フシノゲイム/死にゲーで死にすぎた男の冴えた死に方   作:あるなし

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41 聖騎士と聖遺物

「誰かと思えばお前なのだからなあ」

 

 アレンヌを見るなり、エパトイヴォ皇女は笑ったものである。

 

「なるほど、これでは使者の首級をもって返答とするわけにもいかん。枢秘長の計算高さには恐れ入るぞ」

 

 帝城上層の部屋だが、寒々しいばかりに閑散としている。寝台の他には家具も調度品もなく、武具や野営具が床に散らかるばかりだ。椅子すらないから、皇女は軍用の寸胴鍋か何かに腰掛けている始末である。

 

「ふむ……提案も合理的だ。どの対応案にも私の顔を立てる気配りがある。望めば遠征軍の指揮権すら用意するそうだ。さぞかし座り心地のいい神輿が用意されているのであろうよ」

 

 笑い声が壁へ放られ、窓から落ちていった。空の酒瓶が、窓辺で光を受けている。

 

「殿下は、お立ちにならないのでしょうか」

「もう立ち終えたからな。次は別の誰かが立てばいい……枢秘長がやりたいのなら、やればいいのさ」

 

 嗤い。他者のみならず自らをも蔑んでいるかのような。

 

 アレンヌの脳裏に、皇女との初めての面会が思い出された。その時には公爵がいた。立場抜きの、伯父と姪との会話を聞いた。姪は帝都奪還作戦を「博打」と言い、伯父はそんな姪のことを「自棄」と嘆いていた。

 

 帝都帝城に至ってなお、彼女はそのままなのだろうか。

 

 いや、むしろ、なおさらに――――アレンヌは大祭場にて皇女の吐露を聞いている。

 

「もはや我らが戦局を左右することはない。できることといえば、不死の戦禍に怯えつつ生存圏を回復していくことのみ……為政者の当然として、精々誇らかにやるさ。独り立ちも叶わぬ童なりにな」

 

 絶望してしまったのだろうか、皇女は。

 

 ここに在っても一切の達成感などなく、むしろ伯父を失い……長大な片刃剣を振るうあの灰騎を呼ぶ術も失って、打ちひしがれているのだろうか。まるで、身一つで生き残った敗残兵のように。

 

「そんな目をしてくれるな。どうにも伯父上が思い出される」

「……公爵閣下は、殿下を案じておいででした」

「で、あろうな……」

 

 父だった。偉大な父だ。ポイにとっても、アレンヌにとっても……そしてきっと、皇女にとっても。

 

「叱られたくないから、為政者の義務については全うするとも。遠征軍は送り出すし、それを回収する用意も進めておく」

「回収? それは」

「早晩壊滅するからだ」

 

 嫌そうに、つまらなそうに言う。 

 

「勝てるわけがなかろう。あのような紛い物でどうにかなるほど、血眼も灰騎も甘くはない。最前線に戦ったお前もわかっているだろうに」

 

 白騎の不気味さを、枢秘長の必死さを、それぞれに脳裏に思い浮かべて……アレンヌは頷いた。

 

 広場で模擬戦が披露されたことがあった。

 

 なるほど白騎は強力だ。剣にしろ槍にしろ巧みに使う。膂力も力自慢の大男に優る。持久力については水車のごとくに休まずの行動が可能だ。恐れも怯みもない戦いぶりには、勇猛果敢とは似て非なる徹底ぶりがあって、兵士三人を圧倒していた。

 

 しかし、歴戦の騎士であれば対処のしようがあった。

 

 白騎は騎乗できないからだ。乗馬の技術はありそうなのだが、馬がひどく嫌がる。無理矢理にまたがらせようとすると異様なまでの拒絶を示し、蹴りも噛みもした。

 

「せめて、今少し速く走れるのならばと思います」

「そうだな。戦略的にも、戦術的にも、対血眼戦には機動力が不可欠だ」

 

 また頷く。最適解はわかりきっているのだ。灰騎はその全てが騎兵である。

 

「まあ、使い道はある。槍衾を組ませるもよし、土木作業をさせるもよし、物資輸送をさせるもよし……いっそ開墾をでもさせるのが最も効果を見込めるだろうな。何とも地に足のついた話だが、つまるところ、白騎とはその程度のものなのだ。良くも悪くも日常の側の存在でしかない……この世のものでない闘争をなど左右できまいよ」

 

 アレンヌも心底から思い知っている。血眼も、灰騎も、尋常を逸脱した理不尽であると。

 

 その筆頭にして抜群が「灰銀の狼」だ。

 

 戦勝を騎馬の形に具現化したかのような、理不尽の中の理不尽……気高く美しく不死を武装した、名も知らぬ誰か。炎の中から自ら現れ、神剣を握り、彼方へと駆け去った。

 

「……枢秘長は、なぜ、ああも白騎を信じられるのでしょうか」

「信じたいからだろうな」

「灰騎の戦いを支えたいという志が、そうさせるのでしょうね」

 

 空気が鳴った。皇女が鼻で笑ったらしかった。

 

「得たいと切望し、叶わなかった力だからだ。あいつには召喚術の適性がまるでなかったからなあ……私も相談に乗ったがどうにもならなかった。聖殿軍団では兵站の責任者として辣腕を振るっていたが、やはり忸怩たる思いがあったのだろうよ」

「そう……でしたか」

 

 アレンヌは胸に痛みを覚えた。

 

 枢秘長はアレンヌの適性を評価していた。召騎術を惜しみなく教えようともした。そのどちらにもさしたる反応をせず、己が最善と信じる行動にも賛同しないアレンヌを見て、一体、何を感じ何を思ったろうか。

 

 別れ際の眼差しに、彼女の情念がこめられていたのではあるまいか。

 

「……フン。お前にはないようだな」

「何のことでしょう」

「枢秘長のもとへ集った聖騎士たちに共通する憤懣がだ」

「憤懣……?」

「命を懸けて習得し、命を支払ってまで行使してきた召喚術。それを神の都合で取り上げられたのだぞ? 私とて感じぬではない……喪失感、無力感、不当感、不公正感……いかんともしがたく湧いてくる、この、覚悟を裏切られたという憤ろしさ」

 

 聖騎士たちを思う。硬くこわばった、身構えたような横顔を。透けて見えてくる不安がありはしなかったか。白騎は冷たく、灰騎のようではないのだ。それでも欲した理由が、憤懣なのか。

 

 アレンヌには理解しがたい。まるで共感もできない。

 

「……召喚術は、祈りでした。異世界の勇者に助太刀を乞う、必死の祈願でした。それが届き、今も万を超える灰騎が自ら進んで戦いに来てくれています。その奇跡に憤懣などと……私たちの懸命は、十分に報われたではありませんか」

「眩しいな。お前もまた、ひどく眩しい」

 

 暗い目。暗さの奥に痛々しい何かがあって、それがわからないアレンヌを責めている。

 

「だから、ポイのそばにいられるのだ」

 

 ポイ。祝福の子ポイ。灰銀の狼を無条件に信頼し、無邪気に期待し、無限大の親しみでもって「いってらっしゃい」と手を振れる少女。

 

「ポイは!」

 

 気づけば、アレンヌは声を荒げていた。

 

「彼女だけは、こんな争いから遠ざけなければならない! 護らなければならない! 灰銀の狼は……神剣を佩くあの灰騎は、きっと、彼女が在るからこそ戦ってくれている……殿下もご覧になったでしょう。かの灰騎が駆け去る様を。あの、泣きたくなるほどに研ぎ澄まされた姿を。その尊さをわからないで―――」

「わかるさ。わかるからこそ、寂しいよ」

 

 アレンヌは目を見張った。聞き間違いではないらしいが、言った当人もまた驚いたような顔をして唇に触れている。

 

「殿下は」

「言うな!」

「は、はい」

「勘違いもするな。狼が戦場へ去ったとて、私はどうとも思わん」

 

 皇女は立ち上がり、くるりとアレンヌへ背を向けた。寝台の端で何かを書き、振り向きもせずそれを放ってきた。

 

「馬、武装、荷物、好きに用立てろ。望むのなら護衛もつけていい。金も要るだけ持っていけ。その書き付けを見せれば全てを融通される」

 

 目的を問うまでもなく、命令が下った。

 

「ポイをつれて下向せよ。ピウマイネン城伯を頼るといいさ」

 

 拝命し退室しようとしたところで、呼び止められた。

 

「一つ、荷物を預けおく。そこの壁際にあるやつだ。重いが、まあ、何とかしてみせろ」

 

 投げやりに示された方には、確かに一つ重そうな物体があった。白い布で乱雑に巻かれた様は美術品の類にも見えるが、すぐに中身が思い当たり、アレンヌは思わず声が出た。

 

「ここにあるよりは安全だろうからな」

 

 聖剣が、アレンヌの手にズシリと重かった。

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