私は階段をひたすら走り登る。暗くて不気味だけど、そんなこと言ってる場合では無い。
きっとザリラはまだ戦っている。人を守るため……いや、私のために。
階段の踊り場。表示によるとまだここは地下26階…。地上への登山は始まったばっかりだ。
ザリラ。もうちょっと耐えて…!
そう願い、腕輪を握りしめた。
◇◇◇◇◇
身体を抉られるような痛み。敵のサーベルに斬りつけられた傷口は、さしもの甲殻怪獣でも痛かった。
そして今、その強敵が目の前にいる。戦闘は膠着状態、長期戦は避けられないようだ。
ザリラの身体がもたなくなるのが先か、サーベルヘッドの活動限界が来るのが先か。一刻も予断を許さない状況に、ザリラの神経もすり減っていた。この戦いは気持ちの勝負でもあるのだ。
そんな時、ザリラは思い出した。自身を「創った」人のことを。彼に吹き込まれた指示……それは…。
縛り付けるものを破壊し尽くせ。
ザリラの目が光った。
忘れていた目的を思い出したから。そして、腕輪を通してチカラを貰ったから。
ギィヤァァオォォォォォッォォ‼︎‼︎
ザリラは咆哮した。それは、自身に対して…そして自分の側に居てくれる者に対しての鼓舞と決意の咆哮だった。
赤黒い甲殻が白いオーラを帯び始める。オーラの中に閃光が走り、スパークは背中を通して頭部…口の中に集約されてゆく。ザリラの必殺技、閃熱光弾発射の構えだ。
しかしサーベルヘッドは今まで2度、この攻撃を回避してきた。サーベルで光弾を「斬る」という荒技によって。そしてそれは今回も再現されるはずだった。
上体をのけ反らせ、エネルギーを集中するザリラ。サーベルヘッドはその隙を見逃さず、すかさず飛びかかる。
身体を縦方向に回転させ、光弾ごと敵を切り裂く……。サーベルヘッドはそうしようとしていた。宙を滑る凶器は、ナイフのジャグリングの如く美しく標的に迫り。
ザクッ‼︎
サーベルヘッドは手応えを感じた。刃は敵に完全に刺さった。さっきよりももっと深く…。これは致命傷間違いなし。そのはずだった。
しかし、サーベルヘッドは気づいた。自身の頭のサーベルが刺している相手はザリラではなく、高層ビルだということに。いつの間にかザリラがビルがすり替わった…⁉︎
威力を増すために身体を回転させるというサーベルヘッドの行動が仇となったのだ。回転するということは、標的を視界に捉え続けられないということ。そしてそれは、正確な誘導を困難にする。
そう、たとえば、相手がいきなり回避行動に移った場合など……。
闘牛士の如く、ザリラは相手の攻撃をヒラリとかわしたのだ。ザリラの思惑通りだった。
サーベルヘッドのサーベルはビルに深く刺さりすぎていてなかなか抜けない。焦りは冷静さを失わせ、サーベルヘッドは混乱していた。
「焦り」……。それはサーベルヘッドが初めて感じた感情だった。起動されてから十数分、ザリラとの戦いは全てゼウスからの命令だった。ゼウスに命じられるまま、何も考えず、いや、考えるという能力を与えられずに動いていた。
初めて感じた感情が悲痛なものになるとは、なんて哀れなことか。しかし、サーベルヘッドはそんなことすら感じる暇はなかった。
サーベルヘッドのすぐ横には、見事攻撃を回避したザリラが立っていた。そう、閃熱光弾の発射体勢を整えて…。
ボッ‼︎‼︎‼︎
凄まじい光が辺りを照らす。夜が一瞬昼になったかのような明るさ。プラズマの輝きは、狙いを過たず、サーベルヘッド自慢のサーベルに命中。狙いを外す訳がない、至近距離からの攻撃。
灼熱の火球はその刃を粉砕した。木っ端微塵になった刃が、爆風と共に飛散した。
片方のサーベルを失い、自身も衝撃で投げ出されるサーベルヘッド。残されたサーベルで反撃を試みる。振り翳された刃は、しかし、まっすぐ入らなかった。
それはサーベルヘッドが感じていた「焦り」によるものだった。今まで感情を持たずに生きていた者は、目の前で起こっている出来事に対して正確に判断できなかったのだ。
正確に直撃しなかったサーベルを、ザリラは片手で受け止める。分厚い腕の甲殻は鋭い凶器を見事に弾いた。
と同時に、ザリラはもう片方の手を引く。ハサミを握りしめ、巨大な拳と化した右手を残ったサーベルの側面に打ち付けた。
バシュッ‼︎‼︎
ザリラパンチがクリティカルヒット!サーベルヘッドの刃は確かに脅威だが、このような鋭い武器は側面からの打撃に弱い。強力な運動エネルギーを打ち込まれた美しきサーベルは、あっけなく砕け散った。
◇◇◇◇◇
「まだ地下20階!」
私は苦戦していた。地上への登山はやっと三分の一まで達したが、足が棒になりそうな感覚だ。
ここの一階はなぜか長い。各階の天井が高いのだろう。それに加えて普段運動不足な私に肉体労働なんてキツいって。
「あーー、もうっ!これだからデスクワークは…‼︎」
息を切らしながら、私は日々の自分を鑑みてため息を吐いた。
と、向こうで音が聞こえた。
ガサガサガサ……
ここは地下20階。このフロアになんの部屋があるのかはわからない。気になったので、ちょっと覗いてみることにした。逃走に支障をきたすモノだったら困るしね。
電磁波の影響で、ドアの自動ロックは機能しなくなっていた。半開きの防護扉を開けて研究室内へ。部屋の中の電気は消えていたので、視界は数十センチ先までしか確保できない。
入り口付近に置かれていた懐中電灯を見つけた。スイッチを入れ、部屋を照らしてみると……。
「……ぎゃーーーーーーーー‼︎⁉︎」
思わず叫び声をあげてしまった。
そこには地獄絵図があった。床には引き裂かれた人間の死体が散乱し、血の海が広がっていた。死んだ彼らのものと思われる内臓が、長く飛び出している。
そしてその先、死体を漁る「それ」がこちらを凝視する。
デヴォラ。小さいけどあれはデヴォラに間違いない。
それも一体だけではない。暗闇から次々と姿を現す怪物は5匹……10匹……いや、それ以上。暗闇の中に紅の目が爛々と輝いていた。
私は察した。ここは怪獣を作り、育てる実験室だったんだ。機能停止にされて眠っていた怪獣を復活させる研究が行われていたんだろう。でも、ザリラの攻撃で停電になったことで安全装置が止まってしまい…。
恐怖と衝撃で思考が停止した私。何を思ったか、そのままそっと扉を閉めようとした。
「ははは…間違えました〜……」
しかし、ミニデヴォラたちは見逃してはくれない。一斉に飛びかかってきた。
当たり前だ、本作はギャグ小説ではないのだから。
ミニデヴォラの鋭い牙が目前に迫る。小さいとは言っても全長2、3メートルくらいはある。動物園にいたワニと同じようなヤツが飛びかかってきてるのだ。そりゃ怖いし実際危険だろう。しかもそれが十数匹。
「いやっ!」
左腕に激痛が走った。腕に噛み付くミニデヴォラ。振り解こうとするが、強く噛みつかれていて全く離れない。コート越しでも痛いんだから、生身でやられてたらと思うと背筋が凍りつく。
今も十分痛いけど!
もう仕方ない。最終手段だ。
私は右手で思いっきりミニデヴォラをブン殴った。狙うは目ん玉。
怪獣だって生物なんだから、目は弱いんじゃ…?
私の予想は見事的中した。目に拳が直撃したミニデヴォラは、あっさり振り落とされてのたうち回る。目潰しってどんな生き物でもやられたくないもんね。
しかし、そうしている間にも接近してくる他のミニデヴォラ。周囲を完全に包囲されてしまった。
シャーーーー シャーーー シャーーー
取り囲んで一斉に襲い掛かるつもりか。そんなことされては、1匹ずつ目潰しなんてしている暇はないだろう。
私、今度こそここで……。
『させるかぁぁぁぁーーーー‼︎‼︎』
突然降ってきた一機のパワードスーツ!スピーカーから聞こえる声に、私は聞き覚えがあった。
「えっと……岩崎さん⁉︎」
『おう!何ちょっと忘れかけてるんだよ!』
「いやぁ、かくかくしかじか大変だったもんで。」
再会を喜んでいる場合ではない。
パワードスーツは私のすぐ脇に着地。下敷きにされた不運なミニデヴォラが煎餅になった。
『まぁいい。とりあえずこいつらをぶっ飛ばすぞ!下がってろよー!』
コックピットの岩崎は、アームを操作するレバーを引く。鈍い機械音と共に、パワードスーツの抱える巨大なチェーンガン……対戦車ヘリが搭載しているような……がミニデヴォラの群れに向けられる。
ミニデヴォラたちはそれが何であるかは知る由もないが、本能的に危険を察知したようだ。私からパワードスーツにターゲットを変更して威嚇を始めた。
「俺のチェーンガンは、死のメロディを奏でるぜ。」
ダダダダダダダダダダダダダダ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎
トリガーを引くと同時に撃ち込まれる鉄の雨。正面に居たミニデヴォラはひとたまりもない。その身体は一瞬で無数の穴が開き、赤い飛沫を残して吹き飛んだ。
チェーンガンはそのまま、周囲のミニデヴォラたちを薙ぎ払っていく。掃射を浴びた敵は漏れなく木っ端微塵に粉砕される。
私は顔の前に腕をかざしてながらその光景を見ていた。弾け飛ぶ瓦礫から身を守るためと……あと、普通に直視できないほどエグい絵面だから。
しかし、たまたま銃弾が直撃しなかった個体も存在した。仲間が無慈悲に吹き飛ばされるのに怒り狂った彼らは、パワードスーツに飛びかかってきた。
頭、右手、左手にそれぞれかぶりつかれ、バランスを崩すパワードスーツ。それでも岩崎は巧みな操縦技術で転倒を防ぐ。
「うぉぉぉぉぉおおお‼︎」
右手にまとわりつくミニデヴォラを壁に叩きつけ撃破。ミニデヴォラの頭が壁にめり込み、グシャリと潰れた。その反動でパワードスーツから離れた個体を踏みつけ、行動不能にする。そして恐れをなして逃げようとする最後の一体をチェーンガンの掃射で蜂の巣に。
これにて全てのミニデヴォラが撃滅された。
「おぉ…強いっすね!」
そう言ってコックピットのあたりを見上げる私。
『まぁな。』
「にしても、『死のメロディを奏でるぜ』?まさか隊長こういうキャラだったとは…。」
『……忘れてくれ。』
機内で赤面しているであろう彼と一緒に笑い合った。
話によると、岩崎隊長は地上に現れた怪獣サーベルヘッドに単身パワードスーツで挑もうとして、サーベルヘッドが出てきた穴に落っこちてしまったらしい。そしたら私がミニデヴォラに襲われてる現場に繋がっていた、と。
私からも情報を伝えよう。拘束されてた部屋から持ち出した書類の束を隊長に渡す。
それをしばらく読み込んでいた彼は絶句する。
「地球上全ての人間にゼウスのネットワークシステムを接続…?思考や行動を管理し、全体幸福のための最適解になるように誘導…。しかも本人は自分の意思で決めてないってことを認知できない⁉︎なんだこれは!」
「私も最初見た時びっくりした。でも、これがゼウスの…彼らの思い描く「幸せ」なんです。」
「絶対に止めなきゃだな。」
岩崎の表情が暗くなった。私も頷いて答える。
パワードスーツ抱えてもらって、再び地上を目指す。もう歩いたりなんかしない。
初めて知ったけど、パワードスーツには多少の飛行能力があるらしい。背中のスラスターを噴射して飛行できる。ちょうどジェットパックのように。
『桂木さんってフューチャーダイナミクス株式会社の社員だよな?お宅の会社がパワードスーツの製造元なのに、飛行能力を知らなかったとはな。』
「私くらいの下っぱにはそんな情報流れて来ないんすよ。」
地上に繋がっているのであろう光が漏れていた。僅かな談笑の時間もおしまい。地上に出たらまた怪獣との戦いが待っているんだ。
◇◇◇◇◇
神山のタブレットに映るのは、ザリラを前に倒れるサーベルヘッドの姿。美しく生えていた2本のサーベルはことごとく破壊され、身体中に傷がついていた。一方のザリラも身体中に傷を負っているが、明らかにサーベルヘッドよりも耐えている。
「……ちくしょう…。」
満身創痍のサーベルヘッドを、ザリラは両手のハサミで挟んだ。そのまま敵を頭の上まで持ち上げる。ちょうど威嚇するザリガニの如く。
サーベルヘッドはもはや抵抗する体力すら残されていなかった。
メキッ……メキメキメキ‼︎
ザリラは力任せに相手の身体を左右に引き裂く!軽量化のために装甲を犠牲にしていたサーベルヘッドにとってひとたまりもなかった。
ギィァアァァァアアァァァァァァァァァァ……
サーベルヘッドの断末魔。高い咆哮は遥か彼方まで響き渡ったことだろう。
そして直後、刃物怪獣の胴体は脆くも左右に分断された。頭から返り血のシャワーを浴びるザリラ。そして勝利の咆哮…!
と、両手のハサミに握られたサーベルヘッドの残骸がスパークを始めた。
ジ…ジジジジッ!
パァァーーーーーーーン‼︎‼︎
一瞬の間を置いてそれが爆発四散した。ザリラの手から、真っ黒焦げになったサーベルヘッドだったものが崩れ落ちる。灰になった残骸は風に吹かれ、空中に消えていった。
憎たらしいほど美しく夕陽が輝いていた。
「サーベルヘッドが負けた…か。」
神山は深いため息を吐いた。
生体兵器は機密保持のため、敗北して機能停止すると自爆するように設計されているのだ。
彼は思案した。デヴォラ、スカイスレイヤー、サーベルヘッド。生体兵器のいずれでも甲殻怪獣を制圧できなかった。ゼウスの掲げる「完璧な世界」の実現を阻止しようとするこいつを止める手段はあるのか?
ガシャン
その時、大きな音が洞窟内にこだました。振り返る神山の目に映ったのは、ゼウスの結晶。
結晶が強く発光している。彼は汗を滴らせた。
「ゼウスが…覚醒する…⁉︎」
結晶の光が、まるで拍動するかのように下から上へと流れていく。接続されていたコードやケーブルがショートし火花を散らす。
そして中に居る巨大な影が、わずかに動いた。
神山は笑った。自分が思い描いていた世界の始まりに。
彼は結晶からの光に照らされて、長い影が床に伸びていた。
グシャ
音と共に彼の影が消え、代わりに蠢く不気味な触手状の影が部屋を覆った。
◇◇◇◇◇
3体目の敵怪獣サーベルヘッドを撃破したザリラ。もはや行手を阻むものはない。ザリラは再び前進を始めた。桂木 悠の元へ向かうために。
一歩を踏み出すごとに、瓦礫の山が音を立てて潰されていく。先の戦いで破壊され尽くしたビル街の残骸を踏みつけていく。
ザリラの身体は満身創痍としか表せないほど傷ついていた。鋭利なサーベルで斬りつけられ、刺され、抉られた甲殻が無惨にひしゃげている。しかし、ザリラはそんなことを気に留めようとはしない。
放っておいてもその治癒能力でいずれ治るから。そして何より、一番大事な目的を達成するためにここまで来たのだから。
ザリラは彼女のいる場所までやってきた。怪獣が理解しているかは怪しいが、国防軍本部ビルである。
そしてちょうど、人型のロボットに抱えられ、桂木 悠が地上に到着した。
ザリラは「守るべき人」を見下ろす。対してそれを見上げる桂木 悠。
彼女とザリラは暫し視線を交錯させた。2人が何を思っていたのか、それを知る由はない。
その時。
ッッドォォーーーーーン‼︎‼︎
怪しい……しかし神々しくもある……光を纏い、巨大な結晶体が地面から現れた。強力なエネルギーに由来するスパークがそれの周りに発生する。
ザリラは、それをただじっと見つめていた。ハサミを強く握りしめて。
結晶体は、桂木が神山に見せられた夢、そして地下の実験室で見たそのものだった。その結晶体の中に巨大な何かが存在している。
結晶体がひび割れ、表層から崩れ落ちていく。崩れる氷山のように。そして噴き上がる白い蒸気。やがて中にいた異形の全容があらわになった。
そう。桂木が見た異形の正体。この世界を裏から支配する神。
ゼウス。
漆黒の身体。頭部には深海魚デメニギスのような半透明の組織……目の代わりなのだろう……が備わり、内部から青く発光していた。口には鋭い牙が並び、手には5本の鉤爪。背中には悪魔の鎌のような形状をしたトゲが生え揃う。
二足歩行でスラリと立ち上がる様は、見ている人間たちに、今までの怪獣とは別格の威厳を感じさせた。
グァァァァァァァアアァァァァ‼︎‼︎
ゼウスが咆哮する。それは、生きとし生けるもの全てに恐怖を植え付ける…そんな轟音だった。
2大怪獣は桂木を挟んで対峙する。姿勢を低くし、ハサミを構えるザリラ。大きく発達した手を握りしめ、唸り声を上げるゼウス。両者一歩も引くつもりのない、臨戦体制の構え。
ギィィィィィィィィ‼︎‼︎‼︎
グァァァァァァァアアァァァァ‼︎‼︎
咆哮と同時に走り出す2体。夕暮れ時、日本の首都・日ノ本島をリングに、大怪獣と神による一騎打ちが始まった!
いきなりザリラパンチが炸裂する。あらゆる敵を打ち砕いてきた鉄拳は、しかしゼウスの拳に相殺される。
ザリラとゼウスのパンチが空中で衝突。莫大なエネルギーは周囲に衝撃波という形で拡散し、周囲の建物の窓が粉砕された。
国防軍本部ビルも例外ではない。遂に危険を感じた職員…通信士やオペレーター…たちが撤退する。本部を棄てることになるとは、誰が予想できていたであろうか。
粉砕されたガラスは、避難する国防軍隊員たちに踏みつけられた。ジャリ、と音を残して、ガラスは砂に戻っていく。
次回に続く。
特撮では怪獣が倒されると何故か爆発しがちですが、本作ではそれを「拿捕されないように自爆」と解釈してみました。怪獣が兵器として創られたのなら結構あり得ると思うんですが、どうすかね?