アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

74 / 166
血章:異端の焦歎
「先輩はUMA娘なので参考にしないことにします」


 

 7月、久々の中央トレセン。

 

 グラウンドの隅にある短距離(スプリント)コースでサキさんと練習していると──不審者の気配と視線。いや普通に学園の生徒なんだけどさ。

 こっちは別に隠したい練習はしてないから見学でも見物でも好きにしてくれて良いものを、わざわざ物陰からこそこそ覗いてくるから余計に怪しいんだよなぁ。

 

 ……あ、アリー先輩が後ろから忍び寄ってる。まだ松葉杖なのに器用なことだ。

 

こらっ!

「「ひぃっ!?」」

わ、ごめんごめんそんなに驚くなんてー

 

 あがった悲鳴は2人分。あー、春にも何度か来てた1年生ペアだろうか。

 結構離れてるから完全には聴き取れないけど、多分こんな話をしてる。

 

「普通に見たらいいのに。隠れてる方が怪しいよー?」

「ア、アソカツリーさんだ……本物!」

「うん? もう、可愛いなぁ1年生ちゃんは。どうせ目当てはワンちゃんだけでしょ」

「そ、そんなこと」

「隠さなくていいよぉ。居ない間は全然来なかったじゃない」

 

 や、アリー先輩だって人気はあると思いますけどね。でも私が国外にいる間は居なかったなら私目当てってことになるか。

 ……真似しようとか思ってたら止めないとなぁ。

 

「ワンちゃんと話したいんじゃないの? 普通に話しかけても平気なのに」

「話しかけるって、今ですか?」

「え、うん。丁度走ってないし」

「いやいやいや、今はダメじゃないですかね」

「ダメなの?」

「だってワンワン先輩って、実際に走ってない間もものすごーく考えてるじゃないですか。今もただ休んでる感じじゃないですし」

「そだねぇ。頭の中で色々やってるらしいよ」

「邪魔できませんよう!」

 

 大部分は聴こえてる──というかアリー先輩がわざと大きめの声で話すのに相手もつられだした。

 実際、私は『考え無しに我武者羅に走る』ということをほとんどしない。練習でも本番でも。

 

 ましてやアイビスサマーダッシュを次走に控えた今はなおのこと。

 

「間違ってはいないけど、そんなこと言ったらずっと話しかけられないよ? レースのこと考えてない時間なんてほとんど無いらしいから」

「え、すご……。

 でもアイビスサマーダッシュって、駆け引きの余地とかそんなに無いレースなんじゃ……」

「むっ」

 

 む。あのレースに駆け引きが無い、かぁ。私も前はそう思ってたっけ。

 本当は色々と頭を使うんだよ──特に私は。

 

 だから今も単なる休憩じゃないのは確かで、話しかけるのを遠慮するのも分からなくはない。

 まぁアリー先輩には無縁の話だけれど。

 

「アイビスに駆け引き要素が無い? 誰から聞いたのソレ?」

「え、その、誰というわけでは。真っ直ぐだし平らだし、そうなのかなと……」

「むぅん、それは良くないね。ワンちゃんの応援をするなら良くない誤解だよ後輩ちゃん」

 

 ことさら重々しく告げる先輩。

 ……半分くらいはただの暇潰しだろうな。骨が繋がっただけでまだ運動はできないからって、下級生()遊んじゃってもう。

 

 もっとも、私は迷惑な絡み方されたら迷惑だって突っぱねるだろう。先輩はそのことを承知してるからとても雑に扱ってくれる。変に持ち上げたりはしない。

 

おーいワンちゃーん! 今平気ならちょっとこっち来てー?

「はーい?」

 

 とうとう直接お声がかかった。

 あれかな、見てるばかりで話しかけられない新入生の背中を押してあげるとかそんな感じ?

 

 


 

 

 木陰に行くとだいたい予想通り。

 顔は知ってるけど名前を知らない1年生2人はびくびくおどおどしていて、アリー先輩はにやにや。うん、暇潰しだわこれ。別に少しぐらい構わないけれど。

 

「なんですか?」

「ちょっとアイビスサマーダッシュの基本を講義してあげて欲しいんだよね。ワンちゃんの復習も兼ねてさ」

 

 あー、うん。こういうのって人に説明するのも良い勉強になる。私にとって時間の無駄にならないようにしてくれるわけだ。

 

「構いませんよ。あぁでも、そろそろ2人の名前くらいは聞いておきたいかな」

「ベアリングシャフトですはじめまして」

「先に言われた!? コンバスチャンバーです、是非バスちゃんと!」

「あ、ずるいぞバス。私はベア、どうぞベアちゃんと呼んでください」

 

 お、おおう。

 食い気味に答えたベアリングシャフト、ベアちゃんは落ち着いた印象の青鹿毛の子。

 慌てて続いたコンバスチャンバー、バスちゃんは活発そうな芦毛の子。さっきまでアリー先輩と喋ってた声はこっち。

 どちらも視線の圧が強い。ムンちゃんがマンハッタンカフェさんのことを話す時みたいな憧れ(キラキラ)を感じる。

 

「うん、覚えた。アナグラワンワンです、よろしくね」

 

 堂々としてた方が良いんだろうけど、どうも据わりが悪いというか落ち着かない……くすぐったい?

 

『先輩風ってやつを吹かせたことが無いせいですかね、自分まで流されそうです』

《自覚できるなら大したものだ。さっさと本題に進めば(あら)は目立ちにくいぞ》

『ありがとうございます、そうします』

 

 となると、アリー先輩がお膳立てしてくれた『アイビスサマーダッシュの基本』か。

 さっきバスちゃんがこぼした印象も分からなくはないんだ。

 あのレースは直線のみ。カーブが無いんだから『ゲートから最短距離を真っ直ぐ進むだけ』と思うよね。

 

 そうはいかない1つ目の理由が芝のコンディションだ。ほとんどのレースはカーブがあって、だから自然と内側がよく使われる。外ラチに近いほど芝は整っていて走り易いから、アイビスサマーダッシュは外寄り有利と言われるわけ。

 ただしここまでだと駆け引きっていうほど難しいことは無い──バスちゃんの疑問もこの辺りにある。

 

「え、と。そしたら『なるべく外のなるべく前を逃げる』が最適解になりませんか? 考える余地が少ないというか……」

「そう考えるのは自然だし、大きな意味では間違ってないよ」

「それに確か、コースの後半は真っ平らだとか」

「うんうん」

 

 普通なら大きな仕掛けどころになるカーブや坂がアイビスには無い。特に後方からの好機(チャンス)が見つけづらいのは確かだ。芝の件でバ群は外寄りに固まるし。

 だから深く考えずに先頭を突っ走る?* それも1つの答えだろう。

 でも私には無理。見落としやすい小さな仕掛けどころを丁寧に拾い集めなきゃ。運良く最外スタートを引き当てればともかく、そこ以外だときっと勝てない。

 

「小さな仕掛けどころ、ですか?」

「うん。……アリー先輩、これ1年生に教えるようなことですかね?」

「教えなくても知りたがるでしょー。ていうか教えなきゃ納得しないと思うよ、ワンちゃんが身体的には恵まれてないだなんて」

「あー、確かに」

 

 バスちゃんもベアちゃんも、耳に入った言葉が上手く飲み込めないようだった。

 

 本職のトレーナーさんからすれば、私はぱっと見で『向いてない身体つき』らしい。例えば脚が短めだとか。競走ウマ娘の中ではって話だし、ほんの数パーセントの差ではあるんだけど。

 で、あまりにも戦績と釣り合わないものだから自らの目か頭を疑う羽目になると。ご迷惑おかけしますねどうも。

 

 そんな精密な目測ができない人は素質の高いウマ娘だと誤解するだろう──いやすごいウマソウルに恵まれてはいるんですけど。彼女らはまだ“領域”も知らないから、そんな不思議パワーで勝ててるなんて分かりっこない。

 2人は大声をあげて驚くようなことはなく、じんわりと『聞き間違い?』みたいな顔をし始める。

 

「え、冗談? ですか?」

「いや。アソカツリー先輩はともかくワンワン先輩はこの手の冗談を言わないはず」

「そ、そうだよね」

 

 ともかくって。1年生たちは割と恐れ知らずだ。ここは話を進めてしまおう。

 

「口だと説明しづらいから……2人のトレーナーさんとも相談して、ちょっとだけ走ってみる? 面白い体験だと思うよ。

 サキさーん!

 

 ちょうど行き詰まりも感じてたし、気分を変えてみるとしますか。

 どうも気遣ってもらったっぽいし。嘘は吐かないけど本当のことも言わないよね、アリー先輩は。

 

 




 

 

 幼い頃からコン()スチャンバーと間違われてきたので最近は()スと名乗ることにしています、コンバスチャンバーです。PではなくB。

 

 私はいわゆる『競走ウマ娘の家』の出で、親戚にはGⅠウマ娘だっています。幼馴染のベアちゃんも似たような家に生まれました。

 そんな私たちでも──だからこそ?──アナグラワンワン先輩のことを畏れずにはいられません。

 

 だってそうでしょう? 桜花賞ひとつだって凄いこと。皐月賞と両方取るとかとんでもない話です。もうそこまでで充分近寄りがたい。

 そんなとんでもない連闘制覇がもうひとつ(オークスと東京優駿)あって、更にダートの国内GⅠやら海外のGⅢやら……この世代が“金剛世代”と称されることに誰も文句を言えないレベル。

 

 けれども学園や寮での先輩は……なんというか、割と普通なんです。いえ、入学式で聞かされた検査漬けには正直ありえないと思いましたが、それ以外は。校内でやきそばを売り歩いたりしませんし。

 

(海外から帰った際、何故か寮母さんが土下座で迎える*という珍事はありましたが……寮母さんの奇行(いつもの)を先輩のせいにするのは違うでしょう)

 

 社交的なタイプではないかも知れませんね。不特定多数に対する愛想みたいなものはネットでの乾き具合と似たようなものです。

 逆に言うと、顔と名前を知ってる個々人にはグイグイ来るのかも。

 

 

 以前のようにベアちゃんと練習を見学してたらアソカツリー先輩に見つかって。ワンワン先輩ともファーストコンタクトに至ったと思ったら、あれよあれよと話が進んでいった。

 

 体操服姿で直線コースに立つ私。

 これから……先輩と走るらしいです

 

「──いやなんで!?

「気持ちは分かるが諦めろぃ」

 

 自身も諦めきった表情で応えるのは私のトレーナーさん。そうだ、このお爺さんはナー&ドゥ先輩ズを担当してきてるからワンワン先輩にも詳しい。

 ……その経験が導き出したのが諦めですか、そうですか。

 

「箇条書きで考えてみな。言われたことは覚えてるか?」

「は、はい! えーとえーと」

 

 走るのは直線400m。

 私とベアちゃんはそれぞれ1対1で先輩と走る(いつの間にか先番を譲られていた。全くベアちゃんは存在感消すの上手いんだから)。

 それと『真っ直ぐ全力で走ること』。

 あとは『2人ともスプリンターなんだよね、じゃあできるだけ早く最高速に達することを意識してみよっか』とのこと。

 

「……隣のレーンを除けば普段からやってることですね?」

「そうだ。惑わされずいつも通りやりゃあいい」

「はい……はい!」

 

 心のどこかが『そんなわけあるかー!』と叫ぶのを丸めて投げ捨てます。

 隣に惑わされずって、そんなのできっこない。箇条書きで考えれば、先輩は他にも幾つか言ってたんですから。

 

 

 模擬レース用の簡易ゲートから、がちゃこんとスタート。

 考え悩む時間はおしまいです。前へ前へ。手脚をぶん回して身体を運ぶ。

 

 先輩はぴったり真横を走っています──予め言われていた通り。スタート直後は速さを合わせると。

 なるべく気にせず自分自身の加速に集中。

 

 コースの半分を過ぎた辺りで、トレーナーさんが笛を吹きました。これは私が最高速に達した合図。

 同時に先輩の走りが変わります。『足音もフォームもすごく変なことになる。真似ようとか絶対に思わないでね』と予告されたそれは……極端なほどのピッチ走法、でしょうか。

 トトト と連続する足音は軽くて超ハイテンポ。

 トトト
_

 

 ただし進む速さは変わりません。速くなったわけじゃない、はず。

 なのに──!

 なんで!? なんで置いてかれちゃうの!?

 ぐっぐっぐっ と。一定のリズムで少しずつ先輩が遠ざかる。私が減速してる? そんなことない。400mくらい余裕なはずだし、緊張なんかどこかへ吹き飛んだように好調だ。

 ぐっぐっぐっ
_

 ただ先輩が速いだけで、何も不思議がることはないじゃないか──そう考えるのが普通だけど、今回は違う。それはしない、と言っていた。

 

『私はそっちの最高速に合わせて走る。それ以上のスピードは絶対に出さない

 

 栗東寮では有名な話だ。先輩は嘘が嫌い。

 じゃあどうして差が開く? これが“小さな仕掛けどころ”なの? これってどれ?

 

 

 

 走ってる最中は意味が分かりませんでしたが、ベアちゃんと交代して見る側に回ってみると──トレーナーさんたちが見ている精密スピード計を覗かせてもらうと──差を生んだ理屈は理解できました。

 理解というか……絵に描いた餅みたいな非現実としてですが。

 

「えぇ……あの、あんな走り方って他の先輩方もでき──

 「できないわ」「やめとけ」「無理」

──あ、ハイ」

 

 トレーナーさん3人から一斉に否定されてしまいました。アソカツリー先輩に目をやってもぶんぶんと首を横に振られます。そんなにですか。

 

「聞いてると思うけど、ワンちゃんはUMA娘なの。一緒にしちゃいけないの」

「ちなみに、具体的には……?」

「普通のウマ娘はあんなにドンピシャで自分の速さをコントロールできないし、笛を吹かれてぱっとフォームを切り替えるのも難しいし、全力で走ってる相手の速い瞬間と遅い瞬間なんてそうそう呼吸が合わないし──」

 

 おずおずと訊いてみたら怒らせてしまったでしょうか、だーっと早口で返ってきました。でもそれを少し切って息を挟むと、最後のひとつを不気味そうに呟きます。

 

「──それにいくらジュニア級のスピードでも、自分の走りから遅い瞬間を無くすとか考えられない。こっわ」

 

 速い瞬間、遅い瞬間。

 全力疾走の最中でも私たちのスピードは一定ではないようです。地を蹴り終えた瞬間が最も速く、踏み下ろす前後はどうしても減速する。

 ワンワン先輩は嘘をついていなかった。私やベアちゃんの最高速度──最速の瞬間(﹅﹅)速度──を超えてはいないのです。ただその最高速をほぼ等速に保っていました。あの超ピッチ走法で。

 

(時間と速度の推移をグラフに表すと、ノコギリの歯みたいなギザギザした形になります。私たちと先輩を比べた時、最高速≒歯先の位置は同じ。だけど最低速≒歯の数と細かさは先輩の方がずっと上)

 

 だから私たちは置いていかれた。

 当然の結果だ……って、いや理屈だけは分かりますけれど。あれが普通ではないと慄くアソカツリー先輩に安堵を覚えずにはいられません。

 そう、あれができる必要は無いんだ。トレーナーさんたちも念押しします。

 

「さっきも言ったように、あれを真似ちゃダメ。ワンが見せたかったのは『ウマ娘の走りは等速直線運動じゃない』ってこと。歩調の中で周期的に変化してるわけ」

「『相手が減速する時にこっちが減速しなけりゃ勝てる』っつー理屈は色んな場面で通用する真理だ。平地直線でこうまで極端に目の当たりにする機会は少ねえから、なかなか良い体験だぁな」

 

 真理、とまでいいますか。褒め言葉がかなり控え目なこのお爺さんが。

 でも大げさとは思いません。特に後方からの逆転を狙う戦法なら、前を行く相手の最低速を射抜くように仕掛けるのは常道(スタンダード)ですから。普通ならカーブや坂をその切っ掛けにしますが、平地直線でも『よく観察して遅い瞬間をズドン』とできるのかも──単発なら。

 

 単発なら、まだ分かるんですよ。

 でも先輩は私やベアちゃんを一気に突き放したわけじゃない。少しずつ繰り返しハイテンポに差を拡げ続けた。

 

 スプリント走のピッチは秒間に5を越えます。それほどの周期で最高速と最低速がループしてるんです。これを『1秒間に5回やってくるチャンス』と捉えて全部拾おうだなんて……考えただけで頭が変になりそう。

 それが先輩の言う“小さな仕掛けどころ”の正体。小さ過ぎでしょ……。

 

 

 それをできるのがアナグラワンワンというウマ娘で。

 そうならざるを得なかったのだ、と。つまりそこまでしなければ勝てない身体なのだと。

 そういう話らしいのですが。

 

「先輩はUMA娘なので参考にしないことにします」

「それでいいと思うよー」

 

 そういうことになった。

 

*
バクシンバクシーン!(現実のサクラバクシンオー号に出走経験は無い)

*
ニュクスヘーメラーの勝利に大きく寄与したことについて。グラは別に怒っていないが。





□オリウマ娘ちゃんズの名前の由来
 64話で東京優駿を観戦していた2人組。どちらも栗東寮。

ベアリングシャフト:Bearing-Shaft(軸受-軸)
 様々な動力機械にある機構から命名。
 外見はデアリングタクトに似ている。バスといる時はほとんど喋らない。喋るの面倒なので。

コンバスチャンバー:Combustion Chamber(燃焼室)
 ガソリンエンジンなどで圧縮した混合気体に火をつけて爆発させる空間、コンバスチョンチャンバーを縮めた命名。
 外見はカレンチャンと似ているが、自分のことを『カワイイバスチャン』とは言えない模様。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。