私とムンちゃんとニュクスさんを中心としたライブステージは、いつの間にか聖蹄祭のメインイベントになっていた。
「むしろメイン以外のどこに据えるのよ」
「シニアの先輩方の前座とかでしょうか」
「それ他所で言ったら流石に引っ叩かれるからね」
ボゥ先輩によると『当然メインイベント』らしい。みるみる規模が膨らんでいって3人でのステージって感じではなくなったけれど、それなら堂々と頑張ることにしよう。
ちなみに先輩からもぺちんと引っ叩かれた。解せぬ。
「うーん……学園のメインイベント。そんな場で構わないんでしょうか」
「構うって何が?」
「ほら、私の……ソロ曲?」
「? アイドル売りするつもりが無いなら、せっかくのソロ曲を披露する機会なんて学園祭くらいよ」
あー、アイビスでウイニングライブの後に先輩の曲もやってたのは引退レースだからか。普段はそれぞれの好きなのを歌わせてもらえるわけじゃないもんね。
事実、先輩のソロ曲も初お披露目は春の学園祭だった。じゃあ私が学園祭でやるのもおかしなことじゃないのかな。
……今さら恥ずかしくなってきたかも。『私が好きなものはこれだ』なんて曝け出すの、たぶん初めてだし。
少し日付を遡る。
アイビスサマーダッシュの数日後、夏合宿に入る直前のことだ。
先輩たち2人とカラオケにいるところへ突然の乱入者が現れた。
「突然ですがお友達になりましょう、いえもうなりました。アイビス、素晴らしいダッシュでしたね」
距離の詰め方がエグい。
彼女は連絡先を交換したらすぐに『お邪魔しました』と立ち去ろうとした。速い。
先輩たちはぽかんとして反応できなかったけど、すかさず声をかけたのが私だ。
「待ってください、せっかくですし歌っていきませんか」
「む、ならば1曲だけお言葉に甘えましょう。歌のスピードでも負けはしませんよ」
──そうして私は未知の音楽と出会った。
カルストンライトオさんが歌った曲は驚くような速さで、それに近い曲調さえ記憶にない。カルチャーショックみたいなものを受けたのだ。
その曲がすごく気に入ったから、これまで見向きもしていなかったものに興味が向かった。照れくさい話だけど、ファンから私に贈られたイメージソングってやつ。
一部のスターウマ娘は、その性質や蹄跡にフィーチャーしたソロ曲を持つことがある。マンハッタンカフェさんの『楽園』とかね。
客観的に言ってわけの分からないことを為し遂げた私は、異例なことにクラシックの内から幾つものソロ曲(候補)を贈られていた──この段階では『ファンによるイメージソング』だけど、そこから正式に『公認ソロ曲』に採用されることは珍しくない。
ただこれまでは私が興味を示さなかったので、サキさんは受け取るだけ受け取って(御礼とかの礼儀は個別にしていたものの)検討もせず塩漬け状態。
ボゥ先輩がソロ曲を持ったのはシニア2年目に上がった頃だし、『自分には早すぎる』みたいな遠慮があったのかも……ううん、単に好きな音楽も嫌いな音楽も『特に無し』だったんだろう──カルストンライトオさんの歌を聴くまでは。あれは好ましい。
贈られたイメージソングに近いものが無いかと聴いていくと、ありがたいことに負けず劣らずな高速曲があった。本心からサキさんにお願いできる。
「これ歌いたいです」
「珍しい。あ、いえ責めてるわけじゃなくてね?」
「とにかく速いのが気に入りまして。ヒトを置き去りにする人外のスピードっていうか」
……この時の私、『聖蹄祭で』歌うことはあんまり意識してなかったんだろうな。いつどこでをあんまり考えず、『これ好きです』くらいの気持ちで『歌いたい』と言ってた気がする。
まぁ聖蹄祭でのライブも3人きりで片隅でやるようなズレたイメージだったから、私が好きなだけのソロ曲を挟むことにも抵抗は無かったけど。
サキさんは即座に具体的なことを考えてたに違いない。
「まぁ実際人間が歌うようには書かれてないわよ。歌いこなせるかしら──いえ、UMA娘扱いされるの楽しくなってきた?」
「あー……あはは、少し?」
そんなわけで夏合宿のレッスンに私だけの新曲が加わったのだ。いやぁ苦戦した。
カルストンライトオさんがカラオケで歌った切っ掛けの曲は、元々ソフトウェアで合成されたもの。
人の肉声を細かくサンプリングしておいて歌声として出力するソフト──言ってしまえば『ヒトの真似事』をする機械のために書かれ、だからこそ速さも息継ぎも人の
走りの速さだけじゃなくローテの短さも含めて、こんな曲に
そんなこんなで聖蹄祭当日を迎える……までのゴタゴタはあんまり思い出したくない。そりゃもう揉めに揉めた。
私には曲の順序であんなに揉める理由がよく分からなかったし、だから半ば蚊帳の外だったけど。
とはいえ、しれっと混じっていたバスちゃんベアちゃんが『ムーランもヴェルメイユも大勝だったんですから凱旋門も行けますよ!』とか言って『L'Arc de gloire』を加えようとしてたのは流石に口を挟んでやめてもらった。勝っていない、というか走ってすらいないレースの専用ナンバーをやるのはナシだ(あとフランス語が苦手なニュクスさんが泣く)。
もちろん私のソロ曲をラストに持ってくるとかもナシで……あれ、こんな私でも譲りたくないラインは結構あったみたい。
なお、ムンちゃんとニュクスさんも自分に
「だからって私が
「先輩が全く出ない方がおかしいですよー」
「そうだそうだー」
引退したからとか
これが私たち3人の個人的な企画じゃなく聖蹄祭のメインイベントだっていうなら、安田記念連覇も引退もつい最近な先輩が顔も出さないのはナシでしょう。ファンが泣いちゃいますよ。
それにボゥ先輩をラストに据えることで私たちの不毛な譲り合いはぴたっと収まったから、渋々ながら了承もしてくれましたし。トレセン音頭は例年の定番みたいですし。
というか、あんなに直前まで本決まりにならず揉めてたのに、ほんの短い時間でどうにかしてしまう音響さん衣装さん大道具さん進行さんは本当に凄いなぁと思います。ほんとに。
聖蹄祭当日。
午後と夕方とで2回のステージを予定している3人には、開場後の午前中に自由時間が取られている。
ムーンカフェはマンハッタンカフェを招いて学園祭を見て回るつもりだし、ニュクスヘーメラーにも家族が会いに来る。
しかしながらアナグラワンワン、学園祭の楽しみ方をまるで分かっていない。
入学してから4度目でありながら、まともな参加はある意味で初めてなのだ。
入学直後の春はほぼ全ての新入生が上級生の使い走りや一般客の案内役に回る。これは毎年の慣例で、これにより学園に慣れるわけだ(常連客の方が詳しかったりもするが)。
去年の秋は芙蓉ステークスで頭が一杯だった。傍目にも明らかだったのでクラスの企画も重要な役回りは振られてない。春と同じくふらふらと案内役や学内清掃をしていた。
今年の春は桜花賞→皐月賞→羽田盃の時期で、周りの方が気を遣って何もさせなかった。アルヘイボゥのソロ曲初披露という演目があることすら隠して連闘に集中させた。
よってナーサリーナースやドゥームデューキスが連れ回して常識を教えてやるような機会が無く、今もある思い込みを抱えたまま。
《朝から一般客の道案内なんてしなくていいんじゃないか?》
『んー、まぁ暇ですし。
《そういう雰囲気でもなさそうだが……》
春も秋もファン感謝祭と銘打たれているのは事実。そのせいで『自分たちが楽しむ祭』とは全く考えていない。『学生はあくまでホスト側で、お客さんを楽しませるものだ』という──間違ってはいない──建前を文字通りに受け入れている。
道に迷っていそうな人に声をかけたり、ゴミを拾い集めたり。これまでと似たような過ごし方だ。
『それに、帽子を深くかぶって制服になっただけで私だってバレないのが割と面白くて』
《今案内されてる一般人も、グラの正体に気付いたら泡を吹くだろうよ》
『全然バレませんよね〜』
これは思い込みや勘違いではなく、本当に気付かれていない。
そもそもアナグラワンワンの外見に際立った特徴は少ない。あえて挙げるなら筋肉量だが、トレセンの学生なら常識の範疇である。加えて多くのファンは『あのアナグラワンワンなら誰もが振り向くようなオーラがあるに違いない』といった先入観を抱いているので気づかれにくい──実際にはオーラなど無いというか、周りを威圧するも群衆に埋没するも本人の思うがままだ。感謝祭のホストとしては当然影に徹するわけで、顔をじっくり見られるような機会がそもそも少なかった。
もっとも、何事にも例外はつきものだが。
その子供は10歳ほどのウマ娘。白にもクリーム色にも見える、どこかアルヘイボゥに似た色の長髪はばさばさと広がっている。
学内案内を広げており、周りに大人の姿は無いようだ。
「何かお困りですか?」
「…………あ、ワタシか。いや結構、迷子の類ではない」
考え込んでいたようで返事は遅れたものの、受け答えはしっかりしている。涙を堪えるような様子でもない。
「おひとりでいらしたんですか」
「いや、保護者はいたんだが……というか、こんな子供にそんな畏まった言葉を使わずとも──」
いいだろう、と言いかけて。その子供は改めてアナグラワンワンの顔を見上げ、絶句する。下から覗けば帽子はほとんど役に立たない。
「お客様に大人も子供もありませんよ。近くの案内所で待ちませんか、きっとすぐ合流できますから」
「…………」
その子供は気付いた。
そのことに(珍しく)グラも気付いた。しかし態度は変えない。自らが誰だろうと今日は
「……それとも、待ち合わせ場所など決めておられますか」
「あ、えー……いやその……」
白毛の子供が『アナグラワンワン』にどんなイメージを抱いていたかは分からないが、少なくとも予想外ではあったのだろう。言葉に詰まり、目を擦り、小さく「もしや変装しているつもりだろうか、だとしたら指摘しない方が?」などと呟く。
うんうんと悩み、とりあえず相手の正体は気にしないことにしたらしい。
「案内所には行くし保護者と合流もする。道は分かっている」
「……というと?」
ならそこへ向かえばいい、というのは道理だが。
子供は居心地悪そうに、悪戯がバレてしまったような態度で告白する。
「実は保護者に張り付かれて辟易していた。少しでいい、自由な時間が欲しいんだ」
どうやらどこぞの名家のお嬢様であらせられるようだ。となると家族なりお付きなりが大慌てで探し回っているはずで、案内役の学生としてはどちらの肩を持ったものやら難しい。
筋としてはその保護者に相談して許可を得るべきだが、「それだと絶対にこっそりついて来る、監視付きでは楽しめない」と嘆く様は心底うんざりしている様子。
ただ、その子供の願望は比較的叶えやすいものだった。
「ワタシはただ、こんな日くらいジャンクフードとやらを食べてみたいだけなんだ!」
「……おぉー」
名家のお嬢様にはそんな自由も無いらしい。見れば手元の案内地図には幾つもの屋台がマーキングされ、声をかけられるまでは効率的な周回ルートを検討していたという。
要するに『保護者とはぐれた』のではなく『保護者を撒いて逃亡中』なわけで、四角四面な大人であれば叱りつけて案内所に直行するのかも知れない。
『ん〜……』
《おや、子供の味方をするものと思っていたが》
『いやぁ、心配する側の真っ青な様子も何度か見てきましたからね……』
グラは少し考えて、ひとつ提案をする。
「ではこうしましょう。あなたは案内所へ行って保護者の方を安心させてあげてください。その間にあなたの食べてみたいものを買って参ります」
「え、それは」
「問題ありません。常に移動販売のゴルシ焼きそばとゴルド焼きそば*を狙って買うのは難しいですが、どうにか探して捕まえてみせます」
「それはそれで凄いが、そういうことではなく」
子供が気にしたのはまず量の問題。案内地図に付けた印をふんふんと暗記されているが、学園に慣れたウマ娘の脚でも買い集めるには時間がかかる。
これはグラも少し迷った点である。最終的には『後でちゃんとお礼をしよう』と割り切ったが。
「『いつでも呼んで』って言ってくれた後輩が2人いるので、それぞれ別ルートで買い出しをしてもらえばすぐですよ」
「それは…………うぅん」
後輩たち──コンバスチャンバーとベアリングシャフト──の意図はもちろん『先輩と学園祭を回りたい』であって、それは当のグラにはあまり伝わっていない。無関係な子供の方が正しく察している。
しかしそれも自分が印を付け過ぎたせいだと、その善意にはひとまず甘えることにした。他にもう1つ懸念があるから。
「家の者の前で手渡されても、口にさせてもらえるかどうか……」
そう、届けてもらっても食べられなくては意味が無い。せっかくの品々を捨てるとまでは思わないが(そして代金の精算もしてくれるだろうが)、自分の口には入らないのではないか。
こちらについてグラに迷いは無い。その可能性はどうにかできると考えた。
「私の名前はどうでしょう。『アナグラワンワンが、あなたに食べて欲しくて届けたもの』であっても許してもらえませんか?」
「ん。…………なるほど、それは
想像図が痛快で、子供は口の端を歪めるように嗤う。
日々あれこれと行動を制限してくる大人たちは端的に言ってレース脳だ。速さと強さを正義とする彼らが、国際GⅠ8勝*のアナグラワンワンに言い返せるとは思えない。
「いけそうならそうしましょう。お家の人に意地悪をしたいと仰るなら、それは手伝えませんので」
「普段食べられないものが食べられればワタシは満足だ。……申し訳ないが、頼めるだろうか」
「楽しんでもらうのが私たちの務めです。案内所でお待ちください」
イメージ楽曲:初音ミクの消失
(グラのソロ曲がイコールこれという意味ではありません。『速度や息継ぎが人間用に書かれていない』ような曲、ライブで歌いながら踊ると観客の常識が歪むような楽曲をご想像ください)