アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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所詮、兵士らしいだけの(2/2)

 

 真壁さんは海辺での合宿を考えてたらしいけど、私もサキさんも『水辺なら行きません』という態度を貫いたので合宿地は山になった。

 だって危ないのだ。仕方が無い。

 

「泳げないって、本当に全く?」

「興味あるなら見る? サキさんもギンさんもどうしようも無かった私のカナヅチっぷり」

「自慢げに言われても困るんだけど」

 

 開き直るしかないんだよ、神機(ゴッド)使い(イーター)は泳げないんだから。

 これはソウル由来の性質だ。例えばゲートみたいな狭い場所に閉じ込められて眠れるかという話で──普通のウマ娘はまずできないらしい。レース前だろうとそうでない時でも。

 私は何の支障も感じない。クッションみたいなものがあって静かなら普通に熟睡するんじゃないかな。

 

 合宿地に向かう車の中でムンちゃんに見せてあげたのは、以前にアリー先輩が撮ってくれた動画。私が学園のプールで泳ぐ練習をしてる──というか、せめて浮こうと無心で力を抜いてる様子だ。全くの無意味だったけど。

 

「えっ、これ冗談じゃないのよね?」

「こんな冗談言わないって。動画、半分くらいまでスキップしてみて」

「この辺? ……うわ、ビート板ごと沈んでいってる……」

「──体重のせいじゃないからね!?」

 

 浮き輪とかライフジャケットとか、普通なら沈める方が大変なものでも私を浮かせるには3人分ぐらい必要だった。浮力と体重の天秤は明らかに狂っていて、これはもう物理法則ではないウマソウルの世界ですねと諦めたわけだ。

 

 ……この動画は去年の様子だから、サキさんもギンさんもまだまだ私の異常性に不慣れだったなぁ。最近はもうすっかり慣れてくれて、私としては助かるしありがたいんだけど、微妙に微妙な気分がしないでもない。

 他ならぬ私が『普通ではない』と思ってるからかな。ムンちゃんが向けてくる『またこのUMA娘は』という目に納得や共感があった。

 

 

 合宿地に着いてからは立場が逆転。私がムンちゃんにそんな目を向けそうになる。

 

「うわぁ……」

 

 普通の併走にせよ坂路にせよ、ムンちゃんの成長幅がヤバい。特にタイヤ引きみたいなパワー面。

 まだクラシックなのに先輩たちがやってたのより高負荷なのはどうかと思う。とはいえ──

 

「何よ。グラみたいに異常なことはしてないでしょ」

「まぁうん、それはそうか」

 

──確かに、何倍もかけ離れてはいない。フランスに行く直前のムンちゃんを知ってるから、たった数ヶ月でこんなに変わるのかとドン引きするだけで。

 

 私はむしろ貧弱すぎて驚かれたよね。真壁さんに。

 

「ぬっぐぐぐぐ……!」

 

 ゆっっっくりとしか動かない巨大タイヤ。このぐらいは引けるはずだと見ていた彼は心底驚いたようだ。

 

「……レースでのデータには随分と劣るんだね」

「ふっ、はっ……レース中は、かなり頻繁に“領域”を使ってるので……」

 

 喰核(コア)って言い方は避けたものの、レース外で使えないことは“領域”と同じだ。本番どころか模擬レースですらないタイヤ引きでは発動できない。

 

「模擬レースで出せたなら練習でもいけるんじゃないかって──」

無理ですが!?

「──ムーンが言ってたんだけど」

ムンちゃあん!

 

 そこまでの人外扱いは納得も共感もできないぞ。

 無理に決まってるでしょう、寮母さんじゃあるまいし。……あれ?

 

 


 

 

 合宿開始から1週間ほどが経った日曜日の夜。

 この日はトレーニングも食事とかも済ませてもう寝るだけとなった遅い時間、レースのために遅れていた最後のメンバーが合流した。

 

負けちゃいましたー!!

 

 東京ダービー覇者のニュクスさん(と桐生院さん)である。

 数時間前に行われたレパードステークス(ダートGⅢ)では先行逃げ切りをやり通したドンナさんに敗れて2着。いきなり謝ってきたのはその件だと思うけど、別に謝るようなことではない──、

 

「勝って欲しかったわね」

「ごめんなさい……」

 

──と思ってるのはどうやら私だけで。ムンちゃんはひどく不機嫌だし、ニュクスさんもそれに理解を示している。

 

「全力は尽くしたんですが」

「それは当たり前。でも貴女はグラに勝ったでしょう。グラはティーガードンナに敗けたことないじゃない」

「はい。東京ダービーではワンワンさんの協力あってドンナさんを落とせました。私1人では力及ばず」

「……ティーガードンナが居なければグラにも勝てなかった、と?」

「それはそうです。ワンワンさんを利用して彼女を抜き、彼女を利用してワンワンさんを削る。私の勝ち方はそういうものでした」

「……ふん……」

 

 え、空気(わる)。ムンちゃんがここまでツンケンするなんて。

 2人とも美浦寮だし、合同合宿になることは納得したんだから仲が悪いことはないと思ってたんだけど……?

 

「ムンちゃんなんでそんな険悪なの?」

グ・ラ・を・負かした人だからよ! 他にないでしょうが!」

「……?」

「ぴんと来ないって顔……! 貴女ねぇ、オカールやディアヌで私が敗けたことになんとも──なんとも思ってないわね!?」

「オカールは洋芝に慣れる前だし、ディアヌはトリィさんだし。ごめんだけど勝てると思ってなかったんだよ。……本当に、ごめん」

 

 KGⅥ&QESでも、私はムンちゃんの敗戦を予想していた。大外れだった。心底恥ずかしい。

 

「はん、別に怒ってないわよ。ディアヌまでの私を見れば妥当な見積もりでしょ。そうじゃなくて、グラが2度も敗けた私が他の誰かに──」

「だって皐月賞で1度勝ってるし」

「──う、ぐっ……!」

「ニュクスさんが誰に勝つとか敗けるとか、私はあんまり気にならないかなぁ」

 

 そんなやり取りを苦笑いと共に見守りながら、ニュクスさんはぱぱっとパジャマに着替えていた(シャワーとかはライブ後に済ませてきたのだろう)。

 ……いやほら、ニュクスさんは高校生だからね。私やムンちゃんと身体つきが違うのは当たり前です、はい。

 

「もう寝ますか?」

「私とムンちゃんは消灯ぎりぎりまでお喋りしてることが多かったですが、ニュクスさんが寝るならもう暗くしますよ」

「いえ、それなら訊いてみたいことがありまして」

「なんです?」

「アイビスサマーダッシュの件──その、前半の不調のことですけど──もう治ったのかなと」

「あ、あー。そもそも怪我とかではないんです」

 

 繰り返し抉られるなぁ……先輩からはシャキッとしろと叱られ、アナさんからは無様な自殺志願と詰られた数百mの失態。

 

 ……あ。

 ニュクスさんはムンちゃん以上にアナさんのことを知っている。

 

「そういえば、聞いて下さいよ。私アナさんと喧嘩中なんです」

「え、大変じゃないですか。でもそうですね、あの方の価値観もかなり独特ですから──」

は?

 

 何故か急にムンちゃんが不機嫌になったけど、一旦待ってもらいたい。

 ひとまず話を進める。アナさんはとっても強い魂であること。その強さを私の弱さが損なってしまったこと。それを分かってくれないこと。

 ニュクスさんはなるほどと頷いてくれた。

 

「ご自身を大したものじゃないと思ってそうな節はおありでしたね」

「そう、そうなんですよ。みんなアナさんの肩を持つんだけど、そこは良くないと思うんです」

「謙虚も過ぎれば、と感じてしまいますか」

 

 こくこくと頷く。本当にその通りだ。

 まぁ同じことは私自身にも言えて、あんまり卑下し過ぎるなって警告も含まれてるかも知れない。ムンちゃんからも言われたことだし、気を付けるべきではあるんだろう。

 ただしそれはそれだ。私が謙虚過ぎるとしてもアナさんがそうじゃないって話にはならない。

 

 ニュクスさんは分かってくれて、苦笑いしながらの部分的だとしても、私の味方をしてくれた。

 ──ここまでは。

 調子づいた私がもっと具体的なことを話していくと、彼女は一転表情を曇らせて。

 

「ワンワンさん……正座してください」

「えっ」

「正座です」

「あっはい」

「…………僭越ながら、お説教を申し上げます。反省の上、アナさんに謝ることをお勧めしますよ」

「……えー」

 

 



 

 

 ワンワンさんに宿る『言葉を話すソウル』、アナさん。ムーンさんからは凄まじい嫉妬の視線を感じますが、私だって彼女について知っていることはそう多くありません。

 1月から2月にかけて〈(サリ)(エル)〉習得のために毎晩のように手を貸して下さっただけで、身の上話などをされる方ではありませんでしたから。

 ただ、アラガミという怪物の跋扈する危険な世界を生きていたということ。そこで戦う兵士であったらしいこと。その戦闘能力は高く、ワンワンさんも──ここではグラさんとお呼びしましょうか──篤い信頼を寄せていること。その辺りは言葉の端々から読み取れました。

 

 それが全てです。たったそれだけしか存じ上げない。

 そんな私でも察せられる程度のことを、グラさんが分かっていないのは……ダメでしょう。アナさんに対して盲目的過ぎて、逆にとんでもない失礼を働いています。

 

「確認します。アナさんは、生前のご自身のことを、不敗だとか無敗だとか仰ったことがありますか」

「え、でも死ななきゃ敗けじゃないとか……亡くなったのは寿命らしいですし」

「それを不敗と仰いましたか」

「それは…………たぶん、無いですけど」

 

 不思議そうなグラさんは、あぁ、きっと本当に気付けないのだ。アナさんの優しさか、照れ隠しか、もしかしたら見栄のようなものに遮られて。護られて。愛されて。

 

「ごめんなさいアナさん、暴きます。それに気付かないまま貴女を不敗と仰ぐのは、罪だと私は思うので」

「…………アナさんは、好きにしろって」

「分かりました、好きにします」

 

 好きに、ですか。

 ならば──グラさんの頬を、ぺちんと叩く。

 グラさんもムーンさんもびっくりしていますが、そんなに強く叩いてはいませんよ? 思ったより音が出て私も驚いていますが。

 両肩に手を置いて、グラさんと目を合わせます。迷子のような不安さを映す(いとけな)さに、血なまぐさい凶事を流し込むために。

 

「落ち着いて、よく考えてください」

「……何を、ですか」

 

「アナさんの戦いに、ひとりの犠牲も出なかったと思いますか?」

「────っ!!」

「本当に、考えもしなかったんですね。考えないように誤魔化されてきたのでしょう」

 

 グラさんの目から溢れる涙は本当に今さら過ぎるもの。

 アナさんのせい(﹅﹅)で、アナさんの()()()

 

 夢の中で体験させられたサリエルやオウガテイルなどのアラガミは、人間ぐらい簡単に殺せてしまう。その世界の誰もが神機(ゴッド)使い(イーター)だったわけではないのでしょう(それどころか『いつも人手不足だった』とかぼやいていたような)。アナさんは高い戦闘能力を持ち、その力で誰かを守り庇うことにも慣れていました。

 1人も死ななかったなんて、そんな都合の良い話があるわけがない。

 

「あ……あぅ……」

「こっちを見て。今、アナさんは何か話していますか?」

「い、いえ……」

 

 泣いている子供に鞭打つような行いかも知れません。ですが私も結構怒っています。彼女がアナさんとの『喧嘩』の際に言い放ったという言葉はあまりにひどい。

 

「なら私から申し上げます。

 兵士は死んだら終わり? 決して覆せないレース結果を抱える競技者の悔しさが分からない? そんなわけないじゃないですか。アラガミにリベンジできたところで亡くなった人が生き返るはずないんですから

「分か、もう、分かりました、から……」

「アナさんもアナさんのお仲間も、私たちなんかよりずっと重苦しい悔しさを抱えて……それでも戦いを続けられたんじゃないんですか」

「ご()んな()い……ごめ……」

 

 申し訳なく感じつつ、グラさんにも伝わったようで……ぐずぐずと泣いてしまっている。私が泣かせた面もあるけれど、アナさんの生きてきた過酷さは本来このぐらいショッキングなものなんです。

 『兵士は死なない限り敗けじゃない』なんて、そんなの誰かを守れなかった兵士の心を鼓舞するお為ごかしに決まってるじゃないですか。そうとでも思わなければ戦えないから『まだ敗けてない』と言い張る意地の類で、喪ってしまったものを悼む暇が無いから気にしない振りをしているだけ。

 まやかし。誤魔化し。嘘。

 悼む痛みや悔やむ苦しみが、無いはずはない。

 

 この世界の基準ではなおさら重苦しいからこそ、それを見せたくないのだろうとは察しましたが。

 グラさんは優しさ(うそ)のヴェールの奥を知るべきです。

 

 ……と、そう考えてグラさんの心得違いを正したわけなのですが。間違ったことは言っていないつもりですが。

 それでも往々にして、間違った結果を招くこともある。

 私にしがみつき、アナさんに何度も謝りながらずびずびと泣くグラさんは……本当に子供のようで。

 

「(よく分かんないけど言い過ぎ!)」

「(あわわわどうしましょう)」

 

 ムーンさんの目が怖い。私自身もやらかした感があります。

 違うんです、予想していた反応は『ちょっとアナさんとじっくり話すので寝ます』とかそういう感じだったんですよ。言いそうじゃないですか?

 結果的には眠ったものの、こんな泣き疲れて寝落ちなんて反応は想像もしていませんでした。

 

 これは流石に、フォローしないと無責任ですよね……。

 

 というわけで、眠っているグラさんの口元に──ちょっと失礼しますよ、犬歯鋭いですね──指先を突っ込ませて頂いて、ちくり。血液はほんの微量で充分なはずです。後は私も眠るだけ、ですが。

 

──ちょっと。それをすればアナさんと話せるの?

あれ、話したことあるものかと

喧嘩売ってる? まぁいいわ、私も行く

……あ、運が悪いと過去の記憶とか勝手に観られるので覚悟してくださいね

またトンチキな能力が……いいわよ、別にそんな重い過去とか無いし

それならまぁ、止めはしませんが

 

 

 というわけで、ムーンさんと2人で夢の世界へ。成功するかは割と未知数だったのですが、首尾よく入り込めました。

 

 久々にお邪魔する幻想的な花畑。

 そこに居たのは、困った様子のアナさんと──、

 

気にしてないから顔を上げろと言ってるだろ!?

いいえ! 私が気にします!!

 

──元気に頭を下げる(?)グラさんでした。

 まぁ、鬱々と落ち込んでしまうよりはマシ……ですよね?

 

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