アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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「すげぇのはボゥとアリーだろうよ」

 

『桜花と皐月を制した4月、もしやと期待しました。しかしすぐに自らを(いさ)めたものです──“オークスとダービーの連闘制覇なんて無理に決まっている”と。

 そんな常識を、狭く区切られた夢を、否定のしようもない事実で突き破ってくれましたアナグラワンワン、堂々たるダービー勝利です!』

 

 叩きつけるように降ってくる声。ニュクスさんの“領域”はもう解かれてるはずなのに、肺の中も胸の内も熱くて暑くて堪らない。

 でも、喜ぶより前に振り返った。

 今回はかなり──これまでとは違った意味で──危なかった。勝ち負けではなく事故が起こりかけたのだ。

 

『アナグラワンワン、2着のテセウスゴルドもゴール付近を気にしています。海外勢3人が接触しかけたことに気付いたのでしょう』

 

 大外から抜き去った私たちと3人との間は30m近く離れていたから、常識で考えれば私たちは無関係だ。ヒトミミからはそうとしか見えないだろう。

 でも実際はそうじゃなかった。

 

《グラのせいでもないが》

『それはそうですけど、気にはしますよ』

 

 〈ハンニバル〉は最近まで使えなかった大型アラガミで、制御が難しいのは確かだ。背中の逆鱗に溜め込んだ熱を解放する超加速時には更に荒々しくなって、危うい攻撃性を秘めているのも間違いない。

 とはいえ、実際に誰かを傷つけるような行動をしたわけじゃなくて。

 

 ただ見た目が怖すぎて、海外勢3人をビクッとさせちゃって……内ラチやお互いに衝突しかけたっていう。

 

 国内のみんなはそこまでビビらなかったから平気かと思ったんだけど、ハンニバルの見た目が恐ろしいことは私も全力で同意である。

 

『救急スタッフが来ていましたが……問題ないようです、担架はいずれも空のまま帰っていきます』

『3人も危なげなく立ち上がりました。接触しかけただけで大事には至らなかったようですね』

 

 テセさんと並んで気にしていたから、3人もわざわざこちらに手を振ってくれた。気にせずウイニングランでもしとけってことかな?

 判断に迷って、気づいたら──テセさんに腕を掴まれて掲げられていた。

 

 

 ──っ!!

 

 

 音とも声ともつかない、圧倒的なうねりで客席が沸く。もう実況もまるで聴こえない。

 思わずぽかんとしてしまって、意地悪く笑われた。

 

「くくっ、夕方の号外は今のアホ面で決まりだな」

「!?」

「今さらキメ顔つくっても遅いんだよなぁ」

 

 


 

 

 実はジュニアの初期から『もうちょっとキリッとした顔できないの?』と言われ続けてきた私である──もちろんボゥ先輩に。私の顔立ちだけは気に入ってたとかなんとか。

 だけど流石に今回ほどぽかーんとした間抜け面が大々的にメディアに載るのは初めてのこと。

 

ほんとに号外になってるー!?

 

 テセさんに腕を掲げられて、そんな彼女を『何してんの?』顔で眺めてる気の抜けた私の姿。先輩たちもアナさんも大笑いしててヒドい。というかこういうのってサキさんがブロックしてくれるものじゃないの!?

 その当人は少し申し訳なさそうにしつつ、でも笑いを隠せないまま答える。笑ってるじゃん。

 

「ごめんねワン、でも今回はこの方がいいと思ったの」

「むぅ……サキさんの判断なら文句は言いませんけど、理由は教えて欲しいです」

「ちょっと怖がられ始めてるからね。好感度調整というか、親しみ易さも見せておきたいわけ」

「む」

 

 んー……最近の私は、傍から見たら確かにおっかない存在だと思う。

 5月末までに(クラシックだけで)9戦9勝、うちGⅠは6つ。

 この6つというのは『クラシックが国内で獲りうるすべて』だったりする。言い換えると、国内のGⅠタイトルを持つクラシックウマ娘はほぼ私だけなのだ──例外は樫冠(オークス)を引き分けたドゥただひとり。

 だから怖がられて当然とも言えるし、別に怖がられたって構わないとも──、

 

「本当は“金剛”も“蹂躙者”も嬉しくはないんでしょう?」

「あー、確かに歓迎はしてませんが」

「せっかくの後輩ちゃんたちも遠目に見てくるだけだし」

「うーん」

無神経な外野はすぐ"皇帝"や"覇王"と比べたがるし

「それは私が怖がる方ですよね!?」

 

──最後のは『別に構わない』とは流しにくい。本当にやめてほしい。

 

 『もしもシンボリルドルフとアナグラワンワンが同世代で競っていたら?』なんて仮定は本当に無意味なんだよ。だってその場合、私はペイジを禁止されてジュニア級をまともに走れてなかった可能性が高い──あの人だってジュニアの頃から生徒会長だったわけじゃないだろうし。違うよね流石に?

 

 話が逸れたけど、ぽかーんとしたお間抜けキャラになることでシンボリルドルフさんやテイエムオペラオーさんと比較されずに済むっていうなら万々歳である。

 これまでも頑張ってキリッと見せてただけだし。

 

 

「後輩ちゃんで思い出しましたけど、あの子たちが契約してほしいって来たらサキさんどうするんですか?」

「今はキャパオーバーよ、断るしかないわね。ワンもフランスでのライブは不安があるでしょ」

「う゛。はい……」

 

 何気なく振った話題で不安要素をえぐられてしまった。そうなんだよなぁ、外国でのライブって色々違って難しい。間違えそう。

 それでいくとダービーに来てた海外のウマ娘たちはすごいと思う。

 

 ──ちなみに1着から0.3秒未満の間に5着までが入線したっていう接戦の中で、3着になったのはルーテデラソワというフランスのウマ娘だった。『winning the soul』の上位3人はマイクスタンドを抱えながら前後に動く変則的な振り付けなのに、粗をちっとも見せないパフォーマンスはお見事としか言いようがない。

(ぶっちゃけた話、テセさんの方が振り付けや歌詞があやしかった。ここしばらくはレースと焼きそばのことしか考えられなかったんだろう)

 

 で、私もそうならなきゃいけないわけだ。凱旋門賞の『L'Arc de gloire』はもう大丈夫だけど、フランスのレースが全部あれってわけじゃないし。

 お勉強教えてあげた代わりにムンちゃんから振り付け教わろうかな……とか、考えていたら。

 

「…………」

「サキさん?」

 

 何やら悩ましげなサキさん。

 その視線の先で、どことなく気まずそうに無言の先輩たち。

 ──あぁ、そうか。

 

「キャパオーバー、ですね」

「……そうね」

 

 私の次走は東京ダービーで、10日後の水曜日。その前の日曜日には先輩たちの激突がある──安田記念だ。

 ボゥ先輩にとっての大目標だった『安田記念連覇』がかかる勝負で、アリー先輩はそれを阻んで引き止めようとしていて……サキさんは両方の味方をしなきゃいけない、という。

 

『アリー先輩、勝ったら勝ったで苦しみそうなんですよね……』

《あー、あるかもな。とはいえグラの1つ上だろう? 望みがぐちゃぐちゃしていても仕方ない》

『アナさんはすぐそうやって子供扱いを』

《私から見れば子供なんだよ実際》

 

 ずっと考えてるけど、引退がボゥ先輩の選択なら私はあんまり止める気が湧かない。

 アリー先輩はこれを『冷たい』態度と言うのだろう。そんな先輩に泣いて欲しくないとは思っている。

 

 『この世界の大人なら酷いことにはならない』と言ってあんまり心配してくれない、それどころか『別れだって青春の1ページだろ』と流してしまうアナさんの方が、これについてはよっぽど冷たい気がするんですよね。

 

 引退で見送れるなら幸せなこと?

 ……ああ、そりゃ戦死(KIA)*と比べたらそうですけど……。

 

 



 

 

 ダービー後の病院では『ワンワンさんもちゃんと脚が疲れるんですね』と驚かれた。いや驚かないでください普通ですよ?

 今回は序盤から最後まで〈ハンニバル〉を使い通しだったから、ライブで回復弾を使っても治り切らなかったのだ。まぁ1週間もあれば治る程度のダメージだけど。

 

『火曜日にまた来ます。その時にダメージが残ってたら東京ダービーは回避になるかと』

 

 そんな話をしたのがもう7日前。

 

 今日は6月最初の日曜日。

 先週(ダービー)と同じ東京レース場で、今日の私は観客席だ。

 

「誰が勝つと思うね?」

「全っ然分かんないです」

「無理も無ぇやな」

 

 隣には今年もギンさんがいて、「俺も全然わかんねぇ」と肩を竦める。ですよねー。

 

 

『今年の安田記念も豪華な顔ぶれ、支持はかなりばらけました。1番人気は昨年の覇者、2連覇がかかるアルヘイボゥ』

 

 ボゥ先輩は去年より明らかに強くなってるし、何より前回の安田記念から連勝が続いている。レース間隔はやや長めで数は多くないけど、代わりに全部GⅠだ。

 そんな先輩でも『圧倒的な1番人気』ではない。

 

 

『2番人気は昨年の安田記念で2着だったアソカツリー。シニア1年目の今期はここまで3戦2勝の2着1回と好成績』

 

 このレースにかける湿()度でいくと、多分アリー先輩が1番高い。これまでGⅠに勝ったことは1度も無いとか、そんなこと頭に無いんじゃないかな。

 ──ひょっとすると、妹さんのことさえ。

 

 

『ほぼ同率の3番人気、ホウカンボク。クラシックに上がってから勝てていませんが、桜花賞とNHKマイルカップの両方で2着になっています』

 

 ザ・才能。普通に考えたらアリー先輩の勝ち目は薄い。

 

『アリー先輩……』

《どうだろう、実力を発揮できるかな。どこか『姉ちゃんがボクを見てない』的な心細さを感じる》

『そんな可愛いキャラでしたっけ?』

 

 ホウカンボクの気持ちは分からないけど、アリー先輩が眼中に入れてないのは分かる。それがどう出るか。

 

 

『4番人気以降も支持率は僅差です。ナーサリーナース、ミルファク、ベレヘニヤ……』

 

 うーん、ホウカンボクも含めていつものメンツ感。

 

「あの中だとナーがかなりいい感じに見えますね」

「オークスの子の親友だったか?」

「はい。ドゥが──ドゥームデューキスが冠を獲ったことを(ひが)みとかゼロで大喜びして、置いてかれたくないって気持ちで成長するタイプです」

「トレーナーは……あぁ、あのジジイか」

 

 ギンさんがジジイ呼ばわりするほどのお年寄りなその人は、ナーたちによるとめちゃくちゃ放任主義らしい。それでも結果を出してるんだから凄い。

 

「NHKマイルカップはタフなレースだった。ジジイならあんだけの激闘の後はもうちっと脚を休ませたがる筈だが……」

「う。それ、もしや私のせいでしょうか」

「あぁスマン、責める気はねえよ。影響があるとしてもな」

 

 安田記念はクラシック・シニア混合のレース。ただし歴代勝者はほとんどがシニア級だ(おそらく夏前のクラシック級はまだジュニアに近くて、シニアとの差が大きいんだろう。テセさんの成長は早い部類だと聞いた)。だから私のように『来年挑むので今年は出ない』という選択は珍しくない。

 

 じゃあなんで今年はあんなに多くのクラシック級が、しかも厳しめのローテで安田記念に出てるかって?

 

 私がGⅠを狩り尽くしてるから、というのはあると思うんだ。自惚れ抜きに。

 『クラシック級が出走できる』かつ『国内のGⅠレース』かつ『アナグラワンワンがいないレース』って、この安田記念が今年初なので。改めて振り返ると我ながら頭がおかしい。

 

 私はクラシック限定のGⅠを全部──障害走は除く──予定に入れてるから、私の同期がGⅠを掴みたければ『アナグラワンワンのいるレースで1着』もしくは『シニア級混合のレースで1着』のどちらかしか無いのである。前者はドゥだけが達成していて、後者は今回が初めての機会。

 そりゃあ群がるよね、と。

 

 ──ところで、丁度同じようなことを話していた実況と解説のおふたり。この世代のことを“金剛世代”とか呼ぶのは勘弁して頂けませんか……?

 

「……そんなイヤそうな顔しても遅えぞ、世間じゃすっかり“金剛世代”なんだから」

「え゛」

「他にどう呼べってんだ。【喚起】の影響もデケェんだしよ」

「うぅ、反論できない……」

 

 


 

 

 トレーナーといっても色んな人がいる。

 

 サキさんも師匠にあたるギンさんや桐生院さんと同じやり方じゃないし、ムンちゃんが信頼する真壁さんとも方針が違う。

 ナーとドゥを見てるお爺さんはとにかくウマ娘本人に任せるという。ちょっぴり自信なさげな矢部さん(ベレーのトレーナー)もそっち寄りかな。

 ゴルシTこと沖野(トモなで)さんは奇想天外。テセさんのトレーナーは(沖野さんに乗り換えたのかと思いきやそんなことはなくて)ひたすら裏方に徹して滅多に姿を見せないらしい。トレーニング計画とかドリンクとかはいつの間にかばっちり用意されてるんだとか。なにそれ忍者?

 

 それぞれの違いは良し悪しというより相性なんだろう。トーヴェさんのノリはかなり独特で最初は驚いたけど、トリィさんのトレーナーはあれぐらい強気じゃないと務まらない気がするし。

 

 一方で、誰もに共通する要素もある。

 

「サキさん、すご…………」

 

 思わず溢した呟きに、きっとギンさんならずとも同じように答えるのだ。

 

「すげぇのはボゥとアリーだろうよ」

 

 ほらやっぱり。『競うのはウマ娘であってトレーナーではない。レース中のことに自分たちは関与できない』、そういう戒めがとても強い。

 それは謙譲の美徳かも知れないけど、今回はどうだろうなぁ。

 

『この4コーナーに至るまで、先頭アソカツリーと最後尾アルヘイボゥの順位は変わっておりません。少し意外な展開でしょうか』

『シニアならではの駆け引きがクラシックの子たちを翻弄しています。もしかするとその2人は呼吸を合わせているかも知れません』

 

 お、解説さん鋭い。その通り、先輩たちは共闘っぽいことをしている。

 サキさんや先輩たちの性格を思えば打ち合わせまではしてないし、どちらもあくまで自分が勝つためであって相手を勝たせるつもりは無いけれど。『せっかく先頭と最後尾で挟み込めたから、共通の敵を排除する間は手を組もう』的な? もうホームストレッチに入るから同盟破棄になるだろうけど、ここまでナーたちのやりたいこと・やろうとしたことは(ことごと)く封殺された。

 

 それはもちろん先輩たちの技術だ。

 ギンさんの言う通り、2人ともすごい。

 

 だけどさー。

 ナーの〈魔の森〉もベレーの〈懸濁海〉もホウカンボクの〈執着の棘〉もミルファクさんの〈戦果〉も、先輩たちは体験したことが無かったんだよ。当たり前だよね、クラシックとシニアが競う機会自体が初めてなんだから。

 なのにどうしてあんなに鮮やかに対処できたの? って話。

 

 サキさんの仕業だ。そして比類ないサキさんの凄さだ。

 

 ヒトミミに“領域”は感知できない。私が体験した山ほどの事例、それを感覚的に表現した言葉、そんな情報があの人の知る全て。

 なのにそこから対処を組み上げて、自身が試したわけでも出来るわけでもないことを、作戦としてウマ娘に授け実行させた。

 改めて振り返るとサキさんもまぁまぁ頭おかしいのでは?

 

 

 領域具現──髪梳る3色柱(コーミング・トリコポール)

 

 

『最終直線──っという間に2番手に躍り出ましたアルヘイボゥ! 先頭アソカツリーに迫る!』

 

 中団を突き抜けたボゥ先輩に誰もついていけない。ここまでの攻防で気力体力を散々に削られたからだ。かろうじて頑張ってるホウカンボクも追い縋るのが精一杯で、距離はじりじりと離される。

 

『前回と同じく! 2バ身先のアソカツリーを追うアルヘイボゥ、同門の2人によるラスト300m!』

 

 …………ラスト(﹅﹅﹅)だなんて。ボゥ先輩の引退のことを知っているとかなり切ない。今の実況はアリー先輩にも聴こえてしまっただろうか。

 最後の瞬間、先輩は『何か』をした。

 

 

 領域

 

 

 でもそれが何なのかまるで分からなかった。

 

『あれ?』

《ナイショだ》

『えっ』

 

 どうやらアナさんが隠した(というか伝えて来なかった)らしい。

 アリー先輩がやったこと、その本質の名は私には視えない。分かるのはレースの結果だけ。

 

 

『先着したのはアルヘイボゥだ! 史上5人目*となる安田記念連覇、ここに新たな偉業達成ェーい!』

 

『同時に、1着と2着が2回連続するのは恐らく史上初*でしょう。大きな記録が生まれました安田記念、3着ホウカンボク4着ナーサリーナースと続いていきます──』

 

*
Killed in Action. 任務中の死亡のこと。

*
スウヰイスー、ヤマニンゼファー、ウオッカ、ソングライン

*
ソングラインとシュネルマイスター(またはセリフォス)など、近い例ならある。





□オリウマ娘ちゃんズの名前の由来

ルーテデラソワ:Route de la soie(絹の路)
 アプリで東京優駿に登場するモブウマ娘・ツールジボワール:Tour de l'ivoire(象牙一周)からの変形。
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