アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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友情トレーニング発生!(?)

 

 夢のお花畑にて。

 私はアナさんから離れてゆっくりと深呼吸をする。

 

「……どんな具合だ?」

「楽になりました、我慢はできます。アナさんは」

「問題ない。少しは(わずら)わしいが」

 

 親と向き合わずにいること、それに対する情けない気持ち。そういうものに私のウマソウルは猛抗議して、今すぐ快刀乱麻に解決せよと迫ってくる。うるっさい。

 私はその大半をアナさんに押し付けることで平静を保っている。……噛み付きも含めて申し訳なくはあるけれど、アレを抱えたままでは日常生活もままならない。

 

「悩ましいな。親に会えばそれで解決するというものでもないのだろうし──グラ?」

 

 さっさとどうにかしたいですよねえ。でもこれ、たぶん今は解消不可能だ。さっき気付いた。

 

「えー、残念なお知らせですが当分は会えません」

「何故だ。遠方にいるのか」

「いえ、実はここからジョギング圏内だったりしますが──家を出る時に、お約束の啖呵を切ってきましてね」

「……何を言った」

 

 走りにのめり込むしか無かった小学生の自分と、奇跡のような()()()合格を喜んでくれない母親。私はもうコミュニケーションをほとんど放棄して、すぱっと手を離してくれればそれで良かったのに、お母さんはそうしてくれなくて。

 で、勢いだけで言い放った。

 ……良かったよ、無敗3冠とか言わなくて。

 

GⅠウマ娘になるまで絶対に帰らない、って」

「……仮に無視して帰った場合は──」

「厄介ファンから『嘘を嫌ってるくせに自分の約束は平気で破る軟弱者』と見做されて、またしんどいことになる気がします」

「──難儀な子だ」

 

 なりたくて嘘嫌いになったんじゃないやい。

 

 さて、3冠とかよりは緩いもののGⅠだって低い壁ではない。そしてそれに挑まない自由もきっと無い。

 だから、勝算があるに越したことはないのだけれど。

 ウマ娘レースのグレード分けとかについて説明すると、アナさんは「なぁんだ」と息を吐いた。反応が軽い。

 

「GⅠレースは年に複数回あって、レース1回につき必ず1人は勝者が出て、ものによっては複数回の挑戦も可、と。良かった良かった」

「普通、レースごとに勝者はたった(﹅﹅﹅)1人って言うんですが」

全滅(﹅﹅)の可能性が無いミッションってわけだ。まるでピクニックだな」

兵士(ソルジャー)脳〜」

「グラも大概だろう?」

 

 そうかな。そうだね。結果的にそうなってるか。

 

「──と、長々と話してしまった。今夜はここまでにしよう」

「待って、待って下さい! あとひとつだけ!」

「……明日の日中眠くても知らんぞ」

 

 明日は日曜日だから別に構わないんだけど。とか言うと怒られそうなので黙っておく。

 

「確かめたいのは、アナさんの剣や盾をこの夢の中で練習できるかどうかです。ここでなら危なくないでしょう?

 ──例の、(プレデター)とかも」

 

 


 

 

 結論としては『夢の中で試しといて良かった』ということ。予想以上に危なっかしい代物だったし、少なくともレースに使えるとは思えない。

 まぁ同時にアナさんは剣・盾・銃について何か思いついたみたいだから、そっちはそっちで試行錯誤してもらうこととして。

 

 日曜日。

 私は今日も裏庭にいる。

 

《やっぱり寝不足なんじゃないのか?》

『失礼な。転がってるだけで寝てませんよ』

 

 全身を草と土まみれにしてゴロゴロしてるようにしか見えなくとも、寝てはいないし大真面目なトレーニング中である。

 小学校でやるマット運動って合理的だったんだなぁと感心するよ。自身の関節の可動範囲、出せる力と身体の重み、籠める作用と返ってくる反作用……体得すべきものが幾つも詰まっていて、意識的に心身に刻み込もうとすれば情報量が多くて忙しいほどだ。

 

 地面についた手の指が、ザリッと土に埋もれる。

 

「お、っと」

《なるほど、力の集中が過ぎればこうなるわけだ》

「そういうことです」

 

 かんじきやスキー板がそうであるように、脚の力を適度に分散させないと思うような反作用が得られない。かといって散らし過ぎれば力が無駄になる。

 『走る』ってタスク、実はめちゃくちゃ難易度高くない?

 そんなことを考えながらなので、仕方が無いのである。声が漏れてしまったことも──、

 

「……あんた、なに良い年して泥んこ遊びしてんのよ」

「げ」

「どういう意味かしら?」

 

──何やら荷物を抱えたアルヘイボゥ先輩の接近に、全然気付けなかったのも。

 

 

 先輩は胡乱なものを見るように私の周りを見渡した。所々には土が抉れたり草が掘り返されたりして(もちろん終わったら自分で整備する)、つまり私が力に振り回されてる証拠の数々。

 お恥ずかしい……いや、先輩には着替えの度にぷるぷる苦戦したりビリッと失敗したりを見られてるから今さらだけど。

 

「……急な本格化ってのも、まるきり勘違いじゃないわけか」

「あ、信じてもらえました?」

「ただ無闇に裏庭を荒らしてるって可能性も無くはないけどね」

「なんですかその危険人物は」

 

 冗談のつもりで言い返したのに、なんということか、『アンタのことよ』みたいな視線が向けられた。ひどくないです?

 そのまま先輩は持ってきたものの1つを渡してくる。ぎりぎり片手に収まるサイズの、スプリングで繋がったグリップ。よくある筋トレグッズだ。

 

「ハンドグリッパー?」

「思い切り握ってみなさい。私の古いヤツだから、壊したって構わないわ」

「はぁ」

 

 そういえば、私が持ち込んだヒトミミ向けのあれこれを今使ったらどんな感じなのかは確かめてなかったな。

 

《筋力の把握は最優先だった気もするな?》

「日常動作をどうにかしなきゃ寮母さんが大変でしょ──あ」

「……早く握りなさい」

 

 また声に出ていた。だけど促す先輩の表情は変わらない──変なものを見る目は最初からだ。

 

「ありがとうございます──よっ」

 

 キ、と小さな軋み。でも壊れるような気配はない。金属の剛性が力強く手の平を押し返してくる。万が一バネが弾け飛んだ際の安全カバーもかかっていることだし……本当の本気でやっていい。よーし。

 

「神機は無しでお願いしますね」

《思いきり口に出てる》

「もう先輩に隠す意味無いじゃないですか──むんッ!!」

 

 ギィ、と鋼が鳴いた。壊れない。

 先輩が手元を覗き込んで呟く。握力計代わりにもなるようだ。

 

「……ジュニア期としてはかなりのものね。逆もやってみて」

「え、あ、はい」

 

 なんだろう、この世話を焼かれてる感。実は優しい人なのは分かってたけど、シニア級に上がった先輩には無駄な時間なんて無いはずだ。

 だからこそ言われるがまま、左手に持ち替えて握力を籠める。

 

「左右のバランスは良し、余計な力みも無い。トレーニングはずいぶん前から続けてるって言ってたけど、独学じゃないみたいね」

「あ、父が体育教師なんです」

「なるほど」

 

 お父さんは程よい距離感のある人だ。悪く言えば──お母さんに言わせると──ドライで冷たいのかも知れないけど。心配性なお母さんが、私のトレセン行きを応援はしないまでも消極的な反対に留めてくれてるのは、きっとお父さんのお陰が大きい。

 

《──グラ。なにを考えてるか知らんが、家族の件の強迫観念が強まってる》

 

 おっと、あまり考えない方がいいのか。ともかくお父さんは私に無関心なわけじゃなく、今は距離を置くべきだと送り出してくれただけ。

 先のことはGⅠを勝ってから考えよう。今は目の前のことだ。

 

「あの、先輩はお忙しいんじゃ」

「今日は完全休養日。だから遊んであげるわ、立ちなさい」

「え、こわ」

「私を何だと思ってるのよ?」

 

 そんなに怒らないで欲しい。私は感受性がアレだから良いようなものの、普通の新入生なら畏れ多くて話しにくい位にはすごい人なのだから。

 

「偉大なGⅡウマ娘でしょう? ローズステークスとかフィリーズレビューとか京王杯スプリングカップとかに勝った」

「……あんた、他人の戦績に興味とかあったのね」

「ルームメイトの先輩のこと位は調べますよ」

 

 ヘアカットの時に名前があがった、サイレンススズカさんやエアシャカールさんやメジロライアンさんの戦績を諳んじろとか言われたら具体的にはでてこないけど。

 最低限の社会性くらいはあるつもりだ。ふふんと胸を張りかけて──にっこりと、微笑まれた。こわ。

 

「でもねおバカなワンちゃん。京王杯スプリングカップはシニア級限定のレースで、開催は5日後なの」

「えっ」

 

 じゃあ先輩はまだ走ってない──それどころか目前に控えたレースってことだ。あれぇ? 

 

「し、失礼しました! 京王杯ジュニアステークスの間違いでした!」

「3着だったわ」

「あれぇ!? す、スプリングステークス?」

「それは勝ったわね」

 

 よし合ってた。些細な間違いということにして欲しい。

 

「当てずっぽうにも聞こえたけど、掠ってもいないレースは挙げなかったから許してあげる」

「許してあげるって顔に見えないんですが」

 

 この後めちゃくちゃ遊ばれた。いや、すっごく良いトレーニングにはなったけど。

 

 

《……なぁ、グラから教わったレースの知識って本当に間違いないんだよな?》

「失礼な! 名前を挙げたのはちゃんと全部GⅡのレースですよ!!」

 

 



 

 

「──全部GⅡでしたよね?」

「……えぇ、間違いないわ」

 

 もはや独り言を──誰かとの会話にも聞こえるそれを隠さなくなった、奇妙な後輩。

 別に良いのだ、そんなことは。まさか本当にウマソウルと話せるわけはないし、過去には幽霊(?)と会話するウマ娘もいたというし。そんなこともあるだろう。

 

 それよりどうにかして欲しいことがある。

 

「とりあえず制服ぐらいはちゃんと着られるようになって欲しいのよ。私がイジメてるとか言われたくないし」

「うぐ。そんな噂が立ったら私も否定しますよ……」

「本人が否定するほど燃え上がりかねない噂よね、それ」

 

 むぅと黙る辺り、全く話が通じないわけじゃない。それに私からの申し出を「危ないから」と退ける分別もある。

 そりゃ私だってこんな大事な時に怪我なんて真っ平だ。だから小学生の子供がやるような鬼ごっことかはしない。

 地面にざりざりと、雑な直線を引いた。2mほど離してもう1本。

 

「アンタはそっちの線を越えないこと。私もこの線からは出ない」

「これなら接触は無さそうですね。何するんです?」

 

 提げてきたカゴを地面に置き、中の1つを手の平で叩いて山なりに飛ばす。アナグラは慎重に受け取った。

 

「──ピンポン球?」

「力が強過ぎたら潰れるし(ひしゃ)げるわ。こんな風にね」

 

 当たらない角度に向けて別の球を強く叩けば、潰れたプラスチックが高速で地面に落ちた。球体の時よりも空気抵抗が減ってスピードが出る。

 

「え、結構危ないのでは……?」

「そもそも球を壊さないように叩く練習よ。

 まぁ仮に当たっても軽いから衝撃は無いし、目元はゴーグルで守るから平気」

「なるほど」

 

 サバイバルゲームなんかで使うという強化プラスチック製のゴーグルも2人分用意してきた。アナグラにアップは要らなそうだし、早速始めよう──とした、けれども。

 

「先輩、ルールの確認です。ボールを壊したら失点として、相手にぶつけたら得点ってことで合ってますか?」

「……へぇ?」

 

 ウマ娘の力で打ち出されたピンポン玉は、空気抵抗で一気に減速する──きちんとスピンをかければ別だけどそんな器用なマネはまだできないだろう。つまりバドミントンのシャトルみたいなもの。私に当てられるとでも?

 というか、そもそもそういうのじゃないし。

 

「やれるものならやってみなさい。

 でも足腰と瞬発力のトレーニングだから、私は貴女に当てようとはしないわ。前後左右に振ってやるから、覚悟することね」

「……負けません!」

「勝負じゃないって言ってんの」

 

 ()る気だしてんじゃないわよ。

 

 

 

 

 地面を這いずるアナグラワンワンに球拾いを任せて、私はざくざくと整地をしていく。……深い穴は本当に深い。とりあえず現時点では『へっぽこ』としか評価できない有り様だ。

 ただ、並外れた非力さはもうどこにも無い。

 

 それと、今の1時間ほどで急成長が見られたのも確かだ。最初は高めに打ち上げた返しやすい球にもアタフタしていたのが、最後は1歩半離れた位置のゆるい山なりでも8割はちゃんと返してきたから。ちゃんとというか、私にぶつける気満々の鋭い打球が。

 そこから考えると、筋力とかが1晩で変わってしまって使い方が分かってないだけ──それをぐんぐん学んでいる最中──つまり本人の申告通りってことになる。バ鹿げた話だとは思うけど。

 

 とりあえず怪我とかは無し。力加減も少しはマシになったでしょう。

 整地も球拾いも無事完了。

 

「さて、私は帰るけど。……貴女、部屋に戻る前にシャワー浴びて来なさい」

「も、もちろん、です……」

 

 アナグラは土と砂にまみれたひどい有り様だ。髪を短くしといてまだ良かった。

 私は当然、軽く汗をかいた程度。

 

「ありがとう、ございました──!」

「足腰ぷるぷるじゃないの。それじゃますます(ワンちゃん)みたいね?」

「あ……!!」

 

 ん? あぁ、流石に犬呼ばわりは気分を害しただろうか。ウマソウルの名前とはいえ、もしくはだからこそ、冗談半分にイジられるのを嫌う子はいる。

 だからさすがの私も素直に謝ろうと思ったんだけど。

 

「さっきもワンちゃんて呼んでくれましたよね、あだ名つけてもらえるなんて感激ですっ!」

「……嫌じゃなかったの?」

「嫌なわけないです、あだ名なんて初めてですし!」

「──そう」

 

 ああ、友達いなかったのね……。

 それを正面から指摘するほど鬼ではない。『納得だわ』なんて嘲るのは流石にデリカシーに欠ける。

 

 そして『私も似たようなものだった』と教えてやるほどの親愛も、今のところ抱いていない。

 




次話、クラスメイトやライバルキャラの話。
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