アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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神話激突

 

 ボゥ先輩の安田記念連覇に、私たちは盛大なお祝いムード……とはならなかった。

 

「後輩が怪我なく来てるっていうのにアリーが故障してどうすんのよ……」

「ワンちゃんレベルの頑丈さを求められても困りますがー!?」

 

 2着だったアリー先輩はゴール後にしゃがみ込んでしまった。ライブも欠席で緊急搬送され、診断は『ぎりぎり折れてはいない』というもの──つまり骨にヒビは入っていたと。

 

「すごく順調に治ったら、年内にレース復帰できるかも? って感じらしいですー。まぁ私は割とスッキリしてるのでいいんですがー」

「…………」

痛い痛い痛い! ごめんなさい先輩ィ!

 

 当事者はこんな感じでそこまで凹んでなさそうなんだけど。無言のボゥ先輩がどうして怒りのアイアンクローをかましたかと言えば、サキさんがめちゃくちゃ落ち込んでいるから。

 

「入れ込み過ぎてオーバーワーク気味だったもの。出走をやめさせるべきだった……」

 

 オーバーワークはその通りかも知れない。でも──、

 

「止められても出たと思いますよー?」

「開き直るんじゃないわよ。でもサキさん、これはアリーの言う通りです」

 

──私もこくこくと頷く。ボゥ先輩との直接対決の機会を取り上げようなんて、アリー先輩が承服したわけないと思う。

 代わる代わる『サキさんのせいじゃない』と励ます私たち。それはそれでトレーナーの立場が無いと思ったのか、ギンさんが軽く区切りを入れる。

 

「……ま、今日のところは落ち込ませてやんな。水曜までには切り替えるだろ」

 

 水曜──東京ダービー。確かにその日までこんな感じだと困るかな。そんな心配はしてないけど。

 

「それはもちろん。ごめんねワン、こんな姿を見せるのは今日だけだから」

「大丈夫です。担当が怪我した時に落ち込まないトレーナーもちょっとイヤですし」

 

 



 

 

 連闘ってやつはかなり珍しい。

 

 一応、全くの皆無ではない。私以外にもやるウマ娘はいる。

 ただし重賞競走だとほとんどゼロで、下位になるほど(比較的)見られやすくなるんだとか。特に未勝利戦は組み合わせの運もあるっちゃあるから、連続でエントリーすることもあるようで。

 

 GⅠからGⅠへの連闘となるとまず見られない。

 見られないはずなんですよ。たとえ中6日ではなく中9日であっても。

 

 

『“どうしてここにいるんだ”といえばアナグラワンワンでしたが、まさかもう1人やってくるとは誰が想像できたでしょうか』

 

『東京優駿4着、ニュクスヘーメラー! ここ東京ダービーにも参戦しました!』

 

 

 びっっっくりした。どうしてニュクスさんが?

 日本ダービーを終えたばかりなのもそうだけど、ここは大井レース場。つまりダートですよ?

 

《言われてみれば、ニュクスが夢で見ていた前世(ウマ)の記憶にダートっぽい景色もあったかも知れない》

『うわぁ、なら両方走れるのも納得ですかね……桐生院さんについたことも』

 

 私もそうだったように、芝ダート両対応のウマ娘は桐生院さんとの契約を勧められる。病毒の制御訓練*での縁だけじゃなかったわけだ。

 

 とはいえ、桐生院さんをトレーナーにするウマ娘がみんな両バ場適性なんてはずもない。ニュクスさんがここに来るなんて普通思わないよ。

 

「こんなの予測できませんから、落ち着いてくださいサキさん」

「でも、これは私の失態よ……!」

 

 ゲートインの前、待機所での短い時間。サキさんはニュクスさん陣営を強く睨んでいる。

 

「事前の情報戦は私の領分。葵先輩に出し抜かれた形だわ」

「そうかもですけど、隠してたに決まってます。見てくださいあのドヤ顔」

 

 あ、桐生院さんはいつもの涼しいお顔ですが。ニュクスさんは『してやったり!』と聞こえてきそうな位ニッコニコだ。

 楽しそうだなぁ全く。私としてもその盤外戦術は好ましいけれど。

 

「それにしても、あのレースからこんな短期間で来るなんて」

 

 思わず漏れた言葉に、サキさんは「ワンが言えたことじゃないでしょ」とぼやきながら続ける。

 

「ニュクスは毒の“領域”を持ってるんだし、それを上手いことひっくり返したら回復になるんじゃないかしら」

「レース中にそんな余裕は無かったと思いますけど」

「ならレース外でも使えるんじゃない? 今思うとここしばらくのお天気はおかしいもの」

「…………え、最近の真夏並みのお日様がニュクスさんのせいだ*っていうんですか? それは流石に……」

「どんな雨雲も消し去れるとは思わないけど、晴れを快晴に変えるくらいはできるんじゃないかしら」

 

 わざわざ勉強したというサキさんが、アナさんと代わりばんこに説明してくれたことによると。

 『神統記(テオゴニアー)』という叙事詩を参考にするなら、ニュクスやヘーメラーの系譜に連なる天空神はアイテールという神さまだけで、これは『澄んだ大気』を司るらしい。言うなれば晴れ男。

 対して雨男──アイテール以外の天空神──というと、アイテールより広い意味での天空を司るウーラノスとか雷など荒天も司るゼウスとかがいるんだけど、彼らはニュクスの親戚であっても子孫ではない。

 つまりニュクス+ヘーメラーは晴天だけを司るのだと。

 

「へー……って、いやいやいや。だからってレース外で“領域”を使えるって話にはならなくないですか?」

「使えてもおかしくはないでしょう。ワンって実例がいるんだし

「うぐっ」

 

 た、確かに神機はどんな状況でも使えますが。アナさんもライブ中に【ブラッドアーツ】っぽいものを使えたりしますが。

 だからって天候の操作なんて常時発動は、さすがにニュクスさん1人の力を超えている──、

 

「それに、大レースの日には晴れてほしいお客さんが大半だろうしね」

「あっ」

 

──1人では無理、だろうけど。じゃあ多数の力があれば? 東京も大井も、雨ざらしになってしまう観客席は結構ある。

 ウマソウルは祈りの力だ。ネオユニヴァースさんだけじゃなくアグネスタキオンさんもそんな感じのことを言っていた。

 

『てことはレース場の周りしか変えられないとかありますかね……にしたって天候に干渉するとかマジですか?』

《私はもう他人のウマソウルについて深く考えることをやめようと思う》

『諦めないでくださいよ!?』

《いいだろ別に、人を危険に晒さないなら》

 

 ソウルのことでアナさんに匙を投げられると私もサキさんも困るんですけど……と、もう時間切れだ。

 

〔ウマ娘の皆さんはスターティングゲートにお集まりください。繰り返します──〕

 

 

「あーうー、とりあえず征ってきます!」

活性化(バースト)は問題ないわね?」

「はい、羽田盃とは違います」

「よかった。行ってらっしゃい、気を付けて」

 

 



 

 

 水曜の夜。

 大井レース場は入場規制がかかるほどの混雑で、ネットの中継配信も繋がり難くなっている。テレビでの観戦が勝ち組と言われており、地域のケーブルTV局はこの日を前に契約数を伸ばしたという。

 そんな大観衆に見守られながら、とうとう午後8時。ファンファーレが鳴りゲートインが始まる。

 

 

『東京ダービーの出走時刻となりました。ダート外回り2000m、どの辺りが見どころになりますか?』

『高低差が無く平坦なこと、それと直線が長いことですね』

『4コーナー出てからゴールまでは386m。差しや追込みにとってはプラスに働くでしょう』

『はい。また大井のダートは敷き詰められた砂がやや浅く、好タイムが出やすいとも言われます』

 

 

 観客の取り込みを狙ってか、『普段ダートのレースを観ない層』に向けた基礎的な解説が挟まる。

 

 しかし残念ながら、このレースにそういったセオリーは通用しない。

 

 

 領域具現──雷轟疾駆(ヴァジュラ)

 

 

『スタート同時に飛び出しましたのは1枠1番ティーガードンナ!』

『!? 逃げで戦ったことはないはずです、早くも番狂わせ!』

 

 最内(さいうち)からのスタートとなったティーガードンナは、最短コースを走る時に爆発的な加速を得る〈雷轟〉を最初から纏ったのだ。

 ほんの3秒ほどで解除したが後続とははっきりと差をつけた。

 

『『『まずい!!』』』

 

 過去のレースから、選手たちには共通認識がある。〈雷轟〉の最も簡単な対処は前に出て進路を塞ぐことだ。それは後ろからでは叶わない──まず前に出なくては。

 

 

 領域転象──方違え前後鬼神

 

 

 第1コーナーから仕掛けたのはカモノマツエイ。その範囲型“領域”は相手のコーナリングやコース取りを阻害する。〈雷轟〉を使えばその速度のせいで外へ膨らむことになり、使わなければそのまま抜き去ってやろうと。

 

 しかしティーガードンナは対策済みだ。

 その豪脚が瞬きの間だけ雷鎚(いかづち)を帯び、カモノマツエイの“領域”を叩き割る。

 その一撃はかつて〈開闢雷霆(インドラ)〉を踏み砕いた〈烈風刃〉のようであり──、

 

 

 未現領域──黒雷武踏(カーリー)

 

 

──荒御魂を身体の一部に顕現させる〈喰核再現〉もヒントにしたのだろう。

 そしてまた数秒の〈雷轟〉でリードを作る。

 

 “領域”はソウルの極致。その使用は気力も体力も大いに削るから、限度を超えればまともに走れなくなるだろう──ジュニア10月、なでしこ賞のラストのように。

 しかしあの頃とは身体の基礎が違う。

 それに羽田盃の負け方も手痛いものだった。捨て身に近いマークを受けて対処できなかったのだ。仕掛けてきた方も2着になっていて──むしろ最初から1着を諦めていたように見えて──不愉快この上なかったから、もう同じことはさせない。あの粘着を力尽くで振り払う。

 

 

 そんな内心までは計り知れないが、はっきりしていることもある。ティガードンナは最後まで先頭を譲る気が無いのだ。それをやり切る体力と集中力も充分。

 

「──ニュクスさん!」

「! はいっ!」

 

 アナグラワンワンが叫ぶと、ニュクスヘーメラーは嬉しそうに応えた。一時的な休戦と協力体勢である。

 

「虎狩りと行きましょう!」

「了解です!!」

 

 



 

 

 手札が多すぎて何してくるか分かんない相手って本当に怖い。

 そんな所感を誰かに漏らしたら『お前が言うな』と返って来るだろうけど。

 多数のアラガミを使い分けるって強みを持つ私だからこそ、初見殺し的な手札を隠しておきたい気持ちは分かるし、だからこそ積極的に暴いていきたいわけ。

 

 もちろんドンナさんを抜く必要はあって。

 同時にニュクスさんの情報収集もできたらなぁと。

 そういう意図で持ちかけた『虎狩り』ではあるんだけどさぁ……。

 

 〈(イヴィ)(ルアイ)〉をひっくり返して自己回復って使い方はまだ予想できた。〈(サリ)(エル)〉の毒をドンナさんに向けたことも、その攻撃が私を巻き込む形だった容赦の無さも驚きはしなかった。レース中のニュクスさんはこういう人だし、彼女の毒は私に効かない。

 

 だけどさドンナさん、ようやく先頭から引きずり下ろした時の「UMA娘が増えやがった」って呟きには物申したいんですよ! 一緒にしないでほしい!

 そういえばホウカンボクも、『キミたちもニュクスも、“領域”とかいう良く分かんないものを器用に扱い過ぎだと思う!!』とか叫んでたっけ。今なら心底同意である。ドンナさんの〈黒雷〉にびっくりしたばかりなのに、ニュクスさんには重ねて何度も驚かされた。

 なにあれ、なに?

 

 そもそも〈鎮魂〉と〈単眼〉のそれぞれを表も裏も使えてるだけで何が何だか分からないのに──ソウルの扱いを教えちゃったのは私とアナさんだけど──東京優駿では更に別の(陽光を強めるような)“領域”を使ってた。

 しかもアレは昼間専用だ。夜は夜で別のことをやってくるからもう大変。

 

 しかも、しかもだよ。

 残り400mあたりまで来るとニュクスさんは、ゆったりポンチョの裾を腰回りに固定して、かわりに首元の留め具を外した。

 白と金と紺の上着がふわりと裏返り、黒と金と紫のスカートに変わる。隠れていた上半身も含めて、ドゥのものに似た夜会用ドレスのような佇まいに。

 そんなことになんの意味が──、

 

「? っ、まさか!?」

 

──勝負服の変更(﹅﹅)!? トップクラスのウマ娘は勝負服を変えることで“領域”の方向性にもバリエーションが出るとか聞いたことはあるけど、走りながらそんなことするぅ!?

 

「ふふ、行きますよワンワンさんっ!!」

 

 嬉しそうに走りますね本当に! 残念ながらというか当然というか、見掛け倒しなんかではなかった。

 これがニュクスさんの実力──ううん、それだけじゃない。桐生院さんの経験が割り出した、ニュクスさんの2面性を最大限引き出すための最適解がこのリバーシブルなんだ。

 

 だけどこっちだって諦めない。むしろこのびっくり箱みたいな苦戦の連続に、アナさんはじっと黙り込む位に集中して……でも、愉しそう。戦闘狂さんだ。

 後ろから迫ってきたドンナさんの雷撃を──、

 

 

 領域転象──開闢雷霆(インドラ)

 

 

──《チャンスだ、利用しろ》と言う。

 

 

 喰核再現(プレデイテッド・コア):ディアウス・ピター

 

 

 ヴァジュラの上位種、漆黒の人面獅子。〈ディアウス・ピター〉はパワーと防御に優れたコアだ。

 最高速はそれほどでもないけど加減速のキレが鋭く、相手からの妨害は大抵のものを無視できるほど硬い。雷撃なんて浴びれば浴びるほど元気になる。

 

 その性能は現状にばっちりマッチしている。

 ニュクスさんの多彩な攻め手には〈ハンニバル〉や〈雷轟〉みたいな瞬間速度を出すものが無いっぽいからだ。

 多彩さは本当にヤバいけど。まじで洒落になってないけど。

 

「まだそんな手が……!? すごい!」

「ニュクスさんに言われたくなーい!」

「どっちもどっちだお前らぁぁ!!」

 

 残すところ100mと少し、平らな直線のみ。

 私とニュクスさんの差はじりじりと開き始めた。こっちのスタミナは大丈夫だから逆転されるリスクは無いように思えた。

 

 ──そう思ったし、狭い意味では間違ってない。

 私はニュクスさんを上回り、桐生院さんの助力分も跳ね返して、半バ身以上のはっきりした差を作れた。

 

 最後の最後に牙を剥いたのは……牙じゃないんだけど、むしろ好意に近いんだけども……ニュクスさんのものではない、ような。

 

 

 継承因子:(サクセサー・オブ・)尊み☆ラストスパー(゚∀゚)ート!(アグネスデジタル)

 

 

 幾度か突き放しても追いすがってきたドンナさん、どれだけ仕掛けてもなんだかんだどうにかしてしまった私、その姿に尊み(?)を溢れさせたニュクスさんは、これまでの最高速を軽く突破して先頭(わたし)に並ぶと、だらしない笑顔のまま抜き去っていく。

 

「──ぇ、待っ、」

 

 勝てない。追いつけない。頭の中で選択肢を取捨選択することすら間に合わず、ゴールラインは後方へとすっ飛んでいった。

 

 

『ニュクスヘーメラー! ──

 

 

 あ、ぁ。駄目だ、実況の言葉もよく分からない。ただ着順は誰よりよく分かっている。

 そして……それともうひとつ、分かることがある。

 

 負け方が良くない。

 どうして負けたのか、訊かれたら正直に話すしかないけれども……。

 

 

 これ、サキさんがめっちゃ落ち込むやつじゃない……?

 

 




 

 

 翌日も、その翌日も、更に次の日も。

 たくさんの記者が取材の申し入れをしたし、それが梨の礫となると他の取材にかこつけるなどしてトレセン内を探ろうした。

 しかし彼らの努力が報われることはない。

 

 東京ダービーのライブ後、いつものように病院で検査を受けたことまでは分かっている。しかしそれ以降、アナグラワンワンと千田サキの姿はぱったりと消えてしまった……。

 

*
44話:〈並ぶ名に鎮魂を(イヴィルアイ)

*
※現実の暑さは無関係です。





(心配してくれる人が居るか分かりませんが)
 心配するだけ無駄です。
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