瘴気が含まれた血で造られし触手と神気を纏いしエネルギー波がぶつかり合い、次第に部屋が荒れてゆく。
折り畳み式の机は真っ二つに割れ、本棚からは漫画本が何十冊も落ち、カーテンで見えないが窓ガラスにヒビが入ったような音も聞こえた。
『ヌウォォオオオオオ!!』
『『……!』』
部屋の中で縦横無尽に動き回るのは、“悪夢の呪い”を具現化させたとも云うべき怪異『夢魔法師』、とある禁足地の山に棲む狐神に仕えし二人の狐巫女。この二組による戦いが火蓋を切っていた。
だが神に仕えし二人組の巫女達といえども、彼女達の主人と近い実力を備えている夢魔法師は、本来ならば苦戦必至の相手で、最悪返り討ちに遭っているだろう。
そう、
しかし今戦っている夢魔法師は、とある事情から本来の力を発揮できない状態であった。
何本も伸ばした触手と何発も放たれるエネルギー波の攻防が続く中、夢魔法師が振るう先っちょにナイフ状の刃物を生やした触手による斬撃は狐の巫女達に対して殆ど当たらないのに対し、狐の巫女二人が放つエネルギー波は夢魔法師に何度も掠っては身体にダメージを蓄積させていた。
(糞、糞糞糞っ……一度小童の炎に焼かれた所為か、身体の動きが鈍い……!)
その事を夢魔法師は、戦いが始まってからずっと忌々しく思っていた。
加えて狐の巫女達の方が優勢だと云う事実が、洋太に宿る赤鷹が放った炎によって身体を焼かれた夢魔法師の苛立ちを更に増幅させる。
錆び付いたブリキ人形の様にぎこちない動きで攻撃を避けながらも、夢魔法師は狐の巫女達に向かって妖魔・寄精虫を飛ばすが、難なく掴まれて圧殺されてしまう。
(妖魔供の動きも鈍い……此奴らを眠らせようにも、此れでは能力も満足に使えぬッ!)
夢魔法師が使役する妖魔・寄精虫は、彼の保持する妖力と邪気を用いて創り出される妖である。
その外見は目玉に細長い尾の様な触手を一本生やした、白っぽいオタマジャクシに似た化け物であり。コレらを周囲へ飛ばして監視を行ったり、この触手を対象の脳にあたる部分に挿せば精神内部に侵入可能。洗脳を施したり、強烈な睡魔を齎して眠らせる事が出来る。
──のだが……夢魔法師の状態に比例して寄精虫の動きも悪くなってる所為で、狐の巫女達へ取り憑く前に彼女らの放つエネルギー波で圧殺されて、効果を発揮する機会が巡って来ないのだ。
(おのれ……おのれおのれおのれおのれおのれッ!何故私がこんな目に合わねば成らぬのだ!?コレも全部、此処にいる小童と小娘の所為だ!!)
狐の巫女二人相手に本来の力を発揮できず、苦戦を強いられている理由を思考した夢魔法師。その原因が、自ら眠らせて丹念に且つ念入りに悪夢を見せて苦しめていた筈の小童と、今は張り詰めていた糸が切れたのか小童へ覆い被さる様にして気を失っている小娘にあると結論付けた彼は、憎悪と怒りに歪んだ双眸を彼等へ向けた。
(せめて此処で小童と小娘を殺さなくては、この煮える腹の虫が治まらぬ!)
だが今この二人に意識を集中させて攻撃しようとすれば、狐の巫女達が容赦無くエネルギー波の嵐を降らせてくるだろう。
故に夢魔法師は隙を窺いつつ、如何にかして小童と小娘を殺せないかと考えていたそんな時、 開きっぱなしにしていたドアの向こうから重量感のある足音が、コチラに向かって来るのが聞こえた。
それは夢魔法師がある意味待ち兼ねていたモノであり、今の状況を打破するモノだった。
『オナカぁぁぁ……』
そこには腹部にも口が付いた超肥満体のおじさんが、腹部に手を置いてゆっくりと扉を潜り抜けながら夢魔法師に向かって歩み寄っていた。
下の階へいた雑兵のひとりの姿を見た夢魔法師は、ニヤリと厭らしい笑みを浮かべた。
『丁度いい所へ来た!この者共の相手は私がする、貴様は此奴らを喰らってしまえ!』
デカいおじさんへ手を翳そうとした狐の巫女らへ触手による斬撃で牽制しつつ、夢魔法師は腹部の口から舌を出し喘鳴を洩らすおじさんへ指示を飛ばした。
指示を受けた腹部の口から舌を出したまま、その巨躯で洋太とみこに迫るデカいおじさん。
この家へ呼び寄せた雑兵がこのデブひとりしか居ない事に不満と不安を覚えながらも、夢魔法師は余裕の笑みを浮かべて触手による斬撃とエネルギー波の嵐で、狐の巫女らを抑制し続けていった。
『オ オナカ……』
だがデカいおじさんは腹部の口から舌を出したまま、覚束ないフラフラした足取りで唸り声を上げており。それはまるで腹痛を訴えている様にも見え、デカいおじさんは腹を摩る様に両手を添えて巨躯を振り返らせ、「おいどうした⁉︎」と焦慮し始めた夢魔法師へとゆっくり接近させていた。
『オナカ……イダイィィィ──!』
此方へやって来たおじさんに夢魔法師は訝しんでいると、ソイツの腹部にある口が大きく開いて──上半身と下半身が黒い血飛沫を撒き散らしながら真っ二つに裂け割れて、中から元気な般若面を被ったお婆ちゃんが飛び出て来ました。
『は──?』
『ウチの可愛い孫にぁ、これ以上手出しさせないさね』
殺意を込めた声で言い放つお婆ちゃんは、持ち手が刀の柄状になっている2m程の巨大ハリセンを両手に握り締めており。一瞬で夢魔法師の頭上へ飛び上がると勢い良く豪快に振り下ろし──ドズバァンッ! その威力は凄まじく、叩きつけられた瞬間に部屋の空気が激しく揺れ動き、衝撃音で狐の巫女達が肩を跳ね上げる程に強力だった。
そんな攻撃を顔面からモロに喰らった夢魔法師は「ぐぶぇッ!?」と潰れた蛙みたいな声を漏らし、激痛によって口から液体を吐き出しながら床へ倒れ伏した。
『うぐぉ……⁉︎ おのれェ……また貴様か“ハリセンババア”ッ!』
『よう、あたしが寝てる間に随分と好き勝手してくれたねェ?クソだらあ』
痛む顔面を抑えつつ、般若面のお婆ちゃんを憎々し気に睨み付ける夢魔法師。
そんな彼を見下ろしながら煽るお婆ちゃん……見円桃子は、巨大ハリセンで肩を軽く叩く様に担いでいた。
『小娘もそうだが……貴様も一体どうやって、私の洗脳をぐべらぁ!?』
『お前さんに答える義理はないさね』
夢魔法師が問い質すより先に桃子は彼の脳天へ、巨大ハリセンの一撃を叩き下ろした。痛みに悶絶する彼へ向けて、追い討ちを掛けようと再び巨大ハリセンを振り上げる。
だがその振り上げた腕を夢魔法師が伸ばした触手で絡め取られ、桃子は仮面の下で苦虫を噛み潰したような顔になって舌打ちをした。
『おのれェ……この私を、舐めるなよォ!』
『舐めるぅ?お前さんみたいな不味そうな糞虫、ペロペロ舐める趣味は無いさね……オッエーっ!』
『それを舐めると言っているんだ……うぐっ!』
悪態を吐く夢魔法師は桃子の腕を掴みながら、再び洗脳を施そうと何匹も妖魔を飛ばすが、視界の外からやって来た二撃を叩き込まれて痛みに悶えた。
桃子は狐の巫女らによる攻撃を食らって緩んだ触手を振り払って、彼女らへ「あんがとさん」と伝えて巨大ハリセンの一閃をお見舞い。その一撃でついでに寄精虫の群れも斬り飛ばされて、夢魔法師は痛みに呻きながら床を転がり回る。
『お前さんの敗因、一つ教えてやる。あたしを殺さずに眠らせて放置してた事。お前さんが弱いと思った子をそのまま放置してた事さね……おっと失礼、ふたつ教えてたねぇ』
『黙れ貴様ァッ!!』
桃子の言葉に激昂し、触手を腕だけでなく身体中から生やして桃子達へ襲い掛かる。
縦横無尽に暴れ回って刺しに掛かる触手だが、狐の巫女二人は着物を掠らせながらも軽やかに跳躍して攻撃を回避。
『なんのこれしき……あたしはお笑い芸人、そこらのトーシローとはひと味もふた味も違うさね!具体的には桃と塩の味がするよ』
『ひと味ふた味ってそういう事じゃぎャア⁉︎』
桃子は数本の触手による連続突きを躱し続けながら身体を捻って回転させ、その勢いのまま巨大ハリセンを振り回して触手を叩き落とし、逆に夢魔法師の懐へ潜り込んで巨大ハリセンを下段斬りで顎を打ち上げた。夢魔法師は舌を自ら噛み切る事になった。
(何故だ……何故此処まで想定外な事態に、陥らなければ成らぬのだ⁉︎ 私の計画は完璧な筈なのに……!)
思えば、前もって直々に洗脳を施した筈の小娘・四谷みこが来た時から、夢魔法師にとって想定外な出来事が立て続けに起きていた。
勿論始めは首を傾げたが、取り敢えず気を取り直して色々と仕込んで掌の上で踊り狂う道化っぷりを愉しみつつ、適当にアレコレ吹き込んでドブ沼に嵌った小鼠の如く絶望する様を観ていた。そこまでは良かった。
だがその後、先まで怯えていただけの小娘が生意気にも反抗したので頸を断とうとしたら、既に力を使い果たした小童から思わぬ反撃を喰らったり、山の神から使いが送られて来たり、挙句の果てには同じく眠らせてた筈のババアが乱入して来たり……
陳列されたそれらが夢魔法師を混乱の渦に陥らせ、プライドをズタズタに引き裂き、憎悪と怒りを更に増幅させてゆく。
『あー……全く、あんたホントにしぶといねぇ!いい加減やられなさいよ!』
巨大ハリセンの連打が直撃して触手が何度も斬り飛ばされも尚、その度にまた新しい触手を生やしては攻撃を繰り返す夢魔法師。
それに対して桃子も一歩も引かずに巨大ハリセンで触手を迎撃し、狐の巫女達もエネルギー波を放ち続けるが、何度も攻撃を防ぎ続けた所為で体力を消耗したのか、攻撃の速度が徐々に落ちている事に気付き……それを見た夢魔法師の口角が上がる。
『喧しい!命令するなァ!この私が、貴様ら如きに負ける筈が無いだろうがァア!』
その叫びが反撃の合図だった。夢魔法師の叫喚に連動して、地面に落ちていた触手の残骸が赤黒い蛭を形成。それらが夢魔法師の方へ意識を向けていた桃子と狐の巫女達の意表を突いて、勢いよく飛び掛かる。
触手を叩き伏せる事に集中してた桃子は反応が遅れてしまい、同じく対応が一手遅れた狐の巫女達は直ぐに蛭を消し飛ばすが、その隙に夢魔法師が伸ばした触手で彼女達の肩或いは腕を貫いて壁や天井に縫い付け、動きを封じた。
『どうだァ……!ハァ、ハァッ……!お前らと私の間には、どうあがいても越えられぬ壁があるのだ……!』
荒い呼吸を繰り返す夢魔法師は勝ち誇った様に嗤い、衝撃で呻き声を漏らした三者へニヤリと嗤いながら、触手に形成した刃で斬り裂こうとしたが……
『ふぅん……それはいいけどねぇ。アンタ、後ろは大丈夫かい?』
『あ?何を言って──』
天井で肩を抑える桃子にそう告げられた夢魔法師は“何を言っているんだコイツ”と言いたげな表情で振り返った。
その直後、夢魔法師は“あるモノ”を視界に捉え、縦に真っ二つに割れた“ソレ”は夢魔法師の身体を包み込み……断末魔を上げる暇もなく、ズタズタに噛み砕きながら漆黒の体液を撒き散らした。
『……全く。コレはまた、とんでもないのが出て来たねぇ』
『──■■■■ ■■■■』
脚を力無くぶら下げた夢魔法師の亡骸を見て呆れたように呟く桃子は、壁に縫い付けられていた状態から解放された巫女達が自由になるのを視界の端で捉え。開かれた扉から顔を出して夢魔法師を悍ましく咀嚼する、狐を彷彿させる巨体に耳の部位から長く伸びた装飾品付きの角が特徴的な“ソレ”──山の神様を見据えて、 桃子は巨大ハリセンの柄を強く握り締めた。
嚥下し終えた山の神様は下顎を分裂させながら口を開くと、桃子の背後にいる二人の子供……洋太とみこを指差して何かを呟き、そのまま配下である巫女達と一緒に姿を消した。
「……やぁ〜っと出られたぜ……よっしゃラッキー……ZZZ」
「ようた……うぅん……」
『見返りを忘れるな、か……やれやれ。随分と、面倒な事になって来たさね』
すっかり荒れ果てた部屋の中に取り残されたのは、着けていた般若の仮面を外して溜息を洩らす桃子と、穏やかな表情で鼻提灯を膨らませる洋太、そして安堵の顔で目頭から涙を一粒零すみこだけであった。
卍 卍 卍
四谷家のキッチンで晩御飯の用意をしていた透子の耳に、呼び鈴の鳴る音が聴こえて来た。
ある程度作り終えた夕食の献立を盛り付けた彼女はエプロンを脱ぎ、誰が来たのかと思いながら玄関へ向かう。
「はーい、どちら様でしょうか……」
「どうも透子さん、お久しぶりね」
玄関扉を開けて来客に声を掛ける透子の前に立っていたのは、紫袴と白衣を身に纏っているベリーショートの女性…お隣に住んでいる子の家族である見円茜が、寝息を立てている娘を横抱きにしながら立っていた。
「茜さん⁉︎ なんでみこを抱えて家に……?」
「いやー、体調崩してたウチの息子を看病してたのかしらね?多分それで疲れたのか、洋太に寄り添いながら寝てたわよ。ホント、仲良くていーわねー」
娘が起きない様に声を抑えて驚きの声を上げる透子へ、茜はみこを起こさないように気を付けながら答えて、「ハイ、後はお願いね」と手渡そうとする。
透子は軽く困惑しながらも、取り敢えず娘のみこをベッドに寝かせ付けようと御礼を言って、腕を前へ出して受け取ろうとする。
「──や……洋太……いか、ないで……!」
だが透子の腕へ入ったみこは、魘されながら幼馴染の名前をうわ言で呟いて茜の袖へ手を伸ばし、ギュッと握り締めた。
「…………あらあら、洋太と思ってるのかしら?可愛いわね」
それを見た茜は数秒程してから深い溜息を零すと、優しく退けた彼女の手を胸の上に置いて、眠っているみこの頭を撫でながら独りごちる。
しかし透子は娘の並ならぬ様子に、一瞬見せた神妙な顔で沈黙した茜に、何か只ならぬ雰囲気を感じていた。
「では、そういうことで」
「ッ、……っ!」
玄関先で一礼して立ち去って行く茜。透子は必死に何かを訴えようと口を開こうとしたが、娘をこのままにしておく訳にもいかず。すぐさま早歩きでみこの自室に駆け込んでベッドに寝かせると、玄関の方へと戻って外へ出る。
「じゃあ茜さん、後はよろしくね……」
「えぇ……任せて頂戴」
秋の夜で冷たくなってきた外気に触れながらお隣の方へ視線を向けると、茜が赤いワゴンの前で棒付きの飴を舐めている姿があり。
その前には彼女の夫である太郎が、イビキをかいて寝ている洋太を横抱きで運んでいる姿を目にして、透子は居ても立っても居られずに声を上げた。
「あっ、あの、茜さん……!」
「おや、どうも透子さん。はいコレ、つまらない物ですが」
「あ、どうもご丁寧にすみません……ではなくて!」
そこそこ有名なお店で購入したと思われる紅茶のティーバッグが入った紙袋を受け取り、律儀に太郎へ頭を下げるが直ぐ様ゴホンと咳払いすると、茜へと問い掛けた。
「えっと………洋太くんを連れて、何処へ行くつもりなんでしょうか?」
「……こう言っては何ですけど。それを聞いて、どうするおつもりで?」
問い掛けに茜は少し間を空けて、穏やかさを感じる微笑みのまま、何処か冷たく感じる声でそう答えた。
透子は言葉を詰まらせるが、それでも何かを伝えようと口を開こうとして……玄関から別の人影が出て来た事に気付いて、そちらへ顔を向ける。
「なぁ、洋太の母さん……洋太を、何処に連れてくんだよ。ソイツ、何かやらかしたのか?」
やって来た人影の正体…姉を抱えて二階へ行き戻って行った母の様子に疑問を抱いて玄関の陰から様子を見ていた恭介が、太郎から洋太を受け取った茜へ詰め寄っていた。
対する茜は恭介の問い掛けに少し考えるような仕草をすると、優しく微笑みながら頭を下げ始めた。
「今まで洋太のコト、ワタシの分まで一緒に居てくれて、本当にありがとうございます。でも此処からは、ウチの『家族の問題』なのでお気になさらずに。
代わりと言っちゃあなんですけど……みこちゃんに、伝言お願い出来ますか?」
その意味深な発言に違和感を感じた恭介は、一歩下がって怪訝な表情を浮かべ。
透子は茜の真意を探ろうとジッと視線を向けながら「伝言、ですか…?」と、息子の肩に手を置いて問い掛ける。
「『ごめんね、みこちゃん?洋太とは、もう会えなくなるかもしれないから』。そうお願いします」
その一瞬、空間の温度が急激に下がったような感覚を覚え、透子は一瞬息を詰まらせる。
ふと恭介の方を見る為に目線を向けると、唖然とした表情で茜を凝視していた。
「茜さん!たった今、“掃除”終わったであります!」
「えぇ、ありがとう鈴華ちゃん。ではワタシ達は、そろそろお暇させてもらうわ」
そこへ、大きなアタッシュケースを引き摺っている巫女装束の女性が見円家から出て来て、頭につけてた三角巾を外しながら茜の元へ駆け寄り報告。茜はその女性の方を労うように声を掛けると、透子達へ視線を戻して軽く会釈しながら告げる。
茜の言葉が透子の鼓膜を揺らした直後、思わず静止の手を伸ばし掛けるも、それは一瞬のうち。家族の問題だと言われて反論出来なかった透子は、洋太を抱えて乗車しようとする茜達を見送る他なかった。
「──なにが、家族の問題だよ……!」
だけど恭介はワゴンの席に洋太を寝かし付ける茜へ、拳を強く握り締め、奥歯を嚙み締めながら険しい表情を浮かべて、 明らかに怒りを剥き出しにした眼差しを向けていた。
「そんなに洋太の事が大事ならっ、何でずっと一緒にいてやれねぇんだよ⁉︎
なのに今更、ワケも話さずどっかに行くなんて……そんなの、姉ちゃんが可哀想じゃねぇか!?」
「恭介……!」
感情を爆発させて叫ぶ恭介。そんな息子を窘めようと肩を掴んで引き止める透子だが、ワゴンの席に洋太を寝かし付けた茜は息子の頭をそっと撫でると、透子達へ振り返った。
彼女の表情は、まるで激しい後悔を孕んだ罪人のように曇っており。何故か辛そうなモノ以外に、何かを決意したような強い意志を感じ取れる表情を浮かべていた。
「えぇ、解ってる。だから……本当に、ごめんなさい」
「茜さん、出発します。お乗りください」
それだけを告げた茜はもう一度だけ謝罪して、運転席から聞こえた声に頷いてワゴンへ乗り込んで行く。
「──茜さん……洋太……もし願いが叶うなら、また一緒に……」
最後にもう一度、恭介達の方へ会釈して座席に座った茜は扉を閉めて助手席へ座り込むと、ワゴン車はエンジンを吹かせて走り出して行き。
透子と恭介、そして太郎は車が見えなくなるまで、ずっと立ち尽くして見送っていた。
卍 卍 卍
「………僕、家で寝てたよね?何これデジャヴ??」
軽い気怠さと空腹に襲われながら瞼を開けると、目の前には知らない木材質の天井。
腕に点滴が付いてるのを確認し、身体を軽く起こして周囲を見渡すと、田舎町にあるって感じの古風な内部構造で、窓の外には見覚えのある山の森があって……
此処が何処かは察して思わず乾いた笑い声が口から溢れてしまい。学校どうしようと悩んでいると扉が開く音が鳴り、そちらへ顔を向けた。
「おはよう洋太、体調は問題ない?」
「おはようお母さん、うん大丈夫。こんな早く会いに来るとは思わなくて、ちょっとびっくりしてるケド」
部屋の中へ入って来たお母さんが傍まで歩み寄って来て、体調を尋ねてきた。
僕はそれに対し驚きながら頷いて返すと、お母さんは安堵した様に微笑む。
「ところでお母さん、此処ってもしかして……」
「えぇ、
杜玉村──お母さんの実家がある、森に囲まれた田舎町で。先程窓から見えた山には、お母さん達が仕えている『紅乃神社』の本山が建てられている。
……うん、それはいいのだが。今一番の問題は、何故僕が村の病院らしき場所にいるのかって事だ。
「さーてと……何処から話そうかしらねぇ……」
とりま此処まで連れて来られた経緯を尋ねようと口を開きかけたが、その前にお母さんがベッド横のパイプ椅子に腰掛けて先に話を始めた。
なので思わず口を閉ざして、これから話すであろう言葉に耳を傾ける。
「まず前提として、この世には“人には見えない存在”がいる……人によっては『妖』とか『幽霊』、『異形の化け物』と呼ばれているけど、ウチは『怪異』で統一してるわ」
「あぁ、僕には“見えない”ヤツね。それがどうしたの?もしかして、僕にはその……怪異?ってのを浄化する光が出ている〜って話する感じ?」
お母さんの言葉に、僕は自分の体質について言及して尋ね。それに対しお母さんはタカが……いや、スズメだっけ?兎に角鳥が豆鉄砲を喰らった様な顔で二度見した後、額に手を当てて「ンン〜?」と唸り始めた。
「えーと……つかぬ事をお聞きするけど、息子は何処でそれを?」
「ユリア師匠から……友達からそういう話を聞いて、『誰かの役に立てる、特別なチカラ』だって言われたりもしました」
「………そのユリアって子、金髪ツインだったわよね?」
「うん。なんか霊が見えてるみたいで、立派な霊能力者になりましょうって言ってくれたんだ〜!もしかして顔見知り?」
お母さんが何やら困惑を隠せない様子で問い質す。僕はユリア師匠からそう教わった事を伝えると今度は何かを考え込み始め、徐に顔を上げて「あー、なーほどね〜……既にそこまで知って感じなのね……」と呟いていた。僕は「まーねー」と前髪を払いながら返しておいた。
それにしても……お母さんの実家が神社の家系だから、もしかしたら呪術師とか鬼殺隊的な仕事をしてると妄想した事はあったけれど。その口振りからして、まさかマジで『そういう仕事』をしていたとは驚きだ。
って事はつまり、普段離れ離れで仕事をしてるのも『万が一にでも、危険な目に遭わせない為』だったりするのかしら。僕はそういうの一回も見た事無いから、仮に近くにいたとしても気付いてない時点で『適正』ってヤツがなかったんろうな、ウン。
──そんな事を呑気に考えていたからか、その時の僕はお母さんから告げられた『ある事実』に、酷く心を揺さぶられる事になった。
「じゃあ、みこちゃんが“見える子”だって事も知ってるのね?」
みこちゃんが『見える子ちゃん』である事を、初めて耳にした。
「うん知って────えっ」
咄嗟にそう返事した次の一瞬、今度はこっちが豆鉄砲を喰らった気がした。
その話をキチンと自前の耳で聞いたにも関わらず、何を言われたのか解らなかった。いや、脳が理解する事を拒絶したと言うべきだろうか。
思わず目を見開いて固まったが、お母さんは何かを考えながら話をしているのか、幸いにも此方の様子に気付くことはなかった。
「いや〜、あの子も可哀想よね〜?なんかある日突然見える様になったっぽいし、今回の件に関してもコッチの問題に巻き込んじゃったみたいだし……いや本当に申し訳なかったわ……」
「……………え、えっ?あの、『今回の件』って、どういう事?」
「……言うべきか迷っていたけど、一応アナタには言うべきかしら。
実はこの間の日曜日から、洋太の力を疎ましく思う怪異が襲撃して来たみたいなの……でもそれは別に洋太が気にする事じゃないし、気に病む必要も無いわ。もう解決した案件だし、みこちゃんも無事だったコトだしね。
でもひょっとしたら、当分は此処にいる事になるかもしれないから───」
色んな情報が次々に放出され、頭の中がぐちゃぐちゃになって、真っ白になって、内容が全然頭に入ってこないし理解が追いつかない。
だけど、みこちゃんには『人には見えない霊的存在』が見えている事と……僕のチカラを狙う輩がウチに来て、ソイツらがみこちゃんを巻き込んで……ひょっとしたら、傷付いたのかもしれないという事は、理解出来てしまった。
「───それで学校の方には、一旦休学するって説明してるのだけれど……洋太、大丈夫?」
「……うん、大丈夫!みこちゃんの事は、お母さん達が何とかしてくれるんでしょ?だったらそっちに任せた方が安心だよ〜」
「そう?じゃあお母さん、ちょっと出るわね。それと明日には退院出来るみたいだから、今日はゆっくり休んでね?」
「わかった〜!」
こちらの心情を心配してか、お母さんが不安そうに問い掛けて来る。
対して安心させなければと元気な声量でむんっと返す僕に、お母さんは安心した表情をして部屋を出て行った。
一人残された僕は、ベッドに寝転がって、自身の手を見つめる。
「………なにが、守るだよ。何がもう、悲しませないだよ」
ハッキリ言って、例えクソ強い力を持っていたとしても、スタープラチナ並みに無敵の能力を持っていると仮定しても。
それを見えてもいなければ使いこなせない僕では、出来ることなんてたかが知れてる。
それに何より──
「この木偶の坊が……結局、何の役にもたってねぇじゃんか」
みこちゃんを守る事も、みこちゃんが抱えていた苦悩に気付く事も出来ない事を。
その上、僕が持ってるチカラの所為で、彼女に迷惑をかけていた事を知ってしまった。
だから……僕なんか、いない方が良いのでは無いかと、そう思ってしまい。
そのうち、何も考えたくなくなって……
窓の外に見える、昼下がりの空に浮かぶ雲の流れを眺める事しか出来ない自分が、やっぱり大嫌いだった。
●上級怪異『ハリセンババア』
見円桃子のもうひとつの姿。般若面の元ネタは桃太郎侍。
我が家に土足で踏み込んできた糞虫を駆除しようとハリセンを持って叩き潰そうとしたが、意外としぶとかった
●甲級霊能職員『紅乃茜』
ミツエから聞かされた“山の神様”の件について色々考えつつ、前々から挙げられていた我射神社に出没してる怪異について調査しに行ったら、なんかもう既に解決していた。
渓流の神に直接事の顛末を聞いたら、四谷みこによって呼び出された白い狼と狐の巫女が武者の怨霊達から解放してくれたと、白い狼の宿り主がエネルギーを使い切ったらしいと言われたので、急いで見円家へ直行した。尚、到着したらもう既に解決していた模様。
当事者である見円桃子から話を聞いた彼女は、息子と四谷みこがガチ目でかなりマズイ現状に陥っている事に頭を抱えたが、今後の対策の為にも取り敢えず衰弱していた息子を杜玉村の病院へ連れて行った。みこの方には乙級職員である『根本鈴華』を監視者として派遣しておいた。
●特級怪異『山の神様』
他の二次創作では『ロクデナシ』『人柱に憑きし怨霊』『鵺』『神を詐称する妖』呼ばわりされている特級呪霊クラスの土地神。少なく見積もっても、宿儺の指5〜6本分の強さはあるんじゃないかなぁ?知らんけど。
みこちゃんの願いのひとつである『洋太も守って』を叶えようとしたが、能力の関係で洋太にはマーキング出来なかったので、みこちが近くにいる時限定で加護が発動する様に設定していた、のかもしれない。
原作初登場時はみこちゃんに三回分の加護を与えたこと以外詳細は不明だったが、少なくともジーンと感動してくれそうなサポーターは居ないし、ホロメンロリ化計画の画策などしてる筈が御座いません。
●特級怪異『夢魔法師』
あれ程強大な力を持つ男も、ワタシの前では生ける屍と同じ。
苦しそうにもがき、恐怖で歪めた顔を見ながら、夢見心地になる……ハズだった。
なのにどうして、一体何処で狂ったというのだ。
ワタシの計画は、完璧なハズだったのに……
嗚呼……やり直したい、やり直したい……
何という惨めで、情け無い、悪夢だ……