アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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間章Ⅲ
消えた2人の行方


 

 東京ダービーの2日後、金曜日の夕方。

 アナグラワンワンを下したニュクスヘーメラーは雑誌の取材に応えている。

 取材の依頼自体は東京優駿で4着になった時点でかなりの数が入っていたのを、これまではすべて断っていたのだ。もちろん東京ダービーのために。

 

 

「──次に、過去の戦績についておさらいさせてください」

「はい。ジュニア時代は2戦1勝です」

「未勝利戦に勝って以降は公式戦に出ていないようで。これは先ほどのお話にあったご病気の都合でしょうか」

「ええ。2月まではまともに走れないような状態でした」

「おつらいことを申し訳ありません。快復されたとのこと、本当に良かったです」

「ありがとうございます。私自身とても嬉しく思っています」

 

 登録名が『アストロ』だった頃の危険な体質はもちろん公開していない。宇宙服についてなどは訊かれても答えないし、仮に強引に探る者がいれば実家の出番になる(今や桐生院家も後ろ盾だ)。

 公式戦やその数については特に隠さないが。

 

「クラシック初戦は3月のアネモテステークス。結果は2着*でしたが、勝っていたら桜花賞に進んだのでしょうか?」

「どうでしょう。4月の私ではワンワンさんには勝てなかった気がしますから……」

「なるほど」

 

 桜花賞には出ていない。クラシック2戦目はダートだった。

 

「4月はクラウンカップで1着、東京ダービーへの出走権を掴まれました。現地で観ていたんですが、初のダートとは思えない好走でしたね」

「ありがとうございます。芝もダートも、どちらでもいけそうだと手応えを感じました」

 

 おっとりとした口調と物腰ながら、その表情は無邪気にレースを楽しむ子供のもの。満足に走れなかった期間が長いので心底から嬉しくて堪らないのだ。

 ──もっとも、ただ無邪気なだけではない。「本当に走るのがお好きなんですね」と目を細める記者もそのことは察している。

 

()月初週にプリンシパルステークスで1着、出走権を得た東京優駿で4着。その10日後に東京ダービー……いやぁ、驚きました」

「ワンワンさんほどではありませんが、私も頑丈みたいで。あちらも驚いてたみたいですよ? ふふ、狙い通りです」

「狙い通り、ですか」

「はい、あえて隠していました。対策を取られるのが怖かったんです」

 

 やや意地の悪い記者の問いにも真っ直ぐな答え。それはつまり、ニュクスヘーメラーにとっての本命(﹅﹅)は東京ダービーだったと解釈できる。

 アナグラワンワンの東京ダービーまでの出走予定はプリンシパルステークスより前に公表されていた。それを踏まえて布石を打ったのだろう。東京優駿で手を抜いたとまでは言わないが。

 

「先日の勝利の決め手はなんだったのでしょう。特にゴール前の加速は目覚ましいものでした」

「そうですね、3月や4月の私ならあそこで追い縋れずに敗けていたかと。トップスピードは私の課題でして、そこは……うぅん……」

「?」

 

 正直に答えるならそこにはウマソウルが関わっている──人智と科学を超えた話だ。

 あの瞬間のグラの直感は正しく、最後の加速を可能にしたのはニュクスの才能や葵の指導よりもアグネスデジタルの因子だった。

 

 継承因子:(サクセサー・オブ・)尊み☆ラストスパー(゚∀゚)ート!(アグネスデジタル)

 

 すでに現役を離れた彼女だが──また『現役の子たちのレースに関わるのは解釈違い』などと最初は断っていたが──葵に頼み込まれては断り切れなかった。

 ごく短い距離の併走を3人で(﹅﹅﹅)繰り返すことで『大好きなウマ娘ちゃんの尊いところを間近に見れば無限の力が湧くのはむしろ自然の摂理』というソウルを継承させてくれたのだ。

 

 といった背景を、どこまで答えて良いのかとニュクスが迷っていると──、

 

「何か不味いことを訊いてしまいましたか?」

「ニュクス、ある程度は正直に話しても大丈夫ですよ。その上で『この部分は記事にしないでください』とお願いすればいいんです」

「えぇ……」

 

──これまで静観していた葵が助け舟を出した。助け舟というか、記者の側は軽く涙目だが。

 もっともこの件では無闇に暴き立てはしない。

 

「あの、トレーナーの他に協力してくれた方がいるんです。でもその方は自分のことを表に出さないで欲しいと」

「あぁなるほど、そういうことでしたら記事には出しませんよ。Aさんとか名前を伏せることもできますし、それすら出さずに協力者の存在自体を隠すのもいいでしょう」

「ありがとうございます。とても気に病んでおられるので、存在自体を伏せる方向でお願いできますでしょうか」

「分かりました──気に病む?」

 

 協力者=アグネスデジタルは罪悪感を抱いている。アナグラワンワンには『裏切ってしまった*みたいで』と、また不特定多数に対しては『引退して一介のオタクになった身でレースの歴史(ドラマ)を左右するなんて』と。だから雑誌で関わりを周知されるなど断固拒否だ。

 

(なお栗東寮の寮生たちは誰も気付いていない。仕事はきちんとしているし、過剰に遠慮がちな挙動不審ムーブは割といつものことなので)

 

 ここだけの話として協力者を明かせば、記者は深く頷いて納得した。

 

「ああ、彼女ならダートでの加速のコツなども教えられそうですね」

 

 そういうことではないのだが、ウマソウルなどの超常要素を余さず説明することはとても難しい。

 だから曖昧に頷きかけて──首を横に振った。予定には無かったがここは正直になっておきたかったのだ。

 

「いつでもあの速度を出せるわけではないんです。ワンワンさんが相手だからこそ……己の限界を超えられたと言いますか」

 

 本家アグネスデジタルであれば全てのウマ娘は余さず尊崇の対象だが、ニュクスヘーメラーはそこまで悟れずにいる。心から尊いと思える相手やタイミングは限られており、そのスイッチが入った時にだけ効果を発揮する形だ。

 その点アナグラワンワンに不足は無い。実力・実績・更には個人的な恩。デジタルの言う尊みとは微妙に一致しないが、尊重していることは間違いない。

 

 ニュクスヘーメラーはアナグラワンワンを尊敬している──傍目には不自然なほど。

 

「立ち入った話かも知れませんがそれも気になっていました。彼女とはどういった関係なのですか?」

「関係は……お友達、でしょうか。私からするととても大きな恩があるんです。でもそんな風に思わなくていいと言われてしまったので、恩人とは書かないでくださいね」

 

 記者からはもちろん恩の中身を訊ねられたが、きっぱりと回答を拒んだ。言えないことが多い。

 その硬質さを感じ取って記者はすぐに質問を変える。そちらも気になって当たり前の問いだ。

 

「その、失礼というか筋違いで申し訳ないのですが。アナグラワンワン選手にも千田トレーナーにも連絡が取れないことについて何かご存知でしょうか……?」

 

 ニュクスヘーメラーは内心で苦笑い。困る気持ちはよく分かる。

 東京ダービーは一昨日だったのだから、最低でも簡単なコメントくらいは取りたいだろう。なのに姿すら見えないのだから気になるのは当たり前。

 同情はする。しかし答えない。

 

「すみません、ノーコメントで」

「健康かどうかということも?」

「あ、それは大丈夫です。お元気ですよ」

「では姿が見えない理由は……?」

「ノーコメントです」

 

 優雅な微笑みと共に回答を拒む。記者は困り果て、葵はこっそりと肩を竦める。

 

『ちょっと同情してしまいますね。でもサキさんに向けられた優しさを無下にはしたくないし……』

 

 

 消えた2人について、ニュクスや葵は状況を知らされている。『言っとかないと無駄に心配かけちゃうから』と。

 その際に口止めをされ、その理由にも納得した。だから外部に漏らすことはない。

 

 日本中の記者にとって実に頭の痛い沈黙である。本当に足取りが掴めていないのだ。

 

 



 

 

 ほぼ同時刻。遠く西の欧州では昼休みにあたる頃。

 

 



 

 

ねぇグラ

はーい?

今日もこっちのトレセンで

日本のメディアが貴女を探してるわ

やっぱりしつこいねぇ

 

 ムンちゃんからのメッセージは予想していた事態だ。

 東京ダービーの次は“海外のGⅢレース”だって公表してあるし、中でもフランスにはムンちゃんがいるからね。記者の人たちは真っ先に疑うだろう。

 

 そして、だからこそしばらくの間フランスを離れているのだ。

 飛行機でパリに降り立った後、そのままそこで身体を休める予定だったのを変更して。

 

しつこくもなるわよ

今日はとうとう

貴女の顔写真もって手当たり次第

えっ

この人見ませんでしたかって?

そうそう

賞金首気分……

 

 うわぁ。避けといて正解だわ。

 

 一昨日の東京ダービー、私はニュクスさんに負けた。

 気分的には『そこで寮母さん出してくるのズルくない?』みたいなことを感じないでもなかったけど……それはさておき、問題はサキさんである。

 『自分が担当の敗因になった』と、サキさんはそう受け取ってしまう。そんなことないって言いたいけど、少なくとも部分的には正しいのだ。客観的に見ても桐生院さんの影響力が大きかったのは事実だから。

 

 そんなわけで、先輩たちとも相談しながら『サキさんをメディアの取材から遠ざけよう作戦』を遂行中。本人の意向は一旦無視しました。そう長い期間の話じゃないし。

 

大げさ過ぎる

ただの慰安旅行なのにさ

慰安旅行……

まぁ慰安旅行か

サキさんはどう?

もうすっかり元気

日本ってレース大国なんだね

何よいきなり

 

 あー、説明が飛んだ。改めてぽちぽちと打ち直す。

 

 前にトリィさんも『日本はレース大国』みたいなことを言ってたし、そうなのだと頭では分かっていた。でも日本で生まれ育った私にはぴんと来なかった──たぶん今のムンちゃんも分かっていない。レースが盛んじゃない国が、こんなにも“違う”ってことを。

 

ルクセンブルク

すごくいい

人目を全然感じないの

あー……日本でもたまに気になるわね

変装は?

かるーくしてる

要らないかも

いいわね楽で

そうそう

 

 日本でもフランスでもレースファンは気を遣ってくれて、プライベート中のGⅠウマ娘を見かけたってあんまり大騒ぎはしない。じろじろ見るようなことも避けてくれる。しかも私はそういう視線にかなり鈍感な方だ。注目されてしんどいとか感じたことは無かった。

 

 そんな私ですら、レースへの関心が低い国へ出てみるとはっきりと解放感がある。

 サキさんも観光を楽しんでくれてる──レースのことを頭から追い出せてるってこと。

 

 私とサキさんの現在地・ルクセンブルクでは国際グレードのレースとか開かれないけど、競走ウマ娘の休息にはとてもいい環境じゃないだろうか。パリへのアクセスも特急列車なら2時間強だし。

 

 

 そんな環境だから私もはっちゃけた。金曜の夜、サキさんと街をぶらついていたらストリートダンスのイベントをやっていて、飛び込み歓迎とのことだったので参加してみたのである。

 

 ……はっきりさせておくけど、変装はばっちりしてた。

 あとノリだけでやったわけじゃなく目的もある。大人数の注目や応援を受ける場ではソウルの力が増して、回復弾とかが強化されるのだ。東京ダービーのレース中は回復の余裕が全然なくて、ライブ中に頑張っても万全の9割くらいまでしか戻せていなかったから。それを10割に戻すために人前で踊ったわけ。

 

 その目論見は達成したし。

 誰かにバレることはなかったし。

 サキさんも楽しんでくれたし。

 ついでにお客さんのウケも上々だったから万々歳だ。

 

 ──翌日までは、そう思っていた。

 

 

 土曜日、パリへと向かう列車の中でウマホにメッセージが届く。差出人はニュクスさん。

 

お忍び旅行じゃなかったんですか!?

はい?

http://UMAtube/xxxx/xxxxxx

思い切り顔撮られちゃってますよ

えぇ……

 

 送られてきた動画はダンスイベントの様子を撮影したもの。確かに私の顔は写っていて、変装越しでも見る人が見れば気付くかも知れない。

 

 だけどさ、国際大会でもなんでもない地域のイベントだよ? 私は優勝したわけじゃないし競走ウマ娘だと明かしてもいない。ニュクスさんは『ご自分から居場所を公にしてどうするんですか』とか注意を促してくるけれど、問題はないはずだ。私の行方を探す人がどんなキーワードで検索したってこの動画には行き着かないんだから。

 私の踊りについてはともかく顔については、コメント欄でも誰も触れてないし。

 

 ていうかニュクスさんはどうやってこれを見つけたの。アップロードされてからまだ数時間だし、特別話題になってるとかでもなさそうですが?

 

ニュクスさんは誰かから

この動画を勧められたんですか?

いえ、自分で見つけました

どうやって?

えっ

どうと言われましても

……なんとなく?

 

 えぇ……それって寮母さんの第六感みたいなものまで感染してません……?

 

*
桜花賞トライアルのひとつ。1着はナーサリーナース。

*
ニュクスの所属は栗東寮ではなく美浦寮。




 ホラー。
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