フシノゲイム/死にゲーで死にすぎた男の冴えた死に方   作:あるなし

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33 聖騎士と火柱

 晴れ渡った青空のもと、聖殿軍団は帝都入りを果たしたが。

 

 そこには一行を困惑させる風景が広がっていた。

 

 戦災に蹂躙された町並みはいかにも無残であり、街路にしろ広場にしろ人間の営みなき寂寞はいかんともしがたいが……陰惨さがない。呪わしさがまるで感じられない。血眼はおろか骨犬の一匹とて潜む気配がなく、どの物陰もただ物悲しいばかりで、蕭々と風が吹き抜けていく。

 

 泥に汚れた布人形を拾って、アレンヌは違和感の原因に気がついた。

 

 遺体がない。

 

 帝都陥落時に失われた人命は幾十万という規模である。帝国主力軍はこの場において壊滅したのだし、民衆の避難も悲惨なものであったと聞く。実際、ここに至るまでの道程では絶えず残骸を目にした。逃げきれなかった者たちが残虐になぶられた跡をだ。

 

 胸の塞ぐ思いを深呼吸でやわらげて、また気づいた。空気が澄んでいる。

 

 血眼の勢力圏に入ってからは日中にも喉や肺を蝕む刺々しさがあったものだが、それが一切ない。吸うと吐くとがとても楽だ。強張っていた身体がほぐれていく気さえする。

 

 過ごしやすさに戸惑うという不可思議を味わいながら大通りを行く。

 

 先行部隊により帝城内の安全も確認されている。伝えられたところによると、やはり閉所にしろ暗所にしろ瘴気のわだかまるところはないらしい。拍子抜けといえば拍子抜けだが、アレンヌは頭のどこかで「さもあらん」と納得してもいた。

 

 灰銀の狼が、帝都方面へと駆け去る姿を目撃したからだ。

 

 アレンヌの脳裏に昨夜の決戦の一場面が思い出される。聖剣の灰騎が討たれた場面だ。

 

 ―――あの瞬間に、聖殿軍団は敗北した。

 

 異様な血眼を、誰も止められなかった。奇襲の狙う先は皇女だった。つまりあのままであれば皇女が殺されていた。聖殿軍団は中心人物を失って混乱しただろう。雪崩を打つように壊滅していっただろう。ことごとくが殺され、聖剣も神剣も失われて、人類の滅亡が確定していたに違いない。

 

 そんな絶望の入口に、無双の灰騎は出現したのだ。召喚されることもなしに。

 

 圧倒的だった。

 

 すぐにも全体を掌握し、脅威を排除し、勝つべくして勝った。大敗を大勝へと覆らせるための最短距離を最高速度で疾走するかのような戦闘だった。

 

 そんな存在が喧騒治まらぬ戦場を後にしたのなら、そうする必要があったということだ。

 

 三度目の気づきでもってアレンヌは周囲を見渡した。

 

 帝都の浄化されたような有り様も、灰銀の狼が成し遂げたことなのかもしれない。不必要な結果をもたらすわけもない。それは逆説的に、とてつもない邪悪がここに待ち構えていたことも意味するのではないかと、息を呑んだ。

 

「アレンヌ」

 

 ポイが荷台から顔を出した。頬に血の気が戻っているので驚いた。神剣がそばにないからか悪寒がひどく、毛布にくるまらせ寝かせていたものだが、髪が汗で張り付いている。

 

「どうしました? さすがに暑すぎましたか?」

「それはそう。帯で縛ったの、いつ、なんで。出るの大変だった……でも違う」

 

 降りようとするポイを手伝い、並び立って、アレンヌはポイの指差す先を見やった。

 

「狼さんがいる」

「え! まさか」

 

 まだ日は高い。血眼が襲い来るはずはなく、灰騎の戦うべき敵がいるとは思われない。

 

「あっちから温かいし、灰があっちへ流れてく」

 

 真剣な面持ちに気圧されて、アレンヌは目を凝らしてみた。よくわからない。手をかざしてみてもほがらかな日差しを受け止めるばかりだ。

 

 そうしている間に、ポイがスタスタと歩き出してしまった。慌てて追う。元義勇軍の兵士たちも何事かといった顔で十人二十人とついてきた。末尾に近いとはいえ隊列を乱してしまった。咎められるかもしれないが。

 

 そんな心配を、アレンヌは吹き飛ばしてしまった。

 

 巨大な火柱だ。

 

 破損の激しい大祭場から、豪壮な火炎が高々と燃え上がっている。何がどう燃えているのかは構造物に遮られて窺えないが、尋常な燃焼でないことは明々白々だ。

 

 見てしまえばアレンヌにもわかった。確かに温かい。体表にではなく命そのものへ働きかけてくるような熱があって、火柱の霊性が推し量らされた。近づけば近づくほど温度が上がる。熱くなる。入口まであと数十歩というところが、限界だった。足がすくんだ。

 

 恐れたのではない。厳かさに打たれ、畏れた。背筋が伸び、どうしてか涙が溢れてきた。出陣する父の背を見送った幼き頃のように。

 

 ポイが立ち止まっている。

 

 アレンヌよりも二十歩以上は先で、小さな背が火柱を仰いでいる。

 

「誰かと思えば、お前たちか」

 

 皇女だ。近衛兵を引き連れてきたようだが、どういう遠慮なのか数十歩という距離をあけて控えている。その中には大僧師もいて、しわだらけの顔を苦々しげに歪めてアレンヌの方を……火柱を睨みつけて瞬きもしない。

 

「どうした、勝ち誇らないのか?」

「……何をでしょうか」

「賭けは公爵の勝ちだろうに。死してなお成し遂げてのける大戦略、天晴れにして恐れ入る」

 

 どこか清々しげな横顔で言う。

 

「イモータルレギオン……なんと一方的な頼もしさか。この世に由来しない力をまき散らして」

 

 帝都大祭場にて神剣をもってする火神祭祀を執り行い、術者の犠牲なしに灰騎の大軍団を召喚する……すなわち神託の「イモータルレギオン」。血眼の脅威に対抗するための、約束された奇跡。

 

「灰騎は人間のくびきから外れた。呼ばずとも現れ、時を選ばず駆け続ける。何を慮ることもなく欲するがままに、血眼との戦争を愉しみ尽くすだろう……すでに相当数が駆け去って、こうしている間にも出現と出陣を繰り返している……ここからでは見えんが、城の高層からはよく見えた。あの様子が続いているのならもう五万騎ほどにはなるかもしれん。明日には十万騎かな? ハハハ……」

 

 カラカラとした笑い声と、自嘲をにじませる吐息。

 

「もはや我らが戦局を左右することはない。できることといえば、不死の戦禍に怯えつつ生存圏を回復していくことのみ……為政者の当然として、精々誇らかにやるさ。独り立ちも叶わぬ童なりにな」

 

 二歩三歩と進んでいく皇女を、アレンヌは追えない。どうしても足が動かない。

 

 そんな皇女もポイの隣へまでは行けなかった。数歩後ろから声をかけた。

 

「いじけでもしたか、小娘。それとも泣いているのか?」

「どっちもそっち」

「無礼だな」

「それもそっち?」

「フム、なるほど、そうかもしれん」

 

 アレンヌの聞き違いであろうか、妙に幼いやり取りがされたような気がする。

 

「まさか、怒っているのか? 念願は成就したろうに」

「ぼくがやりたかった。伯爵にやり方教わったのに、狼さんが勝手にやった」

「なんと、それは」

「でも違う。ありがとうってさせてくれないから、ぼくは怒ってる……あっ!」

 

 ポイが声を上げた。両手を伸ばした。

 

 灰騎だ。灰銀の狼だ。

 

 大祭場の構造物に片足をかけ、高みよりこちらを眺めおろしている。明るい中で見る武者振りには荘厳ささえ感じられて、まさに威風あたりを払うという在り様だ。肩に担がれた神剣が陽光を照り返して神々しい。

 

 ―――貴方ほどの方も、やはり人間なのか? 不死を武装した御仁なのか?

 

 アレンヌはおぼろげながらも憶えている。勇者を召喚した時に垣間見た、どことも知れない異界の風景を。灰騎の真相かもしれないものを。

 

 ―――なぜ、そうも強さを全うできる。どうして、そうも美しく在れる。

 

 言葉にまとまらない想いを、アレンヌはただ思考する。

 

 ―――貴方は、いったい、誰なんだろう。

 

 問えず応えられない数瞬が閃いて、無双の灰騎は去った。ポイに教えられるまでもなく、かの存在が出陣していったことがわかった。きっともう戻らない。血眼を滅ぼすための最短最善を戦い続けるに違いない。

 

「いってらっしゃい! いってらっしゃーい!」

 

 ポイが手を振り声を張り上げている。いつかの自分には言えなかった、真っ直ぐな思慕の言葉である。

 

 その声が届いてほしいと思うから、アレンヌは静かに祈った。

 

 ―――無垢な声届き、狼の帰る処となり、心安らぎますよう……あれかし。

 

 もう祈るよりほかにないことが、どうしようもなく寂しかった。それでも祈るアレンヌの頬を、一筋の涙が零れ落ちていった。

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