名前が挙がるキャラも本作に関与することはありません。
赤ん坊の目を通して見たこの世界は、前世とは比べ物にならないほど平和だった。アラガミがいないだけじゃなく、人々も優しいらしい。
そして私は赤ん坊の人生を乗っ取ってはいない。身動きのひとつも自由にならない傍観者。正直なところ良い気分がした。悲劇やバイオレンスアクションは観飽きていたから。
しかし今の私はウマソウル。言葉を抜きに本質を叩き込まれた。名前/逸話/物語/信仰によって、良くも悪くも左右される不可思議な力の塊だと。
──この赤ん坊の将来に無関係ではいられない、と。
じゃあ、この私がどんな風に語られていたかといえば。
『リンドウさん、私こんなこと言ってない』
『あぁすまん、分かっちゃいるんだ。だがこのくらい勇ましい方が抑えが効くのも確かでなぁ』
アラガミの脅威が去った後も世界は不安定なままで、フェンリルと(元)ゴッドイーターは治安維持みたいなこともした。その時に
その名は英雄として、しかし時にはアラガミ以上の鬼神じみて語られた。
誰だよリンドウさんに広報官なんて任せたの……あぁ立候補か。人をノセるのは彼の得意技だし。
とにかく、かなり荒っぽい方向に歪められていたから。こんなもので幼子を縛るなんてとんでもないと、運命に牙を剥いた。私の得意技である。
なんやかんや*どうにかなって、ゴッドイーターダービーなんて頭のおかしい興行を軌道に乗せて。再び寿命を迎えて。
戻ってみたら13歳になっていた子供の生涯に、今後は関わらないつもりでいた。最低限の説明だけしたら完全に黙ろうと思ってたんだ。そのために芝居までしたっていうのに。
『困ります。明日──というか今日、大事な選抜レースなんです』
そんなにぎりぎりまで休眠してしまっていた私が悪い。関わらないどころか負債を負わせてしまうことになる。
だからほんの少し、と思ったら即座に看破されて。
『お別れだなんて嘘なんですね。お姉さんはずっとそこに居られるんだ。物言わぬ
あれもこれも、締まらない話ばかりだ。
『だからその『戦え』とかは──責任逃れのつもりはないが──私自身じゃない。私の、アナグラワンワンという
グラを苛んでいた衝動の源は、
しかもその物語には、私が遡ってやり直した方のキャラ付けがまるで反映されていないじゃないか。2周目ではかなり無理を言って3枚目なイメージにしてもらったのに……無駄なあがきだった、というわけだ。割と落ち込む。
しかしまぁ、戦いなんてものは想定外の連続。いつだって手持ちの武器でやれるだけやるしかない。
私の物語が強く関与していることが分かって、おかげで腑に落ちたこともある。私の兵士としての力についてだ。
選抜レースの前、大急ぎでベストの走法を模索していた時のこと。私も自身の力を探り探りだった。
レースの半分以上は直線でそこを高速移動したいというから、最初に出そうとしたのは
うまく走れなかったとか遅かった以前に、展開すること自体できなかったのだ。
私はミッションに合わせてどんな武器も使うタイプだったから、その時は理由が分からなかったが……後から思えば簡単なこと。アナグラワンワンの姿として一般向けに公開された写真や映像が、そのイメージが、私の力も規定しているのだろう。
剣はショートブレード、盾はバックラー、銃はアサルトライフル。この種別の中ならなんでも出せた。
──なんでも、だ。
どれも軽量で機動戦に適した兵装だから、レースへの応用も色々と考えつく。
実際に私たちが振るっていたのは『使い手の操作に従ってアラガミを喰らう
……これはリンドウさんの広報がどうこうではなく、人々の恐怖心から来た性質だろう。神機がアラガミから造られる(もしくはアラガミそのものである)のは紛れもない事実だから、そういうイメージを持たれるのも無理はない。
さて、グラは学園の理事長や"皇帝"によってペイジ(スパイク)の使用を条件つきで許可された。
喜ばしい。あれがアリなら、もっと安全な刃は──
『……アナさん? 何かワクワクしてますか?』
《おっと、全く伝わらないわけじゃないのか。
済まない、レースへの神機の応用を考えてたらつい》
『ふふ。楽しいなら良かったです』
《グラの方もな。
たださっきの、ムーンカフェとの話は……邪魔になると思って黙っていたが、かなり深刻な行き違いがあったんじゃないか》
『えっ』
グラが言うような、『本気でぶつかれば何百の言葉よりも分かり合える』なんて価値観も否定はしないが……あの子は『そこまで脳筋じゃない』とも言っていたような。
それでいうと脳筋な私にはアドバイス不能ということになる。致し方なし。
ここにいるのがハルさん辺りならグラのコミュニケーション面も支えられそうだが──いやダメだろ、こんな美少女だらけの世界に連れてきちゃダメだハルさんは。子供に手を出す人ではないけども。
タツミさん*にチェンジで。タツミさんなら……うーん、グラのやろうとしてることを頭ごなしに否定はしないだろう。褒めて伸ばすタイプ。
もっとも今は、否定すべきことがそもそも無い。私の基本スタンスは不干渉──改め、干渉を最小限に留めること。
バレた以上は請われれば力を貸すが、この子の人生であることだけは譲らせない。
危ない時は護りもするが、今のグラは危険から縁遠い堅実路線だ。
《グラ、方針の確認だ。しばらくは神機を使わないんだな?》
『絶対使わないってわけじゃないです。出し惜しみして負けるくらいなら使って勝ちますよ』
《まず身体の使い方をしっかり身に着ける、と》
『そのつもりです──』
うん、賛成だ。アルヘイボゥによれば筋力はウマ娘の標準やや上になったようだし、あの脆い球を使ったトレーニングでは目覚ましい成長が見られた。神機の力が無くたってグラは戦える。
だというのに。
『──でしたけど、アナさん退屈ですか?』
《気にするな、そんなことは》
……咄嗟に否定してしまったと気付いたのは、伝えてしまってからだった。グラはグラなりに私を気遣ってくれたものを。
『イヤです気にします。お世話になりっぱなしじゃないですか』
《…………》
私のことなんか気にしないで欲しい──これは求めるだけ無駄なのだろう。最初の嘘を見抜かれてしまった以上は。
使われても使われなくても何も思わない──というのも嘘だな。力を振るうことはシンプルに快いから。
だが、それでもやはり私の優先度は下げてくれて良い。
《……なら、狡い言い方をする》
『え゛っ』
その動揺は、私ならば多少の小狡さに前置きなど挟まないという信頼か。
正しい。兵士にとってえげつなさは美徳だ。
《グラが私を退屈させることなど、
『……それは、どういう?』
《暖かい寝床、安全で清潔な学び舎、
『ズルい!? 異世界
《──
『怖い怖い怖いですって! むしろ不安になったんですが平和すぎて刺激が足りないとか言い出しません!?』
《ターミナル*を1人1台持ち歩くこの世界で? もし私が身体を自由に操れたら、動画サイトとやらで何時間でも潰す自信がある》
『うわー……英雄譚に語られない
その通り、私は俗物だ。戦闘能力が高くて向こう見ずだっただけで、賢者でも聖人でもない。
《こんな素晴らしい世界で、ましてやグラのレースをかぶり付きで観戦できるんだ。観てるだけでもワクワクする。退屈なんて抜かせるほど達観しちゃいない》
『……むぅー……』
《は、ふふ》
思わず笑みが溢れた。そんな不満げにしないでくれ、と言いかけた。
だがよく考えれば、この子の子供らしい鬱憤が私へ向けられたのは初めてではないだろうか。
……13歳。
周囲の反対を押し切ってアナグラ最年少の神機使いになったあの子*は、当時14歳だったか。あんな余裕の無い世界ですら子供扱いされる年齢。
こっちでなら尚のこと子供で居ていいし、そうあって欲しい。グラは聞き分けが良過ぎた位だ。
──私は、母親や姉のようにグラの不満を受け止められるか?
きっと無理だ。受け止めるべきではあるんだろうが、私の母性はソーマ*にも劣る。
なら、私にできる最善は──分かり切ったことだ。
《まぁ心配は要らんだろう。きっと私はレースに手を貸すことになる》
『? というと?』
《"皇帝"たちの話だと、他のウマ娘も何らかの超常現象を扱うようだ。それらと競う時にグラだけ神機を使わない? それで勝てるなら凄まじい偉業だ──出来るなら、な》
所詮私は強襲兵長。新兵相手にやることはリンドウさん*と変わらない。
『……アナさん……』
《言ってる意味が分かるか?》
『分かるからタチの悪さに震えてるんですぅ……』
《それは何より》
死なない程度にプレッシャーをかける。この世界では負けても死なないのだから遠慮なく煽りまくるだけだ。
私にとっては『神機を使って勝つグラ』よりも『使わずに勝つグラ』の方がずっと刺激的だ、私を退屈させたくないなら成し遂げてみろ、と。
それが出来るなら、殺伐とした世界からの異物に頼らずとも済むということで──それはきっと、私が望む『お前自身の人生を歩むこと』に多少は近づく道筋だろう。
『……ノセられてあげます。ちぇっ』
《楽しみにしてる。グラも楽しめ》
差し当たっては、普通に走れることを目指さないとな。
ここまでで章の区切り。
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