日が暮れ、薄暗くなる中で戦い続けるザリラとゼウス。
目の前に立ちはだかる敵。コイツこそが長年追い求めて来た宿敵「ゼウス」だと、ザリラは理解していた。
だから初めから本気で戦う。エネルギー効率やら必要最低限の攻撃やら気にしている場合ではない。
漆黒の岩のような敵の身体にパンチを叩き込む。容赦は一切しない。
ババババババババ‼︎
連続で打撃が炸裂するが、鋼のように硬いゼウスのボディには通用しない。しかし、ザリラはそれでも攻撃の手を緩めなかった。
ザリラは戦いながら、過去を思い出していた。
ザリラは数万年前、当時繁栄していた古代文明で創られた。
◆◆◆◆◆
使い古された雑巾の如く、ボロボロになった服を着た青年の姿。
それがザリラが生まれて初めて……正確には「起動」されて初めて……見た景色だった。
ザリラは本能…あらかじめ仕込まれたプログラム…によって、彼が自身の「生みの親」なのだと悟った。
ザリラを含めた生体兵器(怪獣)は、暴走を避けるために起動前に基盤となる情報がインストールされている。そして起動後に細かい指示を入力されるのだ。
つまり彼の指示は絶対だし、そもそも「逆らう」という選択肢はザリラに備わっていなかった。
だからこそ、ザリラは彼から伝えられた指示に驚き、戸惑った。
彼は重篤な怪我か病気を負っているらしく、虫の息だった。それでも聞き取れた言葉は。
「好きにしろ。」
好きにする、とは何か。ザリラは困惑した。生体兵器は基本的に戦うために生み出される。戦闘任務に酷使され、場合によっては自爆もさせられるし、機能不全になれば解体も免れないだろう。
そう、怪獣はそれだけの存在なのだ。普通は。
しかし、ザリラに与えられた任務は「好きにすること」。自分のことも、この世界のこともほとんど知らないのに無茶な命令だ。
すると男は、右手にはめた腕輪……桂木 悠が持っているのと同じもの……を掲げる。そしてか細い声で話した。
「お前に、僕がここまでの人生で見て来たものと、想いを伝える…。これをどう感じるか、どうしたいと思うかはお前に任せるよ……。」
腕輪が青白く光を発する。と同時に、ザリラの脳に彼の「心」が流れ込んで来た。
ザリラが見たもの。その詳細はザリラと男のみ知ることだ。
確実なのは、ザリラがそれを受け取ったということ。
力及ばず、もう先の長くないであろう彼の意志を受け継いで。力を持てなかった彼の代わりに、彼が最後に願ったことを実現するために。
ザリラは明確な意識を持った。自分のプログラムを自身で書き換え、追加し、「自分」を形造り始めた。
「人間を縛り付けるものを破壊する」。
それが、ザリラが自身に課した使命だった。それを確認した青年は、わずかに微笑みを浮かべた。
「そうか…きみがやってくれるんだな…。縛り付けるものを破壊……任せたぞ。」
◆◆◆◆◆
強い打撃を受け、ザリラの意識は現在に引き戻された。
ゼウスの拳がザリラの甲殻に炸裂。今までの敵怪獣とは別格の、強烈な一撃だった。たまらず後退りするザリラ。
「その程度か、ザリラの力は。」
そう言わんばかりに低く唸るゼウス。
ザリラはうろたえていた。たった一撃でここまでのダメージを受けたことはない。甲殻は無事だが、身体の内部が破壊されていることだろう。
ザリラはその苦しさを怒りに変換した。怒りは、猛烈な熱量を誇るオーラとして甲殻の表面にまとわりつく。やがてスパークとともに、ザリラの口に光が充填された。
閃熱光弾。ザリラの必殺技。使うのはいささか時期尚早にも思えるが、相手が相手だ。躊躇するいとまはない。
ボッ‼︎‼︎‼︎
必殺の閃光が迸る。スカイスレイヤーを爆砕し、サーベルヘッドの刃を吹き飛ばしてきた光の一閃は、狙いを過たず次なる敵…ゼウスに迫る。
狙われたゼウスは避けることもできず……否、避けなかった。
閃熱光弾はゼウスに直撃。しかしその瞬間、閃光が砕け散った。砕けた光の破片は周囲に拡散し、消えてゆく。
降り注ぐ光の断片の中に立ち尽くすゼウス。その光景は神々しくもあった。
なぜだ。こんなことはありえない。ザリラは思わず身構えた。コイツは只者じゃない。そう改めて思い知らされたのだ。
深く考える暇もなく。
今度はゼウスの目が強い光を発した。青き光は激しさを増し、やがて口の中にまで広がる。その口が蛇のようにカッと開き、鋭い牙が迫り出して「発射口」が露わになった。
ザリラは敵の遠距離攻撃だと悟った。両手を体の前で交差させ、防御体勢を……。
バシュッッッッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎
ゼウスのエネルギーは、強烈な光線として発射された。周囲に熱風を撒き散らしながら、光線は稲妻の軌跡を描いてザリラに襲いかかる。
攻撃をガードしようとしたザリラ。しかし、その圧倒的なエネルギー量になす術はなかった。ザリラはもろに直撃を受け、弾き飛ばされる。ビルを何棟も突き抜け地面を2キロメートルも吹き飛ばされた。
ギィィィィイイ……
ようやく停止したとき、ゼウスからザリラまでの直線区間は木っ端微塵に破壊され、焼き尽くされた一本道が出来上がっていた。身体を焼かれ、煙を上げたまま立ち尽くしていたザリラだったが、遂に力尽きる。
ドサァ…
ザリラは膝から崩れ落ちる。
ゼウスの放った破壊光線の名は「雷霆(イカズチ)」。あらゆるものを焼き尽くす圧倒的威力の光の束を敵にぶつける大技だ。その出力は15Mt、ブラボー実験で使用された熱核爆弾と同等の数値を誇る。
身体のいたるところを焼かれたザリラ。立ちあがろうとするが、それは叶わない。
たった一撃で。…せめて絶望を振り払おうとするが、それすらもゼウスは許してくれない。
倒れるザリラに向かって、ゆっくり歩みを進めるゼウス。タイムリミットは刻一刻と迫っていた。
◇◇◇◇◇
私は岩崎隊長の操るパワードスーツのに乗って国防軍本部の中を疾走していた。建物は停電し、夜の闇が辺りを覆っていた。こんな中で本部を走り回ってる目的はもちろん、一連の事件の首謀者・神山を止めること。
止められるかな…いや、止めないと。私はゴクリと喉を鳴らす。
神山が、そしてゼウスが成し遂げようとしている「完璧な世界」。それは本当に幸せなのだろうか。そもそも、何も知らない一般人たちに無断で進めて良いことじゃない。そう、これは「独りよがりの幸せ」なのだ。
自分にそう言い聞かせ、パワードスーツの肩の部分にしがみつく。
『桂木、おそらく奴がいる場所を特定した。赤外線カメラがある一室に熱反応を…」
「行きましょう。」
『決断が早いな。…もちろんだ。』
部屋の前に着いたが、入り口はボロボロでドアが半開きになっていた。私は機体から降ろしてもらう。
パワードスーツがチェーンガンを構え直し、突入の準備をする。
『国防陸軍だ‼︎』
岩崎は意を決し、パワードスーツで部屋に踏み込む。勇ましい彼の声は、しかし、次の瞬間には驚きの叫びに変わっていた。
「岩崎隊長…?」
私も部屋をのぞいてみると…。
そこはスライム状の「何か」で覆われていた。グジャグジャした青く気味の悪い物質が、椅子を、机を、パソコンを、あらゆるものを包み込んでいる。靴にまとわりつくねっちょりした感覚が気持ち悪い。
「あれって…。」
そんな中私は見つけた。スライムの中に人が取り込まれているのを。しかも、その人物は神山その人だった。
彼は事切れていた。
立ち尽くす私に向かって、岩崎隊長が言う。
『コイツ…笑ってるぞ。』
そう。彼の言葉通り、神山は笑っていた。死にながらも、本当に幸せそうに……。
ここで何があったと言うのだろう。
不釣り合いな光景に寒気を感じた。遠くない距離から聞こえるザリラとゼウスの戦闘の音だけが耳にこびり付いた。
◇◇◇◇◇
その頃ザリラはピンチであった。
ザリラの首を発達した手で締め上げるゼウス。表情が感じられない顔の裏側で何を思っているのだろうか。
そして、気味の悪い音と共に、ゼウスの背中の肉が隆起した。生えてきたそれは長く伸び、ウネウネと蠢き始める。「触手」が生えてきたのだ。
触手は6本ほど生えて、先端をザリラの方に向ける。明らかに威嚇の構え。
次の瞬間、触手軍団は一斉にザリラに突入した!鋭く風を切る触手。ザリラはその動きに全くついていけず、即座に拘束されてしまう。
ゼウスの脳の処理能力は通常の生物はおろか、怪獣をも遥かに上回る。まさに生きているスパコンという言葉が似合うほどに…。
だからゼウスから見れば、ザリラの動きなどスローモーションに見えていた。防御も攻撃も、相手の筋肉や神経伝達の微弱電気を捉えれば造作もなく判断できたし、なんなら次の動作も高確率で的中させていた。
つまり、ザリラは完全に隙だらけだったということ。これではいくら堅い甲殻があっても長くは持たない。
変形能力と情報処理能力、これらを活かしてゼウスはザリラを圧倒する。
予想される敵からの反撃に対し、あらかじめ回避行動を取る。
……右手の拘束が甘い。右ストレートが飛んでくるだろう……
ゼウスは頭を捻り、攻撃予測コースから離脱。
予想的中、ザリラのパンチは虚空に空振った。
そしてその隙にザリラの頭を握りしめる。自分の肉体まで傷をつけないように適度な力加減を瞬時に計算し、最適な力配分で敵の頭を締め上げた。泡を吹くザリラ。
そして変形能力を用い、瞬時に触手をもっと生やす。使い慣れないから動きが鈍る…なんてことはない。動かし方は一瞬で計算し使いこなす。
こうしてザリラは触手で絡め取られた。もう動けない。
ゼウスは触手で拘束したザリラを振り回す。
バッコーーーーーン‼︎
残っていた高層ビルに叩きつける。鞭と同じく、長い触手の先端にいるザリラには相当の運動エネルギーが働く。その速度のままビルに突っ込ませるのだ。
さらに追い打ちをかけるように、崩れたビルの瓦礫が降り注ぐ。
これを一回やるだけではない。何回も何回も叩きつける。慈悲などない。ゼウスは感情など持たず、ただ目的のための最適解を実行しているだけなのだから。
ザリラにはもはや抗う術がなかった。
ゼウスの触手が解かれた時、ザリラは頭から地面に突っ込み、動きを止めていた。戦闘開始からわずか十数分、ゼウスの圧勝であった。
動かなくなったザリラから視線を逸らし、周囲を見渡す。直近で脅威になりそうなものは無さそうだ。
グルルルルルルルル……
ゼウスは自身が目覚めた理由を忘れてはいなかった。
……全人類をを完璧にする……。
そのために必要な人間は『リンク』を持つ唯一の人間、桂木 悠。彼女こそゼウスに必要とされる最後のパーツなのだ。
ゼウスが人間の意識に干渉するためには、一人一人を自身のネットワークに接続した上で「魂」を乗っ取らなければならない。接続は造作もないことだが、まだ不完全体であるゼウスには、「乗っ取り」ができないのだ。
それを可能にするためには、『リンク』を持った人間を取り込み、完全体に進化するしかない。そしてそれを持っているのは桂木 悠ただ1人…。
『リンク』を持つ人間は、本来ゼウスが完全体になるために自身を捧げる…そんな存在なのだ。
全ては最終目的である「人類を完璧な存在にする」ために。ゼウスは次なる行動を開始した。
◇◇◇◇◇
窓の外を見て私たちは悲鳴をあげた。ザリラ、完全敗北。ゼウスの前に手も足も出なかったようだ。
そして、こちらに迫ってくるゼウス。巨大な影が光を遮る。もはや逃げる時間はない。
岩崎隊長はパワードスーツに乗り込む。私はその後ろに身を隠す。
『オラァ、かかってこいクソ神‼︎』
パワードスーツの銃口がゼウスに向けられるが……。
バシュッ‼︎‼︎
一瞬後にはパワードスーツは横に吹き飛ばされ、壁に突っ込んでいた。機体に突き刺さっているのは、どこからともなく現れた2本の触手。そう、ゼウスのものだ。
パワードスーツは大破し、コックピットの中の岩崎は失神した。
残りの触手が、品定めするかのように私を取り囲む。
「いやっ…」
捕まったらどうなるの…⁉︎
思わずうずくまる私。触手は躊躇せずに私の身体に巻きつき…持ち上げる。割れた窓から外に出て、空中を連れ去られて行く。
もうダメだ。逃げられない。
恐怖と絶望に駆られ、私は気を失った。
意識が遠のく中、岩崎は見た。触手がゼウスの背中へと引っ込んでいき……桂木がゼウスの背中から体内に引き込まれて行くのを。
彼女の姿は、完全にゼウスの中に消えた。
「くっそ……どうすりゃ良い…⁉︎」
岩崎は操縦席に拳をぶつけた。このまま桂木がゼウスに取り込まれれば世界は…。
(チェーンガンでは圧倒的に威力不足だ。だがゼウスの背後に政府と軍のお偉いさんがいるとすると、軍に出撃要請をしても意味はない。頼みの綱の甲殻怪獣はあのザマだ…。)
ダメだ。どう足掻いても勝ち目はない。
「クソっ……」
岩崎の意識は途絶えた。
操縦者を失ったパワードスーツは、ゆっくりと地面にひれ伏してその動きを止めた。
◇◇◇◇◇
気がつくと、私は真っ暗な空間に居た。無限に広がる暗闇。
そうだった、ゼウスに取り込まれてしまったんだと思い出した。するとここはゼウスの中…?
すると、向こうから人が1人歩いてきた。白衣を着たその男に、私は見覚えがあった。
「神山…!」
私をこんな目に合わせた、ザリラを傷だらけにした、そして全人類を自らの思想で埋め尽くそうとしている張本人…。
おそらくこれはゼウスの中の仮想世界。意識だけの空間…いわゆる精神世界ってやつなんだろう。
いつのまにか、彼の後ろに暗黒の巨体があった。ゼウス。その不気味な顔が見下ろしていた。
私は1人で、この狂気の男と巨大怪獣の前に立たされたのだ。
「桂木 悠。人類のため、ゼウスと繋がってくれ。」
神山が語りかけてきた。私は何も言わずにただ睨み返す。
「なぜそこまで拒む?何が君を頑固にさせているんだ…?」
周囲の真っ暗な空間が変わり、私は青空を飛んでいた。ゼウスと神山の姿は消えていた。
眼下に見える大都市には、米粒のように小さな人々がせっせと歩いている。この季節にしては暖かい、気持ちのいい朝の風景らしい。
『見よ。人間はこんなにもちっぽけなのだ。』
脳に直接語りかけてくる神山の声。いや、これは神山の声を借りたゼウスの意識なのかもしれない。
『ちっぽけな人間が、この世界で何かを成し遂げるなんて不可能なのさ。不完全な個体としての生命なら尚更。』
私は黙って街を見下ろす。
遅刻したのであろう学生が、走って学校に入っていく。ふらふらした足取りのサラリーマンが、ため息を吐きながらビルの前に立ち尽くす。
何気ない日々に見ていた光景。高いところから見ると、こんなふうに見えていたんだ…。
『個体としての生命に固執するから、何も変えることはできない。』
周囲の風景が変化し、何処かの会社のオフィスにワープしていた。
電話越しに頭を下げる男性。書類を抱えて走る女性が、私の身体をすり抜けていった。
待てよ。ここ見覚えが…。
『そう。ここは君が勤めていた会社だ。ほら、そこに居る。』
その言葉通り、椅子に座ってパソコンに食い入る私がいた。その顔は青白く、どう見ても体調が悪そうだ。机の上には書類の山。手元のコップには水一滴入っていなかった。
「……っ」
辛かった日々がフラッシュバックする。
周囲の人々には、いい会社に勤められていい人生を歩んでいると言われていた。私は笑って受け流していた。本当は、ただ生きるために仕方なく働いていただけ。
自分は何をしていたんだろうか。働いてなければ生活できないのだから、これは呼吸と同じくらい根本的な行為だったはずだ。でも、こんなに苦しい呼吸があってたまるものか。
私が悪いの?私がダメな奴だから苦しかったの?
「…バカみたい。」
私はつい口走った。やりたくもないことをこんなに必死にやっている自分を客観的に見ていると、何だかとてもぐじゃぐじゃした気持ちになる。
やっても無駄、頑張っても結果は付いてこない。そんなことの連続だった。それでも私は必死に何かを成し遂げようとして……その度に苦い思いをしてきた。
結局、成功できる人ってのは選ばれた一握りの人間だけなんだろう。何かの才能があって、もしくは「人の数倍努力できる」という才能があって…そんな特別な人間に、私なんかがなれるわけもない。
私はいつも劣っていた。人に勝った試しがないばかりか、人並みにできたことも無かったと思う。
国語も数学も理科も。バスケも水泳も算盤も。そういえば、友達内でも家族でも、誰かにとって1番の存在だったことがない。そして社会人になってからは、「実績」やら「給料」やらで劣り続けた。
そうだ。全て私が劣っているから悪いんだ。自分のせいで自分を苦しめていたんだ。それだけじゃない、そのせいで自分の周囲の人々にもたくさん迷惑を……。
いつの間にか、私は黒い人影に周りを囲まれていた。影たちは一斉にこちらを指差し、何やら話し始める。混じって不明瞭になる声の中で、聞き取れた言葉が。
『お前が悪いんだ。』
『なんでこんなことも出来ないの?』
『迷惑なんだよ。』
『あんたと一緒か…この企画はお終いだな。』
今まで私が言われてきた言葉の数々だった。
言葉の暴力に思わず耳を塞ぐ。人影から逃れようと目もぎゅっと閉じる。それでも鳴り止まない人の声…。
突き刺さる視線と、私を追い込もうとする無数の手の気配を感じる。
目を瞑り、真っ暗な世界で私は思った。
私がちゃんとした人間だったら。人より劣っていない人間だったら…。こんな人生を歩まずに済んだのだろうか。
『君は人類を完全な存在にすることに反対していたが、そんな君も本音では『完璧』を願っていたのだ。』
そっか…。そういう事になるのかもしれない。
いや、本心ではずっとそうだったのかもしれない。認めてしまえば「劣っている」と自分を傷つけることになるから。認めたく無かっただけなのかもしれない。
私はそっと目を開いた。周囲に人だかりは無く、綺麗な草原が広がっていた。どこまでも続く青々とした草むらで私は立ち尽くす。
目の前にゼウス……人間くらいの大きさの……が居たけど、そいつに不思議と恐怖は感じなかった。私とゼウスは視線を交錯させた。
何だか、そんなに悪い話ではないように感じてきた。嫌だと感じていたのは、自分の無知や自己否定につながる恐怖からだったのかもしれない。
そんなものはただの感情論に過ぎない。ゼウスの言ってる方が正しいと思うようになった。
すると、また風景が変わる。今度の場所は荒野だった。あちこちに溝が掘られ、その中に武器を持った男たちが所狭しと並んでいた。
塹壕戦…?教科書でしか見たことのない戦場だった。
ライフルを構えた兵士たちが次々と発砲する。乾いた銃声と共に、銃口から散る火花。次弾を装填しようとした彼は、しかし、頭から血を噴いた。敵に撃たれたのだ。
次々と倒れる兵士。私の足元まで血が流れてくる。
『彼らはなぜ殺し合うのか。それは、お互いに相容れない価値観だったからだ…。』
私は何も言わず、足元の血溜まりを見つめていた。赤い水たまりはやがて土に染み込み、消えていく。
『不完全な人間は争いを止められない。なぜなら、話し合っても意見が食い違い、合意できないからだ。だが、もし皆同じ考えを持つことができたら。』
人類が辿ってきた歴史の暗い部分は皆知っているだろう。度重なる戦争や紛争。止められない環境破壊。それらを前に協力するどころか、むしろ仲違えていく各国。
もどかしいような歴史が繰り返され、そして今も続いている。
『人間が完璧になれば。皆が同じ…完璧な価値観を…共有できたら。個人の問題から世界の問題まで解決できるのだ。だから。』
元の真っ暗な空間に戻っていた。私をまっすぐ見つめる神山の目。
「だから、どうか。あなた自身のため、そして世界の幸せために決心してほしい。」
今までクソみたいな人生を歩んできた私が、今、世界のためにやれることがある。これをやれば、自分も、世界も変えられる。
もはや断るという選択肢など無いだろう。
「私……ゼウスに繋がります。」
自分という障壁を取り払って。私はもう、今までの私じゃなくなる。
今までの……何やっても上手くいかない、頭お花畑の理想主義者で、社会不適合者の……私とはおさらばだ。
これからの世界はさぞ幸せになるだろう。皆完璧になったおかげで、無駄なく、効率よく世界は回っていくだろう。自分の事で悩む必要はなくなり、自己葛藤しなくて良くなって、精神的にも楽になるはず。そして私はその先駆けになるんだ。
私の前に立っているゼウスは、握手を求めるかのように触手一本を差し出してきた。どこか紳士的でちょっとカッコよく見えた。
この触手を握れば、その時きっと……。直感でそう理解していた。
私の握手は、確かに受け入れられた。触手の感覚を感じるより先に、私の意識はゼウスの中に取り込まれていく……。
次回に続く。