NHKマイルカップの翌週には、ヴィクトリアマイルというシニア限定のGⅠレースがあった。ボゥ先輩が候補に入れてたものだけど、結局これはスキップすることに決めたそうなので、先輩の次走は安田記念だ。
言い換えると、ボゥ先輩は現役を残り2戦と決めている。
アリー先輩は安田記念に勝つことで引退を撤回させようとしている。
私は……口出しできていない。
アイビスサマーダッシュでの約束はとても嬉しいことだけど、だからこそ、アリー先輩にも嬉しい気持ちになって欲しい。どうしたらいいんだろうね。
アリー先輩のことで悩んだり【喚起】の検証をしたり、5月はあっという間に過ぎてゆく。
そしてある日曜日の夜、私は遠くフランスにいるムンちゃんにメッセージを送った。
オークス観てたわ
一応、おめでとう
返信が速い……!
あからさまに誤魔化されている気はするけれど、それでもお祝いの言葉をスルーはしたくない。
ドゥームすごかったわね
あんなに強かったかしら
話を逸らしてるよねぇ!
あとドゥがめちゃくちゃ強くなったのはムンちゃんのせいだと思う。
また何かした?
聞いてからだよ
あぁ……納得
それにしても
普段は最低限の返信しかしないムンちゃんがぽこぽこ連投してくる。私が話しかけた用件は間違いなく伝わってるなぁ。
そしてムンちゃんはどうやら、やるべきことをやっていない。済ませてあるならそう言えば終わる話なのだから。
やってないから必死で誤魔化してるわけでしょ。
オークスで同着だなんてね
4.5冠?
冗談だけど
今のはごめん
中継されてないわ
写真判定の結果待ちで時間切れ
あー、同着って確定するまで20分くらいかかったんだっけ。
いや、裏側では発表より早く確定してた気もする。お客さんがやきもきしてる間、私たちはウイニングライブの立ち位置を大急ぎで覚えたりしてたから。大変だった。
まぁ幸い(?)オークスが完全同着になるのは2回目*だとかで。『彩 Phantasia』のセンターを2人にしたバージョンは既にあったから覚えるだけで済んだけどね。職員さんは『またオークスか……』って苦笑いしてたし、古くからのお客さんもそうじゃないかな。
は? させないわよ
原則ひとつしかない菊の冠を独占っていうのも変な話だけど……実際に
でも菊花で勝つのは自分だけだとドゥは言った。その時には今よりも強くなってると。全く……少しばかり羨ましくなる。
うん
ドゥとの一騎打ちみたいな形で
そうだったわね
ほんっとにさぁ。ギリギリのギリギリで、しかも勝ちきれなかったのがオークスなんだよ。ムンちゃんまで加わったらますます勝ち目が減るじゃないか。
ちなみにトリィさんからもちらほら連絡が来ている。最初は『ふつーのウマ娘でつまんないわね』とか言ってたのが数日後には『教えたら教えただけ素直に伸びて可愛くなってきたわ! 私ったらトレーナーの才能もあったのかしら!』になっていた。
もっともムンちゃんは、素直に教わりながらトリィさんの弱点を探ってるタイプだと思うけどね。
しかも強化版の私よ
私の(ソウル由来のあれこれを除いた)身体能力は、早くも伸び悩みを見せ始めた。まだ5月なのに。普通のウマ娘はクラシックの間に大きく成長する──特に夏を
ヤバいって。伸ばせるところは全部伸ばしていかないと。
……別にこれまで通りかな? それはそう。
お互い忙しいんだから、いつまでも引き伸ばしてないで本題を済まそう。
そういえばトリウムフォーゲンが
返信が途絶えた。分かりやすっ。
私たちは学生だ。プロアスリートではあるけどそれだけじゃない。
レースのための国外留学? もちろん認められる。ムンちゃん位の実力があればあっさりと。ただ、それによって座学から解放されたりはしないんだよ。
座学といってもレースのルールとかじゃない。その辺は落第したらそもそも出走できないから、疎かにするウマ娘は(ほぼ)皆無だ。
今ムンちゃんがサボってるのは数学とか物理とか、普通の中学生でもやるような科目。こちらはやる気のないウマ娘がとても多い。私が優等生に見られるレベルで。
私だって、テストで点数を取れるだけでそこまで積極的なわけじゃないんだよ。なんならアナさんの方がよっぽど意欲的に授業を聞いているほど。
そんな私よりも周りはずっとひどい。それもあってクラス委員というか、課題を集めたり催促したりするお役目を仰せつかったのだ。
レース関連ではすごくストイックなムンちゃんが、レース以外だとだらしないことに最初は驚いたものだけど……実はボゥ先輩もムンちゃん寄りで、私の方が異端だと言われてしまった。しょぼーん。
教えるったら
時間がないだけよ
ほら、こっちでの初レースも近いし
トリィさんとディアヌ賞だよね
そう
予定は聞いてる。オカールは
言い換えると、オカールの3日後は日本ダービーである。
とはいえレースと課題は別問題。私は担任の先生から課題の件を頼まれて引き受けた。おざなりにはできない。
気になっちゃうなぁ
グラが気にするわけ
しちゃうか
レースに影響出るかはともかく
あのバ鹿教師……
ムンちゃんは頼んだこと自体に憤慨してるっぽいけど、レースが近い時期での頼み事は入学式で理事会と生徒会もやったこと*だし……何よりサキさんが許可して私も引き受けたことだから、そっちに文句は無い。
そもそも課題やってくれれば済む話だしね?
……オカールの翌日の夜
時間ちょうだい
一気にやっちゃおう!
助かる
ありがとう
ごめんなさいね
ビデオ通話とか繋いでどんどん進めれば2時間もかからない。私にとっては大した負担じゃないし、教わって自分でやろうとするんだからムンちゃんは立派だよ。
──そう、座学にかける時間と労力をできるだけ少なくしたいクラスメイトの中には、あろうことか丸写しを要求してきたおバ鹿さんがいる。
もちろん断って自分でやらせたけど(お陰でムンちゃんにもスムーズに教えられるだろう)……
ところで、皐月賞の後で発表した出走予定は6月頭の東京ダービーまでだ。5月も半ばを過ぎた今日この頃、『そろそろ次を』みたいな要望は多く寄せられている。
私に不利益が無い限りは明かすことに抵抗は薄い。別に大した労力じゃないし。
ただ、東京ダービー以降の予定は明かすことが不利益に働く可能性がゼロじゃなかったので伏せてきたんだけど……もう大丈夫だろう。
本日時点での出走予定は次の通りです。少し曖昧にさせてください。
確定:日本ダービー(5月4週)→東京ダービー(6月1週)→海外のGⅢレース→新潟のGⅢレース(7月末)
・確定は『不測の事態がない限りは変更しない』です。怪我などがあればスキップされます。
・国内のレースは6月も7月も1戦のみということです。
・8月以降の予定はぎりぎりまでお知らせできそうにありません。
トリィさんと下手にぶつかるのが怖かった。【喚起】の影響を受けさせないよう、凱旋門を初対戦にしたいのだ。
その彼女はムンちゃんを気に入っていて、ディアヌ賞には確実に出る。ならこの時期のGⅢに来る余裕は無い。無いよね? 一応ぼかしとこう。
で、“海外の”とか“新潟の”っていう書き方でもローテ公開の主目的は果たせるんだよね。“国内のレースは6月も7月も1戦のみ”と書いとけば、私と当たりたくない人は不意の接触事故を避けられる。
サキさんに見てもらってから、投稿。
今回もすぱぱぱーと拡散されていく。
「……もう予想大会が始まってる」
「サキさんの予想通りっ」
「こんな書き方をしたらね」
気にしてもらってるってことかなぁ。予想するにも手がかりが無いと思うけど。
“海外のGⅢ”として挙げられるタイトルは実にバリエーション豊かだ。ドイツのヴィルトシャフト大賞典、イギリスのホッピングスステークス、オーストラリアのタタソールズカップ、アイルランドのインターナショナルステークス……などなど。
ちなみにここまで全部外れである。
正解を挙げてる人も少数居るけど……“流石にそれは無い”とか言われてる。反応がちょっと楽しみかも。
一方、アイビスサマーダッシュを隠す必要は全然無かった。こっちまで“新潟のGⅢ”にしたのは単なるノリで──というか、7月末で新潟レース場でGⅢなんてアイビスしか無いと思い込んでいたのだ。
ある返信に首を傾げる。
7月末・新潟レース場・GⅢ……まさか新潟ジャンプステークス!?
「新潟ジャンプ……ジャンプ?」
──あ、障害競走!? ほんとだ、調べたらアイビスの前日に!! 全然頭に無かったのはなんとも失礼な話。
しかもこの返信をくれたのは新潟レース場のヌシ(?)みたいな常連さんらしく、普段から『平地の芝ばかり注目されるけどダートも障害もそれぞれに良さがあるから是非観に来てほしい』的なことを発信されていた。重ね重ね申し訳ない。
でも障害競走はまったく練習したことが無いので……! ごめんなさい……!
「サ、サキさん助けてほしいです! どうしましょう!?」
「これは私の落ち度だわ。慌てて返事しなかったのは正解よ」
急遽、先輩たちにも来てもらって対応を相談することになってしまった。だってちょっと
──羽田盃を走った時も、ダート関係の偉い人から『お礼』を言われた。ジュニアの私なら『お礼を言われる筋合いが無い』とか思ったかも。
でも実際、日本では芝レースの方がはっきりとお客さんが多い。今年の羽田盃は例年よりぐっと観客が増えた。その数字は否定できない事実で、ドンナさんとかは複雑かも知れないけど団体としては喜ばしいのだろう。
それでいくと『アナグラワンワンが障害競走に来てくれたらなぁ』的な願望はきっと在るんだ。私の影響力(というか集客力)はそういうレベルに至っている。
……もっとも、
本気でジャンプに来ると思っていたわけではなく、アイビスと分かった上での
《……シユウ*辺りの
『まぁ練習すれば行ける気はしますが』
《勿論やるやらないはグラの自由──いや、サキの負担が重すぎるか》
『はい』
アナさんの言う通りなので実際に挑むことはない。とりあえずそのことははっきり伝えておこう。
「そんな不安そうな顔しないでください、大丈夫ですから」
それに、もし仮に平地競走以外をやるとしても……。
「障害に手を出すつもりはありませんよ」
「……ごめんねワン、やるなら誰か他のトレーナーを探して紹介する流れになると思う」
「やりませんってば!?」
きっぱり否定しているのに、サキさんと先輩たちはじっとりと胡乱なものを見る視線。なんですか、なんで私がそんな目で見られなきゃ──、
「ワン子が“障害
「ワンちゃん、嘘は吐かないんですけどねー」
「嘘にならないように気を遣うのが習慣になってるんでしょう。悪いことじゃないけど、何かしら考えてるのは丸わかり」
──わーぉ。3人ともびっくりするほど鋭い。確かにさっき『障害ではないもの』が頭を掠めた。
とは言えそれも“仮に平地競走以外をやるとして”の話であって、実現させようとは考えてない。
平地でやりたいことはまだまだ尽きないし。
何より、彼女がどうしたいのか訊けていない。調べた限り何かしらの関係はあるんだろうけれど。
前は個人的なことだって教えてくれなかったこと、凱旋門で勝ったら教えてくれるかな──あなたの走る理由を。トリィさんが、名前にまつわる世間の目をどうしたいのかを。
次話からダービー編です。
※本作では平地競走以外を描く予定はありません。
※デミウルゴスとか再現したらばんえいもそれなりに勝てる気はしますが。