アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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月と英雄

 

 皐月賞でのことはきっちり反省した。

 言葉を話すアナさんはウマソウルとは違う気がするしその正体は分からないけれど、私を守ってくれたことも、グラが──そしてグラを──大切にしていることも確かだ。

 同じ失敗は繰り返さない。絶対に。

 だからあれ以来、意地も何もかなぐり捨てて【喚起】を浴びたし、武者修行のつもりで日本を飛び出しもした。

 

 

 グラがNHKマイルカップに勝った翌週の日曜日、パリのロンシャンレース場。

 会場に流れる実況はもちろんフランス語で、多分こんなことを言っている。

 

『先頭を守るか、守れるか、譲らなぁぁい逃げ切り! ジュニアの頃から凱旋門獲得を公言している野心家が、まず試し(Essai)の舞台で実力を証明しました!』

 

 このプール(Poule)デッセ(d' Essai)(試練の雌鶏?)は、フランスクラシック3冠の1つ目にあたるマイルレース。この盛り上がりからして日本で言う桜花賞あたりが近いのかしら。

 それに勝ったウマ娘はグラから聞いていた名前だ──是非観ておくべき強敵として。

 

「真壁さん……」

「うん、アナグラワンワンに感謝だね。観ておいて良かった」

「……はい」

 

 いつも通りな真壁さんが前向きに感じられて、自分の弱気を自覚する。勝てないと思ってしまったらしい。

 ──トリウムフォーゲン。

 去年日本に来ていた、フランスを主戦場とするスウェーデンのウマ娘。

 

「ムーンから見てどうかな?」

「悔しいですが、グラには謝ることになりそうです」

「……そうだね、現時点では彼女の言葉は正しい」

 

 フランスに行くことを話したら、グラは彼女の名前を挙げた──『ムンちゃんの上位互換みたいなウマ娘』として。その場で怒鳴らなかったことを褒めて欲しいわよ本当に。

 でもその評価に反論はできない。パワーもスピードもテクニックも、今の私は劣っている。……負けたままでいるつもりは無いけどね。

 

「真壁さんさえ良ければ、連絡を取って併せとかやってみたいです」

「分かった。本当に貪欲になったね、ムーン」

「孤高を気取る余裕が無くなっただけです」

「だけ、ではないんじゃないかな。他人の良いところを取り入れる度量が生まれたってことさ」

 

 それは……そうかも知れない。ジュニアの頃ならナーサリーやドゥームの走りから優れた要素を見つけることさえ出来なかったかも。視野が狭かったのよね。

 逆に言うと今の私なら、トリウムフォーゲンの走りを間近に見ることで大幅に成長しうるってこと。

 

 後はそれを向こうが了承するかってところだけど──、

 

『トリィさんは弱気なアスリートが嫌いっぽいから、生意気ってぐらいに強気の方が気に入られるんじゃないかな』

 

──グラのアドバイス、信用していいのかしらね。アナさんにも訊いておけば良かったわ。

 

 


 

 

 プール・デッセの翌日。

 

「***! ******グラー?」*

もう一度仰って(パルドン)?」

 

 未知の言葉に戸惑っていると、トーヴェさんというあちらのトレーナーがスパンと頭を叩いて諌め始める。

 

「トリィ? フランス語で話せって言いましたよね?」

「**、なんで!? ヤポンスカ!」

「日本人がみんなスウェーデン語話せるわけじゃないことも説明したでしょうに……。

 失礼しましたムーンカフェ、マカベ。トリィが意味不明なこと言ってたら無視して良いですから」

 

 無視は流石にどうなのかしら。でも現に、背後で憤慨しているトリウムフォーゲンのことをトーヴェさんは完全に無視している。お国柄?

 でも、トレーナーがウマ娘を上から制御してるような印象はすぐに吹き飛んだ。真壁さんからの問いに彼女はこう答えたのだ。

 

「それで、合同での練習については」

「そこはトリィを納得させてください。彼女が受け入れるなら私もできる限りのことをします」

 

 同時にトーヴェさんは数歩下がってトリウムフォーゲンの横に並んだ。私はただの通訳です、と言うように。

 そんなトレーナーをさも当然のように従えるウマ娘はまるで歴戦の将軍。無言で頷いて前に出てくる姿には……風格らしきものすら感じられる。

 

 品定めの視線。

 私が練習相手として相応しいかどうか。

 ──上等じゃないの。

 

「模擬レースでも?」

「いいえ。流石に昨日の今日じゃ怒られるわ」

 

 それもそうか。プール・デッセを走ったばかりだった。

 

「じゃあ私が走って見せるとか──」

「勘違いがあるみたいだけど、テストとかはしないわよ。実力は本番と結果で測るべきでしょう?」

「──そうね」

 

 トリウムフォーゲンが(トーヴェさんの通訳を挟んで)言ったのは、ひとまず受け入れるということ。『グラのイチオシらしいから』というのは少し引っかかるけれど。

 一緒に練習をして、盗めるところは盗めば良いと。ただしそれは期限つきで、指定するレースで力を示せなければ以降は何もしてあげないと。

 シンプルでいい。ありがたい話だ。

 

「指定のレースというのは?」

 

 訊き返すと、トリウムフォーゲンはすぐに答えた。けれどトーヴェさんが初めて言葉に詰まる。

 その苦い表情は……アルヘイボゥ先輩がしばしば浮かべるものにそっくりだ。『冗談でしょ、いいえこのバ鹿のことだから本気か』みたいな。

 

 暴君じみた視線に急かされて、訳してくれたのはディアヌ賞。およそ1ヶ月後に行われる2100mのGⅠレースだ。場所はシャンティイ──パリ市街から車で1時間ぐらいのはず。

 ……トーヴェさんがあんな表情をしたからには、ただ出ろって話ではないのだろう。よっぽど厳しい条件をつけてきたに違いない。

 

「そこで1着になれと? それともレコード更新しろとか?」

「…………いいえ。実力さえ示せば2着以下でも構わないと」

「む。2着、以下ですか」

「というか……1着にはさせない、と」

 

 あぁ、つまりトリウムフォーゲンもそこに出てくるわけか。直接ぶつかれるならこっちとしてもありがたい。1着にはさせないなんて私も良く言うことだし。

 私はそう納得したのだけれど、隣の真壁さんは何故か息を呑んでいた。

 

「えっ……その、失礼ですがジョッケクルブ賞は……?」

「……トリィは、決めたことを覆しません」

 

 耳慣れないレースばかりでピンと来なかっただけで、日本のレースにあてはめて日程を整理したら意味が分かった。

 ジョッケクルブ賞は安田記念と同じ日の開催で、今日から20日後。つまりプール・デッセからジョッケクルブは中2週しか無いということ。

 なのにディアヌ賞にも出ると言い出したのだ。これは宝塚記念の前の週だから、ジョッケクルブから中1週。

 

 5月半ば(昨日)プール・デッセ→6月頭ジョッケクルブ→6月半ばディアヌ、と。

 

 まぁまぁ詰まったローテだ──いやいやいやいや、違う違う。とても過酷だ。グラを基準にしてはいけない。

 

「ディアヌの次は中3週でパリ大賞典に出て、そしたら凱旋門までは身体を休めるから大丈夫だ──と、このバ鹿は言っています」

「今バ鹿って言ったわよね? 私言ってないわよ?」

「お、トリィもフランス語喋ってえらいですねぇ」

「子供扱いやめなさい!!」

 

 あぁ、トーヴェさんから微妙に棘を感じる。日本のUMA娘に接触感染したせいでローテがおかしなことになったと。プール・デッセ→ジョッケクルブ→パリ大賞典ならまだ常識的なローテだものね。

 

 もちろん責任とか押し付けてくるわけじゃないけど、感情としては否定しきれない感じ。なんかごめんなさいって気分になる。

 まぁでも、グラだしね。諦めて頂くしかない。

 

 


 

 

 パリのトレセンで過ごすようになって、すごく驚いたことがある。

 日本のおかしなUMA娘が案外知られていないこと──ではなく(知られていないというよりフィクションだと思われてるっぽい)。

 トリウムフォーゲンは1年以上もここにいて未だにフランス語が覚束ないこと──でもなく。

 もっと衝撃的なこと。

 

 彼女とのトレーニングには、しばしば引退したウマ娘が顔を出すのだ。しかもすっごく有名な優駿が。

 

 ……フランスの、しかも現役じゃないウマ娘なんて、私はそこまで詳しくない。驚きも興奮も真壁さんほどではないだろう。

 それでも流石に知ってたわよ、モンジューさんのことは!

 

 しかも今日来てるヴェニュスパークさんなんて、短い距離とはいえ併走までしてくれたのだ! 凱旋門を連覇したこともある、ましてやそこで引退を選ばず3連覇への挑戦さえした大英雄が、私も(まじ)えて!!

 危ないところだったわ、もしお姉様より先に出逢っていたらこの人をお姉様と呼んでいたかも知れない──いやな想像ね、やめましょう。

 

 頭をぶんぶんと振って興奮を追い出していると、しかしその張本人が気安く声をかけてくる。実に心臓に悪い。

 

「やぁ、お疲れ様。君が日本から来たっていう?」

「ひゃ、ひゃい。その、ムーンカフェと、いいます」

「そんなに緊張しないで、特に用事は無いんだ。ただの雑談だよ」

「? ……そうですか?」

 

 走っていた時の、まるでこっちの時間が停まってしまうような鬼気はすっかり感じない。ゆるくて優しいお姉さん的な雰囲気で、ごく自然にベンチの並びに座ってきた。

 視線の先にはトリウムフォーゲンとトーヴェさん。さっきの併走について何やら喧々諤々やっている。

 …………。いや、なんでここにいるの?

 

「……あの、トリウムフォーゲンと話をしに来たのでは?」

「んー? 別に話すことは無いかな」

「え……、っと?」

 

 じゃあどうしてわざわざ。

 いや、でも思い返せばこれまでも。モンジューさんもそうだった。顔を出して、挨拶ぐらいはして、しばらく眺めて……それだけで帰って行った。

 何をしに来たやら未だに分からない。

 

「知りたい?」

「……訊いても構わないことなら」

「あのトレーナーさんは私たちの用件を察してるだろうからね。君がネットや雑誌に漏らさないと誓えるなら話してもいい」

 

 それはもちろん、教えてもらえたなら誰かに漏らしたりはしないけれど──、

 

「……というか、出来れば愚痴らせて。ちょっとイヤな話なんだ」

「えっ」

 

──なんだか重そうな話になってきたわね。

 

 

「私たちは連盟(FNCC)に言われて来てるの。ある依頼を受けてね」

「依頼、ですか」

「そう、まるで気が進まない依頼。多分モンジューさんたちもそうだったんだと思う。本人とはろくに話さなかったでしょ?」

「はい」

「だよね。そりゃそうだ」

「…………?」

 

 日本でいうURAにあたる組織が、現役を退いた英雄たちに頼み事をした。それでトリウムフォーゲンに会いに来た。

 だけど本当はその依頼が気に入らないので、顔を合わせるだけ合わせて──つまり連盟への義理立てというか言い訳だけ済ませて──本題は伝えずに帰る……。

 

 え。

 まさ、か……?

 

「何か閃いたかな」

「…………いえ、その。貴国への失礼にあたる思いつきですので」

「そうなんだよ! 連盟はフランスの誇りを汚してる! だから私たちは従わないんだ!」

「ぇ……じゃあ本当に……?」

 

 ヴェニュスパークさんは苦い表情で頷き、そして答える。

 

「トリウムフォーゲンにフランス国籍を取らせろ、ってさ。断られるに決まってるけど、それ以前に伝えたくもないよこんなこと」

「…………」

 

 そんな。

 それは……実質的な敗北宣言ではないだろうか。負けた時の保険と言えなくもないけれど。

 

 そういえばヴェニュスパークさんの凱旋門連覇*は丁度節目だ。

 あの2連覇の翌年から10年間で、凱旋門賞は4回もイギリスの手に渡った。フランス籍のウマ娘が掴んだのは3回だけ、しかもその3人のうち2人はフランス生まれではないと嘆く声も*あったとか?

 それがきっかけで露骨なチーム戦を仕掛けるようになったと聞いた。おかげでここしばらくはフランスウマ娘が独占している。

 

「私だってあの賞を国外に奪われたくはないけど、連盟がそれを望むならレースで勝てばいいんだ。“勝ちそうなウマ娘をフランス籍にしてしまえ”なんて、そんなのはレースでも勝負でもない! 彼女*の輝きに対する侮辱だ……!」

「………………」

「──ってね。ごめん、恥ずかしいところを見せた」

「いえ、その、そんな」

 

 私は……私みたいな外野には、フランスの連盟が何を考えてそんな依頼を出したかは分からない。

 だけど現役のフランスウマ娘が聴いたら決して良い顔はしないだろう。そんなことをしなくても自分たちが勝つから任せておけと言いたいはず。

 言いたいはずだけど……。

 

 それはそれとして、トリウムフォーゲンは強い。問答無用に強い。現役ウマ娘もしくはその周りから、『凱旋門賞を奪われる可能性が高い』と赤信号が上がってもおかしくない程に。

 

「ごめんごめん、難しく考えなくていいよ。吐き出させてくれて少し気が晴れた」

 

 ……まぁ私がフランスの事情に何をできるわけでもないか。こんな程度でも恩返しになったなら幸いだと思うことにしよう。

 

「お役に立てたなら何よりです。併走、とても勉強になりましたから」

「こちらこそ感謝を。日本語での感謝(merci)の伝え方を前に教わったんだ、ええと、あれ何だったっけ……?」

 

 すぐに出てこないことが申し訳なさそうだけど、日本語を教わったという話だけで少し嬉しくなる。ヴェニュスパークさんは日本に来たことはないはずで、となるとこちらで戦った日本のウマ娘が印象に残ってるってことだから。

 

「一般的なのは『ありがとう』ですが──」

「うーん? 違うかな」

「──ですよね。オルフェーヴルさんならなんて教えるのかな……」

 

 直接の面識が無いので分からない。あの人って普段からああいう口調なのだろうか。『ありがとう』とは言わずに『大儀であった』とか言いそうな印象がある。

 でも海外の人に教えるなら……と考えていたら、それは違うという。

 

「いや、オルフェーヴルはほとんど会話もしてくれなかった」

「え、じゃあもうひとりの──」*

「いや、2年目(﹅﹅﹅)にね」

 

 …………あっ。

 無意識に考えずにいた可能性。そうであって欲しくない。

 だけどそうか、ヴェニュスパークさんは接触しているんだ。2度と忘れることはできないだろう、あのウマ娘と。

 

「思い出した! 日本語で感謝を伝える時は『フツカメのツクダニ』って言うんでしょ?」

言いません! ゴールドシップさんの言うことを真に受けないでくださいっ!!

「えっ冗談だったの? あんな真顔で、フランス語も完璧だったのに?」

 

 深刻な誤解だと思って必死に説明した。ゴルシさんはちょっと……例外というか、標準だと思われると違うというか。

 努力の甲斐あってどうにか分かってもらえたんだけど、その結果は無情な反応だった。

 

「日本のウマ娘が変わってるのは昔からなんだね!」

「…………いえ、その……」

 

 うわぁ、反応に困る。どうやらグラの戦績が冗談でも作り話でもないと知っているらしい。ヴェニュスパークさんの中では既に『変わったウマ娘の国、ニッポン』のようだ。泣きたい。

 日本のウマ娘も大多数は、私も含めて、あんなエキセントリックさは備えていない──と、反駁しかけて。

 

 

「ウマソウルなんてよく分からないものを宿してる時点で、全ウマ娘はUMA娘とも言える。中でも君は、結構な“例外”だと思うよ

「──えっ?」

「ふふ、ヒントはここまで。後は自分たちで頑張って」

 

 

 何かとんでもないことを言われてしまった。

 私が……?

 

 

「君も凱旋門を脅かす敵になりうるからね。『敵に送るなら塩焼きそばより豚骨パスタ』って言うんでしょ?」

「言いません……!」

 

*
「よく来たわね、グラに勝ったんですって?」

*
現実でいう2013-2014年

*
そんなことを言い出したらモンジューだってアイルランド生まれだが。

*
ヴェニュスパークの3連覇を阻んだイギリスウマ娘

*
キズナ。ウマ娘として未実装なので伏せ。





※プール・デッセが“試練の雌鶏(Poule)”と呼ばれるのはギャンブルに由来するので、賭博ではないウマ娘世界だと名前が違う可能性が高いのですが、分かりづらいので現実のまんまです。
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