見える子ちゃんと見えない夫くん   作:yu-ki.S

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激しい「喜び」はいらない……そのかわり深い「絶望」もない……
「植物の心」のような人生を……
そんな「平穏な生活」こそ、わたしの目標だったのに……


もしかしたら、今日もごく普通の日常なのかもしれない

「洋太ー、起きてるかい?起きてたら返事してくれないか?」

 

 火曜日の朝。見円家のとある部屋の前にて、洋太の父である見円太郎がドアに向かってそう声を投げ掛けると、ややあってドア越しに「はーい…」と若干嗄れた洋太の声が返ってきた。

 

「あぁ、よかった。起きてたんだな。体調の方はどうだ?」

 

「あー……うん、大丈夫……って言いたい所だけど、まだちょっと喉が痛いし、熱っぽい感じする……」

 

 部屋のドア越しにそう返事した洋太は、少し枯れた声で続ける。その言葉に太郎は心配のあまり、思わず息子の部屋のドアを見やる。

 と言うのも、この間の日曜日から体調不良を訴えて、部屋から全く出てこないのだ。

 しかも「うつしちゃうから、中に入って来ないで」と強く言われた太郎は、ドア越しに何やら異変がないか確認するのが精一杯だった。詳しい事は分からないが、この声の調子から察するに、まだ体調が回復していないのだろう。

 

「取り敢えず、朝ごはんはココに置いておくから、ちゃんと食べるんだよ?」

 

「わかったー……ゲホゲホッ」

 

「じゃあお父さん行くから、何かあったら連絡くれよな?」

 

 ドアの向こうから聞こえてきた咳に、太郎の心配が更に募る。

 そう思いながらも、トレーの上に載っている土鍋に入った玉子粥を、部屋の入り口付近に置いてから、その場を後にした。

 

(それにしても、珍しいな……今まで、風邪もひいた事も無かったのに……)

 

 階段を下りる中、太郎の脳裏にこれまで過ごして来た息子の思い出が去来する。

 何か悪い物でも食べたのか、それとも何か重い病気なのか……と思考を巡らせ、そうだとしたら、やはり病院に連れてった方が良いのかと考えて。

 

まぁ、大丈夫でしょ。きっと。

 よーし、今日も仕事頑張るか!)

 

 だが今の所、息子に命に関わるような症状は出ていないので、大丈夫だろうと思った太郎は、深く考えるのを止めて会社へと向かった。

 

 部屋のドアが閉まる音が聞こえると、もう既に土鍋が置かれたトレーは無くなっていた。

 

 

 卍 卍 卍

 

 

「でさ、まんじゅうだと思って拾ったら石だったの」

 

「それもしまんじゅうだったらどうする気だったの?」

 

 善先生の「最近学校周辺で不審者が目撃されてるので、皆気を付けて帰ってね」といった話を聞き。帰りのHRを終えた私はハナと一緒に教室を出て、新作だというラムダラビットを買いに向かった。

 

『メケメケメケメケメケメケ…』

 

 他愛ない話をしている最中、またもや“ヤバい奴”が廊下を歩いているのが視界に入った。

 

「それでね……ん、どした?忘れ物?」

 

「ん……ううん」

 

 顔が強張っているのを感じ取ったのか、ハナが抱き寄せながら聞いてくる。

 ハナへ小さく首を横に振って、あの“ヤバい奴”がすぐ近くを通り過ぎていくのをチラッと見た。ほどなくして、“ヤバい奴”の声が廊下の向こう側へと消えていくのを聞き取って、少しだけホッとする。

 

(それにしても、この間はホントヤバかったな……あの神社のヒト?達がいなかったら、多分死んでたかも……)

 

 脳裏に、我射神社の“デカくてヤバい奴”が襲い掛かって来た時の光景が過る。

 あの時は山の神社に居た二人組がいたから助かったものの、あの二人組がいなかったらとっくにこの世にいなかっただろう。そう思うと、背筋がゾッとする。

 だけどそれと同じくらい気に掛かるのは、あの二人組がどうして私を助けてくれたのか…という事についてだ。去り際に指一本立ててたのも気になるし、一体なんだったんだろう……?

 

(考えてもしょうがない……取り敢えず助かったし……)

 

 気になる事は色々あるけれど、助かったのは事実なのであまり深く気にしない様にして、ハナに連れられたまま新作のラムダラビットストラップを買いに行った。

 

 

 

「新作おひとり様一ラビ限り。なくなり次第終了とさせていただきますラビ」

 

「サッと買ってくるから待ってて!」

 

「うん、座って待ってる」

 

 それから少し経って、オーバーオールと蝶ネクタイスーツを着たウサギの着ぐるみが拡声器を持って呼び込みを行なっている、ラムラビの新店舗に到着した私達。

 ハナが目的の物を買いに行ったのを見送り、ベンチに座って待つことにした私は、周囲を見回してみる。

 

(お客さん、いっぱいいるなぁ……)

 

 スマホを弄りながら待っている私の視界に映るのは、ラムラビのお店の前に集っている人々の姿だった。

 予想以上に並んでいる人の多さに驚いてるとも知らずに、ラムラビの店前では店員さんと思しき着ぐるみ達が拡声器を持って呼び込みをしている。

 そんな中、男性の声で「となり失礼しますよ」と声を掛けられながら、隣の席に誰かが座って来たのを感じる。

 

(……え、なに?めっちゃ見てる……こわ……人間……だよね?)

 

 黒髪で片目を隠して黒い服装を身に纏うその男性は、笑みを浮かべながら此方をじーっと見てくる。私は思わず“ヤバい奴”ではないかと、警戒する様にして少し距離を取った。

 すると男性は、そんな私を見て何かに気付いたのか“ニコォ…”という擬音が聞こえて来そうな顔で「こんにちわ、お嬢さん」と声を掛けてくる。

 その声と表情に、私は思わずゾッとした。

 

「石、いります?いろんな形の石がありますよ」

 

(え……何?この人、こわー……ハナ早く帰ってきて!)

 

 そう思った私は、男性から少し距離を取って警戒する様にして顔を逸らす。対して男性は相変わらずの笑みのまま、懐から取り出した石を見せ付けて来た。

 

「あれ、みこさんじゃん。そこで何して……あの。ロムさんも何してんスか、マジで」

 

『……ビギィ』

 

「おや、キミは確か……徹くんでしたっけ?また会いましたね、お友達は元気ですか?」

 

 この人が先生の言ってた不審者なのかと、更に警戒心を強くする。そんな私に助け舟を出すかのように声を掛けてきたのは、ラムラビの新店舗から戻って来たハナ……ではなく、他校の男友達である影杉徹君であり。今日も変わらず頭に蚕蛾を頭に憑けていた。

 徹君はロムさんと呼ばれた男性と知り合いなのか、呆れた様な表情で溜息を吐いて。そんな彼の姿を見て、ロムさんと呼ばれた男性は“おやおや”といった表情を浮かべた。

 

「お友達……?なんの話をして──」

 

「みこ……目の前で売り切れた……」

 

 男性の発言に引っかかった所があったのか、徹君が何かを問おうとしたそんな時。涙目になって戻って来たハナが、『SOLD OUT』の看板を持った着ぐるみを視界に入れた私に抱き着いてくる。

 

「ひどいーっ!次の入荷いつになるかわからないって……!」

 

「お、落ち着いて……」

 

「ハナさん……その気持ち、分かるよ……俺もつい最近、目当ての入場者特典が目の前で品切れになってさぁ……スゲー悔しかったよ……いやマジでホントに」

 

「と、徹くん……!」

 

 私の身体に顔をうずめて、おいおいと泣き出すハナ。そんな彼女を慰めようと頭を撫でていると、徹君が哀愁漂う表情を浮かべてそう同意してきた。

 二人が手をガシィッと掴み合い、謎の友情を育み合っている。そんな光景を余所に、ロムという男性は気にせず「お悩みかな?」と話しかけて来た。

 

「え、だれ?みこの知り合い? あ、違う? じゃあ徹くんの?」

 

「いや、まぁ……一応知り合いっちゃあ知り合いっていうか……んあ?なんじゃい急に?」

 

 首を傾げるハナの質問に徹君が何やらモゴモゴとした様子で言葉を濁らせていると、突然周囲の人たちのスマホが鳴り出し。鞄から取り出した音の鳴るスマホの画面を見た徹君は、途端に渋い顔で「うわっ」と声を漏らしていた。

 私も同じ様にハナとスマホを覗いてみると、そこには“神童ロムの館”、“不可解症候群(〜エニグマシンドローム〜)”と題したオンラインサロンのエントリー画面が、椅子に座った男性の姿と一緒に表示されていた。

 

「神童ロム。おや、私ですね」

 

「……え、なに?いつの間にこんな芸当仕込んだの?怖……てかキッショ」

 

「キミ、意外とズケズケ言いますねぇ」

 

 うん、ヤバい人だ。そう確信した私は「ラムラビはまた入荷したら買いにこよ」とハナを連れてその場を立ち去ろうとするが、ロムという男性は鼻歌を口ずさみながらウサギのストラップ……ハナの目当てであるラムラビの新作グッズを、まるで見せ付けるかの様にプラプラと揺らしていた。

 

「あっ、それ……っ!」

 

「あぁ、列があったので並んでみたらこれでした。五寸釘とか似合いそうですよね。ところで何ですかコレ?」

 

「まさかの藁人形扱い。てか知らずに買ってたのかよ。(イヤ、本当に何も知らずに買ったとも言い切れんケド)」

 

「あ、あの……それすっごく欲しいやつで……お金は払いますので、もしいらないならあたしに……」

 

「やめとけ!やめとけ!こういう場面で『お金は払います』って曖昧なコト言ったら、大抵の奴はそこ付け込んで高額請求して来たりするから!どうしても欲しいなら俺が買ってあげますから!」

 

「ハハハ、そうですか。だったらついでに、この石もいかがですか?結構良いパワーが詰まってますけど」

 

「それはいいです」

 

 詐欺みたいなやり手につられそうになったハナのかわりとなって、ストラップを貰おうとする徹君。ロムという男性が勧めてきた石をキッパリとお断りしながら財布を取り出しているのを見ていると、コツ…コツ…という不気味なハイヒールの足音が背後の方から聞こえてきた。

 

(な、なんか来た……!)

 

 音の聞こえる方へ目を向けると、拘束衣の様にブラジャーや縄などで縛られたボロボロのワンピースで身を包み。計七本の足と指の長い手、二つのマネキンの様な頭部を持った“ヤバい奴”が道の真ん中を歩いて来るのが視界に入り、私は思わず身の毛立つ。

 一方ロムという人と徹君は、「通常はひとつ5万円ですけど、今回はタダでご提供しましょう。会員登録してくれれば、次回は半額で……」「はいはい。取り敢えずストラップ代は払うんで、早くそれくださいな」と話を続けていて。ハナは徹君の背後で「ごめんね徹くん……後でその分、お金返すから……」と、制服の裾を掴んで申し訳なさそうにしていた。

 

「は、ハナっ、徹君!もう行こっ⁉︎」

 

「え、アレ?ラムラビストラップは?」

 

「………そうですよ?せっかくの人形が──おっと」

 

「あっ、石が……拾いますっ」

 

「おや、すみませんね」

 

 今の内に離れた方が良いかもしれない……そう思い至った私はハナの手を掴むと、財布から五百円硬貨を出しかけていた徹君と一緒にその場から立ち去ろうとした。彼の頭に居る蚕蛾も、早くその場から離れろと言わんばかりに額をバシバシ叩いていた。

 だがロムという人──以下から“ロムさん”と呼ぶコトにする──が何か言いかけた瞬間。彼の手から石がいくつも零れ落ちてしまい、それに気付いたハナがその石を拾いに行ってしまう。

 

「マジかよ、メンド……」

 

(は、早く拾って逃げなきゃ……!)

 

 ハナからお腹の虫が鳴り出しているのを聞き、慌てて私も徹君と石を拾う手伝いをしていると、こちらへ近付いて来ていた“ヤバい奴”の複数ある脚が、石を拾っていた私の前で立ち止まった。

 するとその“ヤバい奴”は細長い指で、長髪女性の顔に着けていたマスクを上へズラし、口の中から赤子の様なナニカを出し始める。

 

(ひいぃぃぃぃ……あ、アレ? 引き返した……?)

 

 気味の悪い光景に身震いして内心悲鳴を撒き散らしていたけど、その“ヤバい奴”は複数ある脚を使ってまるで脅しみたいな足踏みをしたかと思うと、目の前にある石を忌々しげに睨みつけ歯軋り。赤子の様なナニカを口へと戻しながら、反対側の方へと立ち去って行く。

 

「ホラ、いい石でしょう?ご覧の通り、効果てきめん。

 ──まぁ、貴女にはこれよりもずっと“イイモノ”がいるみたいですけど」

 

 そんな光景に呆気に取られていると、ロムさんがさっきまで“ヤバい奴”がいた所を指差しながら、そんな事を言ってきた。

 その口調からして、恐らく彼も『見える』側の人だと確信した私は、落ちてた石を持ったまま思わず前のめりになってしまう。

 ……でも、『これよりもずっと“イイモノ”がいる』ってどういう事だろう……?私、そんなモノ持ってない……よね? そう疑問に思った私は、ロムさんにその事を聞こうとした。

 

「あぁ、ところで話は変わりますけど。あの時一緒にいた彼、どうしたんですか?風邪でもひきましたか?」

 

 だがロムさんは「え?今の流れの中に、そこまで興味惹かれる要素あったか?」とツッコミを入れていた徹君に顔を向けると、そう話を切り出してきた。

 

「一緒にいた、彼……? あの、さっきの発言でも思ったんですが、何のことでしょうか?

 アンタと最初に会った時は、俺一人だった気がするんですけど……?」

 

 そんな質問に徹君は、何を言っているのか理解出来てなさそうな顔で首を傾げる。

 

「………アレ、おっかしーな? 私の記憶には、もう一人いた筈ですよ?

 名前は確か……()()くん、したよね?」

 

 何の話をしてるのかハナと首を傾げていた私の耳に『その名前』が聞こえてきた瞬間。私の中で、何かが引っ掛かった様な気がして……それと共に、耳鳴りと頭痛が襲い掛かった。

 

(あれっ? 私、その名前……何処かで……?)

 

 そう考えた所へ、再びの耳鳴りと頭痛が湧いて出てくる。

 それに伴って思い出しつつあった記憶を繋ぎ止めるかの様に、私の胸はドクンドクンという鼓動を繰り返していた。

 

 どうして、こんなにも胸がざわつくの……?

 なんで急に、頭痛と耳鳴りが出て来るの……?

 何故その人の名前を聞くと、こんなに苦しくなるの……?

 

 そんな疑問が解消される前に、さっきまで感じていた頭痛と耳鳴りがピタリと止んだ。

 

あ、そうだ。お隣の男の子だっけか、確か。

 そういえばその子の名前が、そんなんだった気がする)

 

「……よう、た……?その人、誰?? 徹くん知ってる?」

 

「………あぁ、思い出した。ウチのクラスメイトだよ。なんでロムさんが、そいつの名前を知ってるのかは知らんけど」

 

「(……成る程、そういうコトか)……どうやら他の方と間違えたみたいですね、失礼しました。

 まっ、それは置いといてお嬢さん。この石、興味があるみたいですね?会員登録もすれば、イロイロと特典もお付けしますけど……」

 

 先程まで感じていた違和感が解消されてスッキリして所で、ハナと徹君も互いにそんな会話をし始めており。その話を無言のまま聞いていたロムさんは一瞬無表情になったが、すぐに胡散臭い笑みを浮かべ直して、手に持った石を私に近付け……

 

「結構ですっ! だめだよみこ!怪しい勧誘に騙されちゃ!」

 

「さっきまでイカにも怪しい勧誘に引っかかりそうなカンジと迷いを出してたとは思えない程しっかりした言葉。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね」

 

 横から割り込んで右手に持ってた石をむんずっと取り、元々回収してた分も含めてロムさんへ押し付ける様に返したハナからそう注意される。

 え、ハナがいうのそれ?と思わなくもないが、代わりに徹君がツッコミを入れてくれたので、その辺の些細なコトは置いておこう。

 

「ラムラビも返してください!はい500円!」

 

「あ、結局ハナさんが出すのね。あとソレ、元々ハナさんのじゃないからね一応」

 

「元々あたしが買うつもりだったからね。徹くんには迷惑かけられないよ!

 ともかくホラ!ふたりとも、ミセド行こっ!」

 

 ラムラビストラップを譲って貰ったハナに腕を掴まれながら、そのままグイグイと引っ張られてその場を立ち去ろうとする。

 

「あ、ちょっと待って。俺も石返して来るから」

 

「(あ、私も……)あのっ、これ──」

 

 だが徹君は拾った石を返す為にロムさんの元へと駆け足で向かい、私も左手に石をひとつ握ったままにしていた事に気付いて、慌ててその事を伝えようと彼の方へ振り返り。

 

『ビギィ!!』

 

「えっ──いだッ!?」

 

「……へ?」

 

「……おっとぉ」

 

(……石の霊圧が、消えた……⁉︎)

 

 蚕蛾の叫び声と共に目前へと飛んで来た石が、私の額に直撃した。

 一体何が起きたのかとか、何で急に石が飛んで来たのかとか、そんな疑問が額の痛みと一緒に頭を埋め尽くしていたが、頭上に浮かび上がったモノに唖然とする。

 

『BBBBBッ?!』

 

(……えっ、は? なに、コレ……?)

 

 ──そう、一つ目のオタマジャクシの様なヤツが、私の頭から文字通り()()()()()()()()()

 

『ビギャアッ!!』

 

『BBBッ?!?』

 

 突然飛び出た一つ目オタマジャクシが戸惑っている隙に、蚕蛾は口内から伸ばした別の口(先が焼き焦げている事から、恐らくその子が石を投げたのだと思われる)を伸ばして噛み付き。そのままエネルギーを吸い取ってミイラの様になったそれを、私の頭から引っこ抜く。

 

 それと同時に、脳味噌をそのままシェイクされた様な激痛と猛烈な吐き気が襲い掛かり。

 ダムが決壊したかの様に雪崩れ込んで来た情報に溺れた私は、上下左右に移り変わる強い浮動感で立っていられなくなり地面に倒れ込む。

 

 周りからは何か語り掛けて来てるけど、ノイズの如き耳鳴りで何も聞こえなくなり。

 鼻の奥から流れてくる鉄の味がする液体で、喉の奥が詰まりそうになってくる。

 自分の身体の筈なのに、まるで自分のじゃないみたいに言うことを聞かなくなって来て、視界に映る景色が全て赤く染まっていた。

 

「──……だした」

 

 そんな中、頭の中に浮かび上がったのは、ひとりの幼馴染の姿……

 いつもバカみたいに笑い、非常に温かな輝きを放って、いつも守ってくれる。

 私にとって、とても大切な人の姿だった。

 

「思い……出した……!」

 

 今まで確かに感じ取って来た記憶。まるでテレビでも見ているかの様に頭の中に浮かび上がりながら、同時にこれまでに経験した出来事もフラッシュバックしてくる。

 そして彼の事をさっきまで忘れていた、その理由と心当たりに辿り着いて。思わずそう叫んで、力が上手く入らない足で立ち上がっていた。

 

「いかなきゃ……」

 

 おぼつかない足取りでそう呟き、彼の元へと歩き始める。

 そんな私の手を、後ろから誰かが掴み取ったのを感じ取った。

 

「どうしたのみこっ!? 急に倒れ込んだと思ったら、急に立ち上がってどっかに行こうとするし……!」

 

「ホラ、ティッシュ使ってみこさん。鼻血出てるから」

 

 振り返ると、ハナが焦った様子で手を取って制止しようとしているのに気が付いて。徹君からはポケットティッシュを渡されながら、そう注意されてしまう。

 ……あ、鼻血出てたんだ……言われるまで全く気付かなかった。

 そんな事を考えていると、鼻から流れていた血の生温い感触がティッシュで軽く拭き取られる。

 

「……ん、ありがとう徹君」

 

「どういたしまして。それよりも、急にどうしたんだよ」

 

「ごめん、私ちょっと急用思い出しちゃったから……先に帰るね」

 

 急に倒れ込んだと思ったら、何でそんなコト言い始めるんだ?

 きっとそんな疑問は出て来るだろうけど、今は説明する時間も暇はない。

 そもそも“こんな事”を言っても訳わかんないだけだろうし、変な心配をかけてしまうか、変なのに巻き込まれてしまう可能性だってある。

 だからこそ、私は何も言わない。何も、言えない。

 

「……………そっかぁ。わかったよみこ、早く行って!」

 

「……まぁ、深いワケは聞かねぇけどよ。とりま今度、一緒にドーナツ食おうぜ?」

 

「うん……ありがとう」

 

 だからこそ、心配そうな顔をすぐに天真爛漫な笑顔にして送り出そうとしてくれるハナと、何も聞かずにドーナツ食べる事を誘ってくれる徹君の優しさに。彼の頭の上で気分悪そうに咳き込むその子に、大切な事を思い出させてくれた蚕蛾の子に、私は感謝していた。

 

「……大丈夫でしたか?はいコレ、落とされましたよ」

 

 そこへロムさんがやって来て、足元に落ちてた石を……さっきまで私が持っていた石を拾って、無理矢理手で包む様にそれを渡して来た。

 いきなりの事で少し呆気に取られるが、すぐ我に返って返そうとするも既に遠くへ歩いていて……

 

「差し上げますよ。きっと、必要になると思うので……」

 

 そうこうしている間に、彼は人混みの中へと姿を消していた。

 胡散臭い様子に当惑しつつも、きっと何かがあった洋太の元へ急ぐ可く、ハナ達と別れて目的地へと……洋太の家へと走り出した。

 

 

 卍 卍 卍

 

 

「……ッ!ハッ……ハァッ……! よう、た……っ!」

 

 息を切らしながらも彼の所へと急ぎ、漸く到着した洋太の家を見て、思わず絶句していた。

 表面上は別に何事も無く、他の人からしたら普通の家に見えるかもしれない。

 だけど私の目には、その家がまるで“ナニカ”に蝕まれている様に見えていて。特に彼の部屋の窓からは、非常に禍々しく、悍ましく湧き出る黒い靄のようなモノが丸見えだった。

 それでもって、その靄は徐々に濃くなりつつ、息が詰まりそうになるくらい恐ろしいモノへ成りつつあった。

 

(あぁ、もうっ!なんでもっと早く、この事に気付かなかったんだろ……!)

 

 お隣であるにも関わらず、今日まで気にもとめてなかった事実に気付いて。そんな後悔を抱えつつも、私は洋太家の扉の前に立った。

 

(……一応あの石貰ったけど、大丈夫かな……?効力はあるみたいだけど、サイトの説明がメチャクチャ胡散臭いし……)

 

 ロムさんから貰った石を手に持ったまま、先程移動しながら見たサイトの怪しさ全開な雰囲気を思い出して、思わず躊躇する。

 もしこの石が効かない奴が出て来たら、私は一体どうやって彼を助ければいいの?

 そもそもの話、私を洗脳した存在が一体何者なのかも分からない状況で、変に動くのは危険すぎる。

 そう言った事情抜きでも、すごく怖くて、上手く呼吸が出来なくなって、手足や体からは震えが止まらない。

 

(それでも、行かなきゃ。

 例え無自覚でも、私を守ってくれたことは事実だし。

 そうでなくても、彼から色んなモノを貰った。

 いつも私に、いっぱい笑顔を見せてくれた。

 だから──今度は、私の番だ)

 

 そんな心配が頭を過ぎる中、それでも『何もしない』という選択肢は選びたくなくて。彼の笑顔を守りたいと思っていて。

 その為にも、私に出来る全力で彼を助けるべく、意を決して扉を開けた。

 

『しぃんにゅうしゃあ はっけえぇん』

 

 扉の向こうには、小さな眼が複数付いた巨大な歯茎と黄ばんだ歯が引っ付いていた。

 

『たぁべまぁす』

 

 何十個もある眼で此方を睨み付けた“ソレ”は、唸り声を上げながら大きく口を広げて、口の中から肉肉しい触手を何本も伸ばして来た。

 

(え……?)

 

 だけどその触手が私の身体に触れる寸前、横から現れた着物を身に付けた狐の二人組が現れて、エネルギー波の様なもので扉に付いてた“ソレ”を触手諸共消しとばした。

 

『■■……』

 

 扉の向こうにある本来見えるべき光景が見える様になって、形を保てなくなったのか“ソレ”はボトボトと扉の枠から剥がれ落ちて消滅。

 地面にへたり込んだ私の前には、二人組の内ひとりが指を二本立てている姿があって、その存在はやる事はやったとばかりに踵を返して消え去って行く。

 狐の存在が何か話していたけど、その場に残された私には何を言って来たのかは聞き取れなかった。でもかつて狐の神サマが言っていた『言葉』と、これまでのコトを思い出して、そのジェスチャーの意味を理解してしまった。

 

(も、もしかして……『さんかい』は、『三回』までってこと?)

 

 もしそれが事実だとしたら、“ヤバい奴”から三回守ってくれるという事になり。

 デカイ骸骨の時が一回目で、今回のが二回目だとして、次は三回目……つまり、“あと一回しか守ってくれない”という事になる。

 その事実は、通常であれば切羽詰まった状況に絶望していただろう。

 

(──でも逆に言えば、その『一回』だけで、彼を、守れる。

 洋太を……確実に、助け、られる……っ!)

 

 でも今の私にとって、それは神様が垂らしてくれた蜘蛛の糸であり、最後の希望だった。

 ──そう。何が何でも、なんとしてでも助けなきゃ。

 例え神から貰った加護を全て使い切ってでも、洋太を助けるんだ。

 そんな想いと共に再び立ち上がり、今度こそ扉の向こうへと足を踏み入れた。

 

 

四谷みこ──『にかい』メ、履行完了。

次デ、終ワリ。

 




●神童ロム
原作ではかーなーりー胡散臭い顔出しを果たした、元ゴッドマザーの弟子。
彼が販売している“チカラの石”は、低級怪異ならそのまま祓う事が可能で、中級怪異辺りなら追い払ったり侵攻を食い止める事が出来るっぽい。でも流石に上級怪異以上の存在には(少なくとも一個二個程度では)効果はなく、ロム曰く「ヒビが入ったり割れたら危険信号、素人の手に負えません。とっとと逃げましょう」とのコト。
バーソロミュー「私が思うに、彼のミステリアスな雰囲気から漂う姿からは実に魅力的な色気がヒャアがまんできないひゃっほう!メカクレサイコー!!」

●オカイコ様
とある夜、徹の部屋へいきなりやって来た滅茶苦茶ヤバい怪異が徹の頭にナニカを入れたのを見ていたオカイコ様。
そのヤバい怪異はオカイコ様を一瞥し。禍々しいオーラを放つ存在に睨まれたオカイコ様は蛇に睨まれた小鼠の如く震えて怯えていたが、その怪異は「この程度の虫螻、ほっといても問題ないでしょう」と言い残して去っていった。そんな一幕があったとかなんとか。
Q.あの石、どうやって掴んで投げたの?
A.気合いと根性。あとスッゴく痛いのを我慢しながら。

●ラムダラビット
ハナが大好きなウサギのキャラクター。ギリシャ文字の『Λ(ラムダ)』の形をした口が特徴。ミッ●ィーやマ●メロではないし、「ヤハァ」と言ったりもしない。
ハナ曰く、最近はショート動画やコラボとかで人気爆発中とのコト。

●妖魔・寄精虫
とある怪異が生み出した、一つ目オタマジャクシの様な姿をしている、呪霊等級だと準一級相当のアヤカシ。
強さに関しては下級怪異程度だが、洗脳能力に関してはかなり高いチカラを持っており。命令一つ分しか施せぬ代わりに、相手の精神世界に入り込む事で、ちょっとやそっとじゃあ解けぬくらいに強力な思考回路のコントロールを下す事が可能。
ちなみに、コイツが脳に入った状態で無理に解こうとすると最悪廃人になるレベルで脳に負荷が掛かるが、ある程度出かかった状態で除去すれば鼻血が出るくらいの負荷で済む。
元ネタはブレドランもといブラジラの使い魔であるビービ虫とDIOの肉の芽、あと精子探偵。オカイコ様曰く、かなりイカ臭くて馬の排出物を煮凍りにした様な味がしたらしい。

●狐の巫女
今回の話で2回分の加護を承った、山の神の使い。
前回あったがしゃどくろ戦では、相手が神を取り込んだ事で特級クラスの怪異と成っていたのを見て、主の御狐様を呼ぶ以外勝てる見込みが無い事を察した二人組。1分くらい時間を稼いで白狼にトドメを差し出した。

●玄関にいたヤバい奴
見円家の玄関扉に潜んでいた化け物。トレバー・ヘンダーソンが作った怪生命体『スマイルルーム』が元ネタ。

●下らないあとがき
おかげさまで評価者50人、お気に入り登録者数1000人を越える事が出来ました!
本当に……「ありがとう」……それしか言う言葉がみつからない……


よし、次は評価者100人とお気に入り2000人超えを目指すか。(欲望の権化)
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