見える子ちゃんと見えない夫くん   作:yu-ki.S

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ジュビロ藤田「世界中の子供たちに愛と勇気をね!
与えてあげる前提で──まず怖がらせるだけ怖がらせてあげちゃうよーーん‼︎
一生残る恐怖と衝撃で、一生残る愛と勇気をね!!」


もしかしたら、手の平の上にいるのかもしれない

 薄ぼんやりとしていた視界が晴れると、周囲に黒い服を着た人が集まっているのを確信した。

 

 ……此処はドコだ?なんの集まりだ?なんでみんな、黒い服を着ているんだ?

 

 突然の出来事に混乱し、錆び付いた歯車の様にぎこちなく動く脳細胞を必死に稼働させ続ける。

 そこへ黒い服を着たお父さんが横を通り過ぎ、ハンカチを目元に当てている透子さんの元へ行く姿を目にした。

 

『この度は、お悔やみ申し上げます……』

 

 その言葉を聞いた途端、僕の視界には無数の花に囲まれた写真──真守さんの遺影が飛び込んで来た。

 

 ……あぁ、そうか。そうだった。コレは、真守さんの葬式だった。

 

 此処がどこで、何の集まりなのか。周囲の黒い服……要するに喪服を着ている人達を見て、事を理解した僕は視線を下の方へと向けて、自身は学校の黒い制服を着ている事を確認。

 今置かれた状況をようやく思い出し、此処で誰か忘れている事に気付いて。それが一体誰なのか、すぐ様脳内へ弾き出した。

 

 ……彼女は、みこちゃんは何処にいるんだろうか。

 

 心なしか先まで居たような気がするけど、肝心の姿が見当たらない幼馴染を探すためにその場を離れる。

 人が空いている開けた場所へ出ると、記憶の中に今もなお残っている“枝垂れ桜”の香りを頼りに、彼女の僅かな痕跡を辿るべく鼻を嗅ぎ始める。

 

 ……最近会ってなかったし、今更会うのもアレかもだけど……やっぱ心配だし、探した方がいいよね?

 

 案の定、他の人達から漂う匂いと混ざって何処にいるか判りづらかったけれど、それでも微かながら彼女の香りを感じ取る事が出来た。他の人ならかなり難しい通り越して多分不可能だったが、昔何度も嗅いだ幼馴染の匂いだからこそできる芸当である。……自分の事ながら、結構気持ち悪いなコレ。

 まぁそれは兎も角、彼女の香りを頼りに、どんどんと人気のない所へと足を運んで行く。

 

 ……とりあえず、会ったら笑顔で声を──あっ、良かった。やっぱりいた。

 

 香りが強まるにつれて、どんな顔で会えばいいのかとか、どう声をかければ良いのかなど、一抹の不安は残っていた。

 でも一旦話はした方が良いと結論付けた所で、曲がり角を曲がった少し向こうの方にウチの学校の制服を着た、黒い長髪を持つ女の子の姿が見える。

 香りからして我が幼馴染である事を確信した僕は、意を決して彼女の元へ駆け寄ろうとして──

 

 

『……ゔっ……ひっぐ………お父さん、なんで……』

 

 

 ──開きかけた口が、歩み寄ろうとする足が、その場で縫い付けられた。

 

 ……なにを、してるんだ、僕は。

 早く彼女の元へ、行かなきゃ、いけないのに。

 早く、早く行かなきゃ。みこちゃんが、泣いているのに。

 あんなに優しくて強い女の子が、たった1人で、誰にも見られない様に声を押し殺して泣いてるのに。

 

 それなのに、どうすれば良いか分からず、その場に立ち尽くすしか出来ない。

 

 ふざけるな、ふざけんなよ。なにボーッと突っ立てんだよ、早く話しかけろよ。

 

 でも今までずっと距離を置いていた僕が、今更どの面下げて会えば良いんだ。

 

 そんなの前みたいに、いつも通りに接すればいいだけじゃないか。

 

 分かっている。分かっているけど……心のどこかで、近付こうとするのを拒む臆病な自分がいるのかもしれない。

 

 もしも彼女に近付いて、今更何しに来たのと拒絶されたら。

 そう思うと──どうしても、勇気が出ないんだ。

 すごく、怖いんだ。

 

 そうしてる内にも時間は進んで行き、やがて啜り泣きが止み始め。

 ゆっくりと顔を上げた彼女の横顔には、確かに涙の跡があり、目尻が真っ赤に染まっていた。

 

 そんな彼女の姿を見つめていると、今までにない程の強い罪悪感が僕の心を押し潰す。

 

 僕は……僕は一体、何をしているんだ。

 今からでも遅くない。早く彼女の所へ行くんだ。

 

 お前が行って、彼女の傷は癒えるのか?

 

 彼女の幼馴染として、みこちゃんに会わなくちゃいけないんだ。

 

 そんなのただの自己満足だろ?

 

 そうする義務が、僕にはあるのだから──

 

いつも間違ってばかりのクセに?

どうせまた、お前は間違える。

そのせいで、彼女は傷付く。

そうなったら、お前のせいだ。

全部、お前の罪だ。

 

 

 

「──あえ」

 

 目が醒めると、()()()()()()()に、見知った天井が視界に飛び込んでくる。

 ぬっそりと起き上がり、カーテンの隙間から差し込む光に目を細め。それを開けると、雲ひとつない青空が広がっていた。

 あの日、()()()()()()()()()()と気付いた時も、こんな晴天だった。

 

「………筋トレしよ」

 

 ──起床、見円洋太。土曜日の朝。

 今日は、親友とスイーツビュッフェに行く日であり、幼馴染が友達と日帰り旅行へ出掛けている日でもある。

 

 

 卍 卍 卍

 

 

「ねぇ徹、『がしゃどくろ』って知ってる?」

 

「がしゃどくろ?あの鬼太郎とかでも出て来る、クソデカい骸骨の妖怪の事だよな?」

 

 街中のサブカルチャービル『BBトルズ』内にある本屋にて、『日本各地大集合!妖怪特集』と書かれた雑誌を手にしてた洋太の問いに、特撮作品専門誌『宇宙船』を立ち読みしていた徹が答えた。

 

「そうそう。この本によれば、がしゃどくろは埋葬されなかった人達が集合した姿だ〜的な事が書いてあるんだけど……これで少し気になる事があるんだよね」

 

「気になる事?」

 

 首を傾げる徹に対し、今度は洋太が神妙な顔つきで続けた。

 

「これって要するに、クライマックスフォームの滅茶苦茶沢山バージョンだよね?つまり一回でも仲間割れしたらさ、息が合わなくなるとか足を引っ張り合うとかあるんかな?ゴーカイジャーの合体戦闘員みたいにさ」

 

「言いたいことは分かるけど、多分アレってどっちかというと……魂を融合させてひとつになってるタイプっていうか、もしくはジニス様みてーな、そっち方面の妖怪な気がするけど」

 

「それともうひとつ。がしゃどくろの『がしゃ』ってなに? ガジャ様の親戚か何かなん?」

 

「そこはせめて“がしゃがしゃ鳴る”から、っていう考えに至ろうぜ?なんでそこでボウケンジャーネタが出てくんのよ。がしゃどくろはゴードム文明の巨神とかそういう系統の存在じゃねーから」

 

 そんな下らない会話を繰り広げている中で、ふと徹が視線を雑誌から外してスマホを取り出し。画面に映った時間を確認し、再び彼に向けて口を開いた。

 

「……そろそろいい時間だし、ここら辺で切り上げた方が良さそうだな」

 

「そだね、ほんじゃ行こっか」

 

 二人は手に取った雑誌をパタンと閉じて棚に戻し、そのままエレベーターに向かって歩を進める。

 一階に降りて外に出ると、やはりまだ人は多いようで。休日の昼前という時間帯がそうさせるのか、家族連れやカップルなどが多く見受けられた。

 

「………なぁ洋太。誘っておいて今更だけど、男二人でスイーツビュッフェに行くの、だいぶ浮いている光景が広がりそうな気がすんだけど」

 

「大丈夫でしょ。今はジェノサイダー?ってヤツが広まっているし、目一杯楽しもうぜ?

 少しでもお腹を空かせる為に朝バナナを5本だけに抑えたワケだし、元を取れるくらいに食べないとね!」

 

「ツッコミたい事がいくつかあるけど、取り敢えずひとつ抜粋するとしたら……それを言うなら“ジェンダーレス”だかんな?ジェノサイダーだと王蛇がユナイトベントしたミラーモンスターになるからな?」

 

 洋太の言い間違いを正しつつ、横断歩道を渡ろうとした…が、ちょうど歩行者側の信号が赤になってしまったので、仕方なく足を止める。

 青に変わるのを待っている最中、徹はふとある事を思い出し、それを尋ねる事にした。

 

「そういや、今御宅の幼馴染とその御友人達が遠くに出掛けてるけれども、お前なんか知ってる?」

 

「えーとね。確か、滝夜町ってトコへ日帰り旅行に行くって言ってたよ。なんでも、ユリア師匠がそこ行きの旅行券貰ったらしくてさ」

 

「滝夜町……あー、そういや前にバラエティー番組でそんな名前の町を紹介してた様な気がするな」

 

「ほへー、そなんだ。どんな内容だったか覚えてる?」

 

「いや〜、見たの結構昔だし、ほぼ流し見で見てたから、内容まではよく覚えてねぇや」

 

 そうこう話しているうちに歩行者信号の色が変わり、徹と洋太は道を渡り始める。そのまま二人は雑談をしつつ、目的地のスイーツビュッフェ店へと足を進めたのだった。

 

「あ、でも“我射神社”ってパワースポットについては、薄っすらと覚えてるぞ。

 確か……その土地の近くで死んだ武者達をどうのこうの〜って感じのやつ」

 

「ほーん、そんな感じなんだ。後で調べてみよ」

 

 

 卍 卍 卍

 

 

 滝夜町、某所にて……

 

「お待たせしました。皐月蕎麦でございます」

 

「うはぁ〜〜っ!来た来た〜〜っ!!見てよみこ!ユリアちゃん!スッゴい具沢山っ!」

 

「おぉ……思ってたよりボリューミーね。ワタシとみこちゃんが頼んだ“並”でも、この量だなんて……」

 

 暖色系の照明で色付いた老舗の店内は、昼食の時間と言うのもあってかほぼ満席状態で。座敷の隅の方へ案内されたみこ達は座布団に腰掛け、雪見障子の向こう側にある紅葉の山をバックにした庭園の景色を眺め、物静かな雰囲気に和みながら、運ばれて来た三人前のそば丼を前に舌舐めずりしそうになっていた。

 みこの隣に座っていたハナは特に、目の前に置かれた特盛りの蕎麦を見て目を輝かせている。

 

(確かに凄いな。洋太じゃないけど凄く美味しそうな香りが漂って来てるし、山菜やキノコがたっぷり乗っかってる……)

 

 最初に写真で見た時は「ほぼ山菜蕎麦と変わらないのでは?」と思ったりした。

 でも実物を目にしてみると、『皐月』という旧五月の呼び名がつけられているのも頷ける程に、うどやタラの芽の天ぷら、茹でたワラビにたけのこ、春シメジや椎茸などといった春の山菜が此れでもかと乗っかっていて。今は秋であるにもかかわらず、春に栽培される山菜を楽しめるのはこの店ならではの特徴だろう。

 そして、そんな山菜達の上に乗っかる鳥肉が、少量ながらも更に食欲をそそる。

 

「「「いただきます」」」

 

 みこも自分の前に置かれた蕎麦を興味深そうに、口内に溜まった唾を飲み込みつつ。三人は合掌と感謝の挨拶を行い、箸を割り蕎麦へと手をつけた。

 啜った瞬間、みこはその味に思わず目を見開いた。

 ダシの効いた汁と一緒に入って来た麺はコシが強く、噛めば噛むほど蕎麦の風味が口いっぱいに広がる。

 沢山盛られた山菜やキノコも、それぞれ違った味わいがあり。飽きさせない工夫がされているのか、食べ進める度に新しい発見がある様な気がした。

 

(……美味しかった)

 

 追加で玉子焼きなども注文していたハナは勿論の事。みことユリアも同じ様に夢中になって蕎麦を啜り続け、やがて丼の中が空になる頃にはもうすっかり満足感でお腹一杯になっていた。

 

「よーしっ!ご飯食べた事だし、次は滝夜峠に行こっか!」

 

「そうね……あ、ハナちゃん。これによると、こっちの方に行けば良いみたいよ?」

 

 お会計を終えたみこ達がお店から出て、一息ついてからハナがカメラを持ってウキウキとした声で切り出す。

 それを聞くなり、ユリアは持っていた鞄の中から旅行用のパンフレットを取り出し、みこ達に向けて広げて見せた。

 そこには滝夜峠の案内や道順についても書かれていたのだが、それを見たみこの眉根に皺が寄る。

 

(……結構遠いなぁ)

 

 そう思うのも無理はないだろう。何せ書かれているマップを見ても、現在いるお店と滝夜峠までかなり距離があり。徒歩だと50分近くはかかる距離だった為、少なからず気怠く感じていた。

 

「(まぁでも、此処に来てから“ヤバイの”は見てないし……気晴らしだと思えば、これくらいいいか……)そうだね。今の時期だと紅葉が見れるからオススメだって、お店の人も言ってたし」

 

「よーし!それじゃあ滝夜峠へ、れっつごーっ!」

 

 このプチ旅行の中において、移動中の高速バス内でも他の観光地を歩き回っていた道中でも、奇跡的に“ヤバい奴”を目撃する事は一度も無く。久し振りに洋太が居ない時でも、気を許した状態であちこち行く事が出来る。その安心感が、みこの足取りを軽くしていた。

 ……その代わり、『我射神社』って所の写真で見た“滅茶苦茶ヤバそうな奴”の手がかなり気になるしスゴい怖いけど、行かなければ済む話なのでそこは一旦置いておこう。

 そんな思いを抱きつつ、滝夜峠へ向かう道中でハナとユリアのはしゃぐ声を聞きながら、穏やかに流れる川の流れを眺めていた時だった。

 

「おやおや、貴女達。もしかして、これから滝夜峠へ向かうのかい?」

 

 カーキ色のダウンジャケットを羽織った50歳程のお婆ちゃんが、みこ達に話しかけて来た。

 

「ハイ、そこの峠から見える景色が凄く綺麗だって聞いたので」

 

「そうかい、そうかい。だったらあんた達も、渓流の神様にお祈りしておきなさい」

 

「……渓流の神様?」

 

 その言葉に疑問を抱いたユリアが首を傾げながらオウム返しすると、お婆ちゃんはニコニコと笑いながらこう答えた。

 

「この地では昔から、川には“魚の女神様”が泳いでいると云われていてねぇ……

 あの峠に行く道中で見かけたら、川にお祈りする様よくお父ちゃんに言われたんだよ。そうすれば、神様から御加護を頂くことが出来る……ってね」

 

 「へぇ〜」と興味深そうに頷く三人の前でお婆ちゃんは、まるでお手本の様に柵の向こうで流れる渓流にお祈りを始めた。

 それを見ていたハナとユリアも真似をして合掌。みこも流れに乗る形で目を閉じ、渓流の神様に対してお祈りをした。

 

「……さぁてと、貴方達。この先は道が分かれているから、間違えない様に気をつけなさいよ」

 

「うん、わかった!お婆ちゃんありがと〜!」

 

 腰を抑えながらみこ達の前から立ち去っていくお婆ちゃんに手を振るハナ。

 そんな彼女の後ろでみことユリアは川をチラッと一瞥し、神様が居るかどうか軽く確認してみたが……その姿は何処にも見当たらず。その事にユリアは少しガッカリして、みこは大きく安堵の息を吐いた。

 そんな事もつゆ知らず、キラキラと輝きながら海へ向けて游ぐ渓流をカメラに収めたハナは、改めて滝夜峠へ向かう道を歩き始めた。

 

「それにしても、良い空気が流れてるね〜。マイナスイオンとか出てるからかな〜?」

 

「ホントに出てるかはともかく、確かにパワースポットが近いだけあって、安らぎを感じるね」

 

 ハナに続いてユリアも横並びに歩きながら辺りを眺めると、紅く彩られた木々に囲まれた道の傍からは先程見た川の流れる音が聞こえ、渓流の水面に映えた色鮮やかな紅葉はハナ達を魅了させた。

 それはまるで、天然の額縁に収められた一枚の絵画の様で。その美しさに見惚れた彼女達は景色を眺め続けていた。

 

「……ん? あ、洋太からだ」

 

 みこも落ち葉の絨毯となった道の上でざくざくと歩を進めていた時、唐突にスマホの通知音が鳴り響く。

 画面に表示されている名前を確認した後にLINEを開くと、たった今届いた幼馴染のメッセージが書かれていた。

 

『イエーイ☆みこちゃん見てるー?僕は今、徹とスイーツビュッフェでたらくふケーキとか何とかたべちゃいまーす!そっちも楽しんでね〜v(^U^)v』

 

 NTRビデオレターの導入かな?というツッコミを心中でしながら、一緒に届いた幼馴染とその親友がお店の前にいるツーショット写真を見て微笑ましく苦笑いを浮かべる。

 

「みこーっ?何してるの!早くしないと、置いてっちゃうよ〜!」

 

「うん、今行くー」

 

 ハナの呼び掛けに返事をしながら、みこはスマホをポケットにしまい込み。再び足を動かしながら彼女達と共に滝夜峠へと向かった。

 

(………あれ。なんか、一瞬背筋に変な感覚が……?)

 

 山道を歩いてる最中、みこはふと寒気に襲われた。

 しかし周りを見てみても特に何もなかったので、気の所為だと割り切り再び前へ進む事にする。

 

 それから数分ほど歩くと、空が徐々に黒みがかった雲で覆われていく様になり、先程よりも強い寒気がみこを襲い始める。

 

(おかしい……“ヤバい”のは見えないのに、“ヤバイ奴”が近くにいる時と似たのを感じる……どうして……?)

 

 気のせいだと思っていたそれは、時間が経つにつれてドンドン酷くなり……遂には背筋だけではなく身体の震えも出始め、心なしか体調が悪くなっている様な気がする。

 これ以上この場に居続けるのは危険だと判断したみこは、ハナ達に一旦来た道を戻る様にと伝えようとしたのだが……その直前で「とうちゃーく!」と声を上げるハナに遮られ、みこは言い出すタイミングを逃してしまった。

 

(よし……景色見たらすぐに戻って───えっ)

 

 滝夜峠に到着したのかと思い、そんな決意を固めて視線を上げた瞬間。みこは顔を青ざめて絶句した。

 何故なら、そこは紅葉が見える景色を一望できる峠……ではなく、薄浅葱色の屋根を持つ瓦屋根の社──あの巨大な骸骨の手を見せた『我射神社』の姿、其の物だったからであり……

 

『──おい お前 “紅乃一族”の奴だろ』

 

 二体いる石像の内、左を向いている狛犬の石像の横に座っている骸骨姿の“ヤバい奴”が、此方を向いて邪気を孕んだ声で語りかけてくる。

 

『お前らァ!“紅乃”が来たぞぉ!!』

 

 アレが一体何なのか知らないし知りたくもないけど、絶対に良くない物だという事は直感的にわかっていた。

 同時に“それ”の視線が、右腕につけた紅い数珠のブレスレットに向けられている事に気付き。思わず瞠目するみこの前で、“ヤバい奴”は甲高い声で呼び掛け始めた。

 

『──“紅乃”だと?』『本当か?』『本当だ 紅い数珠を着けてる』

 

(いや、ちょ、待って……)

 

 すると“それ”に共鳴する様に周囲の木々がざわめき出し、風も吹いていないのに枝や葉が擦れる音が鳴り響き始めると、神社の前に噴き出し始めたドス黒いモヤから骸骨の“ヤバい奴”が這い出て。一体、また一体と増えていく様に、みこは声にならない悲鳴を洩らした。

 

『憎い 憎い 全てが憎い』『女だ 女がいるぞっ!』『その目寄越せ』『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す』『オマエらがいなければ』『全てを見通す金色の瞳 それさえ有れば 我らのチカラも増すに違いない』『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』『俺の子を産めッ』『おい オレにも楽しませろよ』『なら先ずは四肢を引き千切ろう』『そうしよう そうしよう』『その首寄越せよ』『お前で54人目だ』『子供産める年齢か?』『オマエのせいだオマエのせいだオマエのせいだ』『びゃやばやなやびゃ』『なぁコイツ喰っていいか?』『ワタシの分も残してね』『ボクを煌めかせて下さい』『女は胸の部分が一番美味い』『鮮度が一番』『おい なんだコイツぺちゃぱいじゃねぇか』『血ィ啜ろうやァ……』『ならワシは肉が欲しい』『内臓の味って たまらねぇよなぁ!』『一発やらせろ』『滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅』『わたくしめは 人殺しが 大好きですッ!!』『勃起が止まらん』『hfjdgぢhdjfjrじぇkdfkdんどshfkdんでhfk』『げきょげきょ 久し振りに愉しめそうじゃのう』

 

(ち、違っ……わ、私、“紅乃一族”じゃないんだけどぉ……!?)

 

 その数はあっという間に数十体を超え。やがてみこ達を取り囲む様にして佇むと、まるでゾンビの様な不気味な動きで此方に迫って来る。

 

「ふ、二人とも!そろそろ行こ……!」

 

「えーっ?なんで?せっかく来たんだから、もう少し居ようよ〜!」

 

「そうよみこちゃん、ここで帰ったら勿体無いわよ?」

 

 奴らの狙いは私だと思われるが、このままだとハナ達にも危害が及ぶ。そう判断したみこは二人に向かって、此処から一緒に去ろうと提案した。

 だがハナもユリアもその意見には賛同せず。それどころか逆に神社へ留まろうと、ニコニコしながらみこに腕を組んでくる始末。

 

(どうしようどうしようどうしよう。早く逃げないと……!)

 

 一刻も早く逃げなければと焦燥に駆られるみこだったが、あいも変わらず「も〜、どうしたのみこ〜?」と天真爛漫な笑顔で聞いてくるハナの言葉を聞いて、彼女の脳裏にある考えが浮かんだ。

 

「じっ、実は……ちょっとお手洗いに行きたくなったから、そろそろ戻りたいな〜……って」

 

「大丈夫だよみこ!もう少しの辛抱だから、あと少し我慢して!」

 

 羞恥心を堪えながらそう伝えるが、ハナは一向に意思を変える事はなく。それどころか、ユリアまで「そうそう!」と同意している。

 

「で、でも……」

 

「大丈夫よ、みこちゃん。アナタが心配する事は無い。だって──」

 

 

「「アナタハ オレ達ノ 獲物ナンダカラ」」

 

 

 その瞬間、ハナとユリアの笑顔が()()()

 

 

 

 

「──んん〜〜っ!風が気持ちぃ〜っ!」

 

「うわぁ……凄い景色。此処が滝夜峠……」

 

 腕を大きく広げて、遠くの声をも運んで来るであろう風を感じ取り。息を思いっきり吸い込みながら、ぐいっとたわわな果実を突き出して伸びをする女子がひとり。

 清んだ空気を肺いっぱいに取り込んだ百合川ハナは、紅葉に彩られた峠から見える景色に目をキラキラさせて感動の声を上げた。

 その隣ではユリアがスマホのカメラを構えて、目の前の光景に息を呑んで写真を撮っている。

 

「さっすが、名所って云われるだけはあるな〜かなり映えそうな気がする!みこもそう思うよねっ。

 ……あれ、みこ?」

 

 カメラを取り出して心を弾ませるハナが振り返ると、其処にはユリア以外だと登山用杖をついている年配の人が数名いるだけで、黒い長髪を靡かせる親友の姿は見当たらなかった。

 

 

 

 

「──へ、あ、えっ」

 

 さっきまで友達と思っていた存在の顔が溶け、濁った白で化粧を施した髑髏を晒した“ヤバい奴”に豹変した事に、みこは唖然とした思考を停止させ、硬直していた。

 

『『『オマエは 我々が コロス』』』

 

 その隙を逃さまいと“奴ら”は一斉に飛びかかると、彼女の至る所を強く掴み取り。そのまま引き摺る様に、何処かへと連れて行こうと──

 

『■■■■──!』

 

 刹那。数珠ブレスレッドから飛び出してきた白い狼が鋭い爪を振るい、みこに襲い掛かろうとした“奴ら”を薙ぎ払った。

 

(──あ、焦ったぁぁぁ!!い、今っ、なんか凄くヤバい事になりそうだった気がする!!ていうか、ハナと、ユリアちゃんが、なんで……だって、さっきまで……!)

 

 そのまま尻尾や爪を駆使して、数体の骸骨を吹き飛ばす光景を目にしたみこはハッと我に返り。同時に堰き止められていた動揺や恐怖が一気に押し寄せ、激しいパニック状態ながらも頭の中を整理する。

 何でこんな事になったかの理由は正直わからないし、ハナ達はちゃんと無事なのかも不明だけど。この状況から脱出するためには今しか無いと悟ったみこは、数珠ブレスレットに手を置きながらこの場から逃げようとする。

 

(ん゛っ⁉︎ あ、アレ……?う、動けない!?なんでぇっ!?)

 

 けど、逃走を試みたみこはその場で硬直する羽目になり、何故か突っ立ったまま金縛りにあっていた。彼女の背後に伸びた影へ、一本の骨が刺さっていた事には気づいていなかった。

 何が起きてるのか全く理解不能なみこを他所に、“奴ら”は狩りを邪魔された事に怒り狂った様にカタカタと唸りながら、再び彼女へ襲い掛かろうと距離を詰めて来る。

 

『■■■■……!』

 

 だがそんな事はさせないとばかりに、白狼がみこの前へ出て。“奴ら”を威嚇する様に牙を剥き、唸り声を上げていた。

 その背中の頼もしさたるや、まるで漫画やアニメのヒーローの様で。恐怖に染まりかけたみこの心が、高揚感と安堵で満たされていくのを感じる……が、状況は変わらず。骸骨の“ヤバい奴ら”が一斉に『ガチガチ…』と骨を鳴らし、一箇所へ集まり始める。

 

『『『赦さぬ 赦さぬ 貴様らの所業 我等は赦さぬ』』』

 

 やがて、骸骨達が一箇所に集まって巨大な人の形を形成すると……それは首元や肋骨の内部から青い炎を噴き出し、妖しく光らせる眼光でこちらを見下す、上半身のみ存在する巨大な骸骨の姿をした怪異『がしゃどくろ』と成り。周囲には無数の骨や、口から蒼き炎を垂れ流す髑髏を浮かべてる。

 

『『『我等ノ血肉ト成リ 喰ワレテシマエ』』』

 

 宙に浮かんだ髑髏は口から蒼き炎を吐き出し、みこ達に向かって攻撃し始めた。

 その直後、白い狼は前脚を振るって斬撃を放ち。炎を相殺するとがしゃどくろに向けて駆け出し、その巨体へ喰らい付こうとする。

 しかし髑髏は腕を前に出して縦長の炎を出現させ、炎が搔き消えると同時に出てきた刃毀れしている太刀と衝突。火花を散らしながら拮抗する。

 やがて狼は前脚でガリガリと引っ掻いて押し切ろうとするが、巨大な腕はビクともせず……次第に鍔迫り合いが不利になると、其処で堪らず身を引いた。

 

(ど、どうしよう……あのデカい骸骨、なんか滅茶苦茶強い……っ!)

 

 大体は容易に“ヤバい奴”を祓う事の出来る白い狼でも、目の前にいる巨大骸骨は明らかに一筋縄ではいかない相手であり。みこの方は今謎の金縛りで動けず、逃げることすらままならない状態だ。

 故にもし此処から生き残るには、あの“ヤバい奴”を何とかするしかなく。現状その方法は、あの白い狼に何とかして貰うしかない事を理解していた。

 

(どうか、頑張って……お願い、洋太っ……力を、貸して!!)

 

 だからこそ彼女は、この場にいない幼馴染へそう強く念じながら、ただひたすら白い狼の健闘を祈った。

 再び彼へ負担をかけてしまう、不甲斐ない自分を恨めしく思いながら。




●滝夜町
某地方の山村地域にあるとされる、清らかな渓流とその周りに点在する集落が織りなす自然豊かな町。名所は『滝夜峠』と『我射神社』。
郷土料理は新鮮な山菜や茸が豊富に盛り込んだ『皐月蕎麦』で、春の始まりを祝う為に作られたのが起源とされてるらしい。(ちなみに鴨肉が入れられる様になったのはつい最近のコトで。お肉も入れたい思った地元民が、折角だからと取り寄せた鴨肉を入れたら、凄く美味しかった模様)
地元民によると実は、この集落の近くにある渓流には、昔から魚の姿をした『神』が住み着いている様で。山へ登る際には必ず、その神が住む渓流にお祈りをするのが礼儀だと云われている。

●怪異等級
紅乃一族が仕事の効率化のために考えた、怪異の強さや厄介さを等級で大雑把に表した指標。大体呪霊等級と同じシステム。
・下級怪異:呪霊等級だと四〜三級相当に該当する怪異。主に小さいおじさんとか自我が薄い或いは薄れてきた霊を指しており、ほっといても問題ない分類。馬鹿猿の光耐性はゼロで、少し近付いただけで昇天します。
・中級怪異:呪霊等級だと二級と準二級に該当する怪異。オカイコ様や自我の強い霊等は此処に分類される。人に悪影響を及ぼす様であれば、取り敢えず祓うべし。馬鹿猿の光耐性はちょっとだけで、邪気の有るモノが触れたら即成仏。
・上級怪異:呪霊等級だと一級と準一級に該当する怪異。放っておくと最悪人命に関わる存在の場合、何が何でも祓う必要がある。馬鹿猿の光耐性はそこそこで、触れても死にはしないがスリップダメージはあり、グーパンで急所殴られたらあの世逝き。
・特級怪異:名前の通り、呪霊等級だと大体特級に該当する怪異。主に神クラスの実力を備えており、そうでなくても普通の霊能力者では勝てない…てか大体死ぬ、基本的には決して喧嘩を売ってはいけない存在。山の神である御狐様、みちるちゃんに憑いてる奴の(多分)本体といった存在が分類されると考えられる。馬鹿猿の光耐性は高い方で、邪気を孕んだモノには効果アリだが、相性によっては全く効かないモノも存在する。

●特級怪異『がしゃどくろ』
きょうは ステキな日だ
はなが さいている ことりたちも さえずっている
こんな日には おまえみたいな 奴らは
じ ご く で も え て し ま え ば い い
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