……本当にそれで良いのだろうか。それは「幸せ」な世界なのだろうか。
これは「普通」の主人公・桂木 悠が、本当の「幸せ」を求めて運命に抗う物語である。
ぬるぬるして冷たい感覚…。
私はゼウスの中で目を覚ました。
周囲は暗かったが、目が慣れてきて状況が理解できた。
私は壁に縛り付けられている。ここは畳三畳ほどの空間で高さは2メートルほど。私が居る以外は何にもない。
身体にまとわりつく蔦のような器官を力ずくでぶちぶち切断し、両手両足を縛る蔦も解き、脱出。
そして腕に付着した、蔦から滲み出るゼリー状の物質を払い落とす。ゼリーは床に落っこち、ベチャっと音を立てた。気持ち悪いったらありゃしない。……神山が包まれていたゼリーはこれだったのか。
腕には腕輪が付いていた。一安心する。
ズゥゥン
床が振動した。ここはゼウスの中なのだから当たり前か。まだ戦いは続いているんだろう。
「……よし、こいつをぶっ潰してやる。」
私はそう決意した。外でゼウスと戦っているであろうザリラを支援するんだ。どっちみち体内から逃げ出さなきゃならないし、そのついでって事で。
でも、どうやってぶっ潰すのか。私はさっき思いついた名案を実行する事にした。
私は肩掛けバッグを掛けたまま拘束されていた。つまり、バッグの中身は使い放題だ。そしてそのバッグの中には「アレ」が入っている。
「あった!」
取り出したのは、瓶。その中には黒っぽい粉が入っている。
「坂井くん……力を貸してもらうよ。」
これは坂井くん……冒険の途中で出会って友達になった人……が持っていた火薬・テルミット。一度火をつければ3000℃という超高温で炎をあげ、金属の溶接などに利用されている。
金属ですら溶かすのだ。怪獣といえど、体内からこれで炙られてはさすがに耐えられないだろう。
運のいい事に、バッグにはマッチも入っていた。神山の研究室から盗んできて正解だった。これでテルミットに着火できる。
瓶の蓋を開け、中身をひっくり返す。黒い盛り塩のように小さな山ができた。
テルミットの盛り塩を前に、私は目を閉じた。
この狭い空間で着火すれば、炎が燃え広がって私まで焼死するかもしれない。もしかすると、生きて脱出できないかもしれない。
マッチを片手に私は立ち尽くす。少しの迷いがあった。
でも。賭けてみなければ分からない。やってみれば脱出できるかもしれない。どちらにせよ死ぬなら……。
「やって後悔してやるよ。」
マッチを箱の側面に擦り付ける。パッと周囲が明るくなり、手元に熱を感じた。
温かい光を、テルミットの方に投げる。落ちてゆくマッチ棒がスローモーションのように見えた。火はテルミットの上に落下し、そして…。
ボォォォ‼︎‼︎
巨大な火柱が上がった。天井まで届くほどの炎が、強烈な閃光を放つ。私は思わず目をギュッと瞑ったが、瞼を閉じても光を感じる。
猛烈な熱量が皮膚を刺激する。私は空間の端まで下がるが、それでも熱い。熱だけでなく、飛び散る火花も脅威だ。触ってしまったら火傷は必至だろう。
「……そうだ!」
私は着ていたコートを脱ぐと、体の前に広げた。コートを盾代わりにして火の粉を避けるんだ。
火柱はまだ上がっている。果たして、私の運命は……?
◇◇◇◇◇
ギィィィィィィィィ‼︎‼︎
グォォォォォオオオオオォオォォォォ‼︎‼︎
ザリラとゼウスは激しい格闘を続けていた。お互いの打撃が炸裂し合うが、どちらも一歩も引く気配はない。
ザリラはゼウスを下手に刺激できないのだ。敵に取り込まれた桂木 悠を傷つけないために。
ゼウスのストレート。空を切り音速のハンマーとなった拳を、ザリラは手でガード。衝撃に耐えきれず、腕の甲殻にヒビが入り、破片が宙を舞った。鉄壁の甲殻でもっても限界は近かった。
焦りを感じるザリラ。ゼウスの表情を伺おうとするが、敵の顔には感情が無かった。
防御されたものの、ゼウスは腕に力を込め、ザリラに圧力をかける。ザリラは押しかかる敵の拳に必死で耐える。しかし、ゼウスの方が力は強かった。徐々に押し下げられゆく。ザリラは思わず目を細めた。
その時。ザリラはゼウスの異変を察知した。
ゼウスが苦しんでいる。感情がないはずのゼウスの顔が歪んでいる。
グォォォォォオ⁉︎⁉︎グギギィィィィィ……‼︎
遂に苦しみの唸り声を上げるゼウス。
ザリラは混乱しつつもすかさず状況を分析。生体兵器由来の目……ザリラ・アイ……は、さまざまな種類の光を切り替えて相手を「見る」ことができる。
ザリラが目の膜を瞬時に入れ替え、赤外線モードでゼウスを見てみると。
……ゼウスの右胸の辺りが赤外線で異常に明るく見える。凄まじい熱が発生しているらしい。
ザリラは思った。もしかすると、桂木 悠からのSOSなのかもしれない。そこに守りたい人が居るなら、躊躇するいとまはない。
しかし、ゼウスの防御は固かった。
ゼウスの身体にハサミを突き立てようとするザリラであったが、ゼウスは触手を展開してこれを防御。ザリラの腕に触手が巻き付き、腕を固定した。
ギィィィィイイ⁉︎
身動きが取れなくなったザリラが顔を上げる。そこには、先端が槍のように尖った触手軍団が待ち構えていた。これで滅多刺しにするつもりなのか。
シュルルルルッ‼︎
空を切り、槍の触手がザリラに迫る。射線上にあったビルが一瞬で貫かれる。この攻撃に、拘束されたザリラは防御をとることもかわすこともできず……!
ボガァァン‼︎‼︎‼︎
突然、ゼウスの背部で爆発が巻き起こり、背中から生える触手が吹き飛ばされた。真っ赤な爆炎が噴き上がる。続け様に次々と爆発が連続、ゼウスの触手は全滅した。
砲撃だ。でもいったいどこから……。
その答えは空にあった。
西の空に多数の機影があった。中央を飛ぶ輸送機のような姿の大型機と、それを取り囲む無数の小型機。
国防空軍の編隊だった。
中心の大型機は、機体の左側から巨大な砲身を突き出している。いわゆる「ガンシップ」だ!
ガンシップのキャノン砲が火を吹く。まさに空飛ぶ戦艦の如く、猛烈な集中砲火を開始した。
ボォン‼︎‼︎ ボォン‼︎‼︎ ボォン‼︎‼︎
狙いを過たず、砲撃はゼウスを直撃する。
続いて、ガンシップの周囲の小型機…いや、戦闘機隊がミサイルを発射した。夜空を駆けるロケットエンジンの炎。数発で空母をも沈める対艦ミサイルが、雨のように降り注いだ。標的はゼウス。絶え間なく着弾するミサイルによって、漆黒の巨体が爆炎に包まれる。
危機に陥っていたザリラには、その炎が希望の光のように映った。
◇◇◇◇◇
「誘導弾全弾命中!」
操縦士の高揚した無線は、火力誘導員に向けられたものだ。
標的にレーザーを照射し、火力誘導を行ったのは一機のパワードスーツだった。そのコックピットの中で、パイロットは肩を震わせていた。
たまたま最前線にいた男。自らの意思で対ゼウス戦を訴えかけた彼の名は、岩崎 栄二。岩崎はコックピットの中で静かに肩を震わせていた。
「みんな……来てくれてありがとう……。」
◆◆◆◆◆
「……俺と一緒に、世界、救ってみないか?」
岩崎の無線は、全国の国防軍に届いた。ちょうどゼウスの洗脳から解け、ザリラの能力で各々の「夢」を思い出した兵士たちの多くは出撃を希望した。
しかし、軍の上層部はゼウス側である。そのため上層部から出撃許可が降りなかったが……。
「本基地の隊員たちへ。本隊はこれより国防軍本部へ物資を輸送する。尚、移動中に怪獣に遭遇した場合は自衛のために反撃を許可する。」
とある基地の指揮官はそう言って出撃を許した。彼は後ろを向くと、静かに笑みを溢したらしい。
これに便乗する形で、多くの部隊が出撃。岩崎は賭けに勝ったのだ。
◆◆◆◆◆
涙を拭き、岩崎は戦闘機部隊を誘導する。巧みな指示により、攻撃隊はミサイルを次々と命中させた。炎に喘ぐゼウスを前に、岩崎はガッツポーズを見せた。
と。モニターが何かを検知した。
「ゼウスの胸部で発熱反応……?」
岩崎はハッとした。
桂木 悠と一緒にいた男。彼が持っていたモノ。それを取り上げていったのは親衛隊……。繋がった。
「テルミットか!考えたもんだな桂木さん!」
だからザリラはゼウスを切り裂こうとしていたのか。彼女を助けるために。それなら、俺たちも協力してやらんとな。
「えーー、こちら岩崎。これより民間人一名の救出を行う!ザリラがゼウスに肉薄するまでの間、弾幕でゼウスを拘束してくれ!」
◇◇◇◇◇
『……弾幕でゼウスを拘束してくれ!』
無線はガンシップと戦闘機部隊に届いた。
「戦闘機部隊は左翼と右翼に展開、両翼から交互に叩け!本機は敵正面を塞ぐ!」
ガンシップのパイロットがすかさず指示を出す。戦闘機パイロットは手信号で「幸運を」と伝えつつ、アフターバーナーの炎を残して指示通り二手に分かれていった。
◇◇◇◇◇
キャノン砲とミサイルの集中砲火を受けるゼウス。正面からの砲撃に加え、左右から交互にミサイルや機関砲弾が突っ込んでくる。あまりの火力に身動きが取れないうえ、爆煙で視界が効かない。
ザリラは立ち上がった。攻撃の構えをしつつゼウスの方を見るが、ゼウスはザリラに構っていられないほどの爆発を浴びている。
……ゼウスが砲撃で拘束されている。チャンスは今しかない。
ザリラの、そして岩崎の読み通り、ゼウスが苦しんでいるのは体内でテルミットが燃焼している影響だった。他でもない、桂木 悠の仕業だ。想定外の体内からの火炎攻撃に加え、上空からの飽和攻撃……ゼウスといえどもなす術がなかった。
ザリラは決意したかのように咆哮すると、身体にエネルギーを蓄え始めた。
甲殻の表面にスパークが走る。蒼白のオーラは、例の如く口に集約される…のではなく、右手のハサミに集められてゆく。猛烈な熱量を誇り、もうもうと蒸気を放つ右手を掲げるザリラ。
閃熱光弾のエネルギーを応用し、高熱の刃と化したハサミで攻撃する技「熱刃斬撃」。ザリラの近距離戦での切り札だ。
灼熱の凶器を突き出し、ゼウスに突撃するザリラ。狙うは彼女がいるであろうゼウスの胸の辺り……!
集中砲火が止み、視界が開けた途端、ゼウスは目を見張った。目の前にザリラの姿があったから。そう、必殺の右手を構えて。ゼウスは全く対処することができなかった。
懐に入り込んだザリラは、灼熱の右手をゼウスの右胸に突き刺す!
マグマの拳と化した右ハサミは、真っ赤な軌跡を残してゼウスの装甲に突き立てられる。
ジュワァァァァッッッッッ‼︎‼︎‼︎
ザリラの攻撃を悉く防いできたゼウスの体表が、いとも簡単に貫かれた。まるでプラスチック容器に熱した金属棒を押し当てたかのように、ゼウスの体表は溶け、無防備な肉体が露わになった。
グォォォォォオオオオオォオォォォォ‼︎‼︎⁉︎⁉︎⁉︎
痛みと熱さとに苦しみの咆哮を上げるゼウス。その身体から白く煙が上がった。
ゼウスに突き刺さったところで、ザリラの熱刃斬撃状態は止まった。しかしここからはザリラ自身のハサミでも十分切り込むことができるだろう。
ザリラの甲殻にはあちこちに火傷のような跡ができていた。一部溶け落ちたり、煙を上げたりもしている。熱刃斬撃はその強烈な威力ゆえ、自身の身体をも傷つけてしまうのだ。
しかし、ザリラはそんなことを気にしない。守るべき人が助けを待っているのだから。
一度止まった状態から、ザリラは思いっきりハサミを突き刺す。ザリラのハサミが悲鳴をあげ、甲殻にヒビが入ったが攻撃をやめない。刃がゼウスの肉体を切り込む。凶器と化したハサミはゼウスの背骨付近まで達し、敵の体内を完膚なきまでに破壊した。
口から青い血を流すゼウス。同時にザリラも苦しみの唸り声を上げる。
ゼウスに突き刺さる右手にはたくさんの亀裂が入り、既にボロボロになっていた。
ゼウスは肉薄するザリラの背に拳をぶつけるが、その手に力が入らない。
その時。ザリラはハサミに感覚を感じた。ひしゃげてはいるが、この感覚は間違いない。これは……!
ザリラは感覚のあった部分の肉を挟み込むと、そのままゼウスから切断した。
ギャォォォーーーーーッ‼︎‼︎
ザリラは咆哮と共に、一気にハサミを引き抜く。青色の血が吹き出し赤い甲殻に付着した。捨て身の攻撃でグシャグシャに潰れたハサミが露わになると同時に、ゼウスは胸を押さえて力尽きたように倒れた。
ザリラが取り出したもの。
ボロボロになったハサミの上に、1人の人間が倒れていた。黒のショートヘアの女性。右腕には腕輪がはめられていて、もう片方の手で黒いコートを握りしめていた。
間違いない。ザリラが守りたかった人だった。
◇◇◇◇◇
何か……ゆらゆらと揺れる感覚……。周囲が明るくなっていくような……。
うっすらとした意識の中で私はそう感じた。
私は……そう、ゼウスの中でテルミットに着火して、それでーー‼︎
ぱっと目を開き、深く息を吸う。目の前には、薄明るくなりつつある夜空と、自分を助け出してくれた「希望」そのものの姿があった。
硬い床……ここは怪獣の手の上か。ヤツはこちらを見下ろしている。私は自然と笑みを浮かべた。
「また助けてもらっちゃった……ありがとう、ザリラ。」
私の救世主…甲殻大怪獣ザリラは、小さく唸ると、私をゆっくり地面に降ろしてくれた。
ふらふらと立ち上がり、地面を踏み締める。今更ながら、ゼウスの中から脱出できたんだと実感が湧いてきた。あれもこれもザリラのおかげだ。
『桂木 悠ーーーー‼︎』
瓦礫を飛び越えながらこちらに近づいてくる人影。いや、あれは人ではなくパワードスーツだ。操縦者は岩崎隊長で間違いない。
私の目の前で泊まったパワードスーツ。コックピットが開き、中から男が降りてきた。やっぱり岩崎隊長だった。
「よく出てこれたなぁ‼︎待ってたぞ。」
「最後までザリラと…そしてみんなに助けられちゃいましたよ。」
隊長は笑いながら肩を叩いて喜びを表現してくれた。
ゴォォォオオオオオオ……
その時。向こうで巨体が動いた。こちらを見ていたザリラも振り返り、相手に相対する。黒き巨体……ゼウスは、胸に重傷を負いながらも立ち上がったのだ。青い血が凝血し、どんどん傷口が埋まって行く。
まだ決着はついていないんだ。
今まで表情がなかったゼウスの顔に、今や怒りが宿っていた。
対峙するザリラはハサミを開いて威嚇する。しかし、その身体は傷だらけで、右手は使い物にならない程のようだ。これ以上戦えばどうなってしまうことやら…。
「まさか、あれだけの空爆を浴びたうえザリラに抉られて、それでも戦えるとは……!」
岩崎も驚きを隠せなかったようだ。
無線が入った。
『戦闘機はもうほぼ残弾が無い。ガンシップはまだもう少しだけやれるが……。』
無情にも戦闘機隊の支援ももうこれまでらしい。岩崎がどうにかならないか聞き返している中、私はザリラの方に振り返った。
「ザリラ……。」
グギャァァァ……
恨めしそうに唸るゼウス。
ゼウスはこの時初めて理解した。血液が煮えたぎるかのような……「怒り」という感情を。生体兵器の分際で。我々の理想の計画を、どこまで邪魔すれば気が済むのか。
ゼウスは手を変形させた。左手のそれぞれの指が鋭く研ぎ澄まされ、刀になる。断滅手。夢も希望も、全てを斬り裂くための5本の刃が生え揃った。
続いて右手も変形し、報復の準備は整った。
対するザリラは是面に膝をついた。傷だらけの身体が限界を迎えたのだ。
サーベルヘッドとの死闘、そしてゼウスとの二度にわたる戦い。ザリラは深く傷ついていた。みぞおちの刺し傷の跡、ひしゃげた右腕、焼け爛れた肩。甲殻には大小多くの傷ができていた。
それでも荒い息を吐きながら立ちあがろうとするが、それは叶わなかった。
ザリラに歩みを進めるゼウス。一歩一歩を踏み出すたびに、瓦礫が潰れ、地面が陥没する。ザリラを切り裂くべくその腕の刃が鈍く輝く。
あと数歩でゼウスはザリラに到着してしまう。そしたらどうなるか。結果は見え切っていた。
「ザリラーーーーーー‼︎」
私は涙ながらに叫んだ。やられる。私の「夢」が「願い」が、切り裂かれてしまう。でも、もはやどうすることもできない。
無線機を手に叫ぶ岩崎隊長の声も、歩みを進めるゼウスの足音も、夢の名を叫ぶ私の声も、全ての音が消えた。
空が明るく染まった。日の出かと思ったら違った。ザリラの上空に暖かい色の光が集まってきたのだ。
どうやら私の幻覚じゃないらしい。岩崎隊長も不思議そうに見つめていた。断滅手を構えたゼウスも、何事かと上空を見上げる。
どんどん集まってくる光。光はやがて輪になってゆく。
◇◇◇◇◇
横須賀のビル街。まだ未明だというのに各ビルの屋上には人だかりができていた。ここ一帯の屋上からは日ノ本島がよく見える。ニュースで日ノ本島での怪獣バトルを知り、皆自分の目で見るべくやってきたのだ。
この病院の入る雑居ビルの屋上にも人が集まっていた。入院患者から病院関係者、病院以外の関係者……一般店の店員や貸し部屋の住人たち……も。
その人だかりの中に、入院服姿の坂井 明もいた。彼は日ノ本島で上がる炎を祈るように見つめた後、隣の女性をチラッと見て幸せそうに笑った。
彼女との思い出を回想したから。コンビニバイト中に出会って、よく談笑して、でもあの日突然居なくなってしまって。彼女を失い絶望に打ちひしがれ、一時は死のうとしていた。
しかし、この病院でたまたま再開し……。
もう二度と会えないはずだった彼女と再開し、2人で抱き合って喜んだあの日の記憶。それを思い出していたから。
彼がこちらを見て笑ってることに気づき、彼女は微笑み返した。坂井と彼女…元戦闘機パイロットの西川は、そっと手を繋いだ。
2人が空を見上げると、薄明るくなりつつある中に、しかしまだ星が輝いていた。
◇◇◇◇◇
彼らは皆気づかなかった。自分たちの上に、ぼんやりとした「光」が出現したことに。その「光」が空中に道を作り、日ノ本島……ザリラの上に集まっていったことに。
「光」の正体。それは人々の「想い」。
皆が小さな幸せを思い出し、自分の本当の「願い」「夢」を思い浮かべた。一つ一つの願いは集まって巨大な力となり、自分たちの心の代弁者へと届けられたのだ。
祈りという、人間の心が奇跡を起こした。人々の想いがエネルギーとしてザリラに集約されていく。
自分の人生を生きたい。その心は世界共通なのだから。
大陸を越え、海を越え、「光」が到着する。どんどんと明るさを増していき、ザリラの巨体は白光に包まれた。
やがて白光はザリラの右手に集中。無惨にひしゃげた右手が光を纏う。光の輪郭が変形すると……巨大な光のハサミが出来上がった。
プラズマとして再生された右手のハサミは、左手のそれより2倍以上巨大化していた。片腕のハサミだけが大きいカニ、シオマネキのように。
ギィィィイィィィ‼︎‼︎‼︎
ザリラは咆哮し、立ち上がる。ふらふらだった足取りはどっしりと元通りになり、全身の傷もさらに回復。
あまりの出来事に呆然としていたゼウスは、相手の咆哮に我に返った。復活などさせてたまるもんかと刀と化した手を振り翳して突撃する。瓦礫を、人々の心を踏み躙り、ゼウスの断滅手が迫る。
対するザリラはじっと動かない。
ズシャッッッッッッ‼︎‼︎
ゼウスの断滅手が目と鼻の先で振り翳された、その時。ザリラはギロリと目の焦点を合わせると、プラズマを纏った右手を一振りした。日本刀の斬撃の如く。
全ての人の心を、魂の願いを載せた一撃「爆裂斬撃」が炸裂した。
ゼウスの胴体を、一閃が貫いた。
完璧の防御だったはずのゼウスの装甲は切り裂かれ、肉体も、内臓器官も、骨格も、全てが両断される。「完璧」を実行する計算回路も、支配によって人類の幸福を成し遂げるという目的も含めて…。
上下に2等分されたゼウス。その上半身がゆっくりと崩れ落ちてゆく。
ッガァァァァァーーーーーーン‼︎‼︎‼︎
ザリラの背後で特大の爆発が巻き起こった。ゼウスの断末魔だった。
紅の炎をバックに、勝鬨を上げるザリラ。その右腕に光はもう無く、身体中の傷も痛々しく残っていたが、それを感じさせないほどの雄叫びであった。
もうもうと立ち昇る爆炎。「幸せ」という名目で人々の自由を奪い、本当の意味での「幸せ」を忘れさせようとした悪魔・ゼウスは遂に倒れたのだ。人々の本当の願いが、間違った幸せを打ち砕いた瞬間だった。
◇◇◇◇◇
私と岩崎隊長は、国防海軍の用意してくれた小型船で日ノ本島を脱出した。私も隊長も無言だったけど、彼は笑顔だった。後ろで首都が燃えてるってのに…。
かく言う私も笑顔だった。あの島は間違った幸せの塊みたいなもんだ。崩れ去ってくれるとありがたい。なんか不謹慎だけど。
そもそも、「幸せ」を全然幸せじゃない形に曲解して強要したのは誰か。この文明じゃないか。ゼウスを生み出した古代文明も、私たちの文明と同じところまで来たんだろう。そして彼らは選んでしまった。「偽りの幸せ」の方を。文明を、人々の生活を自壊させる選択を…。
でも、私たちの世界はまだ選んでいない。これから決められる。
「本当の幸せの方を、選べるといいな。」
私はそう呟いた。ただの独り言だった。だが、それに答える声が。
「どうやらそれは叶わなそうだぞ。」
岩崎隊長だ。船首に立ってタブレット端末を操作していた彼は、画面を私の方に見せる。
「え…。」
そこに書いてあった文字列に、私は戦慄した。
『国連、甲殻類型怪獣の滅却を決定。”衛星軌道上から狙撃”と発表。』
◇◇◇◇◇
円柱形の船体、そこから伸びるソーラーパネルを備えた姿の宇宙ステーション。国連が極秘で運用する宇宙軍事施設『ネメシス』だ。
「ネメシス」の艦橋に各国の指導者が集まっていた。米・英・仏・露・中の常任理事国に加え、日本を含めた数カ国の代表たち。スーツに身を包んだ彼らの目の先には、巨大なモニターがある。
モニターに映っているのは、大怪獣の戦いで破壊された日ノ本島。そしてそこを悠々と歩くザリラの姿だった。
「ゼウス計画の失敗は残念ですが、我々にはまだプランB『ネメシス計画』があります。」
イギリス首相が振り返りながら言う。
「やはりゼウスのバックアップをとっておいて正解だったな。」
ロシア軍のトップがニヤつく。彼が視線を送った先には、特殊ガラスでできた密閉容器があった。そしてその中に保管されているのは、青く輝く鉱石のようなもの。そう、ゼウス結晶の分離体……。
アメリカ国防大臣はモニターのザリラに視線を戻した。
「その前にアレをエビフライにしなけりゃならん。予定通り本艦のネメシス砲で狙撃することになるが、いいかねMr.国田?」
Mr.国田と呼ばれた男は、日本の総理大臣である。彼は無言で頷くと、各国の代表らに向かって言った。
「人類を完璧にして、世界中を幸福にする。それは我々の総意だったはず。世界のために、あの怪獣を倒してください。」
深く礼をする彼に、代表たちは拍手をした。儀礼的であったが…。
「砲身内へエネルギーを充填開始。発射まであと3分。」
オペレーターが発言すると同時に、中モニターにエネルギーの充填率が表示され始めた。着々と溜まってゆくメーター。
「自動追尾よし!」
「最終発射体制に入ります。」
代表たちは、攻撃までの作業をただただ眺めていた。彼らの頭に浮かんでいるものは一体何なのだろうか。
「ネメシス」の艦首から突き出すネメシス砲にエネルギーが蓄えられていた。ゼウス結晶から強力なエネルギーが充填されるのだ。
各部からスラスターを噴射し、細かく射線を調整する。
神の怒りと罰の象徴であるネメシス。その名を授かったこの宇宙船初の実戦は、「神」を滅ぼした怪獣の退治だった。神殺しを犯したザリラ。神の怒りは「罰」としてネメシスから放たれた。
ッカァッッッッッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎
射線上を血の赤色に染める光が放たれた。宇宙空間から発射されたビームは、大気圏を貫き、雲を吹き飛ばし、一直線に地球に突き刺さる。
紅き一閃が日ノ本島を飲み込んだ。ビルの残骸も、甲殻大怪獣の姿も、光の束の中に消えていった。
大出力のエネルギー波がそれでも照射され続ける。一帯がまるで昼間かのように明るくなった。
◇◇◇◇◇
私は辿り着いた海岸……品川の辺り……から、その様子を目撃した。極太の赤い光に全てが呑まれ、消えてゆく。私の本心そのものであったザリラも、憎き日ノ本島も、全てが消し飛び、消滅していった。
宇宙から伸びる光を睨みながら、私は唇を噛み締めた。
「私の……アレは私のっ………!」
その時。赤に埋もれた中から、蒼白の一閃が現れた。同時に聞こえたのは、あの咆哮……。私は自分の目と耳を疑った。
「ザリラ……⁉︎じゃああの光…。」
ザリラ最後の抵抗だったのだろうか、赤き光の中を、閃熱光弾が逆らっていった。閃光は上空へ消えていき、直後、空の彼方で炸裂したのが見えた。同時にビームの照射が途切れた。
こうして、全てが終わった。
このままエピローグをどうぞ