チピチピ チャパチャパ ルビルビ ラバラバ パチコミルビルビ ブ~♪
というわけで猫ちゃんの回です。
こんにちは、四谷みこです。先程ミセスドーナッツ50%オフの行列に並ぼうとしたら、間違って“ヤバいの”に並んでしまって戦慄しました。ハナが呼び掛けてくれなかったら滅茶苦茶ヤバいことになっていたので、彼女には感謝しかありません。
「うわぁぁぁ!かわいいっ!見て見て、超ちっちゃい!」
ハナがモンデリング10個購入し、私はナンマンダブリングを3個買った帰り道、鳴き声に反応した親友が段ボールに入れられて捨てられた子猫を見つけた。ついでに私は子猫と一緒に“ヤバい奴”を段ボールの中で見つけた。癒しを返して。
「捨てるなんてヒドいことするよね。あたしが飼おうかなぁ!どう思う?」
段ボール中にいた子猫を抱き寄せるハナ、と同時に段ボールから這い出た“ヤバい奴”が彼女のすぐ横に近づく。ヤバい。怖すぎて語彙力無くなる。
『みこちゃん見て見て!ねこちゃん拾った!毛ゴワゴワしてる!あ、手かまれた!』
……そういえば昔、アイツが野良猫を拾って来たことあったっけ。あの時は飼い主が見つかるまで世話する事になったけど、最初はなかなか懐かなくて手や顔には噛み跡や引っ掻き傷が絶えなかったな。
「?……あ、わかった!みこ、洋太くんの事考えてたでしょ!」
「えっ、なんで分かったの」
「だって懐かしそーに笑ってたから、もしかしたら幼馴染の事考えてるのかなーって思って!」
子猫を抱えたまま、ハナはニヤニヤしながら私を見詰める。
そんなに分かりやすかったかな……?そう思いながら“ヤバい奴”を無視して、子猫の顎元を撫でると、子猫は気持ちよさそうに目を細めた。可愛い。すると“ヤバい奴”が私にも近付いてくる。やっぱり怖い。
「メロンな"ァァ"ァァ"ァァい"ッッッ!!」
……噂をすればなんとやら。何時もの馬鹿丸出しな大声が聞こえて来た。
「徹ゥ!このメロンパン、メロン入ってねぇぞ!!」
ハナと一緒に声が聞こえる方を見てみると、そこには顔がスッポリと隠れるくらいに大きかったであろうメロンパンを既に半分くらいまで食べた洋太が、口元に食べカスを付けたまま吠えていた。
そして隣に居るのは……
「洋太……一般的なメロンパンには、基本メロン入ってねぇぞ……」
『ビギィ』
──なんかに取り憑かれてる、ブレザーの制服を着たナチュラルストレートの男子だった。
え、何アレ……蝶……いや、蛾? 黒いオーラを纏った灰色の蚕蛾みたいなのが、彼の腕に引っ付いてる……しかも洋太の身体から放たれてる光を嫌がっているのか、見るからに嫌な顔で洋太を眩しそうに睨み付けてる……
「ダニィ!?『メロンパン』って名前なのに、メロンが入っていないだとォ!? マジかよメロンパンを最初に発明した人!これ絶対詐欺罪で訴えられたことあるでしょ!?慰謝料とか足りてる?大丈夫??」
「いやメロンパンって、見た目がメロンの網目模様に似ているから“メロンパン”って言われてるだけだから。メロンが入っているから“メロンパン”って呼ばれている訳じゃ無いから。たい焼きだって中に鯛は入ってないだろ?」
「だけどタコ焼きにはタコが入っているし、生姜焼きには生姜が入っている、豚骨ラーメンには豚骨が入っているでしょ?
1+1=田んぼの田、赤に青を混ぜればオレンジ……決まりきった答え。それと同じくらい、メロンパンにはメロンが入っていて当たり前じゃんね?」
「何バカな事言っているの洋太? あと決まりきった答え全部間違ってるから。1+1は2だし、赤と青は混ぜると紫だから」
「あ、みこちゃん!何してるの?隣で猫ちゃん撫でてる子は友達?」
馬鹿な発言に呆れてツッコミを入れながら話しかけると、こちらに気付いた洋太はいつも通りの笑顔で話しかけてきた。声を弾ませながら近付いて来る様子は、尻尾をぶんぶん振って飼い主に駆け寄る中型犬を連想させる。まぁ、体格的には大型犬だけど。
(みこちゃん……てことは、この子が洋太の幼馴染か。隣の子は……うぉ、でっか……)
『……ギィッ!』
バクバクとメロンパンを消費する洋太の隣にいた男子もこちらに気付くと、彼がハナを見た途端、男子の腕に引っ付いていた蚕蛾が彼の頭をバシバシ叩きながら、鋭い目つきでハナを睨み付けた。
……そもそも、なんで蚕型のヤバい奴に憑かれてるのこの人。いや、他の“奴ら”みたいに醜悪な見た目じゃないし、むしろ可愛い方だけど。……あれ?もしかして感覚狂い始めてる?
「へぇ〜貴方が洋太くん? あたし、みこの同級生で親友の百合川ハナです!」
「はじめまして、みこちゃんの幼馴染の見円洋太です!よかったらバナナ食べる?」
「わーい!食べるっ!」
一方、自己紹介していたハナは洋太からバナナを貰っていた。……うん、こっちは大体いつも通りだな。
「あ、そうそう紹介するね。此方にいらっしゃるのは、我が親友である影杉徹です!」
「……この馬鹿の親友をやっています、影杉徹です。よ、よろしくです」
「そして、ケツとおっぱいがデカイ女の子がタイプらしいです!」
「バラすな貴様ァッッ!!!」
洋太が緊張している様子の男子……影杉君の事を紹介すると、彼が尻と胸が大っきい女の子が好きらしいという爆弾発言を投下する。
好みのタイプをバラされた影杉君は青筋を立てて胸ぐらを掴み、ハナは顔を赤くして子猫を抱き締めながら胸を隠す。……あ、蚕蛾が影杉君の背中の方に移動した。
「それはそれとしてハナちゃん、その子猫どうしたの?」
「あ、この子?さっきそこで捨てられてたのを見つけて保護したの!」
胸ぐらを掴まれた洋太は前後に揺さぶられながら、ハナの腕の中に居る子猫について聞き出す。それにしても面白いくらいにガックンガックンいってるな。
「ねぇハナちゃん、その子撫でていい?」
「良いよ〜ハイ!」
そう言ってハナが子猫を手渡すと、彼女の近くにいた“ヤバい奴”が洋太に近付こうとする……が、すぐに足を止めて立ち往生した。
やはり彼から出る光を恐れているのか、洋太を怨めしそうに睨みながらも、ほんの数mすら近付こうとしなかった。
「おほ〜、もっふもふ〜……では無いかも。でも肉球ぷにぷにするな〜!ほれ、徹も撫でてみて!」
「……ハァ、もういいや」
そんな事を知らない洋太は、子猫を撫でた感触に歓喜する。そして隣にいる影杉君へ子猫を渡そうとするのを見た“ヤバい奴”は、彼が仕方なさそうに子猫を受け取って抱き締めるのを見計らい、洋太を避けて近付こうとする。
『──ギビィ!』
「うわっ」
「え?」
その瞬間。影杉君の背中に憑いていた蚕蛾の口元……怪獣映画の『モスラ』みたいな口が横に開くと、牙だらけの口内から別の口が出現。それが伸びて“ヤバい奴”の頭部に噛みついた。
突然の出来事に固まると、伸びた口が脈動する度に“ヤバい奴”がみるみると干からびていき、やがてミイラの様に干からびた“ヤバい奴”が地面に崩れ落ちる。
『……ギュッビィ』
やがて伸ばしたもう一つの口を収納した蚕蛾はゲップをした後、何も無かった様に羽をパタパタとさせて、“ヤバい奴”が砂みたいになって消えていく光景には目も暮れず、影杉君の肩に引っ付き直る。
……もしかしたらこれ、思っていたよりも“ヤバいの”が憑いてるのかも。
「どしたのみこちゃん、急に変な声出して」
「……いや、さっきそっちに変な虫が飛んでたから……」
「ハァ⁉︎ 虫ィ!?何処何処何処ォッ!?」
「うわ危なっ」
『ギュビッ!?』
私がそう言うと、それを聞いた影杉君が顔を真っ青にして酷く驚き散らかし、胸の方へに飛んできた子猫をキャッチした洋太にしがみ付いて辺りをキョロキョロと見渡す。虫系の“ヤバい奴”が憑いてるのに、虫は苦手なんだ……
そして影杉君に憑いていた蚕蛾は素っ頓狂な叫び声を上げ、すぐに洋太から少しでも離れようと背中の方へ避難する。だが至近距離まで近づいた事で光の余波が強く伝わっている為か、直接浴びていないにも関わらず、見るからに苦しそうな感じで黒いオーラを放出させていた。
ちなみにこの時の光景が、木にしがみつくコアラの親子に見えたのは内緒だ。
「……ごめん、気のせいだったみたい」
「は?……あ、あぁ、そうなんだ……ビックリした……」
『………ビギィ』
「…………うん。本当にごめんなさい……」
「……いや、あの。そこまで謝らなくて良いんですけど……」
影杉君が洋太から離れた事で光の影響から解放され、安堵の表情を浮かべた蚕蛾だったが、次の瞬間には私の方へガンを飛ばしてきたので、目を逸らしながら謝罪の言葉を口にしたのだった。
「そういえば小学生の頃、野良の猫ちゃんを拾った事があったんだけど。その時の話、ハナちゃん聞きたい?」
「うん!聞く聞く!」
「みゃあ」
ちなみに洋太とハナは、気持ち良さそうに鳴く子猫を優しく撫でながら談笑していた。やっぱり似た性格同士だと気が合うのだろう。
「ごめん、ウチのマンションペット禁止だった……」
「僕の方も、お父さんあまり帰ってこないから……徹の方はいけないの?」
「悪りぃな。俺ん所のマンションも百合川さんと同じで、ペットNGなんだわ」
その後、各自で子猫を飼うのが難しいとわかった私達はSNSで里親の募集を始め、公園のベンチに座って待つ事になった。
「それにしても……徹くんって、虫苦手なの?」
「うん、無理。仮面ライダーカブトとかは好きなんだけど、リアル系の虫はマジで苦手」
『……ギィ』
ハナの疑問に対して割と即答気味に答えると、彼の頭に憑いている蚕蛾が不満そうに頬をペチペチと叩き始める。
もしこの光景について告白したら卒倒しそうだなと考えていると、「百合川さんは苦手なモノとかある?」と聞き返しに来た影杉君の言葉を聞いて、ハナが洋太から貰ったバナナを食べながら「うーん」と少し考え込む。
「やっぱりホラーみたいな怖い系かなぁ。この間もテレビで怖いシーン見て、食べてたボルシチ全部吐いたし」
「あ〜……分かる。スッゲー分かる!俺も動画見てる時、間違ってグロい虫系の動画開いちゃって、思わずスマホ叩きつけて買い換えるハメになった事ある。ロイコクロリディウムの件に関しては、今でも悪夢に出るよ……」
そう呟いて、影杉君はげんなりとした表情で身震いした。……その“ロイコクロリディウム”って虫?が何か知らないけど、もしググったらヤバい画像が出てくるような気配を感じた為、あえてスルーしておく。
……そういえば、洋太って怖いものとかあったっけ?
昔を思い返しても、お化け屋敷に行った時は全く怖がってなかった……むしろ爆笑しながらズンズン進んでたし、虫とかも素手で触ったりして、雷や地震に対しては「音でかっ」とか「うわスゲー揺れてる」といった感じでほぼノーリアクション。
記憶の中での彼は、基本怖いもの知らずだった。
──いや……ひとつだけ、彼が怖がっていたモノに心当たりがあった気がする。
だけど、それが何だったかまでは思い出せず、モヤモヤしたまま私はスマートフォンを開き、里親募集の返事が来てないかをチェックしようとする。
「なぁ、洋太は何か怖いのとか……あれ?」
ふと影杉君の様子に疑問を感じ。さっきまで子猫を撫でていた洋太の方へと視線を向けると、そこには既にアイツの姿も子猫の姿も無く、アイツが使っている学校のバッグだけが残っていた。
「あのバカ、猫連れてどこ行きやがった!?」
静寂の中響き渡った影杉君の叫びに、上空を飛ぶカラスが返事する中。恐らく少しでも早く里親を見つけようと、子猫を連れたままノープランで何処かをほつき歩いているであろう洋太に対し、私は深く溜め息を付いた。
卍 卍 卍
「……んん〜。手当たり次第声をかけてみたは良いけど、イマイチな感じだったなぁ」
SNSでの捜索はみこちゃん達に任せ、僕は猫ちゃんを抱きかかえたまま新しい里親の捜索を行い、あちこち走り回って我武者羅に声をかけまくっていた。
しかし成果を上げる事は出来ず、仕方なくコンビニの前に座り込んで休憩を取り始めた。
「どうせ一緒に暮らすなら、良い人が良いよなぁ? 昔保護した野良の猫ちゃんも、お父さんが『凄く良い人』の所に連れて行ったみたいだから、キミもそういう所で引き取って貰いたいよね?」
そう言って猫ちゃんの喉元を撫でると、気持ち良さそうな顔でゴロゴロと喉を鳴らす。
うん、やっぱり良い笑顔だなぁ。この笑顔がずっと続く所でお世話になってくれると、こっちも安心出来るんだけど……
「……ねぇ猫ちゃん。キミって、怖いものとかある?」
……あの時の野良猫もはじめの頃、度々手に噛み付いたり顔を引っ掻いたのは、未知の存在に対する防衛本能だったのか。それとも恐怖からくる、反射的な行動だったのか?
ふとそんな事を思い返しながら、自分の表情が少し固くなったのを感じつつも、猫ちゃんにそう問いかけた。
「ん〜……まぁ、答えたくないなら答えなくてもいいけど……一般的な奴だと、雷とか地震とか、オバケとか虫とか火事だとか、饅頭が怖いって人がいて……あぁ、あとお母さんとかかな?」
怖いもの……と一言で言っても、その種類は多岐にわたる。
雷や地震などの天変地異は自然現象で避けようが無い、故に人は大いに恐れる。
オバケとか虫に関しては、出来れば遭遇したくない。そう思う人が殆どだろうし、少なくとも徹は虫には苦手意識を抱いている。
そして母親については……僕は誕生日にしか会えないから、あまり怒られた記憶とかないけど……ドラえもんのジャイアンとかは母ちゃんをすごく怖がってたな。
「だけどね……やっぱり一番怖いのは、何かを失う時だと……僕は思う」
猫ちゃんは「どういう事?」とでも言いたげな表情で、首をかしげながら見上げる。僕は苦笑しながらゆっくりと持ち上げると、日が傾き紅く染まりつつある空を見上げて口を開く。
「この話は、みこちゃんにも徹にも言ったことなかったんだけど……小さい頃は泣き虫だったんだ、僕」
あの頃は……幼馴染に出会う前の僕は、いつも何もない所で転んで、どんな話をすれば良いのか分からなくて、何をすればと頭がこんがらがって、他の子から馬鹿だって言われて、ひとりぼっちで、寂しくて、不安で、いつも泣いていた。
「そんな自分が嫌いで……お婆ちゃんに聞いたんだ。『どうすればみんなと仲良くなれるの?』って。そしたらお婆ちゃんがいきなり笑い始めて、こう言い始めたんだ」
『そりゃあ、泣いてばかりの子とは仲良くなりたいと思わんさ。
だったら笑え笑え!そうすりゃあ、皆と心から笑えるようになって、自然とハッピーになるさね!』
──“笑う門には福来たる”。仕事で忙しいお父さんの代わりに僕を育ててくれたお婆ちゃんが、一番好きな言葉。
小さい頃、お母さんと滅多に会えず寂しくて、泣き虫だった僕にいつもそう言ってくれた、祝福の言葉。
お婆ちゃんが笑っていると、泣いて歪んでいた顔が緩んで、不思議と僕も幸せな気分になれた。心の底から元気が湧いてきて、自然と涙が出なくなった。
「僕は、いつも元気に笑う、そんなお婆ちゃんが大好きだった。
……だから、お婆ちゃんが死んだ時、凄く悲しくて、胸が凄く痛かった」
いつも一緒にいて、泣いていれば笑わせてくれて、不安な時にはそっと抱きしめてくれた。そんな人が突然居なくなって、大切な存在を失って、今までに無いくらい泣いた。
もっといっぱい話せば良かったとか、他にもお婆ちゃんとやりたい事あったのにとか、そんな後悔と淋しさが……これからどうやって笑えば良いのかという不安が、何度も頭を過ぎった。
「キミにもお母さんや飼い主がいたんだろうけど、ある日突然ダンボールに捨てられて……家族との繋がりを失って。それってやっぱり、ずっと寒くて、寂しくて、胸が痛かったのかな……」
僕とキミとでは、悲しみの種類が違うかもしれない。
だけど。と言葉を繋ぐと、猫ちゃんを高く持ち上げて笑みを浮かべながら……あの日見たお婆ちゃんの遺影の笑顔を思い浮かべながら、言葉を続けた。
「今は凄く辛いと思うけどさ……楽しく笑っていればきっと、また誰かと出会って、その人と心の底から笑えると思うんだ」
お婆ちゃんが残してくれた言葉を胸に、泣き虫だった自分とお別れする為にも、いつも笑顔でいる様にした。
そうすれば失った悲しみが紛れて、ドジや失敗もいつかは笑い話になって、新しい繋がりが出来ると思ったから。
だからキミも笑っていれば。かつての僕がそうであったように、お父さんの仕事の都合で引っ越した先でみこちゃんと出会った時みたいにきっと……
「君、そこで何してるの?」
その時、ふと声をかけられた事に気付いて、誰かなと思いながら顔を上げると、そこには爽やかそうな雰囲気を漂わせている男性が立っていた。
なんで僕に声をかけてきたんだろうと疑問に感じていると、その人は僕が抱き抱えている猫ちゃんに視線を向けていた。
──その瞬間、僕の脳裏に『チャンス』の四文字が浮かび上がった。
もしかしたら、この人なら猫ちゃんを家族に迎え入れてくれるかも知れない。そんな淡い期待を抱きながら男性に話しかける。
「あー、実はですね……この子の里親を探そうと、あちこち探してたんですよ〜。でも中々見つからなくて、そろそろ皆んなの所に戻ろうかなって思ってた所なんです」
「そっかぁ……よかったら、その子引き取らせてくれる?」
ッシャアッ!!キタコレ!まさか本当にこんなタイミングで、猫ちゃんの里親が現れるなんて!やっぱり探し回った甲斐があったモンニ!
……とは言え、今僕だけの判断で決める訳にはいかない。とりあえず、電話でみこちゃん達に聞いてみるか……あ、スマホ入れたバッグ置いて来たままだった。
「うーん……いや、ココは猫ちゃんに決めて貰う事にするか!」
だけど最終的に決めるのはやっぱり猫ちゃんかなーと思った僕は、まずは抱っこをして貰おうと猫ちゃんをお兄さんの方へと向ける。
「──なぁお!」
「わっぷ⁉︎ ど、どしたの猫ちゃん!」
だが猫ちゃんはお兄さんに抱かれる直前、何故かビクッと身体が跳ねて僕の顔面目掛けて飛び込んで来た。
……うぅん? どうしたんだろうこの子。さっきは大人しかったのに……?
何が起こったのかと驚きながら、抱き直して猫ちゃんの顔を見てみると、何かを嫌がっている様な感じに見えた。
ひょっとしたら、お兄さんに抱っこされるのが嫌なのだろうか。だとしたら、お兄さんの何を嫌がっているのかと思い、困った様なガッカリした様な表情をしたお兄さんの姿を見澄ましてみると……ふとある『違和感』に気付いた。
「お兄さん……もしかして、変な香水つけてたりします?」
これは、なんだろうなぁ……ケバケバしいオバさんが付けるような、キッツい香水に近い臭いで……前にどっかの庭園で一度だけ嗅いだ事のある『テッセン』って花の香りを何倍にも凝縮したみたいな、クドい臭いがするんだよなぁ。すごく失礼な言い方になってしまうが、個人的にはかなり嫌いな方の臭いだ。
「……いや、つけてないけど」
「そっか。香水じゃないとすれば……何ですかね?」
「さぁ……」
だがこの臭いがキツめの香水でないとすれば、あとは加齢臭的な奴だとしか思えないが、お兄さんくらいの年齢で加齢臭がするとは思えない。
それはともかく、お兄さんには悪いが、嫌がっている猫ちゃんを無理やり渡すわけにもいかないので、今回は“縁”がなかったという事で理解して貰う他ないだろう。
それにしても……
「うーん、勿体無いなぁ。お兄さん、凄く猫ちゃんに好かれてそうな感じするのに……ねぇ?」
「にゃあ」
猫ちゃんの反応を見る限り、嫌がっているのはお兄さんの方ではなく、何か別のナニカが原因だと思われるのだが……残念ながら、非常に遺憾だが、僕の足りない頭ではそのナニカが何なのかが検討つかない。
「まぁいいや、ごめんねお兄さん!お詫びにハイコレ、バナナあげるね!」
懐から取り出したバナナを謝意代わりとして、お兄さんの掌にポンと乗せる。
受け取ったお兄さんはポカンとした顔でバナナを見つめるが、持ち合わせは今のところコレだけなので、今回はそれで勘弁して欲しい。
「じゃ、そう言うことで〜!」
僕は猫ちゃんを抱っこしたまま立ち上がり、急いでみこちゃん達の所へ戻るべく、お兄さんに手を振ってその場を後にする。
「……なんか、変わった子だったな」
ひとり残されたお兄さん……遠野善は、嵐の様に去って行った青年を見送った後、苦笑いしながらそんな事をポツリと呟いた。
……ミルナ……ミルナ………ばかガウツル……!
──足元に居る無数の猫の怨霊と、洋太へ尋常ではない殺意を向ける巨大な異形の化け物を憑けたまま。
卍 卍 卍
滅茶苦茶ヤバいのに取り憑かれていた男性と入れ替わるように別の里親が来たは良いものの、肝心の子猫がいなかった為に、私たちの間には気まずい空気が漂ってしまっていた。特にハナは相手の厳つい形相を見て涙目になっていた。
「みんな〜!里親は見つかった?」
「洋太ァ!テメェ何処ほつき歩いていたんだよ!お前が勝手に猫連れてったから、さっきまでスゲー気不味かったぞコラァ!」
『ビギィ!ギィッ!』
そんな中、少し遅れて洋太が子猫を連れて戻って来たのに気付いた影杉君は、つい声を荒げて洋太に怒鳴っていた。蚕蛾に関しても、さっきの男性を見た時から酷く怯えていた様子から、まるで不満をぶつけるかのように怒鳴り声を上げていた。
私も勝手にいなくなった事を咎めたい所だが、「ごめんごめん!」と謝っている洋太の姿に怒りの気が削がれてしまったので、アイツの説教は後回しにする事にした。
それはともかく、腕や首元などからタトゥーが見えるスキンヘッドの男性が洋太と腕の中にいる子猫の姿を捉えると、軽く頭を下げて会釈する。洋太もまた彼の姿に気付いて、「こんにちは!」と挨拶を返した。
「その子が募集してた……」
「はい!滅茶苦茶人懐っこい猫ちゃんなので、きっと楽しく過ごせると思いますよ!」
そう言って子猫を何の疑いもなく手渡す洋太。その様子に男性を警戒していたハナは「え?そんな簡単にあげちゃうの?」と疑問を浮かべ、影杉君は「流石に洋太、どんな相手でも全く態度を変える気ねぇな」と、呆れながらも洋太の度胸に感心する。
「あぁ……きっと楽しくなるよ」
するとスキンヘッドの男性……豪塚さんは子猫を上から覗き込む様に見つめると、嬉しそうに口角を上げて子猫を受け取る。
そんな中、彼の肩にそれぞれ憑いている、尻尾が二つに分かれた淡く輝く猫──猫又が、二匹とも洋太の姿を興味深そうに見つめていた。
──彼の放つ光は“人ならざるモノ”を消し飛ばす力を持つが、それは飽くまで歪で醜悪な姿をした悪霊や異形の化け物みたいに、人に害なすであろう“ヤバい奴ら”にのみ効果があるらしく。豪塚さんに憑いている猫又や……死んで幽霊となったお父さんみたいに、生きていた時の姿を保っていたり、人に害を及ばさない存在には効果が無い様だ。
他の“ヤバい奴ら”と違って、猫又達が洋太を避けたり、光を浴びても苦しそうな様子を見せていないのが、その証拠だ。
……洋太の光を何度か浴びているであろう影杉君に憑いている蚕蛾が、苦しみながらも現在まで消滅していないのを見ると、あの子も一応は彼にとっての守護霊的な存在なのかもしれない。
「……その子、よろしくお願いしますね」
「あぁ。じゃあ、大切にするから……」
そんな考えを抱きながら、洋太は豪塚さんに子猫を託し、子猫もまた甘えた声を出しながら彼に身体を擦り付ける。
それを微笑ましく見つめる洋太が、別れを惜しむ様に子猫を優しく撫で回すと……
(……あっ)
豪塚さんの肩に憑いていた猫又が一匹、洋太の腕に向けて飛び移り、そのままアイツの手をペロペロと舐め始めた。
『……なぁお』
突然の光景に私は驚くが、その猫又は洋太に向けて優しく鳴き声を響かせ、再び豪塚さんの肩に戻っていった。
対する洋太は案の定気付く事は無かったが、まるで違和感を感じて確かめる様に自分の掌を見つめ、鼻をピクつかせていた。
「……どうしたんだ洋太。やっぱり不安か?」
「いや、そう言うわけじゃないんだけど……なんかさっき、何処かで嗅いだ事のある匂いがする気がしたんだよなぁ。何だコレ?」
ハナが離れゆく子猫に「猫ちゃーん!また会おうね〜〜!」と涙目になって手を振っている中、洋太の様子に疑問を感じた影杉君が声をかけると、アイツも怪訝な表情をして首を傾げる。
だけど私は、さっきの猫又の様子と昔アイツが拾った野良猫の事を思い浮かべ、もしかしたらと一つの推測が浮かんだ。
「んん〜〜!とりあえず里親が見つかって良かった!あの人も良い人っぽいし、人は見かけによらないね!」
「……あぁ、うん。コレが『ギャップ萌え』って奴か、って思ったよ」
「あ、そうだ!これからみんなでゲーセンに行って、プリクラ撮らない?」
「……プリクラ?」
『……ビギィ?』
「えっ、なんで急に?」
里親が見つかった事を喜んでいるハナがふと、洋太と影杉君も誘って一緒にプリクラ撮らないかと誘う。
いきなりの誘いに疑問を浮かべる影杉君だったが、そんな彼に向けてハナは瞳をキラキラと輝かせながら「だってせっかく友達になれたんだから、記念に撮りたいじゃん!」と、興奮気味に主張する。
「……うん!僕も良いと思うな!プリクラ、一度だけやってみたかったんだよね〜。徹はどう思う?」
「お、俺⁉︎ ……ま、まぁ、良いんじゃねぇの?」
「じゃあ早く行こ!ほらほら!」
「ちょ……引っ張らないで⁉︎ 自分の足で行けるから!?」
『ビ……ビギィ!』
二人の反応に笑みを浮かべたハナは、いきなり手を掴まれて顔を赤くする影杉君を引いてゲームセンターへと向かって行き、その様子を蚕蛾は面白くなさそうに彼の頭の上で羽をパタパタとさせていた。そんな光景に私も唇を綻ばせながら、彼らに続こうと歩きだそうとする。
その時、洋太が自分の手をボーッと見つめて固まっている姿が見えたので、何をしているのかと思いながらアイツに声をかける。
「何してるの洋太?置いてくよ」
「……ねぇみこちゃん。昔、僕が野良の猫ちゃんを拾って来た時の事、覚えてる?」
「……覚えてるけど、それがどうしたの?」
あの時の洋太は、身体中が草や泥で汚れていて、毛がボサボサで足を怪我した野良猫を大事そうに抱えていて……その後、動物病院に連れて行って治療して貰ったり、飼い主探しをしたりと色々大変だったけど、今思えばとても良い思い出だ。
だけど洋太はそんな思い出話を語るのではなく、自分の掌を見つめて何かを考えている様子だったので、私は次の言葉を待つ。
「あの子、最初は噛み付いてきたり引っ掻いてきたりして、別れる時もあまり触らせて貰えなかったなぁ……」
「……そうだったね」
それも覚えている。一時的とはいえ初めて飼う猫だった事もあって、洋太はその猫にあまり懐かれなくて落ち込んでいたっけ。
「あの子……僕と一緒に居て、新しい家族と暮らせて、幸せだったかな?」
当時の事を思い出しているからなのか、洋太はいつもの馬鹿みたいに明るい笑顔ではなく、何処か懐かしそうで……ほんの僅かな淋しさと不安を含んだ笑顔が見えた。
普段は一番前に立って馬鹿みたいに明るい笑顔を見せる洋太が、たまに意図せず浮かべる……私にとって、あまり好きで無い笑顔だった。
「……うん。きっと、幸せだったと思う」
それに対して私は、洋太を優しく見つめてたあの猫又の姿を……彼が保護したあの野良猫かもしれない子の姿を。もしそうだとしたら、ああいう姿になるくらいに愛情を貰って、大往生したであろう事を思い、そう答えた。
「そっか……そうだね……そうだと良いね」
「おーい洋太ぁ!何突っ立てんだよ。早くこーい!」
「みこ〜!洋太くーん!はーやーく!」
「うん!今行く!ほらみこちゃん行こっ!」
影杉君とハナに呼ばれた洋太が私の手を握り、駆け足で追いかけに行く。
またいつもの顔で馬鹿みたいに笑う幼馴染に引っ張られながらも、かつては野良猫だったあの子の面影を胸に浮かべるのであった……
「あ!見て見て、ワンコがいる! ほーれ、お手……いでででででッ!手噛まれた手噛まれた手噛まれたァ!!??」
「……アイツ、昔から犬にはあまり好かれないんだよね」
「コレが“犬猿の仲”って奴か……?」
「二人とも見てないで助けてあげて!?」
その後、ハナからバナナのお返しにと貰ったモンデを食べてた洋太が、散歩中の柴犬に手を噛まれるという出来事があったものの、この話にはあまり関係ないので割愛する。
●百合川ハナ
凄まじい生命オーラを纏っているだけの凡夫。ぼざろのぼっちちゃんが見たら、蒸発する事間違いなし。
しかしその生命オーラを狙う様々な悪霊や怪異を引き寄せ、奴らを追い払うために消費したオーラを維持するのにエネルギーを消費する為か、某恋柱みたいにいっぱいご飯を食べている。たまにうっかりノーパンになるらしい。
●影杉徹
蚕蛾型の怪異に取り憑かれているだけの凡夫。虫は苦手だが仮面ライダーカブトは普通に好きで、DX版変身ベルトからS.H.Figartsまで持っているオタク。
裏話として、初期は『鈴木徹』という名前にしようとしたが、既に似た名前の人が実在していたっぽいので、珍しそうな苗字に変更したという経緯がある。ケツとおっぱいがデカイ女がタイプです!
●クソでか力士メロンパン
最初の方で洋太が食べてたメロンパンの名称。力士のようにデカイだけで、メロンは入っていない。
ちょっと値段高いぞぉぉ"ぉぉお"ッッ!!
●テッセン
キンポウゲ科センニンソウ属のツル性多年草で、中国が原産の花。『鉄線』とも言う。
花言葉は『甘い束縛』『縛り付ける』。
ネットで調べると、母の日に送る花の一つとして売られてたりする。