フシノゲイム/死にゲーで死にすぎた男の冴えた死に方   作:あるなし

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36 大祭場の剣道家

 イモータルレギオンのタイトルロゴが燃えて、男の視界には異世界が開けた。

 

 このゲームにおいて明るい景色は初めてのことだ。そこは規模こそ小さいがローマの円形闘技場を思わせる場所の中心である。傍らには数メートルもの高さに燃え上がる大篝火があって、膨大な熱力をたぎらせており、見ている間にも一騎また一騎と灰騎を出現させていて止むこともない。

 

 そんな灰騎たちの多くが、ギョッとしたように男を見返してくる。距離を置きつつも周囲に集まっていて離れない。もといた灰騎も合わせて五十騎を超えたろうか。

 

 ―――挨拶をしたいものだが。

 

 居心地の悪さを内心に隠しきって、男は超然とたたずむ。高貴な女将軍に命じられて以降はそう心掛けている。世界は異なれど権威には品格が求められるものだ。

 

「やあ、すごい人気じゃないか。さすがは剣DO氏といったところかな?」

 

 ジュマの声だ。耳元でささやかれるも声の主はどこにもいない。

 

「フムン。『破烈』モチーフ甲冑は見上げて鑑賞するのが乙だねえ」

 

 いや、いた。灰騎と灰騎の合間を縫うように歩いてきた一匹のサバトラ猫が、足元でニャアと鳴いた。その猫こそがジュマの仮初の姿なのだろう。本当の姿が実在するかどうかはわからないが。

 

「ついてきてくれたまえ。案内人を待たせてあるんだ」

 

 徒歩でつき従う。一歩ごとに周囲との間合いを測り感じ取っている。どの灰騎が乱心したとてジュマへは一指も届かせない……薄めた殺気を放つこと少々……人混みが分かれて道ができた。

 

 イモータルレギオンという超常現象の不思議を思う。

 

 人間の本能を刺激はするものの死の恐怖や生々しさは緩和されているから、ゲームであるという体裁を維持できている。技術的な超常もさることながら絶妙な匙加減といえよう。

 

 ―――闘争へ導くも、暴力に汚さず、誉れを添えて帰還させるシステム……か。

 

 男は息を吸い、細く重々しく吐く。

 

 ―――配慮のあるところにこそ、無思慮と悪辣がのさばるものだ。

 

 事前に、ジュマは言ったものである。邪悪へ堕ちる灰騎が後を絶たないと。

 

「救世のためにこそ開発したイモータルレギオンだけれど、敵もさるもの引っ搔くもの、わたしの技法を解析して厄介な罠を仕掛けてきた……それが『深淵MOD』なんだ」

 

 MOD。正確には「Modification」であり、コンピューターゲームを改造するデータのことを意味する。男は詳しくないのだが、人気ゲームにおいてはよくあるものだそうだ。

 

「電子情報の影に潜む恐るべきMODさ。プレイヤーの心の闇を感知して、絶妙なタイミングで誘ってくる。魔が差してしまったプレイヤーはデータと魂を囚われる。血眼側の存在に成り果てて……つまりは異鬼になってしまって……二度と元には戻れない。異世界の人々を害しに害して、邪魔する灰騎も討ちに討って、もう飽くことも止まることもない。生きている限り、ずっと」

 

 異鬼。男にも幾度かの交戦経験があった。どういう存在かを教えられ膝を打ったものだ。なるほど確かに生々しく人間らしかったと。

 

 特に印象に残っているのは、漆塗りを思わせる黒甲冑の一騎だ。

 

 どうにも目を引かれた。

 

 鬼気迫るほどの害意の裏に、ひたむきさが見え隠れしていたからだ。

 

 実に熱心だった。男の戦い方を観察し、分析して、攻略してくるというような戦技戦術……初遭遇時には容易に斬れたが、帝都前決戦においては負けた。待ち受けられ、多勢でもって搾り上げられ、ついには首を刎ねられた。剣を握っての敗北は久方ぶりのものであった。

 

 ―――もう現れないという話だが、さて?

 

 先を行く猫を見る。どんな姿であっても男が驚くことはない。初めて会った時には自動運転のマイクロバスで、車内音声ガイドで自己紹介しつつ高速カーチェイスを制していた。翻訳デバイスの中に常駐していたこともある。高度情報化社会においては向かうところ敵なしの存在に思えたものだ。

 

 されど全能の存在ではない。思うがままに奇跡を起こせるわけではない。

 

 異世界へ身命を投げ出してしまった息子……その救命を望んだ際、彼女は答えたものだ。

 

「こちらから引っ張れないのなら、あちらから押し出すまでさ。断たれた運命を新たに押し付ける勢いでね。ただ、そのためには彼の命に直接触れなければならない」

 

 そんな事情があって、今は猫である。ただの遠隔操作というわけではあるまい。

 

 あるいは、電子情報的でない今こそが最も弱体化しているのかもしれない。

 

「そんなに気を張らなくても大丈夫だよ? 血眼も異鬼も日差しの中には出てこられないから」

 

 鳴き声はせずとも言葉が聞こえる。もとよりVRゴーグルのスピーカーではあるのだが。

 

「灰騎も武装しています」

 

 男の声もVRゴーグルのマイクが拾うのみで、灰騎としては一音とて発していない。

 

「あ、そういうこと? 大丈夫だよ。皆いい子だし。システム的にもわたしが掌握しているしね」

「……なるほど、わかりました」

 

 答えて弛緩を装い、男は考える。

 

 ジュマは全能ではなくとも超人的に万能ではあるだろうに……そんな彼女と鎬を削る敵とは、何者か。

 

 当然、尋常ならざる存在なのであろうし―――男は手首を鋭く返して棒手裏剣を放った―――やっていることの内容を思えば節度や道理を期待できる相手でもない。最悪を想定して動かなければならない。

 

「え、何!?」

「念のための措置です」

 

 大篝火と灰騎たちとを監視できる位置の窓に人影が複数あった。鎧戸の支え棒を砕くことで視界を遮断した。狙撃手対策は用心護衛の基本である。

 

 男は人間社会の陰謀と暗闘を知るがゆえに、異鬼の在り様を聞くやすぐに確信した。

 

 敵はこの地の人々の中にも内通者を組織している。

 

 先の長期作戦の最中にも、そう考えれば腑に落ちることが様々に起きた。行軍路への伏兵、別動軍との連携不備、男を召喚する術の遅れ……女将軍の身に危険が迫ったことも一度や二度ではない。

 

 ―――見られている。

 

 灰騎を威圧し人間の視界を遮ってもなお、針で刺さされているような冷感が微かにあって、男は己の致命的な欠点を自覚させられた。

 

「この世界でも有名なのでしょうか、私は」

「当たり前なことを言うじゃないか、剣DO氏ぃ。君の武名はプレイヤーの間に限った話じゃないさ」

「……女将軍の周囲だけではなく、ですか」

「吟遊詩人の歌にもなっているみたいだよ? 帝都を奪還したことで領土回復運動が起きているからね。恐る恐る東進をはじめた人々は君の活躍に勇気づけられるわけさ」

「私がしたことなど大したものではありません」

「そりゃあ謙遜が過ぎるね。まあ、君が一番の英雄かっていうとそうでもないだろうけれど、英雄は何人いてもいい。一人きりで世界を照らすのは大変だ。頑張りすぎて燃え尽きてしまうかもしれないし……ね」

 

 垣間見えた悔恨に、男は気づかないふりをした。地球とは似て非なる空を鳥が飛んでいる。

 

 雨露をしのぐにも難儀しそうな廃屋で、案内人とやらは待っていた。

 

「なるほど、この上なく頼もしい護衛でございますなあ」

 

 黒髪の青年……若い肌つやと筋骨であるが目つきや表情は老人のそれである。何とも珍しいことだった。強力な暗殺者が無力な老人に変装するケースであれば、男は幾度となく看破し対応してきている。

 

「ええ!? ちょ、あの、聖剣の灰騎とか聞いてないんですけど……!」

 

 もう一人、これは見た目通りの若い女だ。金髪碧眼でいかにも手弱女という風を装っているが武人であろう。懐に武器を隠し持ってもいる。

 

「紹介しよう。隠者エラッコと聖騎士ウリルクだ。どちらも元は祭殿関係者だけれど、今はどこに属することもなく協力してくれている……というのも、この世界でわたしの声を聞けるのがエラッコだけなんだよ」

 

 猫が鳴き、エラッコなる青年が肩をすくめた。

 

「何て? この猫が神様の使いなんでしょ? ねえ、何て言ったんです?」

「左様……我々が今や根無し草であり、神の御心に叶う者であると評しておられる」

「は? 私、ちゃんと祭殿の人間なんですけど」

「ほう。では此度の旅立ちを報告するのかね?」

「それは嫌です。めんどくさいし。っていうかそんなの俸給からはみ出る仕事ですし」

「では、根無し草であろう」

「肩書きが大事なんです、と言っても先生はわかってくれないんでしょうけど!」

「うむ。わからん。いくつ捨てたかも憶えておらんよ」

 

 気の抜けるやり取りをしつつも、女は男と青年の間に位置取るよう気を配っている。恐らくは青年の護衛なのだろう。

 

「さあ行こうか」

 

 猫が跳び、男の肩へまで登ってきた。外では懐の内へ隠そうと男は思う。

 

「帝都以東、戦いの巷をくぐり抜けていって……神剣が火を放つ最前線へまで!」

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