww
これはガチ家族の“圧”
悪いことしてるわけじゃないでしょ - 匿名お姉ちゃん
対戦のスキマまで待ってあげたじゃん - 匿名お姉ちゃん
お姉ちゃん優しい
確かに『見つけた』というコメントは、前の対戦が決着したタイミングで投げられていた。邪魔をする気は無い、ということらしい。
「あ、ありがとー!」
もっともこの時、その姉は栗東寮で『声も口調も普段のホウカンボクとは全く違うけれども、意図的に変えた結果が微妙に姉に似ていて面白い』と先輩&後輩からいじり倒されて忙しいわけだが。
「あー、まさかいきなり姉ちゃんバレとは……いやまぁ、それほど身バレとか気にしてないけどね? だからボイチェンとか挟んでないわけだし」
まぁ一般人ならそんなもんだよな
このテクで一般人はないでしょ
ただの野生の逸般人(自称)
家族バレという事件を気にしない風を装って、ホウカンボクはネット対戦を再開した。
その指さばきに淀みはなく、また姉が新たなコメントを付けることもない。
ただ……そもそも現実逃避を目的にゲーム配信をしている彼女からすると、やはり家族とは『現実を思い出させるトリガー』として最大級の重みを持っていた。
「そういえばさー、昨日リアルの方でちょっと……んー、大会というか勝負というか、負けちゃったんスけどー」
〈HKB〉は自分がウマ娘だということも明かしていない。だからウマ娘レースのことだと思う者は多くないし、更に事実に辿り着けないような言い回しをした。
「異能力バトルロイヤルって言うんスかね? 全員が超能力みたいなのを持ってて、十人十色の千差万別。使われるまでどんなのか分かんないし、中にはバグみたいな能力持ちも居るんスよー」
なんだそれ
控えめに言ってクソゲーでは?
運じゃんそんなの
押しも押されもせぬ国民的娯楽なのだが、それに気付ける視聴者は(姉たち以外)いない。中にはウマ娘もいるだろうが、“領域”を体験した者など全体のほんの一部だ。
なお“
「まぁまぁ。ウチのキャラは基礎能力高めで超能力弱めーみたいな? どっちもバグってるバグも居るッスけど」
超能力が全てではない感じかな?
やはりクソゲーでは
バランス調整はよ
雑談のついでに狩られるこの相手、国内4位
HKBもガチだよ たまにコントローラーが傾くから
↑目の付け所がこえーよ
そのような『架空のゲーム』という建付けの中で、ホウカンボクは昨日のレースを振り返る。
NHKマイルカップの勝敗に大きく影響したのは〈蛇妖〉と〈懸濁海〉だが、より印象的な後者について。
「自分以外の全員にデバフっていうのは、割とよくある能力なんス。だーけーど、昨日のはなんというか……除算じゃなくて減算のデバフだった、かな?」
あくまでゲーム的な捉え方をするならの話。
例えば強さが100のキャラと80のキャラが居るとしよう。ここには20の差がある。
両方にマイナス40
一方マイナス40という減算の弱化だと、それぞれが60と40。
ただし
つまり全体除算は弱者の逆転可能性を高めるが、全体減算は強者が勝つという順当を支える。生き残るのは強い者だけ──それが〈
もちろん実際のレースはこれほど単純ではない。アナグラワンワンは画面越しにうんうんと頷いているので、
カードゲームなら加減算が基本だよな
TRPGもそうだぞ 除算はめんどい
ならコンピュータゲームじゃね?
よし配信してくれ
配信というか全国に生放送されていた、とは答えない。
ウマ娘レースと結びつけて欲しくないので狙い通りである。
「それでさー、それが能力者本人に効かないのは良いんスよ? そういうもんじゃないッスか。わかる。
でも能力者以外がそのデバフをすり抜けて、むしろバフに変えてんのはさー! 納得いかない感があるんスよー!」
「納得できないのはホウカンボクよりベレーだと思うけどなぁ……?」
NHKマイルカップの翌日、完全休養日&4冠お祝いプチパーティ。
(『いちいちやってたらきりが無いから、盛大なパーティは連勝が途切れた時にまとめて済ませましょう』と言われている。ボゥ先輩がそういうなら従いますけどね?)
パーティと言っても美味しいものを食べながらだらだら過ごすだけの時間、今日はアリー先輩がホウカンボクの愚痴配信を見つけてきたので3人で眺めている。
チートやんけ
いいのかそれ?
バランスおかしいわー
散々に言われているのでボゥ先輩は心配そうだけど、私は全く気にしない。ゲームならバランス調整しろっていうのも分からなくはないしね。
ところが。
《チートというよりメタと言って欲しいな》
『アナさん? メタってなんです?』
《あー……説明が難しいな。相手の打ち手を読んで対策を予め用意しておくこと、だろうか》
『確かにグボちゃんは海対策ですけど……チートじゃないですよね』
《やられた側からはズルく見えるものさ。切り札が無効化されるわけだから》
なるほどなるほど?
《メタとも違うか、単に相性差かも。テセウスゴルドの“領域”も船の形を取るから、あれも恐らく〈懸濁海〉を突破する力は高いだろうし──》
『うんうん』
《──ん、グラ?》
『いやぁ、アナさん……チートって言われたの気にしてるんだなぁと思って』
《む。それはするだろう。グラが疑われてるんだぞ》
やけに多弁だと思ったら可愛らしいことだ。知らない人なんだから好きに言わせとけば良いと、私は割り切れてしまう。
強いて言えば問題なのは、アリー先輩も嘆いてるホウカンボクの方だけど。
「あの子ったらレースの結果に後からぶちぶち言うなんて……! ごめんねワンちゃん、よく叱っておくから」
「うーん、まぁセーフじゃないですか? ゲームだってことにしてますし。顔も名前も出してなければよくある愚痴のような」
「甘いよワンちゃん。こういうのはね、何年か後に身バレしたら発掘されて燃えたりするの」
そんなことあるものかなぁ。
実は私、減算のデバフとかって話を始めるまではアリー先輩の方を疑ってたんだよね。本当にこれがホウカンボクなのかって。その位に声や口調が違う。
手元にもそんな目立った特徴は無いし、特に1月から2月にほぼ毎日配信してたっていう状況証拠が『HKB=中央の競走ウマ娘』説を否定する。
「まぁアリーはちょっとネガティブなとこあるわよね、ネット系は特に」
「ワンちゃんにはイヤな思いして欲しくないだけですーっ」
……それ、イヤな思いして欲しくないのは私っていうより妹さんなのでは……?
ボゥ先輩に視線をやると、正解というように頷いた上で黙っておけと指を立てられた。うーん確かに、指摘すると否定しそうですねこのお姉ちゃんは。
「む、何か内緒話ですかー?」
「なんでもないわ。それよりホウカンボク、すごい人に挑まれたみたいよ」
「む?──って、世界ランカー!?」
それから2時間ほど後。配信はまだ続いている。
しばらく前からウマホに連絡を入れていたアソカツリーは、妹が反応しないことに業を煮やしてとうとうコメントを打った。時間の猶予は無い。
マイクミュートにしなさい - 匿名お姉ちゃん
今すぐ - 匿名お姉ちゃん
「?」
ホウカンボクは首を傾げ、それでもまだ気付けない。ヘッドセットをして耳を塞いでしまっているせいで、視聴者側に微かに届いている音声が聴こえていないのだ。
だから反応が遅れた。
「ホウカンボクさん、大丈夫ですか!? ……良かった平気そうですね、何度も呼んだんですよ」
「ニュクス?──あ、やば」
ホウカンボク……?
HouKanBoku
ニュクスってのも聞き覚えあるな
「心配したんですから! 前みたいなことになってないかって!」
「あ、ちょ待っいや大丈夫大丈夫だから!」
「本当ですか? いえ、念のため保健室に行きましょう」
ヘッドセットを外しながら、マイクをミュートにした……つもり。しかしその手の操作は慣れていないと手間取るもので、まして今はニュクスヘーメラーの剣幕(涙目)から目を逸らすわけにもいかず、ノールックでの操作は空しく失敗している。
めちゃくちゃ心配されてるやん
そりゃノックっぽい音聴こえ始めてから随分経ってるし
前にも負けて落ち込んで何かしでかしたっぽいしな
ホウカンボクって姉も中央にいなかったっけ?
アソカツリーか
「心配かけたのはごめんだけど、だいじょーぶだったら! ほら、今もゲーム配信で遊んでただけだよ」
「配信? じゃあ今の声って」
「…………ごめん、ミュートできてなかった。えっとつまり、聴かれちゃってました」
画面と手元に目をやって、がっくりと頭を下げるホウカンボク。
ニュクスヘーメラーはこのような娯楽に興味は薄そうだし、無断で声を垂れ流しにされたことを怒るだろうと思った。
しかし彼女はちょっと桁の違う名家の出身である。本人にその自覚は薄いが。
「わぁ、えと、失礼しましたニュクスヘーメラーと申します。
……あの、カメラはどちらに……?」
「……怒らないの?」
「? 怒られるとしたら趣味を邪魔した私の方では」
『カメラはどちらに?』(囁き)
耳打ちした分マイクに近付いとる
おっとりした子やなぁ
おっとりとか大らかといった言葉に収まるかはともかく、ニュクスヘーメラーとしては友人が無事ならそれで良いのである。
なんなら趣味の時間を邪魔して申し訳ないと思っているし、許されるなら同じ趣味を共に楽しみたいとさえ思っている。
「えっと、じゃあしばらくお喋り配信とか、してみる……?」
「良いんですかっ!?」
「ニュクスが良いなら」
大喜びのお嬢様に、たじたじとしつつ受け入れるチャンネル主。
微かに、しかし着実に迫る足音──当たり前だ、2人とも話して良いことと悪いことの擦り合わせさえ済ませていない。
「駄目に決まってるでしょお!?」
「姉ちゃん!?」