〜大岡紅葉の婚約者はCIA〜   作:Mr.♟️

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プロローグ

 

『なんで、なんでこんなことをしたんだ!!』

 

血走った目で、男が目の前の子どもに怒鳴りつける。

 

尋常ではない剣幕だった。普通の子どもであれば、恐怖のあまり竦み上がっていただろう。

 

『僕の方が警戒されないから。上手くできる人間がやる。それだけの話だよ』

 

『馬鹿なことを言うな!お前はまだ子どもだ!子どもに危険な役割を押し付ける親がどこにいる!』

 

『ハハッ、もう無理だよ。既にCIA長官とは話がついているし、資料も読ませてもらった──なにより、人を殺した』

 

『まさか、最近流れているCIA幹部2人が銃殺された事件──お前がやったのか!?』

 

『お父さんはさ、僕がいつから動いてたと思う?』

 

子どもは笑みを浮かべ、父親へと視線を向けた。

 

『ふふ、正解は1年前くらいからだよ。CIA幹部は、証人保護プログラムで別人とした身寄りのない死刑囚だよ。そしてその死刑囚を僕が殺した。組織からの信頼を得るために、ね』

 

(お父さんは、この組織と関わるべきじゃない)

 

声には出さない決意を胸に秘めながら、子どもは父親を見つめる。

 

『だから何故だと聞いているんだ!お前が、お前がやる必要はどこにもないと、そう言っている!』

 

『──お母さんの死に、この組織が関わっているんだよね。だからお父さんは自ら進んで志願した』

 

途端に、父親の表情が弱気なものへと変わった。

 

『なんで、お前が知っているんだ』

 

『知ってるよ。僕だって、お母さんの死について単独で調べたんだ。その結果上がってきたのが黒の組織。お父さんが潜入を志願した組織だね』

 

『お母さんを殺した人間を見つけて殺すつもりだったんでしょ?分かるよ、お父さんの考えることは』

 

『......ああ、お前はアイツに似て聡明だな。司、お前の言う通りだ』

 

『そんなことさせない。私怨での殺しは犯罪者と変わらない。お母さんはそんなことを望んでいない──もちろん、お父さんが死ぬこともね』

 

男は観念したかのように項垂れる。

 

子どもの言うことは、全て父親が行おうとしていたことと一致していた。復讐を終えたら死のうと、そう思っていたのだ。

 

『僕に任せて。お母さんの死の真相も、組織でのスパイ活動もさ』

 

父親は子どもの言葉に、数分の沈黙の後で頷いた。頷くしかできなかった。

 

『安心してよ、死ぬつもりはないからさ。それに、既にコードネームを貰ったんだ。『アレキサンダー』だってさ。どうやらかなり気に入ってもらえたみたい』

 

『──すまない。私が、私が愚かなばかりに』

 

父親の謝罪は届く。だが、その謝罪にはなんの意味もなかった。

 

『僕は生きて帰ってくる。だから、お父さんも生きて僕が帰ってくるのを待っていてね』

 

 


 

 

「なぁなぁ、今日は剣道部に顔出さんの?」

 

京都泉心高校2年生の沖田総司は、放課後の帰り支度を始めている()()()に話しかけた。司は手を止めずに答える。

 

「コクーンのセキュリティの最終調整があるからなぁ。部活動よりもそっちが優先やわ。明日には東京行きや」

 

「コクーン言うたら──あのゲームのことかいな!?」

 

ノアズ・アーク。

 

天才少年ヒロキ・サワダが作り上げた、人工知能を活用した世界に類を見ない革新的なゲーム。

 

DNA探査プログラムを発明し、かつそれを利用した仮想空間。それがコクーンだ。そして白雪司は、そのセキュリティ開発を任せられている。

 

「そう、そのコクーンや。僕が絡んでてもおかしゅうないやろ。そのゲームの開発スポンサーは」

 

「うちの、大岡家なんやからなぁ」

 

沖田と白雪の話に割り込んだのは、大岡紅葉。関西No.1の財力を有する大岡家のご令嬢であり跡取り。

 

さらに付け加えれば、競技かるたの王者である。

 

「なんや、オッパイちゃんが絡んどったんか。そやったら、司が関わってるのも納得やわ」

 

「その呼び方はやめぇって何回言わすねん。次、紅葉のことそないな呼び方したら、これからお前のことエセ剣士って呼ぶさかい」

 

その言葉に、白雪の眉間にシワが寄る。何十回と繰り返しているやり取りだ。

 

「うげっ、相変わらずやなぁ。ほなら、司がこれ以上怒る前にオレは部活行くで」

 

そそくさと退散する沖田を見送り、紅葉は司に向き直った。

 

「ほな、行こか。最終調整言うても、最後の確認なんやろ?早く終わらせて東京デートでもしよか」

 

「ええな、東京のカフェで気になるところあったんや。伊織さんが東京行く機会あれば是非ってなぁ」

 

(ウチが勧めるよう伊織に言うといたからな。流石伊織や、仕事が早いなぁ)

 

「せやったら、そのお店行こうや」

 

「ほな、明日は頑張って午前中には最終調整終わらせるわ」

 

司は紅葉のカバンを持ち、教室から出る。

 

紅葉も司に並んで帰路へ向かった。玄関まで移動し、伊織が運転する送迎車へと乗り込む。

 

 

「明後日のコクーンの発表会、成功すれば大岡家は鈴木財閥に並ぶやろなぁ。いつまでも関西一の企業なんてうち嫌やわ。日本一やないと」

 

「伊織さん、紅葉の無茶振りが始まる予感がするんやけど、どないしよか」

 

「お嬢様は無茶ぶりなんてしませんよ、司くん」

 

「司はウチの可愛らしいワガママを無茶ぶりやと思ってたん?悲しいわぁ」

 

よよよ、と丸わかりの嘘泣きを始める紅葉。

 

自分は運転に集中していますと言わんばかりに後部座席に目を向けない伊織。物言わぬ石像と化し、紅葉から目を逸らす司。

 

(いつもの無駄な抵抗ですか)

 

伊織はそんなことを考えながらハンドルを握る。そもそも、本気で不服で抵抗するつもりなら目を逸らす程度で済ませるはずがないのだ。

 

むぎゅっ。

 

「か・な・し・い」

 

紅葉は司の左腕に抱きつき、その柔らかな胸の感触が布越しに司へと伝わる。数秒の葛藤の後、司はため息をついて紅葉に視線を移した。

 

「前から言うてるでしょ。こういうのは相手を勘違いさせるからやめぇって」

 

(勘違いではないので問題ないのでは?私が口を挟むのは野暮というやつですね)

 

「勘違いやないやん。ウチと将来結婚するんやから」

 

(そうですね。実際にお嬢様と司くんがやっていることは、恋人同士と遜色ないですから。実際に婚約の話も出ているわけですし)

 

「僕なんかより、もっとええやつ見つけて結婚せぇて。僕と紅葉じゃ釣り合わへん」

 

「おらへん。まーた、僕の手ぇは汚れてるから釣り合わへん言うんやろ。はいはい、聞き飽きたわ」

 

紅葉は拗ねたとばかりに顔をプイッと背ける。

 

司は伊織に助けを求める視線を向けたが、無情にもミラー越しに無視された。

 

(僕が何をしたか知らないから言えるんや)

 

(分からなくはない。私も公安で働いていた時は似たようなことを感じたことがあります。その上で言わせてもらえば、司くんの考えは間違っている)

 

「私は立派だと思いますよ。少なくとも司くんがその年齢でCIAに所属しているのは並大抵のことではありませんし、その理由にも心を打たれました。裏社会に通じていれば手を汚すこともあるとは思います。ですが、手を汚したからと言って司くんが幸せになってはいけないということではありません」

 

「せやせや、剣道に至っては大人顔負け。ネットワークセキュリティに関しては、大岡家のセキュリティ部門の社員と比べ物にならんくらい優れとる。実際大岡家にも貢献しとるし、今回のコクーンの件やて、ヒロキ・サワダが大岡家(ウチ)と組んだのは司と仲が良かったからやん」

 

自慢げに話す紅葉と、腑に落ちない顔をしている司。ポーカーフェイスの伊織。伊織はそのまま静かに言葉を継いだ。

 

「こればかりは、司くん自身が割り切る他ありません。ですが、お嬢様は司くんが何をしたとしても引いたりしませんよ──浮気以外は」

 

「せやなぁ。ウチ、浮気だけは許さんわ。分かっとるやん、伊織」

 

「長らくお嬢様に仕えてきましたから」

 

「司、あんたも知ってるやろ。ウチ、1度狙ったら絶対に逃がさへん」

 

「.....どうやろうな」

 

 


 

 

帰宅後、紅葉は自室へと戻らず、当たり前のように司と一緒に司の部屋へと入り込んだ。

 

「なんや、僕が着替えとる姿を見たいん?」

 

「嫌やわぁ。そんなにウチに見せつけたいん?流石に照れるわぁ」

 

(押しかけられたのは僕やのに、僕が見せつけたい風になるんか。不思議なこともあるもんやな)

 

「冗談はさておき、僕にまだ言いたいことあるん?」

 

軽い口調で司が問いかけると、紅葉は微笑み、数秒後には真剣な顔つきへと変わった。

 

背筋を凍らせるような嫌な予感を感じながらも、司は紅葉の言葉を待つ。

 

「ウチ、司が人を殺してたとしても気にせぇへん」

 

特大の爆弾発言に、思わず司は耳を疑った。

 

そして言葉の意味を理解した瞬間、困惑が押し寄せた。まさか、こんなにもストレートに踏み込んでくるとは思わなかったからだ。

 

(いや、思い返せば紅葉はいつでも素直に心の内を話してくれとったわ。オブラートに包まずにド直球でくるとは思いもせぇへんかったけど)

 

「僕が気になるねん。必要なことやと分かっとっても、人を殺したという事実はなくならん」

 

「ウチが気にせんからえぇの。誰かがやらなあかんことを、司がやってるだけやないの」

 

真っ直ぐと自分を見据えてくる強い瞳。それを見て、司は何を言っても、どれだけの言い訳を重ねても敵わないと悟った。

 

目の前にいる紅葉は、己の罪さえも丸ごと受け入れる気だと理解してしまった。

 

「高校卒業までに終わらせるさかい、それからでもえぇか?」

 

「?」

 

疑問符を浮かべる紅葉の目の前で、司は頭の中で数多の言葉を巡らせていた。空を仰ぐように数秒停止し、覚悟を決めた司は再度紅葉へと視線を向ける。

 

「結婚するん、高校卒業まで待ってくれへん。僕やて紅葉のこと好きやもん。ほんまに紅葉が僕のこと受け入れてくれるんやったら、待ってほしい」

 

消え入りそうなほど小さな声だった。だが、紅葉はニッコリと満面の笑みを浮かべ、司の言葉へと応える。

 

「ごめんなぁ、声が小さくて聞こえへんかった」

 

司はまさかの回答に面食らった。

 

(確かにちょーっとばかし声が小さくなったかもしれんけども、絶対聞こえとったはずや)

 

「せやから、俺も好きやて言うたんや」

 

「聞こえへんて。もっと大きく、もっと大きな声で言わな聞こえへん!ウチ、たくさんたくさん好きやて言うてきたもん!同じくらいの気持ち込めて言ってくれな聞こえへん」

 

(それはもう聞こえてるやろ。せやけど、紅葉の言うことも最っともや。今まで紅葉が『好き』や『結婚しよ』言うてきたのを断ってきたのに、今更都合が良すぎたんやないか。やっぱり、僕が紅葉に好きや言うんは遅いんや)

 

「ウダウダ考えずに言うてぇな!司のほんまの気持ち、恥ずかしがらずに聞かせてぇや」

 

涙声で震えている紅葉の声を聞いて、涙をためている瞳を見て、司の中のマイナス思考は吹き飛んでいった。

 

というよりも、焦りから思考そのものが飛んでいった。

 

頭が真っ白になった司は、自分の思ったことを気づけば口にしていた。無意識に、紅葉の言っていたことを守って。

 

「好きや紅葉!卒業したら結婚してほしい!」

 

今までの人生で1番の声量だった。それこそ、屋敷中に響き渡るくらいの大きな声で、司は紅葉へと想いを伝えた。

 

紅葉は瞳から大粒の涙を零しながら頷いた。静かに静かに、何度も何度も頷いている。

 

「ほんまに、好きやってん。初めて会った時から、好きやってん」

 

絞り出すような紅葉の言葉につられ、司も泣きながら答える。

 

「僕やて好きやった。初めて会った時から、小さい頃から好きやったん」

 

その様子を扉の向こうで聞いていた伊織は、足音を立てずにその場から離れ、急いで最高級のケーキの手配に走った。

 

今日がめでたい日になるのは間違いないからだ。

 

(若いというのは眩しい。お嬢様、司くん。お2人の幸せのためなら私は何でもしましょう)

 

 

「コクーンの発表会が終わったら、お父様とお母様に報告やな。あ、いっそのこと発表会と併せて報告しよか?」

 

涙も乾き、ルンルン気分で紅葉は提案する。当然ながら司は笑いながらその提案を一蹴した。

 

「あかんて。今度のコクーン発表会は大一番やで。流石に私的な報告はあかんよ」

 

「でもなぁ、ウチの彼氏やて自慢したいんやもん」

 

「僕もそうやけども。それは流石に怒られるて」

 

ピッタリと肩を密着させながら、2人は自然に言葉を交わし続けている。この部屋に伊織がいたなら、間違いなく連写していただろう。

 

「今回だけ我慢するわぁ。せや、初めて会った時から好きやて言うてくれたけど、いつ出会うたか覚えとるん?」

 

「当たり前やん。小学校の低学年の時に会うたわ。ルールも知らんまま競技かるたやらされたの覚えとるで」

 

「やる?って聞いたらやるって言うたやん。まさか、ルールを知らへんと思っていなかったんどす」

 

「一目惚れやってん。気になる子から誘われたら、分からんくてもやるに決まってるやん。ぼろ負けやったけど」

 

「ホンマに覚えてくれてたんや。懐かしいわぁ、あん時の真剣な姿がどうもかっこよくてなぁ。気づいたら惚れとったわ」

 

「覚えとる?紅葉が武道やってる人かっこいいわぁ、なんて言うとったから剣道始めたんやで」

 

「そんな何気ない言葉まで覚えとるんやな。ウチのこと大好きやん」

 

自分で言いながら紅葉は頬を染める。照れ隠しで目を逸らしながら、司はしっかりと答えた。

 

「好きに決まっとるやん。愛しとるもん」

 

紅葉も『私も大好きや』と言葉を返そうとした瞬間、3回のノックの後に伊織が部屋へと入ってきた。ピッタリとくっついている紅葉と司のことを、微笑ましく温かい目で眺めている。

 

「本日は特別なディナーを用意致しました。めでたい日かと思いましたので」

 

さも知らぬふうに伊織は2人へと話しかける。紅葉と司は照れながらもその言葉を肯定した。

 

「相変わらず仕事が早いわぁ。それと、耳もな」

 

「褒め言葉と受け取ります。また、ささやかながら私からプレゼントも用意させていただきました」

 

伊織はそう言いながら、懐から2つの小箱を取り出した。2人が付き合った時のために、密かに用意しておいたプレゼントだ。

 

「モルガナイトのネックレスです。さほど高価なものではありませんが、宜しければお受け取りください」

 

(高価なものじゃないは嘘やて。淡いピンクに光沢、どっからどう見ても本物や)

 

「──ありがとな、伊織」

 

「感謝してますよ、伊織さん」

 

価値を正しく認識した上で、2人は伊織からのプレゼントを受け取った。断るのは、今日のことを想定して準備してくれていた伊織に失礼な上、率直な気持ちとして──嬉しかったからだ。

 

「──一応、大人としてお伝えしておきます。乱れた行為はお控えください」

 

ボソッと、司にだけ聞こえるように伊織は囁いた。大人として伝えるべき内容は伝えておきたかったのだ。

 

素直に頷く司を見て、伊織は密かに安堵した。やはり、お嬢様を預けるに足る人物だと。そう再認識した。

 

 


 

 

白雪司

 

アメリカ生まれで、アメリカと日本のハーフ。黒髪に瞳も黒く、言われなければハーフであることは分からない。

 

父親がCIA所属、母親は黒の組織関連の事件で死亡。幼い頃から両親に連れられ何度も日本を訪れており、大岡紅葉とはその時に知り合った。ヒロキ・サワダとはアメリカで知り合い、年齢関係なく親しくなった。

 

※ヒロキ・サワダの母親存命。司が紹介した病院で治ったよ。

 

大岡家の当主とその妻にはCIAの潜入任務で日本に来ていると伝えており、また伊織と紅葉にも伝えている。

 

親交があったこと、また大岡家自体、政界などとの繋がりを持っていることから、すんなりと司を受け入れた。

 

 

 

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