フシノゲイム/死にゲーで死にすぎた男の冴えた死に方   作:あるなし

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44 最前線と剣道家

 帝都東方の最前線は、まさに広大な野戦場という有り様だった。

 

 なだらかに起伏する丘陵は果てしなく、空を蓋する雲霞もまた果てがなくて、遥かな地平に空とも海とも知れない青色が直線を横一文字に伸ばしきって無限である。散在する植生は風に削られてか生命の気配薄く、虚ろな荒涼が漂うばかりだ。

 

「うわぁ……死んじゃった後の景色みたい」

 

 聖騎士ウリルクがいかにも嫌そうに言うと、隠者エラッコが「左様」と応じた。

 

「かくも瘴気が濃密であれば、こちらの世とあちらの世の境目も曖昧になろうというもの……もとより大陸東部はあちらの世に近い。それがために、血眼は東より寄せくるのであろうよ」

 

 こちらとあちら。その意味を知りたく思い、男はサバトラ猫の方を見やったが。

 

 猫は、まるきり猫のままである。鞍にバランスよく座ったまま身動きもしない。先日のオンラインミーティング以降、まともなコミュニケーションがとれない。反応らしい反応といえば、アメリカの剣士についての情報を渡した時、わずかにうなずいただけである。

 

「息子の居場所は、わかりますか?」

 

 病室側へ放った言葉を、ジュマはどこでどのようにして聞いたのだろうか。猫は首を横に振った。

 

「あ、灰騎だ。ほら、丘のふもとのところで五十騎くらい固まって。あっちの木立のところにも……あっちにもそっちにもじゃん。な、何だか寒々しいっていうか、薄気味悪い……」

 

 ログアウトせず放置された灰騎たちだ。戦機の熟する夜、彼ら彼女らは再びコントローラーを手に取り、血眼との闘争へ参加するのだろう。

 

 煮炊きをせず、動くものとてない野営地は、さながら物品倉庫だ。あるいは墓場とでも評すべきか。

 

「哨戒なしってことはさ、ここら辺、『最前線の後方』なんだよね? そうですよね?」

「左様、我らは道案内を終えたということだ」

「ですよねえ!」

 

 そう、ここが目的の地である。ここで戦う息子とジュマとを引き合わせるため、男はやってきたのだ。

 

 達成感はなく、じくじくとした不安が下腹にうごめいている。事態が、男の想像よりも深刻であるばかりか、ジュマの想定よりも悪化してきたからだ。

 

 異鬼とは、なんだ。

 

 灰騎とどう違い、どう同じなのか。

 

 そして異鬼を異鬼たらしめている技術とは何か。その力の根源は、何か。

 

 結局のところジュマにはそれが解明できていないに違いない。だから対抗手段を持てないし、むしろ自陣営の戦力を奪われるような展開になっている。そしてその対処に追われレスポンスの余裕を失ったからこその、今のこれであろうと男は思うのだ。

 

「神よ、お言葉を賜りたく。我らは幾夜をお待ち申し上げればよろしいのか」

 

 猫へ、エラッコが億劫そうに尋ねた。後ろではウリルクが「幾夜!? 噓でしょ!?」と騒いでいる。

 

「……今夜……」

 

 自動音声のような発音だった。それきりまた沈黙に沈んでしまった。

 

「猫、何て? お告げ次第じゃ私暴れるんですけど」

「明くる朝には帰途につけよう。少なくとも我ら二人は、な」

「よかったあ! ほんとよかった! でもやっぱり聖剣の灰騎はここに留まるんですね。最強の護衛なのになあ」

「神々の評によれば大陸に並ぶものなき一騎であるとのこと……それはしかし、戦争災厄における無敵無双とはならぬもの」

「それはそうでしょ。兵士の命運なんていつも政治次第ですし」

「尋常の理だな。されど異常の理もまた存在する」

「……あー、神剣の。あれって先生の見識からすると、どうなんです?」

 

 丘を眺めたままに、男は耳を澄ませた。

 

「灰騎のようで灰騎ではなく、無論のこと血眼でもなく、あちらの世より火炎を通してこちらの世へと受肉したかのような気と貴と奇……類似するものを探さば、建国記ならびに神戦記で記述されておるところの使徒か―――」

 

 エラッコからの視線を感じ取るも、男は鞍上にて身じろぎせず、一切の反応を隠した。

 

「―――あるいはもはや、新たなる神の誕生でさえあるのか」

 

 神。この異世界にとってそれはジュマのことであろう。そしてその神たるジュマは男の息子のことを「後天的天才」と呼び、語っていた。

 

「彼もまた気づいたんだね。わたしと同じ大穴にさ。そして、自分の全てを捧げてでも穴を埋めると決心して……必要な力を手に入れて……こうなっちゃった。帰還する運命を断ち切って、かの地の戦争に燃え尽きようとしている」

 

 理解しがたいその内容が再び男の脳裏に呼び起される。今なお意味を捉えきれない。それでも一つの閃きがあって、男を低く長く唸らせる。

 

 ―――退路を断ち切り、身命を捨て、修羅の異常に燃え尽きようとするなど。

 

 奥歯が、コントローラーが、きしむ。腹の底からこみ上げる衝動もあって、三つの力が肺でぶつかり合う。暴れ狂う。

 

 ―――鬼神の所業だ、それは!

 

 返す返すも、男はこの異世界に何の責任も感じていない。惻隠の情を抱くのみであり、義侠の心とて目の前の出来事へ手を差し伸べる程度のものだ。

 

 なぜ、自分の息子が犠牲にならなければならないのか。憤ろしくてたまらない。

 

 同時に誇らかにも思うのだ。かくも壮絶に献身し戦ってのける在り様は、一人の男として尊敬に値する。孤独の暗闇の中から燃え盛った義挙であることもまた輝かしい。目を焼くばかりに。

 

 しかし、どちらの感情を抱くことも等しくおこがましいのだから、黙する。力づくにである。

 

 今、死地の中の死地とされた戦場を見渡して、男は自らの心に問うた。

 

 焦燥に駆られのこのことやってきてはみたものの、はたして、自分とジュマの企ては息子に受け入れてもらえるのか。覚悟への侮りや、我欲の押しつけになりはしないか。

 

 きっと拒絶されるだろう。見下げ果てられるだろう。忸怩たる思いがある。それでも。

 

 ―――代わってやれたなら。

 

 男の切望を見下ろして、空は雲を晴らすこともない。蕭々と風が鳴る。よどみを深めていく灰色の近くを、一羽の白い鳥が、どこへ向かうでもなく弧を描いている。

 

 夜が、来る。

 

 世界を呑み込むようにして夜が、地平の向こうからやってくる。この地を不死の戦場へと沈ませるべく。

 

 そら、灰騎が立ち上がる。次々と騎乗し、武器を確かめる仕草のいかに洗練されたことか。声なき呼びかけが行き交い、地へ×の字と半円とが刻まれる。肩をすくめる。首を振る。そして誰からともなく馬列を整え、東へと進軍していくのだ。

 

 男に気づき、近寄ってくる灰騎もいる。会釈し、置いていくよう促す。男の目的は戦闘ではない。

 

 知り合いがいた。一本角の兜をかぶった、いかにも騎士らしい騎士であるところのR6である。プレイヤーとしての彼は痩せた日本人青年であった。槍持つ拳で自らの盾を鳴らしてきたから、男は大太刀の鍔を鳴らすことで返礼とし、見送った。R4も姿を見せた。二本角の弓騎兵だ。彼とはチャットでのみ交流した。余命いくばくもない病身を「見苦しいでしょうから」と遠慮した台湾人男性である。弓鳴りと鍔鳴り。

 

 さあ、夜が来る。

 

 誰も彼も、この特別なゲームに魅入られ、死に慣れた死を死ぬため進んでいく。不死が不死を殺す虚しさを、どうとも思わず楽しめる者たちもまた、ある種の不死なのかもしれない。実を生きていないのだから。

 

 ジュマは、沈黙のまま鞍尾の革袋へ入った。

 

 男は、丘の上へ騎影を落として戦場を見渡す構えだ。

 

 来た。来た。夜を呼吸する化物たちがやってきた。憎悪の赤光も爛々と、地を伝う黒い怒涛のごとくに襲来した。とても数えきれるものではない。

 

 灰と黒との騎馬の攻防。イモータルレギオンという名の不死のゲーム。

 

 勝敗定かならぬそれを見据えに見据え、待ちに待って……追い込まれた灰騎を見かねてしばしば参戦するなどもし、血眼や異鬼の首級を夜雲へと刎ねて散らして……不死に塗れ続けて。

 

 夜が、去って。

 

 血眼は消え去り灰騎は動きを止め、朝とも思えない曖昧さに照らされる戦塵の原には、また寂しげな風が吹き抜けていくというのに。

 

 ついに、男の息子は現れなかったのである。

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