グリザイアの逆光 作:おおお
(そのうち修正入れます)
小出先輩が医者の娘というだけで診察のまねごとに駆り出されるのを見送っていると、記憶の通りに一姫が坂下部長に近づいて口を開いた。
「坂下部長、私に周囲の探索をする許可をいただけますか?」
「一人で勝手なことをしないで!どうしてあなたはいつもそうやって集団の和を乱そうとするの?!」
記憶のままの返答を部長もした。目の前で数日前と記憶している事象が再生されている。この感覚には慣れない。デジャブ以上の不可思議さに包まれているような居心地悪さがあった。
今だというタイミングで、私は2人のやり取りに入り込んだ。
「じゃ、じゃあ、私がかず……風見さんについていって様子を見てます。えと、一人にしなければいい、ですよね?」
「周防さん?あなた何を言っているの?今は緊急事態なのよ!?」
「ひっ……。その、すみません」
前回は一姫が「周防さん、付き合っていただける?」と言っただけで、部長の承認を勝ち取っていたのに、同じ内容のことを言った私では通らない。意見を通すにも人となり、雰囲気が重要なんだろうなあ。
それに加えて、脱出時に追いかけられたときの恐怖が今も抜けきっていない。一姫が鬼と称したあの顔立ちにいつ変貌を遂げるのか。例えば部長の眉間に寄せた皺一つとってみても、密林の中、餓鬼のごとく追いすがってくる彼女たちの顔に刻まれた皺を連想して、時折吐きそうになる。あっちに座っている佐久間先輩も伊吹も、金田先輩も。みんながみんな、その表情の中に凶気を秘めていた。
坂下部長に対して、不躾というか率直というか、歯に衣着せぬ物言いで敵視されてしまう一姫を助けるチャンスと思って口を開いたはずなのに、いざ部長の剣幕を前にして、標的にされるかもしれないと思った瞬間に日和って、情けなくも腰が抜ける。一歩後ずされば、そのままお尻が地面に沈み込んで力が抜けてしまいそう。
「その反応は何なの?まるで私が悪者みたいじゃない!」
「……部長?周防さん、事故の直後でパニックになっているのかもしれません。それなのに、バスから皆さんを救助するとき彼女が一番働いてくれていたのですから、今日はもう休んでいいんじゃありません?」
「はぁ。もう、勝手にして」
「じゃ、行きましょ、周防さん」
一姫と私は周辺を散策することになった。一姫は周辺の崖を見上げている。その背中は私よりも発育よくなく小さいはずなのに頼もしく感じてしまうのは、ひとえに過去の経験によるものだと思う。
一姫と一瞬呼びそうになって小さく開いた口を閉じて、唾を飲み込んだ後に、こう切り出した。
「風見さん。ありがとう」
「一姫でいいわ。そう呼んでたわよね?」
「あはは、そうだね。よく考えたら、まだ……一姫とは仲良くなかったよね」
「いちいち含みのある物言いね。ま、いいわ。私は天音って呼ぶから。で、天音。さっきはどういうつもりだったの?」
「さっきって?」
「私についていくって部長に進言したことよ」
「……部長が怖くて。でも、怖がってるだけじゃ、取り返しのつかないことになることもあると思うから。なのに、やっぱり怖くて、たまんなかった。私って情けないよね」
一姫は、ふむとしばらく思案した後、
「……。私記憶には自信があると思うんだけど」
と前置きしつつ、こう質問した。
「確認なんだけど、私たち学校で会話したことはなかったわよね?」
「そうだね。あ、小学校のころにね、一姫の絵、見たことがあるよ。神田区役所に、あじさいの絵が展示されてたよね?」
「あぁ、そういうこともあったわね。懐かしい」
「それで、同い年なのに、すごいなぁって思ってたから、学校でも畏怖っていうのかな。ちょっと、避けてたかも」
「それだけ内向的なタイプが、私に向かって初手で一姫一姫って呼び捨てにしたり、馴れ馴れしかったりするのね。不思議」
「い、いやだった?」
「いいえ?天音が言ったみたいに、よく避けられるタイプなの。だから新鮮ね。せっかくだしお姫さまって呼んでくれないかしら?憧れてたのよね」
「意外~。でも一姫は、姫っていうよりは、将軍って感じだよね」
「あら、失礼。私ほど周囲に譲歩してあげている人間もそうはいないと思うのだけど」
ま、実際のところ将軍が自由にしてたかはさておきね。と付け足す。
こういう返答が返ってきて、あぁ一姫だ、本物だって、胸の奥がぎゅうっとなって、頭が沸騰したみたいになる。
目の前に一姫がいること、それがうれしかった。
一姫を置いて逃げてきたこと。自分の浅ましさ。全部が帳消しになったみたいでうれしかった。
「そんなこと言っちゃうところが、偉そうに見えるんじゃ、ないの?」
「大丈夫よ。凡夫は黙らせるだけの実力を発揮すればいいだけだから」
一姫はおもむろに手を伸ばして、私の頬に手を当てて親指で目のあたりを拭った。
「泣き顔ぶっさいくなのね」
風見一姫はそう、鼻で笑った。
しばらくして落ち着いてから
「小学校のころ、泣けば自分の思い通りになるって勘違いしてる女、いなかった?」
と一姫がニコニコと聞いてくるので、それ私のこと?!と目を引ん剝いた。
「いいえ」
「まだ何も話してないよ」
「言葉で、それ私のこと指してる?って尋ねられるよりも今の表情のほうがわかりやすいってくらいの顔だったわよ」
「ブサイクってこと?」
「ええ、そう。で、さっきの続きにはなるのだけれど、いいかしら?」
「フォローはしてくれないのね。……で、どうぞ」
「私はいまあなたについて不可解に感じていることがいくつかあります」
「馴れ馴れしいこととか?」
「それと、やけに部長を怖がったこと。合宿前は、部長よりも私の方を怖がってたじゃない?転落した不安から些細な部長のヒステリーにもパニックになってしまうって考えもあるけど、それにしてはバスに救助に行くときの対応が堂に入ってた」
「うん」
「何しようかって考える間さえなかった。私でもそんなの無理。私のできないことをできるヤツがいるわけないとは言わないけど、でも不自然。……頭を打って精神に変調を来しているというのが一番簡単で有力な説。でも、どうせならバカな考えを話してみて、天音の泣き面を笑顔にする魔法をかけてあげたいのだけど、どうかしら?」
「まだるっこいなぁ。なんでも答えるから、ばっちこい!」
「ではでは。実は、周防天音はタイムトラベラーである」
「せ、正解」
「……は?」
あの風見一姫でもそんな顔すんだってくらいの呆けた面がおもしろくて、一姫の目論見通り、私は笑顔になった。