アイビスサマーダッシュ(1/2)からお楽しみください。
サキさんからの求めもあって、自分が走るレースでも観るだけのレースでも“領域”には注意を払ってきた。アナさんの意見も聞きながらなるべく言語化して、記録して分類して……みたいなことも。
で、断言できるのは『ワケ分からん』ということ。分類なんてする意味があるのかさえ疑った。
一応大半は装備型か範囲型かに分けられそうだけど、なんか微妙な例外もあるし。
ボゥ先輩の〈
アリー先輩の〈
主な効果は『塞がれた進路をこじ開ける』こと。
ドンナさんの〈
つまり進路を空けた自覚が無い。ぴったりブロックして、その状態を維持して、何をされたかも分からないまま抜かれてしまうらしい。
例えば、例えばね。
ボゥ先輩以外の誰にも認識できない亜空間(?)みたいなものを作り出してそこを駆け抜ける、だとか。
まぁその、まさにあんな感じで。
「シャキッとしなさい大バ鹿ワン子!!」
「ひぇいごめんなさいぃ!!?」
《このままだと負けるぞ? グラの実力未満しか見せずに》
「冗っ談じゃない! 残りは!?」
《ははは、残り600を切ったところだよ》
わらっ、今笑いましたねアナさん!?
今朝から何度も落ち着けとか言ってくれたのは覚えてますけど! 私が半ば無視しちゃってたのも確かですけど!!
『先頭アナグラワンワン、逃すかとばかり背後に迫ります2番手アルヘイボゥ!』
『やや早い仕掛けですね。まだここから緩やかな登りと下りがあります』
っ……私が、腑抜けてたから。先輩に早いタイミングで仕掛けさせてしまった──違う違う、自惚れるな、判断したのは先輩だ。
考えるべきはそんなことじゃないし、考える間も脚を緩めてなんかいられない!!
「ちょっとは調子でてきた? 余計なこと考えてたらぶち抜いてあげるって言ったわよね」
「っ、近い……!」
ついさっきまで最後尾にいたはずの先輩がすぐ後ろにいる。ただし先頭位置での逃げ〈アバドン〉で一応時間を稼げている。あの〈3色柱〉は亜空間的な場所をワープしたみたいに見えたけど、どうやら距離は現実と同じだけあるらしい。
先輩はそこを自らの脚で駆けている。ウマソウルからの恩恵は道を拓くことだけ──ちょっとムンちゃんと似てるかも。
そして/つまり、ボゥ先輩は身体能力のみで安田記念を連覇したのだ。得意距離ですらないマイルで。
だから当然、瞬きの間に2番手まで上がってきた加速もまだ最高速ではない。
『残り500mでアルヘイボゥが進出、捉えた! 仲良く並んで粘っていますがアナグラワンワン苦しそうです!』
『コース状態にかなり差があります。外側のアルヘイボゥ有利──じわじわと前に出ているか?』
ダメだ、このまま前に行かせたら不味い。理屈も分からない直感を信じる。
ボゥ先輩の
「え、あれ。ズレた……!?」
「あんたは精確でバ鹿正直すぎ」
──ズレたんじゃない、ズラされたのか! 私が『知ってること』を知ってるから!
『僅かですが確実に! 先頭交代、アナグラワンワンが先頭を譲りました!』
『しかしまだチャンスはありますよ、アルヘイボゥが最高速のスパートをできるのは精々400mでしょうから』
そんなのは安心材料にならない──たぶん。嫌な予感がびんびんする。
理由はすぐ明らかになった。少なくともターフ上の私たちには。
緋紅色の群生花が咲き乱れ、抜き返そうとする私の前進を理不尽に阻害する。
効果は『発動時の順位の固定』……アリー先輩の“領域”じゃないか。
『!?…………安田記念の最後!?』
《そう、あの時アソカツリーは“渡した”んだ。意識的にか無意識的にかは知らんが》
『こ、んな──』
──大事なことをよくも隠して、とか。そんなことは今はいい。どうでもいい。
残りは400m。
アイオブエンヴィさんの〈遠近法〉とかヒトリニシナイデさんの〈ツイテイクヨ〉とか、こういうルールを強いる感じの“領域”は厄介だ。力尽くで突破することが難しい。ならばここは。
「先に“領域”を潰す!」
ガルム神族の感応種、巨大な白狼マルドゥーク。本来の特性は周囲のアラガミ*を強制的に沈静化させることで、それを十全に発揮できればムンちゃんの〈新月〉みたいな真似もできたかも知れない。まぁそれは無いものねだりなので置いといて。
〈マルドゥーク〉は相手の“領域”を踏み潰すことで叩き壊せる。微妙にドンナさんの〈
「せいっ!──あれ?」
「……狙いが見え透いてんのよ」
「ウッソでしょう!?」
──“領域”が縮んで私の踏みつけを避けるとか思いませんよ普通!? ていうかその自分の左右にだけ小さく展開するやり方、アリー先輩よりも使いこなしてません!?
「こっちのが合理的でしょうが」
「……だとは思いますけど!」
小さく声をかけてくれるお陰で、分かる。先輩にも余裕は無い。このままゴールまで速度と〈平定〉を保てるかは怪しいものだ。
残り300m。
じゃあもう、押し戻されることを承知で何度も仕掛けて“領域”に負荷をかけ、MP(的なもの)切れを狙う。
それにはまずあの速度に追いつかなきゃいけないわけで、それだって大変なんだけど……やったろうじゃないか。
東京優駿で頼った〈ハンニバル〉と同属ながら、逆鱗を砕かれるまでもなくブースターで高速機動する〈カリギュラ〉。その中でもとりわけ危険な紅の竜帝が〈ルフス・カリギュラ〉だ。
再現する特性はシンプルに速さと加速力。幾度押し返されようと狂戦士のように襲い続けるこれは、アナさんの知る限り
緋紅色の〈平定〉に襲いかかり、突破できないまでも踏み荒らすことはできる。
残り200m。
3回並びかけて3回ともアリー先輩に妨害された。構うものか、こんな力は無限には働かない。
それは暴れん坊の〈ルフス〉を従わせる私の精神力にも同じことが言える。とはいえ、元がどんなアラガミでも今は
それはきっと〈平定〉もそう。アリー先輩自身ならもうちょっと粘ったと思うけど、本人から切り離されたら多少は劣化もするだろう。
4回目、緋い花が散る。
5回目、何かが決定的に緩む。
「こ、の、脳筋!」
「勝てばいいんですよ勝てば!」
「そこは同感!!」
6回目。私を2番手に押し留めていた物理法則以外の何かを──完全に食い破った。
残り100m!
世界がぬるむ。時間がとろける。
前へ、前へ。先輩の脚が芝と擦れる瞬間に稼ぐ。蹄鉄が地を引く瞬間は維持する。あ、次の1歩は路面が悪いので無理せずキープ。
ほんの僅かな距離を重ねて。瞬間的に遅れることもあって。横並びのようでそうではない、私と先輩にしか分からないほどミクロな一進一退。
残り75m。1/8バ身ほど私が前にいる。
先輩も気力体力はカツカツのはずだ。それでも/だからこそ脚音が力を増した。
前になんて行かせない。行かせるものか──っ!?
残り50m。差が3/4バ身まで一気に開いた。
どうして急にと振り返りかけた。その前に音と匂いで気付く。
「ッ、ァ──ハ、カ──」
ぬち、と水音。詰まった喘鳴。血の香り。
……
こうなるとウマ娘の身体はろくに酸素を取り込めなくなる。命に関わるようなことは少ないけど速く走れるわけがない。レースとしては終わったも同然……なのだけど。
残り25m。差は1バ身。
「先輩ッ!?」
「──(余計な、こと考えて、たら)──」
先輩は諦めてくれない。脚音は
振り向いた、振り向いてしまった。キツく睨まれるのが分かっていても。
「──(ブチ抜い、てあ、げ)──」
「無理です、お願いですから!」
先輩の鼻からは赤黒い血が垂れ、顔色はチアノーゼで紫に染まっている。
……鼻出血が大事に至りにくいっていうのは、すぐ脚を緩めて適切な処置を受けた場合の話で。こんな速度域で、無酸素のまま50m弱を駆けて平気なの? 血が変なところに入ったりしない?
最悪が、最悪の最悪な想像が、極度の集中を千々に乱れさせてしまう。〈ルフス〉も解くしかなかった。
すぐに、今すぐになんとかしなきゃ。
走るのを止めさせる? 無理。
じゃあもう、
それ以上に大切なことなんて無い──だからって全部は諦めないけれど。
『キ、キ……』
『先頭での入線はアナグラワンワンだったように見えました、しかし接触がありまして審議ランプが点灯しています!』
『キ…………』
『リプレイのスロー映像流れますでしょうか。アナグラワンワンから意図的に接触したようにも見えましたが?』
『キマシタワーッ!!』
ブツン、とマイクが片方切られる。
『音声乱れまして失礼いたしました、映像確認してみましょう』
接触はゴール直前。
アナグラワンワンは並走するアルヘイボゥの顔面に噛み付いた。もとい、鼻に吸い付いた。
血液を一気に吸い出すために。医療的処置である。
無理な体勢と呼吸のせいでアナグラワンワンは一旦失速した。同時にアルヘイボゥも集中を乱した。流石にこんな接触をされることは想定外である。
直後にはどちらも競走を再開したが。
『先着
『──大バ鹿反則ワン助ェ!!』
カメラで確認したところ、ゴールに最初に入線したの
が、もう誰が見ても反則である。意図的な危険走行だ。その意図が救急にあることは理解されたものの、これをノーペナルティで流すことは絶対にできない。
結果、このレースの勝者はアルヘイボゥとなった。アナグラワンワンが掲示板にも載らないのは初めてのことである。
本人は『勝負に勝って試合に負ける』ことを承知でやったので、審判団の決定に落ち込むどころかどこ吹く風。
……もとい、落ち込んではいないが恐れてはいる。後悔は無いが怖いものは怖い。
アルヘイボゥ(とアソカツリー)がこの上なく不機嫌なことは、流石に察しがついているので。
2024年7月28日はリアル・アイビスサマーダッシュです!
予定ではフルゲート18頭立てとなっております!