アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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秋華賞(2/2)

 

 否定を否定し力に変える、それが〈二重否定〉。

 

 ドゥームデューキスの速度や“領域”のネタは割れたが、このまま外を回らされるのは良くない。〈縮地〉なら前に出られる目はあるが、レースはいまだ序盤も序盤だ。

 

 

 喰核再現(プレデイテッド・コア):ルフス・カリギュラ

 

 

 【ブラッドアーツ】を温存すべく、(ゼノ)を仕舞って小剣に戻す。一旦先頭を譲り、ナーサリーナースの後ろについて脚と魂を休めよう……とした。

 しかしそれを阻まれる。全く同じタイミングとペースで相手も減速したのだ。

 

「っ、ナー!?」

「内には入れさせねぇよゥ、諦めな」

 

 思わず真横を見たグラ。ナーサリーナースの静かな視線と衝突する。

 喋る余裕は無いようで、応えたのはすぐ前を走るドゥームデューキス。彼女は彼女で幼馴染の減速にぴたりと合わせている。前を向いたままの阿吽の呼吸で、割り込めるような隙間も生じさせないまま。

 

 つまりアナグラワンワンは、内ラチいっぱいの最短コースを封じられた──たった2人によって。

 

『後続を突き放しました3人、1コーナーから2コーナーへ。アナグラワンワンだけがコーナー外側を強いられているようです』

『普段は恐ろしいほどラチに寄る無駄の無いコーナリングですが、さすがにそこまで詰められないようですね』

『むしろかなり間隔を空けて、大回りしているでしょうか』

 

「く、そ……!」

 

 解説されるまでもなく、無駄なコース取りをしている自覚はある。

 しかしこれ以上は……近づけない。『コーナーの最中で、内側にランナーがいて、抜き去ることも後ろにつくこともできない』という状況に不慣れなのだ。

 恐怖がある。怪我をさせてしまうのが怖い。安全ラインから外へ膨らんだ隙間(マージン)はかなり大きい。走行距離の無駄も。

 

 

 6月頭の安田記念で脚を痛めたアソカツリーは順調に回復している。それでも身体はすっかり衰えてしまったから、この頃は実にじれったそうなリハビリに耐える日々。公式レースへの復帰は年末になる見通しだ。

 グラは回復弾を他人に使えない──何が起こるか分からないので。自身にどうやって効いているかも分からない以上、他人には有害なおそれすらある。

 そもそも怪我はトレーナーや病院がきちんとケアするのだから、危険を冒してまで試す意味も薄い。

 

 

 大切な友人たちに怪我をさせてしまっても何もできないということだ。

 その恐怖が不要な間隔を空けさせている。“大切な友人たち”の目論見通りに。

 

「効いてるぞゥ、このまま行こうナー!」

 

 加速しても減速してもラチに近付けないまま第2コーナーを抜けた。

 ここから約400mのバックストレッチは半ばから登り坂で、登り切ったら急な下りの3コーナーになる。

 

 それまでには状況を変えたいアナグラワンワンだが──、

 

『さすがに少しペースは落ちましたがそれでも大逃げと呼ぶべき時計(タイム)です、このまま駆け通すつもりなのか』

『さすがに厳しいかと。特にナーサリーナースは2000mレースもこんなハイペースも初めてですから』

 

──そう、ここでも相手の意図が読めない。ナーサリーナースの体力的にこんな走りを最後まで続けられるとは思えないのだ。

 それ以前に、この速度について来れていることが驚きに値する。ドゥームデューキスにぴったりついて空気抵抗を減らしていること、夏合宿での身体的成長、それと──、

 

『それと例の“領域”を併せて……ん? アナさん! ナーは使って(﹅﹅﹅)ますか!?』

《……使っていないように見える》

『マジですか』

 

──“領域”を使っていない(﹅﹅﹅)こと。最後に負けん気とド根性。それらが彼女の無理を支えている。

 

 

 〈うたたね冬眠鼠(ドーマウス・カナー)〉は使用者を万全の状態に保つ。使用中はスタミナ切れとも無縁だ(後からひどい反動はあるが)。

 それを使ってのフルスパートだとグラは理解していた──誤解していた。実際には使っていない。

 

『一体どうやって……!?』

 

 不可能だと考えてしまうグラを、アナは真剣に窘める。

 

《グラの視点だとウマ娘レースが『トンチキ“領(いのう)域”(りょく)ガチンコバトル』みたいに思えるかも知れんが、そうじゃないんだぞ? 不思議な力を使わずとも大地を蹴れば身体は進む》

『…………その通りなんですけど、アナさんに言われるとすっごく納得いかない感じが

《うるさい。ともかくナーサリーは全能力を身体に回してるんだろうさ。自分の“領域”も忘れてるみたいに見える》

『……なるほど』

 

 改めて、不気味なほど静かなナーサリーナースの様子を視る。そして納得した。

 覚えがあるのだ。あれはきっと()()()と呼ばれる状態。グラがアイビスサマーダッシュのゴール前で至ったような。

 

『向こう正面半ば、登り坂に入っていきます』

『3番手ナーサリーナース必死の表情、苦しそうだ、無理もありません、しかしご覧の通り素晴らしい力走が続く!』

 

 残りは1100m。

 常識的に言えば彼女の体力は保たない。グラの変速にノータイムで食らいつく集中力も途切れるはずだ。登り坂でも前後に揺さぶりをかけられ、既に滝のような汗に濡れている。それでもなおインコースを空けない。

 

『……今の展開をキープすればドゥとの一騎打ちになるし、ホームストレッチに入れば〈縮地〉で置き去りにできる、とは思うけど……』

 

 方針を決めかねている内に坂を登りきって残り900m。ここからは下りながらの第3コーナー。

 普段のアナグラワンワンであれば内ラチぎりぎりを最高効率で駆け抜けて、むしろ少し加速するポイントだ。しかし今は内側にライバルがいる。

 

 あまつさえドゥームデューキスは、コーナーで内から外へ僅かに膨らんできた。

 衝突するような幅寄せではなくまだ充分な間はあるが、反射的に避けかけてしまう。そういう安全意識が染み付いていることなどよくよく知られている間柄だ。

 だから膨らんでくる。

  だから──自らの危機感を噛み砕く。

 

「負け……ない!」

「ちィッ!」

 

 踏みとどまる。コースをキープする。接触しない安全限界。

 

『3コーナーもなお横並び! しかし今度はアナグラワンワン無駄を省いている、良いライン取りだ!』

『ドゥームデューキスは外側へ押し出そうとしたようですが、金剛が譲りませんでしたね』

 

 第2コーナーのように間隔を空けようと離れれば、ドゥームデューキスは更に膨らんで遠回りを強いただろう。そうなれば空いた(イン)を通ってナーサリーナースが進出していたかも知れない。

 

『ほんとに常識の逆をやってくるなんて! ドゥが妨害してナーが先着するプラン、そんなの──』

 

 その脚がナーサリーナースに残っているのか、グラにとってはかなり疑問だ。そんなの無理だと思っていた。今も思っている。

 しかしこれが彼女らの勝ち筋だというなら。

 

 させるものか。相手の狙いに乗ってたまるか。

 幅寄せに耐えることで進路を空けさせない。

 

「……ごめん、ナーのこと甘く見てた」

 

 数多くの勝利から芽吹いた油断や慢心を焼き払う。ここまでで2人の体力は散々に削られているはずだが、『もう末脚は残っていないはず』なんて考えも捨て去る。

 むしろ根拠なく決めてかかることにした。きっとあるのだと。実態は全く分からずとも、下手をすれば〈エトワール凱旋式〉並みに厄介な切札が。

 そんなものは使わせない。

 

「驚いたし、肝が冷えたよ。

 でも勝ちは譲らない」

 

『残り600を切りました第4コーナー、3人とも少しペースは落ちてきた、ナーサリーナース苦しい! 僅かに、ほんの僅かにアナグラワンワン前に出たでしょうか!』

『ドゥームデューキス食らいつきます、いえしかし距離が、じりっじりっと生まれまして金剛の内側が初めて隙間になった! 』

 

 先頭アナグラワンワン、2番手ドゥームデューキス、3番手ナーサリーナース。ぴたりと連なった接戦ではあるが、この並びで最終直線に入った時点で勝者は決している。

 

 

 喰核再現(プレデイテッド・コア):カリギュラ・ゼノ

 血界再現(ブラッドアーツ)──疾風(はやて)突き・縮地

 

 

 しかしそれでも。体力を使い果たし、ぐいぐいと離されていくからといって。

 諦める2人ではない。最後まで脚を回すだけ。

 そもそもドゥームデューキスは、ナーサリーナースに前を譲るような約束はして(﹅﹅)いない(﹅﹅﹅)のだ。自分を風除けにすればついて来られるだろうとかインコースを占める作戦は伝えたが。入線する順序など話題にしたこともない。

 

『どうやって私を勝たせるかとか、そんなアホな考え捨てっちまえ。1人で勝てない相手に勝ち方を選べるわけねーだろゥ?』

『……選べねーから人数集めてた』

『なら勝つのは私じゃなくたっていい。ナーが勝つ道を捨てることない』

ん、っづ!…………』

 

 そんなの無理だと応えかけて。

 即座に噛み潰した。口の内側を傷つけたようだが気にせず食いしばる。

 無理だと言えてしまう軟弱者なら、幼馴染の力にもなれるわけがない。

 

 アナグラワンワンが相手だろうと、勝てないなどとは言えないし出走回避も選びたくない。それがナーサリーナースのままならない(じぶん)。GⅢに勝てれば御の字などと考えていた(さか)しらな過去(だれか)はもういない。

 そんな彼女の変化はドゥームデューキスにとっても喜ばしいことだった。

 

 だから──、

 

『疲れてはいるのでしょう、しかしフォームは乱れません、そして先頭も譲らないどころかリードを広げていく!

 アナグラワンワン、アナグラワンワンの勝利だ!

『1バ身あけて2着3着、ここはかなりきわどい入線、僅かに……いえ、スロー再生でもほとんど差がありません』

 

──カメラ判定によって確定した着順は、どちらが譲ったものでもなく。互いが幼馴染である認識すら(なげう)った、レースバ鹿2人による激突の結実である。

 

 

アナグラワンワン

> 114*

ナーサリーナース

> ハナ*

ドゥームデューキス

 

 



 

 

 秋華賞の翌朝。

 ドゥから画像つきのメッセージが届いていて、開いてみたらナーが正座させられている写真だった。首には段ボールらしき札が提げられ、そこに書かれた文字は荒々しい。

 送り主は写ってないものの、お怒りが透けて見えるようだ。

 

「ドゥ、怒ってるなぁ……」

「おはようございます。ドゥームさんですか?」

「おはようロス、おはようミネイ」

「オハヨうゴザイます」

 

 まだ辿々しい日本語の挨拶に微笑みながらウマホの画面を見せる。ドゥの意図は明らかに『恥をかかせて反省させる』だから。

 

「『私はまた(﹅﹅)ウイニングライブをできませんでした』……ナーサリーさん、以前にも?」

「桜花賞の後にも立てなくなっちゃってね。あの時は4着だったから上位(センター)3人は変わらなかったか。でも今回は2着だから」

「ドゥームさんが2着のポジション、4着の方が3着のポジションに繰り上がったと」

「そういうこと。実際の着順より上の扱いでやるウイニングライブって本当に居心地悪いんだよ……

「あぁ、年末の……」

 

 うん、ホープフルステークスでムンちゃんからやられたヤツ。居た堪れない。

 ましてドゥとナーは得意距離が違うから、公式レースで競うのはかなり久々だ。というかデビューの時を除けば初めてかも? 一緒に走れて楽しかっただろうし、ゴールした時も着順が確定した時もすごく嬉しそうだった──負けたはずのドゥが。

 ナーは頭を上げる体力も残ってなかったし、そのまま担架で運ばれてライブにも立てなかった。着順こそ上だったけど締まらない話である。

 

 

 日中の授業、2人は来なかった。レース翌日も普通に教室に来る私がおかしい? そんな指摘はもうされない。クラスメイトはみんな慣れたものだ。

 そんな私でも今日は完全休養日。トレーニング禁止である。

 

 だけどなんかこう、なんかムズムズしてしまって。

 放課後はサキさんのところに来てしまった。

 

(ちなみにロスはちゃんと約束を守っている。繋への勧誘とかほとんどしてこないし、寮室の外で会うことも少ない。日本の生活を楽しんでいるのだろう)

 

「サキさん、先輩。何かお手伝いすることとかあれば」

「あら。じっとしていられない? ……え、ウソでしょ……

「お、ワンちゃん秋華賞おめでとー! 暇なら背負われてくれない?」

 

 アリー先輩のリハビリは順調で、軽い負荷トレーニングを始めているようだ(ウマ娘1人を背負うのはまだ早いと止められた)。

 こういう時のトレーニングは危険がいっぱい。体幹がブレ易くなっている先輩の身体を支えたり、勢いのついたウェイトをそっと減速させたり、サポートに専念すればやれることは結構ある。

 

 ……そんな風に過ごす間、サキさんからの視線がやけにじっとりしてるなぁとは思ってたんだけど。

 先輩のリハビリ終了後、私はトレーナー室に残された。お説教というかなんというか、大切なお話の空気だ。

 

 なおサキさんはどこかやさぐれている。

 ……悪い話ではなさそう。また何か常識を踏み外したっぽい?

 

「秋華賞の前、ボゥの因子は使うなって話をしたじゃない?」

「はい。ソウルのスタミナの件ですよね」

「そう。……それね、増えてる」

 

 ? 確か凱旋門賞で絞り尽くしちゃって、練習を控えめに1週間回復に努めても半分しか回復しなかったんですよね。

 

「昨日のレース前は5割弱だったけど、今はもうほぼ満タンに見えるわ……」

「おー。だからこんなに元気いっぱいなんでしょうか」

 

 「元気いっぱいじゃなくてぇ」とか「元気なのは良いんだけどぉ」とか、サキさんは呪詛めいたものを漏らした。お(いたわ)しい、私なんかのトレーナーになってくれたばっかりに。

 

「普通はレースすると減るんです?」

「がっつりとね。練習でも減る子が多い。走ることと無関係の気分転換で回復するのが基本とされるものだし」

「走り、以外……?」

 

 その考えでいくと、トレセンに入る前の私は年単位で魂の休息をろくにとってなかったことになる。その辺りはサキさんも分かってくれているけれど。

 

「貴女の場合、何をしていてもコンスタントに回復し続けてる様子だった。どちらかと言えば独りでいるより誰かウマ娘といた方が速まる傾向はあるけど」

「個人差があるんですね?」

「ええ、かなりバラバラ。でもレースで回復という例は初耳」

 

 本人には秘密よ、と教えてくれたのはボゥ先輩の例だ。4人姉弟の長女である先輩は、そのせいか『誰かの世話を焼く』ことが何よりの休息になるという。

 

「さすが先輩。ん? じゃあサキさんがたまに酔っ払うとかいう話も」

「あ、んー、それはその、私が飲みたいからでもあるんだけど。ボゥの休息にもなってたのは事実よ」

 

 先輩の作るおツマミが美味しいとか油も塩も控えめだとか、早口で力説するのは後ろめたいのだろうか。別に誰にも迷惑かけてないんだし、サキさんのヒトソウル(?)も回復するんだから良いと思うけど。

 

 

 ともかく今大事なのは──、

 

「…………嬉しそうに笑うわねえ」

「愉しみで堪りませんから」

 

──菊花賞には全力で臨めるってこと、だ!

 

*
約3m、0.2秒ほどの差

*
約20cm、0.02秒未満の差

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