アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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所詮、兵士らしいだけの(1/2)

 

 アイビスサマーダッシュの翌日。

 アナグラワンワンの反則に関するURAの裁定会議はそれなりに紛糾した。

 

 レース自体の失格は既に決まったことだし、ここに異論を挟む者はいない。

 走行中の接触が極めて危険なことも議論の余地は無く、何らかの処分が必要というところまでは満場一致をみた。

 ではその内容は?

 

 この件に限らず、ウマ娘同士の接触には厳しく対処するのがURAの基本方針だ。たとえアクシデントによるものでも状況によっては1ヶ月ほどの出走停止処分を下す。

 それを踏まえ、あるヒトミミ役員は言う。

 

「本件は明らかに意図的な接触です。ならば1ヶ月は軽すぎるのではないでしょうか」

 

 これはこれで1つの考え方である。

 対して別のヒトミミ役員は弁護する。

 

「意図的といっても、その意図が救急処置にあったことは明らかです。重い処分を課するのは道理に合わないと考えます」

 

 どちらにも頷ける側面があり、結論は中々出なかった。

 方向性を決定づけたのはグレーがかった鹿毛のウマ娘役員。

 

「アナグラワンワンの特異な出走ペースも考慮に入れるべきでしょう。

 彼女は昨年6月にデビューしてからこれまで14ヶ月で、アイビスサマーダッシュを含めて24戦──24だと? 失礼、その……端的に言って狂気的、もとい驚異的な数です。

 平均的な競走ウマ娘の2倍よりなお多い。となれば彼女への『2ヶ月出走停止』は実質的に『4ヶ月以上の出走停止』に相当し、これは明らかに重すぎるものと考えます」

 

 理屈としてはUMA娘の異常識に汚染されている疑いが否めないが、14ヶ月で24戦*というバ鹿げた数値には暴力的な納得感がある。

 

 最終的な裁定は、1ヶ月の出走停止。

 

 この会議に出ていた者は全員が分かっている。アイビスサマーダッシュから1ヶ月、つまり8月いっぱいの不戦などアナグラワンワンに大したデメリットを与えない。どうせ合宿に費やすだけだからだ。

 実質的にはノーペナルティ(アイビスの失格処分のみ)に近く、悪く言うなら『きちんと処分を下したという体裁』でさえあった。

 組織にはこうした論理も働きがちである。体裁を整えなくても、あるいは実質的なペナルティを課しても、どちらにしても世間からの反発が大きいだろうという先読みも含めて。

 

 

 会議は終わった。

 しかし鹿毛のウマ娘役員は緊張感を緩めない。議事録をとっていたヒトミミ男性をちらりと見やる。

 今はトレセン学園で事務員として勤めている千田ギンだ。彼の表情からは安堵が窺えるが……ただ『(サキ)が担当するウマ娘への処分が軽くて済んだ』という様子にしては深刻過ぎないだろうか。

 少し悩んでから声をかける。杞憂なら杞憂で構わないのだから。

 

「千田さん、お久しぶりです」

「おぉ、久しぶり。元気そうだな副会長」

「……今は副会長ではありません」

「そりゃ悪かったな"女帝"様。だが"皇帝"陛下のことはなんて呼んでんだ?」

「もちろん『会長』ですが?」

「もちろんはおかしいだろうよ」

 

 ギンにとっては友人の教え子。現役時代にも多少は親交のあった"女帝"。

 理想を追って世界へ──国際ウマ娘協会へ──飛び出したシンボリルドルフを側面支援すべく、()本組()()の地固めをしているエアグルーヴだ。

 

 彼女は礼儀を弁えつつも無駄話を好まない。

 

「幾つかお訊ねしたく。アナグラワンワンについて何か憂慮がおありでしたか」

「いや? 1ヶ月なら心配要らんだろう」

 

 ギンは誤魔化すように答えたが、無駄である。

 

「3ヶ月なら危うかったと。私もそのような懸念を抱いていました。答え合わせをしたいのです」

「……俺で良ければ聞こうじゃねえの」

彼女は日本にこだわりますか?

「…………」

 

 雄弁な沈黙。ギンの抱いていた『憂慮』はエアグルーヴと同じものだ。

 

「……必要があればこだわらない、だろうな。いや、そんな脅し(﹅﹅)は匂わせてすら来ねえが」

「そう、でしたか……」

 

 2人の懸念は的を外していない。アナがグラに囁いた『悪どいこと』ともぴったり合致する。

 端的に言えばギンの評した通り、脅迫だ。

 

アナグラワンワンがフランス国籍を取得したいと言い出せばあちらは大歓迎。連盟に所属を移せばURAからの処分など意味を為さない

 

 通常ならフランスの連盟は受け入れないだろう。組織同士で(かど)が立つのを避けようとする。しかし今のフランスの状況にアナグラワンワンという特異性が合わさると『URAに恨まれてでも受け入れる』可能性を否定できない。

 仮にそんな脅迫を実行すればURAとアナグラワンワンの関係にも修復不能な(ひび)が入る。ウマ娘レースで商売をさせて貰っている協会は、日本からの離脱を見せ札にされれば屈するしかないからだ。特にダート関係者は絶対に彼女を手放したくない。そういう意味で交渉ではなく脅迫という。

 

 アナとしても、グラがせっかく恵まれた人の縁を切り捨てるつもりはない。本当にフランスに移るのではなく、その選択肢を見せて脅せば(もし重い処分が下されても)URAに再考を強いることができるというだけで。

 病院での検査中に聞かされたグラは普通にドン引きしたので、このプランを誰にも伝えていない。2ヶ月までなら甘んじて受けるつもりでいる。

 だからギンとエアグルーヴの懸念は邪推のようなものなのだが──、

 

「本当に言いかねねぇんだよな、目的のために必要なことはまるで躊躇わねぇから。たまにゾッとするほど現実的(プラグマチック)で……案外気が合うのかもな?」

「そうは思いませんが」

 

──日頃の行いというやつであった。

 

 例えば病院のこと。ウマ娘の感覚をベースにすると『数多く戦うためならあれほどの頻度で検査通院を強いられても我慢するのか』と恐ろしくなる(実際には単純に苦痛を感じていない)。

 例えば食事量や間食のこと。昔から父親による栄養管理を受けていたにしても、あそこまでトレーナーの指示を破らないウマ娘は珍しい(実際には食に対する執着が薄い)。

 やるべきことはやる、そこに子供らしい葛藤がほとんど見当たらないのだ。

 

 なおギンはアナの存在を知らないし、以前に学園の事務員を辞めようとしていたのをグラの父親によって撤回*させられた。そのことからも『必要なら脅迫くらいやる』と推察せざるを得ない。

 

 そしてエアグルーヴの方は──、

 

「ワンワンと直接話したことは無かったよな。誰かから聞いたか?」

「会長から伺いました。フランスの連盟は切羽詰まっていてアナグラワンワンへの評価も高い。引き抜き工作も警戒すべきだと」

「なるほどな」

 

──別方向からの憶測ではあったが、これも故の無いことではない。

 アナグラワンワンの実績と影響力ならばそういった横紙(あくど)破り(いこと)は恐らく可能だ。これは事実。

 加えて、悪巧みに通じている上に躊躇もしないソウルから大いに感化されているのも事実。実行するかは別問題だがやってもおかしくないとは思われている。

 

 

 ──おおむね、自業自得であった。

 

 




 

 

 8月。

 URAから私への処分が発表されたのと、トリィさん本人から『次走は凱旋門賞にする』と明言をもらえたので、9月の予定が確定した。

 

アイビスサマーダッシュではご心配をおかけしました。

1ヶ月しっかり反省します。

 

9月の出走予定は次の通りです。

確定:ムーラン・ド・ロンシャン賞(9月1週)→ヴェルメイユ賞(9月2週)→スプリンターズステークス(9月4週)

 

・確定は『不測の事態がない限りは変更しない』です。怪我などがあればスキップされます。

・10月は未確定ですが、恐らく全ての日曜日に走ります。

 

 ここまで書けば凱旋門賞に出ると宣言したも同然、らしい。

 で、メディア対応みたいなことが面倒臭いので──私ほどじゃないけどサキさんも得意ではないよね──しれっと合宿に出発した。

 

 

 ジュニア級は身体がまだできていないからと、先輩たちの夏合宿にはまぜて貰えなかった。そのことを去年はちょっぴり不満に思ったけれど、今は納得せざるを得ない。

 

「き、っつい……!」

「はっ、はっ……成長、感じるでしょ?」

 

 感じるけどさぁ。真壁さんのメニュー詰め込み過ぎじゃない? ていうかこれトーヴェさんのやり方取り入れてるのかも。サキさんの組み方よりもかなり密度が濃くて負荷が高い。

 

 今年はボゥ先輩もアリー先輩も不参加で私が1人きりになってしまうので、合同合宿と相成った。

 私とムンちゃんは同じメニューをやってるけど、手脚に着けたウェイトの重量が違う。改めてムンちゃんの急成長を見せつけられた。皐月賞みたいなことにはもう絶対にならないだろうな。

 

「そういえば真壁さんの担当ってムンちゃんだけなの?」

「………………うん」

「何その渋い顔は」

 

 聞けば、学生から真壁さんへの逆スカウトが結構あったらしい。それらを全部蹴ってムンちゃんに専念することに学園は難色を示したものの、真壁さんはこう言い返したそうだ。

 

『いいんですか? 担当を増やしたらまた仕事が溜まりますよ?

 

「うわ、駄目な大人だ……!」

「わ、私は凄い勢いで速くなってるでしょ!?」

「そこは疑ってないけど、7月もサキさんは何度かフォローしてたからね?」

「本当にごめんなさい、後で謝っとくわ」

 

 ウマ娘を鍛えること以外にも色ーんな仕事があるはずなんだけどね、トレーナー業。

 私も走る以外の仕事(取材とか)はできる限り減らしてるからあんまり人のことは言えないかな?

 

「まぁ、ずっと今のペースで伸び続けるわけじゃないから。年明けには私にも後輩ができてると思う」

 

 おおぅ、まだ年内は伸び続けるんだね……。

 

 それはそうとムンちゃん、5月半ばから7月末までずっと海外(あっち)にいたから1年生との絡みはほとんど無いのか。

 うーん、バスちゃんから聞いた話は伝えておこうかな。

 

「……覚悟はしておいてね」

「覚悟? 何に?」

「1年生の間ではムンちゃんのイメージが独り歩きしてるらしいから」

「え、そんなに変なイメージなの」

「変な、というか。事実ではあるんだけど」

「?」

 

 首を傾げるムンちゃんにはひどく言いづらいけれど……知ってて黙ってたら後が怖いんだよなぁ。

 

あの(﹅﹅)アナグラワンワン先輩の親友にしてライバル”ってことで、想像上のムンちゃんは相当UMAってるらしくて」

「完っ全に貴女のせいじゃないの! あと何よUMAってるって!?」

「ちなみに私は“思ってたより普通”って印象になってきたらしいよ」

 

 即座に勘違いだと切り捨てられてしまった。少なくとも栗東寮では本当なのに。

 

 


 

 

 それはそうとアナさんとの喧嘩は続いている。

 喧嘩というか私が一方的に腹を立てているというか。あっちは既に子供を宥めるみたいな態度をとり始めたから余計にムカつく。

 

 その上、味方が居ない。サキさんもボゥ先輩もアナさんの肩を持つんだよね。

 もっとも2人はアナさんの存在を知ってても直接話したことがないから──私から伝えたのはアナさんの良い部分ばかりだから──実物よりも理想化されちゃうのは当たり前だろう。

 

 その点ムンちゃんは違う。皐月賞のゴール前、短い時間だけど直接話している。だからきっと分かってくれるはずだ!

 

 

 アナさんと喧嘩したことを寝る前に切り出してみると──、

 

「良い気味ね」

どういうこと!?

 

──のっけから凄いこと言われた。まだほとんど何も話してないのに。

 

「アイビスのスタート直後と関係あるんでしょ、タイミング的に。てことは私のキング&クイーン勝利がきっかけ。ここまではいい?」

「う、まぁその、きっかけはそう」

 

 それが最初。ムンちゃんと私の身体の差を突きつけられた。

 その先を話すより早く、容易く核心を抉られる。少なくともアナさんの怒りのツボだ。

 

「言葉が通じるウマソウルに向かって『私じゃなく彼女に宿っていたら』なんて言う方がどうかと思うわ」

「いやその、そこまでは……うーん」

 

 そうは言ってない……けど、言ったも同然なのだろうか。

 

「宿る先を変えられるならとっくに乗り換えてるでしょうし」

「それは私の素質以外をディスってない……?」

「あら、少しは皮肉が通じるようになったのね」

「皮肉というか単なる悪口のような」

「ごめんごめん、冗談よ」

 

 冗談には聞こえなかったけど。

 ムンちゃんはきゅっと表情を引き締めて、大真面目に言う。

 

「無理よ、私には。たぶんトリィにも」

「? なにが?」

「アナさんと走ることが」

「? ……???」

 

 なんで?

 

「貴女……」

《はぁ……》

 

 なんでムンちゃんもアナさんも揃って溜め息つくの!?

 

「まさかこの期に及んで、自分がUMA娘呼ばわりされるのをウマソウルだけのせいだと思ってるの?」

「だって、私は凡庸で素質の低い──」

黙りなさい底抜け激バ鹿グラ娘

「──今なんか酷いこと言わなかった!?」

 

 グラって名前を罵倒に使わないで欲しい、なんて反論も許されずに正座させられた。私自身の異常性を自覚しろというのだ。

 繊細なボディバランス、複数の(ブレード)喰核(コア)を使い分ける判断力、凶暴で危険なアラガミを本番で使える安全性にまで持っていく精神力、云々。

 まるで褒め倒しだ。実際はお説教だけど。

 

「私に言わせれば、グラこそグラをバ鹿にしてる。これまでに無いでしょう、ウマソウルだけ(﹅﹅)で勝てたレースなんて」

「…………アナさん抜きで勝てたレースも無いよ」

「当たり前。周りもみんなウマソウルは持ってるんだから」

 

 正論、なのだろう。

 身体の無いアナさんはレースに出られないし、私の身体を代わりに操作とかもしない。走ってきたのはずっと私だ。

 

 だから『アナグラワンワン』を敗けさせたのも私。こんなにすごいソウルを宿しておきながら。その結果は覆しようがない。

 

「……東京ダービーが、芙蓉ステークスやホープフルステークスが、後からすごく悔しくなったんだ。悔しがってる自分に気付いた。

 だけどアナさんは悔しがってくれない。私を責めることもない」

「それは……だってアナさんから観たら子供の遊びみたいなものでしょう」

「え、そんな風に思われてもいいの?」

「よくはないけど、別の世界の大人から観たらそんなもんじゃない?」

「むぅ…………なんかやだ」

 

 

 私のことをよくよく分かってくれているムンちゃんは、だからこそアナさんの味方だった。悲しい。

 聞いてもらえて少しは落ち着いたけれど、まだ納得はできていない。

 

 

『……ジュニアの頃は、勝ちでも敗けでも結果が出たらすぐ次のレースって頭を切り替えてました。だけどそういう乾いた合理性を、今はたぶん喪くしてしまったんです』

《レースに執着するのはウマ娘として悪いことじゃないだろ》

『今もこうしてアナさんにねちねち粘着してるのに?』

《前も言った気がするが、普段のグラは聞き分けが良すぎる》

 

 ぬぁー、また子供扱い。でも実際に子供そのものだ。今の私は特に。

 自分が執着してるものにアナさんも執着して欲しいらしい。悔しがって欲しい、傍観者ではなく当事者になって欲しい。

 ──完全にワガママだと分かった上でなお。

 

 

 ねばねばしてイガイガした、自分でも嫌になるような気持ち。

 冷や水をぶっかけられて私がアナさんに謝るまで、あと数日。

 

*
うち重賞は19戦

*
42話『年の初めのエトセトラ』

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