惰眠を貪る──
かつて学校の授業でその意味を答えろと言われた時、「“むさぼる”ってバクバク食べるって意味ですよね?じゃあ“ダミン”ってどんな食べ物ですか?」と逆に問い返した事を思い出し。呆れや困惑など色んな感情が混ざった「は?」という声が、教室中に轟いていたのも思い出した。
まぁそれはどうでもいいとして。あの言葉は確か『何もせずぐーたら寝てる』って意味だったハズだから、それなら今の状態がそれに該当するんじゃないかしら?
ぐーたらしてる時って、大体何も考えずにぼーっとしてる事が多いじゃん?ほんで現在の僕は、頭がぼんやりとしていて、海の中でぷかぷかしているクラゲみたいな浮遊感を味わっている。息苦しさは別に感じない。コレって、ぼーっとしてる時の感覚と同じなのでは?
つまり、今の僕はクラゲ。クラゲは海を漂っている生き物だから、今僕はぷかぷかしている状態。そしてクラゲの如く流れに身を任せて、自由に睡眠欲にも身を任せてながら、ただ漂い続ける……うん、なんか哲学者っぽさあるな。もしやこの感覚を詩にして売ったら、メチャクチャ売れるのでは? うん、イケるな。コレで手塚賞は僕のものだなぁ〜!
──頭の中でそんな風に結論付けた瞬間だった。
『───くん……うたくん……洋太くん』
何処の誰かが、男性の声でそう呼び掛けて来る。
コレは、何だろう。聞き覚えのある声だけど……誰の声だっけ? あ、でも……何故かその声が、とても懐かしくて。今すぐにでも会って話をしたいと思える気がして。
だからその声に誘われる様にして、重い瞼をゆっくりと開いた。
「………なんじゃい此処は」
起き上がってまず初めに目についた光景は、空のてっぺんに太陽が昇っている、何処か森の様な場所。そして僕が眠りについていた所……要するに今いる場所は、静かに波を立てる湖に囲まれたリビング一部屋半くらいの大きさの島であった。
「おはよう洋太くん、目覚めた?」
「あ、はい。バッチシ目を覚まし……え?」
何でこんな所にいるんだ?もしやなんかのデスゲームに巻き込まれて拉致された? ボンヤリしたままの頭でそう考えていた時、背後から声がしたので、反射的に後ろを振り向いてそう答えた。けれどそこにいた人物を見た途端、驚きの余り言葉を失ってしまう。
「………真守、さん?」
「うん、久しぶりだね洋太くん」
島のど真ん中に敷いてある二つ分のい草畳の上に設置してあるちゃぶ台と二枚の座布団。そのうち一枚の上にその男性……みこちゃんのお父さんで、中3の時に死んだ筈の四谷真守さんが、目の前で新聞を広げながらお茶を啜っていた。
……いや何でここにいんの⁉︎ 予想外の人物との再会に思わず大声でそう叫びたくなったけれど、ふと頭を過った『此処に来る前の記憶』が、その衝動を抑え込んだ。
「そうだ、僕……疲れからか、不幸にも黒光りの高級車に衝突させられて。それから慰謝料を払う為にすべての責任を負ったカイジがエスポワール号に……」
「洋太くん?多分存在しない記憶が混ざってると思うから、一旦落ち着いてね」
あれ、そうだっけ? いやしかし、轢き逃げアタックされたのは確かなワケで……あ、そうだそうだ。確か轢かれそうになってた猫ちゃんを助けようとして、代わりに事故りそうになったお兄さんを見たから、思わずそのお兄さんの服を引っ張って……う〜ん、そこから先が思い出せない。
しかし状況的に考えて、最終的に僕が車に轢かれたってのは確かな訳で。そのまま意識を失った気がするし、真守さんがいる事も含めて、やっぱり此処は死後の世界とやらなのか?
だとしてもこうゆう時って、三途の川で向こう側に死んだお婆ちゃんが手を振っているーってのがテンプレだよね? 何故この、所謂“森の中の湖の中央に浮かぶ島に設置してある二畳の謎スペース”というよく分からんトコに居るわけ?
「うーぬ……でもどの道死んでるっぽいし、ちょっとお茶でも……あの真守さん、キッチンどこにあるか知りません?」
「……うん、ちょーっと落ち着きすぎじゃないかなー?こう言うのもアレだけど、もう少し狼狽えても許されると思うよ」
「しかしですねぇ、此処が死後の世界的な奴だとしたら、もうどうにも出来ないだろうし。仮に出来たとしても、どうすればいいのか検討もつかないので、変にアワアワするよりかはリラックスしていた方が良いかなーと思いまして」
「洋太くん、たまにちょっとだけドライな所あるよね」
そう言ってちゃぶ台の上に顎を乗せる。しかし真守さんは何やら困った表情で溜息を吐きながら、広げた新聞紙を畳んで脇に置いた。
「まぁ、色々言いたい事はあるけど……こちらから言える事は、洋太くん、君はまだ生きているって事だよ」
「──え?マジですか!じゃあ帰らないと!ぼーっとしてる場合じゃねぇ!!」
「心変わりが早いね!さっきまでの冷静な感じ何処か無くした?」
「さっきのはある意味開き直りみたいな奴なので、戻る希望が見えた時点でそんなもの全部ご〜み箱に捨てちゃえ〜♪」
「何故そこでおジャ魔女どれみのオープニング?」
まぁそんな事より!真守さんの言う通り、まだ生きてるってんなら、早速この謎の場所から出て帰らないと。多分みこちゃんと徹も心配してるだろうし、早く帰って安心させてあげないと。
とはいえ、どうすれば帰れるのかの検討がつかないという一番の問題点があるし。そもそも此処が何処なのかすら分からないんだから、帰るもなにもないんじゃないか?コレ。
「あ、そだ。それよりも真守さんに言いたい事が……」
この小島から出る為の船は無いのかと辺りを見渡しつつ、あの人に言わなくちゃいけない事を思い出した僕の身体が、何処からともなく飛んで来た大きめの影で覆われ、何かチクっとした感触と何かに強く掴まれた感覚を感じた。
「…………あの、真守さん。僕いま、どうなってますか?」
「赤い羽根を生やした鷹に掴まれてるね」
『ピィエェェーーッ!!』
「何故そこで鷹!?」
なんであの世らしき所に鷹が居るの!?しかも掴まれてる足の感じからして結構デカいし!混乱する僕に対して、上の方からバサッという翼を広げる音が聴こえる。そして再び真守さんの方に視線を向けると、彼は口元を緩めてこちらへ手を振っていた。
「じゃあね洋太くん、久しぶりに話せてよかったよ。みこ達には、先いってごめんって伝えといて」
「え、あっ……待ってください!僕、真守さんに謝りたい事が──」
折角また会ったのに、なんでこんな早くに別れなきゃいけないんだという怒り。
こうなるなら、もっと早く謝っておけばよかったという後悔。
あの時の自分をぶん殴ってやりたいという苛立ちを胸に、視界の端で大きな翼を羽ばたかせる鷹に掴まれたまま、僕を何処かに連れて行こうと、大海原の様に青く広がる大空へ飛んでゆく。
「──大丈夫。もう聞いたよ、洋太くんの言葉」
だけど最後の最後に聞こえた真守さんの言葉は、スポンジが水を吸う様に、すぐに僕の中へと染み込んでいった。
卍 卍 卍
「……こういう時って、『知らない天井だ……』というべきなのかなぁ」
再び目を覚ました時、消毒液の臭いから病院のベッドの上で横になっている事に気付いた。窓から差し込む昼間の日差しが、少し肌寒く感じていた身体を暖める中。車に轢かれたあの後どうなったのかという疑問と、真守さんにちゃんと謝罪出来ただろうかという不安を胸に抱きながら、ゆっくりと上体を起こす。
あ゛ぁーーー、頭が痛い……。何これ、二日酔い?軽く伸びをしようとしたけれど、頭と身体の至る所がズキズキする。ついでに身体に巻かれた包帯が蒸れて痒いし。
とりあえずお腹空いたから、誰かを呼ぶためのナースコールのボタンを探すべく視界を横へ向ける。
「…………んえっ」
そこには、舐め終えて棒だけになった●ュッパチャプスを咥えたベリーショートの女性……否、お母さんが座っていて。こちらに気付いて驚いたのか、あんぐりと開けた口から飴ちゃんの棒をポロっと床に落としていた。
……え、アレ?なんで此処にお母さんが?まだ誕生日先だよね?と、様々な疑問が頭を過るも、疑問解消よりも先にお母さんに抱き付かれて。視界に入るべき光の筋がお母さんの巫女服と胸の温もりで遮られた。
「……お母さん、おはよう」
「………えぇ、おはよう洋太」
なんか、久々に抱っこされた気がするなぁ。そんなちと恥ずかしい気分と感想を抱きながら、お母さんの背に腕を回して抱き締め返す。
それから数十秒程抱き合い続けた後、互いに満足して手を離し。ベッドの近くにあった丸椅子に再び腰掛けたお母さんに、今の状況についてそれとなく聞いてみた。
「お母さん、僕が事故ってから今何日くらい経ってる?」
「医者の話だと、入院したのが昨日の午後あたりだから、大体一日ちょっと無いくらいには寝てたわね」
「あらま、思ったより早く起きれたのね」
「でも最初の頃はかなり危なかったらしいわ。身体の方は特に問題無かったみたいだけど、頭を強く打ち付けられた所為で脳震盪を起こしてたとかで、最悪の場合は遷延性意識障害も視野に入れるかもって言ってたわ」
「せ、せん……?よく分からんけど、そっか。どうりで頭が痛いと思った」
難しい話でより一層痛む頭を抑えて軽く呟く。でも結構やばい状況だった事は分かるので、そうなる前に目を覚ませて良かったと安堵していると、お母さんが真剣な顔で話しかけてきた。
雰囲気から察するに、何か大事な話でもあるのだろうか? そう考えた僕は、改めてベッドの上に座り直して聞く姿勢に入る。
「実はね、お母さん。洋太のお見舞いをする為に、仕事バックれて此処に来たのよ」
「…………それ、大丈夫なの?」
「……あー、でも大丈夫よね!付き人には何日か誤魔化す様に指示しといたし、実家の方には、まぁ、バレなければ問題無いわ」
「“バレなければ”って言ってる時点で、大丈夫じゃ無い案件では!?早く仕事に戻りなよ!!」
「……でも折角来たのに、まだたった9時間程しか一緒に居てあげれてないんだから、もう少し……」
「イヤイヤ、これ以上いて貰ったら付き人の人に迷惑かけちゃうでしょ⁉︎」
その様に指摘すると、お母さんはムスッとした表情で顔を逸らしてしまう。しかし間も無くして気まずそうな表情を浮かべているから、それなりに負い目は感じているのだろう。
「取り敢えず僕はもう大丈夫だから、お母さんはお母さんがやるべき事やって? ね?」
「……それも、そうね。わかったわ」
なのでお母さんの手を握り締めて、心配しないでと微笑んでみせた。するとお母さんは一瞬だけキョトンとした表情を浮かべるも、すぐにいつもの笑顔に戻った。
──しかしまぁ。こうして改めて触ってみると、ホント凄い鍛えられてるなお母さんの手。軽く触っただけでも分かる、見た目は細いけど岩石……いや鋼鉄の様な硬さ。まるで天然のガントレットを身に付けているみたいだ。小さい頃も素手で木彫りの大仏像彫って作ってたし、やっぱ“年の功”って奴なのかな。
そんな事を考えながらお母さんの手を握っていると、不意に病室のドアが開き、誰かが入ってくる気配を感じた僕はそっちに顔を向けると、そこにはお父さんが立っていた。
「あ、洋太おはよう。身体は大丈夫?」
「うん、おはようお父さん。頭はまだ少し痛いけど、だいぶ調子良いよ」
「あら太郎さん、お仕事は大丈夫なの?」
「仕事の方は、上司に相談して午前中だけにしてもらったよ。それより茜さんの方は大丈夫なの?」
「うーん、大丈夫と言いたいところだけど。さっき息子から早く戻った方がいいんじゃないかって言われて、そろそろ出ようかなーって考えてたのよ」
僕が起きている事に気付いたお父さんは、軽く微笑みながら話しかけてくる。
お母さんはこちらの頭を撫でながら仕事について聞いてくるお父さんに対し、苦笑する様な笑みを浮かべて語り始める。
──二人とも普段仕事で忙しいし、お母さんに至っては年一でしか会えない。だからこそ滅多に見られない光景故に、思わず微笑ましい気持ちになりながら二人のやり取りを見守る。
「そっかー、じゃあこのお土産持っていく?さっき帰りの和菓子屋で買ったどら焼きだけど」
「ん、ありがと。もしもの時はこれでクソ親父を黙らせるわ」
軽く会話をしていたお父さんは、手に持っていた紙袋から中身の箱を取り出して見せる。お母さんは満足そうに微笑んでどら焼きの紙袋を受け取り、それを一旦椅子の横に置いてから、もう一度僕に視線を向けて抱き締めて来た。
「じゃあ洋太、お母さん行くね。またすぐ会いに行くわ」
「うにゅ……お母さんも、身体壊さないでね」
それから数分後、お母さんは病室を後にした。
現在はお母さんから貰ったイチゴ味の飴ちゃんを舐めながら、お父さんと話をしている所である。
「それにしても、まさかお母さんが来るなんてビックリしたな……」
「それだけ洋太の事が心配だったんだよ。だからもう、あまり心配かけさせたらダメだよ?」
「うぐっ……ごめんなさい……」
「わかればよろしい」
険しい顔から綻んだ顔になったお父さんも、さっきのお母さんみたいに頭を撫でてくる。その感覚から幼い頃の事を思い出し、少しだけ照れくさくなりながらも頷いた。
それにしても、まさかお母さんが仕事をバックれてまで此処に来るとは思わなかったな。いや、確かに心配してくれたのは嬉しいし、そのお陰で三人で少し話す時間が出来たのは良かったけども……でもやっぱり、付き人の人とかに迷惑かけるのは良くないと思う。あっちのお爺ちゃんにバレて怒られなきゃ良いけど、それはそれとして注意はされた方が良いのかなぁ……?
てな感じで飴ちゃんを転がしていると、ふとお父さんが腕時計を見ているのに気付いて、釣られるようになんとなく時計を見る。
「……もしかして、何か大事な仕事とかある感じ?」
「いや、そういう訳じゃなくて……そろそろ昨日の人がお見舞いに来る時間なんだけど――」
「失礼しまーす」
「お邪魔します……」
そんな会話をしている内に、再びドアが開く音が聴こえた僕はそちらに顔を向けると、そこには二名……バナナが入ったカゴを持ったお兄さんと、白衣を着た丸メガネの男性が立っていた。友達だろうか。だとしたらなんで一緒に居るのだろう?
「あ、お兄さん!昨日?ぶりですね。怪我は無いですか?」
「………うん、大丈夫。昨日は、本当にごめん」
お兄さんと軽く挨拶を交わそうと声をかけると、彼はカゴをお父さんに渡してから僕に向かって頭を下げてきた。
……んんっ?なんでこの人、頭下げてるんだ?もしかして僕、また何かやらかしたとか? なんて事を考えていると、お父さんが僕の肩に手を置いて話しかけてきた。
「遠野さん。昨日も言いましたが、あまり気に病む必要はありませんよ? 私としても、貴方が無事で良かったと心から思っていますから」
お兄さんに優しい笑みを浮かべてそう語るが、対する彼は申し訳なさを含んだ暗い表情をしたままだった。一体なんの話をしてるのかと思いながら二人の会話を聞いてると、白衣の男性がこちらへやって来て「はじめまして」と少し屈みながら挨拶をして来た。
「はい、はじめまして!僕、見円洋太です。えーっと、お兄さんの友達ですか?」
「まぁね。洋太くん、だっけ? 昨日は善を助けてくれてありがとう」
「お構いなくー。こういうのは“お互い様”って言いますし」
成る程、友達として昨日のお礼を言いに来た、というワケか。余程仲が良いんだな、この二人。まぁ僕と徹も負けてないと思うけどネ!
謎の対抗心を心の中で燃やしていると、お父さんのポケットからバイブレーションが聴こえた。
「ごめん洋太、お父さんちょっと出るね。バナナ此処に置いとくから」
「ウィ」
どうやらお父さんのスマホが鳴ったらしく、横の台みたいな奴の上にバナナを置いて、一度彼らに軽い会釈をしてから病室を出て行った。
残された僕とお兄さん方二人は、少しの間沈黙してしまう。うぅむ、こういう時は何を話せば良いのやら……あ、そうだそうだ。
「ねぇお兄さん、あの猫ちゃんって今どうしてますか?」
「あのネコなら、サトルくんトコに引き取って貰ってるよ」
「サトルくん……え、誰ですか?」
「あ、俺の事ね。でもな善、そんな何遍も引き取ってたら、ウチの動物病院が猫で溢れかえるんだよ」
「……ていうかずっと思ってたんだけど、なんでサトルくんも一緒に居るの?別にボクひとりでも良かったのに」
「そうはいかないよ。年下の子に友達を助けて貰っておいて、お礼を言わない方がおかしいでしょ?」
チョイと僕抜きで話が進んでる気がするけど、まぁ猫ちゃんが何事もなく元気に過ごしているみたいで安心したよ。あの子もあの後どうなったのか気になってたし。
それとは別に何か忘れている気がするけど、まぁそんな大した事じゃないやろ多分。
「ところでお兄さんって、そっちのお兄さん……善さんで合ってます? ……あ、良かった。善さんとはいつからの付き合いですか?」
カゴからバナナを取り出し、サトルくんと呼ばれた方のお兄さんへ顔を向けて馴れ初めを聞きながら、皮を剥き始める。
「まぁ、小学生の頃からの付き合いだけど……それがどうしたの?」
「いや、マジで仲良いな〜って思って。僕もみこちゃんとは……あ、僕の幼馴染なんですけど、小一の頃からそれなりに仲良くさせて貰っているんで、そういう意味では結構似てるなーなんて……うーん、バナナ旨し!」
……あ、そういえばあん時近くにみこちゃんもいたけど、変な心配かけてないかな……? もしかけてたら、かなり怒ってそうだなぁ。「もう、心配したんだよ!」って冗談っぽく言ってもらえるのが割とベストだけど、多分それも難しいよなコレ。
ひょっとしたら「……起きてたんだ」ってかなり素っ気ない態度で接して来そうだし、無いとは思うが最悪「なに事故ってんのよ!」つって引っ叩かれる可能性も微弱レ存。
そんな心配事を抱えてバナナを頬張っていると、お兄さん達が此方へ視線を向けてるのが見えたが……
「あ、そだ。よかったらですけど、二人もバナナ食べます?」
「いや、大丈夫」
「あー……うん、ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」
二人は揃って首を横に振る。あら?バナナが欲しいのだろうと思ったけど、違った?
「……もしかしてバナナ嫌いでした?それともアレルギーとか……?」
「いや別に……」
うぅん、嫌いってわけじゃないなら、遠慮しているのだろうか?僕としては自分一人だけで食べるよりも、他の人と一緒に食べる方が好きだけどなぁ……
「じゃあ別に良いじゃないですか!ホラホラ、遠慮せずに食べて……」とアルハラじみた事を言いながら、今食べてる奴とは別のバナナを取り出して勧めようとする中、突然病室のドアが開けられた。
「あ、みこちゃんヤッホー」
お父さんが戻って来たのかと思い振り向く。そこにはお見舞いに来てくれたであろうみこちゃんが立っていた。
それを見て、来てくれてありがと〜もう大丈夫だよーって続けようとするも、それよりも先に彼女の様子が何処か可笑しい事に気付いた。
なんだか口をギュッと閉じて黙ってるし、此方を結構凄い形相でジッと見つめてる……いや、睨んでると言った方が正しいだろうか? って事はもしかしなくても、もの凄く怒ってる? そんな事を思った数秒後、みこちゃんはツカツカと早足で此方に歩みよって来た。
「ちょ、みこちゃん? どないしたグブぇあ!?」
あ〜もしかして、僕なんかやっちゃいましたかね? なんてふざけた考えをしながら皮だけになったバナナをカゴへ戻し問おうとした瞬間、鳩尾に衝撃が走って、さっきの奴がまろび出そうになるのを抑え込む。
痛みに悶えながら視線を下にやると、彼女の手が病院服の裾をキツく握り締めているのが見えた。
「……あの、みこさん? だいじょ──」
「──ばか」
……なんか、思ってた反応と違う気がする。でも取り敢えず、震える声で胸元に頭を擦り付けてくる彼女の頭を軽く撫でてみる。握り締める力を少しだけ強めて、更に顔を押し付けてきた。
「ばかばかばか。なんで勝手にどこかに行くの。なんで心配させる事するの。ばか、ばか……ほんと、ばか……!」
「……うん、ごめんね」
みこちゃんは僕の胸元でそう呟くと、今度はグリグリと顔を押し付けてきた。
想定してた反応とは少し違ったけど、心配かけてしまった事には変わりないので、謝罪の言葉を言いながら抱き締める。前々から小さいと感じつつあった彼女の体は、いつも以上に小さく感じた。
「おはよ、みこちゃん」
「……うん。おはよう」
彼女が落ち着くまで頭を撫でていると、不意に視線を感じたのでそちらに顔を向ける。
「……あー、えっと」
「ボクら、もう帰った方がいい?」
「………あっ」
何処か戸惑った様子のお兄さん二人に気付いたみこちゃんが、目元以外も赤くして硬直。それから数秒、再起動を果たした彼女は慌てて僕の胸元から離れる。
名残惜しいが、今は空気を読んで手を上げて「お気になさらず〜」と伝え……たところで漸く、事故る前にみこちゃんが善さんに追いかけられていた事を思い出し、声を上げてしまった。
「そうだ、そうじゃん!お兄さんがあの時、みこちゃんを追いかけてた理由まだ来てないじゃんね⁉︎ アレどうゆう事よ、説明して!」
「……え、それ今聞く事?」
目を擦るみこちゃんからツッコミを貰うも、気にする事なく善さんに詰め寄る。
すると彼は思い出したかの用に頬を掻いた後、一度大きく息を吐き出してから口を開いた。
ふむふむ、善さんの近くで動物虐待事件があって?昨日もパトロール中に子猫を見つけて保護しようとしたら、それをみこちゃんに止められて?何故かつけられていた上に、学校でもちょいちょい変な様子を見せてた彼女が、その犯人なんじゃないかと思って?猫ちゃんを抱えて逃げていったから追いかけたと……
んでみこちゃんの方も(詳しい事ははぐらかされたけど)、恐らく何らかのツテみたいなヤツから、善さんが動物虐待の容疑者だと考えてたぽくて?それで尾行してた所に、お兄さんが猫ちゃんを見つけた場面を目撃して?酷い事をしようとしてたと思って、それを止めてようとしてたと……
「成る程! とりあえず話を纏めると、猫ちゃんはカワイイ!……ってコト?」
「うん、全然違うね(……でも、なんとなく分かって来た。多分、この子達は……)」
「まぁ兎に角、その善がいつも拾って来ている猫を治療して、里親に出しているのが俺ってコトね」
フム。よく分からないけど、二人の間に悲しいすれ違いが起きてたってコトは理解できる。みこちゃんと善さんが知り合い、というより善さんがみこちゃんトコの学校の教師だって事自体は初耳だったけど、それは置いといて……
「あの、善さん。ちょっと気になった事があるんですけど、良いですか?」
「……良いけど、なに?」
「定期的にパトロールして保護するくらい猫ちゃんが好きなら、なんでお兄さんが飼おうとしないんですか?」
率直な疑問を口にすると、善さんは目を少し見開き、サトルさんは一瞬何かを言いたげな視線を送って来た。
「………ウチのマンション、ペット禁止だし。そもそも好きとか、そういうのじゃ」
「え?猫好きなのに、なんでペット可のマンションにしなかったんですか?もしかして、飼育費とか家賃的な問題?」
「ねぇ、話聞いてる?」
善さんの回答に、思わずそんな疑問が口から出てしまう。
それ以外だと、猫は基本見る専だからとか、猫アレルギーだからだと考えたが、だとしたらワザワザ猫パトロールを行う事もない筈だし……
なんて事を考えてはいるが、それだけで猫を飼わない理由になるとは思えず。なんか別の要因が絡んでるのか、さっきの目には思い悩んでいるような色が滲んでいた。
……あ、ヤベ。もしかして地雷踏んだ?
「じゃあ善さん!今まで見て来た猫ちゃんの中で、どの子が一番好きか話し合いませんか⁉︎」
「え、なんで?」
「いーですから!少しで良いんで話し相手になってくださいよ〜!」
先程の失言?を誤魔化すように、善さんの手をガッチリ両手で掴んで上下に振る。
さっきは気まずげに視線を逸らされたが、今度は心底メンドくさそうにジトーっとした目で見て来た。さっきの重めな空気よりかはずっとマシなので、この辺は全然許容範囲内だけどね。
「じゃあ俺、そろそろ仕事あるから」
「あっ、じゃあ私は少し外の空気を……」
「えっ、ちょ」
ワーワー駄弁っていると、腕時計を確認していたサトルさんがそう言うや否や、立ち上がって出て行こうとして。みこちゃんもそれに続いて立ち上がり、僕と善さんを病室へ置いて出て行った。
「うん、ほんじゃあ早速三分、いや三十分くらい僕に時間くれませんか?」
「なんで今増やしたの?」
善さんのツッコミを受けつつ、僕はお目目をキラキラさせながら、さっきまで両親も使用していたパイプ椅子に座るよう促す。
さてと、なんだかんだお兄さんが座ってくれた所で。まずは公園で四つん這いになったままドングリを探してた時に猫ちゃんが背中へ乗って寝てたので、その体勢のまま1時間以上起きるのを待機してた件について話をしようかしら。
卍 卍 卍
『善は今でもおふくろさんに縛られていると思う……』
『友達が困ってたら助ける……!それだけ!』
『あいつにはいつか「償い」じゃなくて、「愛情」で猫に接して欲しいんだ』
目を覚ました洋太に人目も憚らず抱きついてしまって、恥ずかしさで赤面してしまう場面はあったけど。善先生の友達だって人から色々聞いて、あの人に取り憑いている“ヤバい奴ら”が何なのかハッキリした。
話によれば、善先生の母親は凄く厳しい人だったみたいで。内緒で飼っていた猫の事がバレた時は、その猫を“処分”するほどに徹底した
そして母親の支配は、彼女が死んでも尚、蜘蛛みたいな“ヤバい奴”としてあの人を縛り続けている。
本来ならば、他人事のように「へーそうなんだ」で済ませるべき話なんだろう。
でも、親友と幼馴染が関わっている以上、もう他人事だなんて思っていられないし……何より、ほっとく事なんで出来ない。
だから私は、自分がしでかした事の贖罪のために、善先生を縛り続ける『呪い』を解くために、自分が出来る事をしようと思った。
まずは彼らがいるであろう病室へと戻って、最初よりもゆっくりとした動きで扉を開ける。
「それでね、その時の猫ちゃんには顔に手を置かれたんだけど、触った感触が意外ともふもふで気持ち良くて……」
「……へぇ…」
『みるな みるな……!』
中では洋太が善先生に猫について熱弁している姿が見えた。
普段見せない困惑した顔を浮かべながら話を聞く善先生の傍には、幼馴染に向けて呪詛を吐き出し続ける“ヤバい奴”……善先生の母親の悪霊が張り付いていた。
「その猫ちゃんがどっか行こうとしたから追いかけに……お、みこちゃん戻って来た」
私に気付いた幼馴染が笑顔を向けて来る。それに釣られて笑顔を返すけど、同じくこっちを向いた“ヤバい奴”のせいで今にも震え出しそうな体をなんとか抑え、立ち上がった善先生へ顔を向ける。
「じゃあ、ボクはそろそろ……」
「え〜?でも僕まだ善さんせんせーの猫エピソード、全然聞いてないんスけど……」
「そう言っても、大した話とか無いし。それに……」
「だったら、善さんせんせーも飼えば? そうすれば、猫エピソードのレパートリーも増えると思うんですよ」
洋太がそんな事を伝えると、少し驚いたように彼を見る善先生。その表情にはやっぱりというか、困惑の色が滲んでいた。
「……さっきも言ったけど、ボクは別に猫が好きってわけじゃ」
「でも好きじゃなかったら、あんな咄嗟に体動かない……と思う」
迷いの色も浮かべて、かなり複雑な気持ちを感じられる声で、俯き気味にそう呟いた善先生だけど、私も洋太の提案に便乗する様に声をかける。
「そうですよ!それに僕の話聞いてたせんせーの顔、何処か楽しそうでしたよ?だからやっぱり、せんせーは猫を飼うべきだと、不束ながらもそう思いました!」
「………そんな、ことは」
さっき私が見た善先生の表情にはそういうのは見当たらなかったけど、今の洋太の言葉から動揺している声を見え隠れしている事から、やっぱり猫の事が好きなんだなと。過去の事を悔やんでる為か、それでも飼うべきじゃないと己を律している様に見えた。
だけど、それでは駄目なんだと思う。
先生の友達も言ってたけど、罪滅ぼしの為だけに猫と接していては、いつかきっと彼も傷付いてしまう。そうなれば、今回の洋太みたいに、色んな人が悲しんでしまうと思うから。
だから私は、まだ迷っている善先生へ畳み掛けようと、“ある言葉”を放とうと口を開く。
「…………もう、いいじゃないですか……」
「? みこちゃん?」
きっとこの言葉を放てば、今私が着けている紅い数珠のブレスレットから、あの白い狼が出て来て。此方へ「みるな、みるな」と圧を掛けてくるヤバい奴を浄化してくれる。
『もう大丈夫!この通り元気ビンビンだ《ぐぅ〜〜〜!》…お腹すいた』
そうすればきっと、少しは心が軽くなるキッカケになるし、ハナの生命オーラが消費されまくる事もなくなる。
『ミセドのお化け屋敷に行った日のHRでバチクソでかい腹の虫鳴らして、銅八先生にちゃんと朝ごはん食えって言われたじゃんか』
だからこれが、今私に出来るベストな行動。
──その筈なのに、これ以上私の口から“その言葉”が紡げない。
『あの術にぁ「通常よりも術師のエネルギーを消費する」という制約が……』
(……やっぱり、出来ない……出来るわけがない……!)
何故なら、今からやろうとした事は幼馴染に大きな負担をかけてしまう方法であり。通常の時でもアレなのに、私の勘違いで傷付いた彼が更に苦しんでしまう事になるから。
(私はもう、これ以上、洋太が苦しんでる所を、見たくない……!)
結局私は、いつも友達に、幼馴染に頼ってばかりで。人に頼る事しか出来ない弱い人間なんだと再認識しながら、冷たく感じるブレスレットを震える手で握り締めた……そんな時、手に温もりが伝わって来た。
思わず手元へ目を向けると、洋太の手がブレスレットごと私の手を優しく包んでくれていた。
「みこちゃん、大丈夫?」
思わず顔を上げる。そこにはボロボロになった身体で立ち上がって、此方を心配そうに見つめる幼馴染の顔があった。
(……なんで、そんな顔をしているの? なんで私なんかを心配しているの?
いつも、洋太に迷惑ばかりかけてるのに……)
「………僕さ、いつもみこちゃんには色々とワガママ聞いて貰ったり、迷惑かけちゃってるから。その分みこちゃんが困ってたら、それ以上の助けになりたい……そう思ってる」
だけど洋太は、優しい笑顔で自分の心を見透かしたような励ましを……いや、コイツはきっとそんな難しい事は考えてなくて。ただ純粋に、私の助けになりたいと、そう言ってくれてる。
「で、でも、私……」
「だからさ、遠慮しないでよ。困ってる事があるなら相談に乗るし、必要なら手を貸すからさ」
その言葉が耳に届いた瞬間、ずっと胸につっかえていたモノが取れた様な、胸の奥にじんわりと広がっていくような……不思議な感覚を全身で感じた。
「だから、お願い。みこちゃんのワガママ、聞かせて。僕にいっぱい、迷惑かけて」
そう話す洋太の笑顔は、本当に優しくて。
今自分がどんな顔をしているのかは分からないけど、不思議と目頭が熱くなるのを見られたくなくて、またもや彼の胸に頭をグリグリと押し付ける。
……ずっと、後悔していた。あの時もっと早く気付けていたら、もっと賢かったら、もっと強かったらって。
それでも、もう一度立ち上がる為の勇気をくれた大切な幼馴染がこう言っているのなら。それに応えたいと、心から思ってしまったから。
私は自分のワガママを伝えるため、顔を上げて彼の顔を見る。
「だったら……洋太の勇気、私に分けて」
「?……そんな事で良いなら、いくらでもあげるけど?」
こっちの事情なんて何にも知らない、キョトンとした表情でそう答える洋太に、小さく笑いながら温かい手をギュッと握り締めて。沢山の勇気を、彼から受け取る。
「──洋太。本当に、ごめんね」
「……え?なんで?」
小声で呟いた謝罪は、彼へ届いたかは分からないけど。私はもう一度先生に向き合って、今度こそ勇気を振り絞って……
「もう、自由にしてあげて」
解呪の言霊を、先生の母親へ向けて言い放った。
●見円洋太
車に轢かれて危うく異世界転生しそうだったが、なんやかんやあって無事に“はい、おっぱっぴー!”した馬鹿猿。頭弱きもの……
前回の夢の中に居たコイツ「ごめーーーん!僕あの時、嘘ついた‼︎ 師匠の言ってた“チカラ”を使って困ってる人を助けられる様になりたいなんてチョットしか思ってないよ‼︎ 後悔したくなくて!見栄を張りたくて!自分を守る為に、誰かも知らない人の心を裏切った! 例え100人中99人助けられる状況でも、最後の1人が一番大切な人だったら、きっとその人を優先的に助ける!でも僕はヨクバリスよりも欲張りだから……他の人も助けられなかったら、メチャクチャ後悔した後、一生かけて死にたくなる!!だから意地でも最後の一人まで助けたいです!!それが僕の『エゴ』だからッ!!」
●四谷みこ
まさか本当にすぐ起きて来るなんて……と、喜びよりも先に困惑が浮かび上がった可哀想な子。
みこちゃんは別に聖人って訳じゃないけど、原作からしてミツエさんと再会するまでロクな相談も助けも受け取れなかったのを考慮すると、もう少しワガママを言ったりしてもバチは当たらないと思うの。
●遠野善
何分か馬鹿猿に猫トーク付き合わされた、ああ見えて結構罪悪感抱いていたお兄さん。
だって、原作だとずっと病室にいたから問題なかったけど、この世界線だと五体満足なのでこうでもしないとどっか行ってしまうだろうし……
一人でお見舞いに行こうと思いながら、友達にお見舞いの品は何を持っていけば良いのか相談したら何故かついて来た事に疑問を持ちつつも、取り敢えず一緒に行く事にした。
●サトル君
遠野善先生の親友で、獣医さんを営んでいる。あの先生、友達とか居たんだ……
ひょっとしたら、善ちゃん先生(中村ボイス)とサトル君(名前)と一条みちる(苗字)×5をガッチャーンコ!させる事で、五条悟を錬成する事が出来るのかもしれない(大嘘☆)。
●遠野善のお母さん過呪怨霊『絡新婦』
彼女にはもう『母親』としての心は、既に残っていない。
『子供を愛する』その気持ちも、すっかり歪んでしまった。
死んだ瞬間から、彼女は“遠野善の母”から“狂った呪縛霊”となっていた。
我が子を思うがままに支配し、死して尚執着する。
そんな悪縁は、断ち切るに限るぜ!