よく分からないものが視えてたのは、物心ついた頃からずっと。
今は仮に
両親や親戚のおかげね。私が視てしまう異常を否定はしなかったし、伝手を辿って頼りになる人を探して、お姉様に引き合わせてくれた。
初めて会ったのは小学校に入ってすぐの頃。
『これで全部解決するのかな』とか期待してたから、最初は少しがっかりもした。お姉様ったらネガティブなことばっかり先に言うんだもの。
『驚きですね……貴女は私よりも力が強い。貴女ほど多くのモノは、私には視えません』
お姉様には私ほど沢山の
『私の知る限り、こういったことの教育機関……ええと、学校みたいなものはありません。私も誰かから教わったわけじゃなくて、経験から学んだだけなんです』
──自分の知識も完全にはあてにならないだとか。
極めつけに、最初に教えてくれた対処法は『無視』だったし。
『彼らはほとんど無力です。私たちに何もできない。何かできるとしたら、こちらからあちらに注目し耳を傾ける時だけ。だから、難しいかも知れませんが居ないものと扱ってください』
『…………それだけでどうにかなるの?』
『私の知る限りは。これまではどうでした? そのよく分からないモノから、触られたり痛い思いをさせられたことがありますか?』
『………………無い』
実際のところ、この対処はとても有効なんだけどね。残念な気分にもなったわよ、その時は。
どんな風に視えるか?
基本的には丸っこい形の白いモヤというか、半透明の塊よ。どんな生き物の霊かなんて分からない。
そうね、本当に生き物の霊なのかって疑いはあった。だからお姉様のおかげで少し余裕ができた後、試したことがある。
夏の終わりに、地面で寿命を迎えそうなセミをじーっと観察してね。趣味が良いとは思わないけど、そのために殺生するわけにもいかないし……仕方ないじゃない。
私の目には命が抜けた瞬間が視えてしまう。セミの身体から、白くて半透明なセミが抜け出てくるから。
……うん、この時はまだセミの形をしてる。でもほんの短い時間よ。氷で造ったリアルな像が融けていく感じが近いかしら。脚とか羽みたいな細いところはすぐに縮んで、卵とかラグビーボールみたいな形になって、球体に近づきながら小さくなって……やがては消えてしまう。
たぶん、元の輪郭を失うまではすぐなのよ。だから私が視るモノのほとんどは手も足も無い丸っこい形をしてる。大きさはバラバラ。
元の姿がはっきり分かる状態でふよふよしてるのも視たことあるけど、本当に稀。亡くなってすぐだったんでしょうね。
(お姉様の“お友達”については教えてもらったけど見たことは無い。お姉様も懐かしそうに語っていたから、随分見かけていないのだと思う)
…………だからねグラ。あの朝は本っ当に驚いた。幽霊っぽいものは視たことがあっても、妖怪みたいなものなんて初めて視たんだから。なんでか色もついてるし。
貴女のウマソウルには何処かから強い敵意が向けられてて、近くを漂ってる霊たちはそれに引っ張られてしまう。そんな風に視えるわ。
良い機会だからちょっと詳しく教えなさいよ、それぞれがなんなのか。今も貴女のこと、派手な色のハーピーみたいなの*がゲシゲシ蹴りつけてるんだからね?
もちろん幾らやっても素通りだけど。
第3コーナーを抜けて、レースは残り700m。
私のすぐ後ろにはグラがいて、その4バ身ほど後ろからニュクスが追ってきている。
「もういいわマグナガウェイン、ありがとう」
最後のコーナーは普通に地力で曲がれるから
「なんでそんな素直に言うこと聞くのさ!?」
「なんでって、これはアラガミじゃないもの」
「え、あ、見た目だけ」
「たぶんね」
グラに向ける激しい攻撃性とは一転、〈盈月〉を使えば私の頼みは聞いてくれる。……もしかすると彼らには主体性なんか無くて、誰のどんな意思にでも易々流される
ちなみに私以外には
「…………」
グラの視線が私を貫く。不可解なモノを睨みつつ、なおその正体を看破しようと。それは私がグラに向けていたのとまるきり同じ目だ。気分が良い。
真壁さんには渋い顔をされたけど、この走りを身につけるための2週間は無駄じゃなかった。こうして戦ってみればまだまだ粗を自覚するけれど、それを踏まえても使える武器だ。
だけどそのバランスががくんと崩れる。
背後で私を支えてくれていたシユウから力が抜けたのだ。
「っ、ニュクス!」
「はーい! 近くで観てますよぉ!」
「暑い! “領域”も態度も熱い!」
2バ身──1バ身半にまで迫るニュクス。グラが悲鳴をあげた〈天眼〉とかいう陽射しも含めて、あついというか鬱陶しい。
「……アナさん、シユウって熱に弱いんですか?」
「レース中にそんなこと訊くぅ!? 激弱だってさ!」
「ありがとうございます」
なら〈天眼〉の熱のせいか。背中の
ちょっと心配だけど気にしてる余裕は無い。今の私には翼が要る。
「セクメト!」*
シユウと似た姿だけど、この陽光の中でも元気そうな真っ赤な子を呼びつけた。同じように背中へ回ってもらう。
実は、この子たちに押してもらってるわけではない。霊体だからかあんまり力は強くないし。
むしろ引いてもらっている。前に倒れてしまわないよう、背中の方へと。それを頼って身体を前傾させ、ターフを抉った脚の力を後ろへ向けて爆発させているのだ。
集中してるから耳に入ってこないけど、実況の人とかはナリタブライアンさんの名前を挙げるかも知れない。お客さんもそう思うだろう。
だけど違う。結果的に似ただけで、誰かをモデルにしたわけじゃない。
真壁さんには話してある。観客席で観てるあの子たちは分かるはずだ。サキさんももしかしたら気付くかも?
グラはどうかしら。走ることにかけての勘は鋭いはずだけど。
「………………まさか」
「やっぱり分かっちゃう?」
「やっぱりって……いや、そうはならないでしょ」
「なってるじゃないの」
呆れ返るグラ。そうそう、私やアルヘイボゥ先輩がいつも抱いてたのはそういう気持ちよ。『信じられないけど現にそうなってるから否定できない』っていう。ひどい話よね。
「私がそのままにするわけないでしょ、他でもない貴女より劣ってることを」
勝ち誇ったように言うと、グラは微妙な顔をしてニュクスはますますだらしない雰囲気になった。何かおかしなこと言ったかしら? そうね、レース中なのに勝ち誇るのはおかしいか。気を引き締め直そう。
「ボディバランス、きれいになったよね」
「でしょう?」
「だからって普通考えないよ。
ふ、ふ。そうね、貴女は気付いてくれるのよね。セクメトに引っ張られながらセクメトを牽いて走っていることも。私がどんな風に備えてきたのかも。
『…………恥を忍んでお願いします、ムーンカフェさん。彼女のことを教えて頂けませんか』
ロスから頼まれて、引き換えに私が求めたのが繋駕の走りだった。乗り手ではなく牽き手の練習方法。
『必要とは思えませんが』
『そのまんま使うつもりは無いわよ。でもね、ことバランスにおいてほとんどの平地走者は繋駕の選手に劣る』
『それはそうでしょうね』
ロスの言葉は自惚れや身内贔屓じゃなく、ただの事実だ。なにせ繋駕競走は後ろに人を──多くはヒトミミを──乗せて走る。転倒すれば即失格だし、駕
『グラは──アナグラワンワンは数少ない例外よ。自身の重さと勢いを全部把握した上で、極限まで無駄を削ぎ落としてる』
『平地競走の速度であれをやれるのは信じがたいんですがね……』
『そこは同感。でも実際にやってるんだもの──、』
速度でいえば繋駕は遅い。だから出来るって面はある。
それをグラは平地の、それもGⅠレベルのスピードでやってるんだから頭がおかしい(だからロスも目をつけたんでしょう)。
返す返すも変なウマ娘だ。
だけど、それがどうした。
『──私にできない道理は無いわ』
自分が劣っていると感じてしまうこともある。グラの戦績はそういうもの。
うっかり口に出してしまったことさえ……あれは失言だった。夏合宿の最初あたり、アナさんとの諍いを聞かされた時。
『無理よ、私には。たぶんトリィにも』
『? なにが?』
『アナさんと走ることが』
あれはあれで本心ではある。アラガミは怖ろしい──私が視てるのはその似姿に過ぎないと分かっていても。この恐怖はグラと戦う上で不利にしかならない。恐れたままではいられない。
そんな怖ろしいモノさえレースに活かす姿勢に呆れ果てたこともある。グラのそういうところは真似できないとも思った。見習わない理由が無いだろうに。
だから私は変わってみせた。
最後のコーナーをもうすぐ抜けようかという時点では先頭に立てている。
けれど、不味い。状況は良くない。
アナさんの力を溜め込んでる様子だから、今の内に少しでもグラと差を作っておきたいのに……この200mで全力を振り絞った結果は芳しくない。多めに見積もっても2バ身か。
慎重に距離を測る私に、ニュクスはてんで的外れなことを言う。
「大丈夫ですよムーンさん! ワンワンさんは最後にどーんと来てくれますから!」
「何の心配をしてるのよ貴女は」
グラが追い上げてくるのは確定。来ないと思ってたらこんなにちらちら振り返らない。
ニュクスはいつも楽しそうね? ここで2番手に上がってきてるのはどう考えても失策だと思うけど。
最後のコーナーを抜けた。
来る!
「っ、──アナさん、あと4歩!」
「く、そ……まだよグラ!!」
「はぁぁぁぁああああん♪」
皐月賞の時は勝算が無くて、駄目元で走ってみてもやっぱり駄目で、そんな自分が許せなかった。
今日はそれなりの可能性を作ってこれて、でもやっぱり新しい走法は完璧とは言えなくて。最後の最後、アナさんの力を使われる瞬間に〈盈月〉を〈新月〉に切り替える作戦も……対処された。グラはこれを読んでいたのだ。
「……今回は私の敗けね……」
会場の大歓声で実況の声も聴こえないし、掲示板の着順もまだ確定していない。でも私は2着だった。半バ身差くらいかしら。
そのことは分かっているだろうに、傍らの勝者は俯いたまま返事をしない。やっと顔を上げたと思ったら──、
「…………ムンちゃぁん」
「え、なにどうしたの」
──泣いていた。べしょべしょに泣いていた。
なんで? 嬉し泣きってキャラじゃないし、そういう涙でもない。
戸惑う私にもたれかかるような勢いで、グラは頭を下げてくる。
「ごめん、ひっ、ごめんね。私、嘘ついた」
「あぁ……」
そんなこと、と言いかけて我慢する。グラには軽いことじゃないんだろうから。
でもね、さっきの状況で『アナさん、あと4歩!』なんて口に出したのは今思えばわざとらしかったわよ。ころっと騙されたこっちが間抜けなぐらい。
実際には言葉の2歩後にアナさんとアルヘイボゥさんの力で加速して私たちを抜き去った。慌てて開いた〈新月〉が効果を発揮した時にはもうスピードに乗っていて、そのまま──〈極点〉に変わるより先に──先頭でゴール。なんの
「そうしなきゃ勝てないと思ったんでしょ? 今回しか通じないからそのつもりでね」
本当にもたれかかってきそうな泣き虫を支えて立たせる──立たせようとする。ちょっと貴女、立つ気ある?
「まさか怪我でもした!?」
「ううん、怪我とか…………無くって……これは、なんだっけ……そうだ。プレ、ゼント」
「……プレゼント?」
プレゼント。嫌な予感がする。
グラは答えない。自分で立つ気配も無い。
「グラ?」
ねぇちょっと、勘弁してよ。こんなのって無いでしょ。
あの時は私が悪かったから。改めて反省するから。律儀にそのまんま返さなくてもいいの。
「寝ないでよお願いだから!」
本当になんて大罪かしら、1着になったウマ娘がゴール直後に熟睡するなんて!!
| ① | アナグラワンワン | ||
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| ② | ムーンカフェ | ||
| > 1 | |||
| ③ | ニュクスヘーメラー | ||