馬鹿猿「なんの!僕はみこちゃんの幼馴染で、恭介のお兄ちゃんだぞ!」
見える子ちゃん「何バカなことやってんのよアンタ達……」
──四谷恭介。四谷家長男にして、四谷みこの弟である。
他にも母親の四谷透子(未亡人)と父親の四谷真守(幽霊)がおり、時折見えざる来訪者が居ながらも、家族仲良く暮らしている。
そんな彼には、見た目は年上、中身はほぼ同い年である(一応)兄の様な存在がいた。
その男の名前は見円洋太。姉にとっては、小学校入学少し前から一緒の幼馴染である。
彼との付き合いは長く、物心つく前から一緒にいた。
まだベッドの中に居た時は、ガラガラをマラカスの如く鳴らされて、あまりの煩さに泣いては姉に引っ叩かれたらしい。
物心がつき始めた頃には、無理やり背負わされながら町中を走り回られ、走った時の振動と疲労で吐きそうになった。後で姉にジャーマンスープレックス喰らわされた。
幼稚園に始めて行った時は、学校をサボってほっかむりを被り不法侵入してた所を幼稚園の先生に見つけられたので、必死に他人のフリをした。姉にも滅茶苦茶怒られた。
小学低学年の頃は、たまに現れては「やっほー恭介、お姉ちゃん元気?」と声を掛けて来るので、その度に「学校同じなんだから直接聞けよ」と返すのがお約束となっていた。
……こうして見ると殆ど碌な思い出がないと感じるも、実の兄弟の様に大切に思っている事は分かっていたし知っていた。
だから洋太の事を鬱陶しく思うことはあっても、決して嫌うことは無かった。
それはそれとして、洋太に対して強く不信感を覚える事があった。それは……
「もしかしたら洋太の奴、姉ちゃんに何かしたのかもしれない……!」
そう考えるに至った理由。それはここ最近、姉の様子がおかしいという点についてだった。
例えば時々顔色が悪くなる様になったり、寝言で変な事を言い始めたり、この間から手首に着け始めた赤い数珠のブレスレットをボーッと見つめていたりと、数々の違和感を覚える行動を取り始めたのだ。
姉がそうなり始めたのは、中学入学以降疎遠になっていたらしい洋太と、再び交流を深める様になってからだった。そこから導き出される結論はただ一つ、姉に異変が起きたのは洋太のせいだ。少なくとも恭介はそう確信した。
「洋太って確か……姉ちゃんの幼馴染だっけ?」
「あぁ。アイツ絶対、姉ちゃんに“何か”してるに違いない……っ!」
「だけど肝心の“何か”が分からないんだよな?」
「そうなんだよ!何か分かるか?」
「うーん……ぜんぜん分からん!さっぱりだな!」
学校で友達にその事について相談をするも、有力な情報は手に入らなかった。ていうかもう少し考えろよ、と心の中で毒づいた。
それでも彼は諦めなかった。口にこそ出さないが、姉が大事な存在だと思っているからである。普段はあんな様子だが、自分達家族の事を考えてくれる優しい姉なのだ。
「その洋太って人……多分、お姉さんのカレシになったんじゃないの?」
「……は?カレシ?」
そんな訳で頭を捻らせながら異変の理由を考えていると、話を聞いていたクラスのツインテ女子が、ふとそんな事を言った。
その女子はウチの姉も彼氏が出来た時も〜だの、乙女って好きな人に身も心も捧げる〜だの言っていたが、恭介はそれどころではなかった。
(アイツが姉ちゃんのカレシ……!?そんなわけないだろ!)
姉に彼氏が出来たかもしれない。というだけでもショックだというのに、その彼氏が洋太かもしれないという情報まで加わり、彼の頭の中は大混乱に陥り、心には怒りと困惑が募った。
「(そりゃあ確かに結構仲良いし、よく家でも手を握ったりしてるし、この間なんか一緒にお風呂入ったり同じ部屋で寝たりしてたらしいけど──)
──心当たりありまくりじゃねェかァァァァッッ!?」
「うわビックリした⁉︎」
だが己の魂が幾ら彼らの関係を否定しても、今までの情報が全ての可能性を裏付けていく。
ていうか幼馴染でその関係って仲が良すぎるだろ、なんで一緒に風呂入ってんだよ。そもそも家隣なんだから、寝る時くらいは家に帰って寝ろよ!姉ちゃんも母さんも、何でアイツが家に居ることに対して異論がないんだよ!後あの時ほどオレの部屋を出禁にしていたのを悔やんだ事はなかった。
そんな事を思いつつ、本当にあの二人が付き合っていたらどうするかと頭を悩ます。
恭介にとって洋太は、長年付き合いのある腐れ縁的な関係である。
その為、彼の馬鹿っぷりを身を以て知っているし、もしそんな存在が自分の義兄になると考えただけでも、生き恥を晒した気分となっていた。
(オレは認めないぞ……!絶対にアイツがカレシだなんて──)
「なぁ恭介……洋太って人のこと、そんなに嫌いなのか?」
どうやって対処するか考えていた彼の思考を中断させたのは、友達の一言であった。
恭介はその質問に対して少し考えた後、今までの思い出を振り返った。
『恭介!カブトムシ採りに行こうぜカブトムシ!クワガタでもいいよ!』
『ちょうど良かった恭介!今からみこちゃんとカリオストロの城見るから一緒に見ようぜ!』
『どうしたんだよ恭介?誰かと喧嘩したか?……話聞くことしかできないかもだけど、少しは楽になるかもよ?ホラ、バナナあげるから一緒に食べよ?』
『フハハハハハハ!どうだ恭介ェ!!勝利の風は、この僕に向かって吹いて来ているゥ!このまま我がドン●ーコングが格の違いを……えっ、ちょっと待って。何その動き……聞いてないよソレ……あ、ちょ、まっ、タンマタンマタンマああああああああああああんだよ、もぉぉぉぉ!!ボロ負けじゃんかよぉぉぉぉッッ!?』
「………いや、嫌いではない」
確かに洋太は馬鹿で考えが浅くて脳筋などうしようもない奴だが、それでも彼の根っからの善良さと、自分や姉のことを大事に思っているのは知っている。
同時に彼の真っ直ぐさも知っている。どれだけ馬鹿をしていようとも、姉や自分に迷惑をかけようとも、どうしようもない阿保な人間だろうとも。
そして一度決めた事はやり通す芯の強さを少なからず尊敬していた……が、それを本人の前で言ったら絶対に調子に乗るので、それは内緒である。
そういった理由から、そこらの見知らぬ悪い男よりかは、姉を任せるに値する人間であると──
『ヤッホー恭介!一緒にクウガでも……………………あっ、うん。なんていうか、その…………手、ちゃんと洗えよ?』
「……いや、やっぱりアイツが姉ちゃんのカレシだなんて認めねぇ!!」
「なんか今、別の要因なかった?」
友達のツッコミを無視しながら、恭介は決意した。
洋太と姉がどんな深い関係であろうとも、自分は絶対に認めないとーー!
卍 卍 卍
放課後の時間、とある書店にて1組の姉弟がいた。
(洋太から貰ったブレスレットのお陰なのか、最近はあまり“ヤバい奴”が近付いて来なくなった気がする……いや、それでも怖いものは怖いんだけど……)
(もし姉ちゃんが洋太の奴と付き合っているなら、なんでオレに隠してるんだ⁉︎ もしアイツが姉ちゃんに何かしてたなら、ぜってぇに許さねぇ!)
腕につけたブレスレットをチラ見しながら立ち読みをしているみこを、少し離れた所で恭介が本棚の陰に隠れて尾行する。
そんな何処か奇妙ながらも、誰の目にも留まることの無い光景が広がる中、みこの背後から近づいて来る人影に恭介が気付いた。
「……だーれだ!」
「……何してるの洋太」
背後から目を覆い隠してそう尋ねる洋太へ、みこはため息と共に呆れた声で返事をする。
この一連の流れに対して、恭介は複雑な感情を抱きながら二人の様子を見守り続けた。
「大っ正解!それにしても、よく分かったね?」
「その大声聞けば、誰だって分かるよ……」
その他にも背後から光が差して来たからというのもあるが、そんな彼女の心情など知らない洋太はそのまま会話を続ける。
「僕は徹に頼まれて、ワンピースの新刊を買いに来たんだけど……みこちゃんは何見てたの?」
「こういう本」
「へぇー、みこちゃんってそういうの興味あったっけ?」
「……まぁ、少しだけね」
(……こういう本?どんな本なんだ……⁉︎)
みこは幼馴染と何気ない会話をしながら持っていた『超常現象怪異UMA』というタイトルの本を戻し、漫画本を手に持った洋太とレジに向かった。
恭介はそれを見張りながら、さっきまで姉が見ていたと思われる所へと向かって、そこにある本棚から一冊取り出した……
(──恋人を喜ばせる……99の方法……だとッ!?)
……がっ、間違えて一段下にある恋愛関係の棚から違う本を取り出してしまい、その表紙を見て壮大な勘違いと共に戦慄していた。
更には「キスマークは愛の印♡」などと書かれた本を読むのに夢中になっていた恭介は、背後から近づいて来ていた男に気付いていなかった。
(まさか姉ちゃん、アイツを喜ばせようと……!チクショウ洋太の奴……絶対にそんな事させねぇッ!必ず目に物見せて──)
「どっこいしょーーっ!!」
「どわぁぁぁぁぁーーーッッ!?」
体をフルフルとさせながら洋太へ殺意を滾らせていると、いきなり脇を掴まれて高く持ち上げられた恭介が、背後の大声と浮遊感に悲鳴をあげながら驚く。
後ろを振り向くと、そこにはみこと一緒にレジに向かっていた筈の洋太が、「イタズラ大成功!」と言わんばかりの笑みを浮かべていた。
「アハハハハハハ!柊の匂いがするな〜って思ったら、やっぱり恭介だ!」
「……洋太、マジでふざけんなよお前……あと早く下ろせ!」
「あはは〜メンゴメンゴ。ていうか恭介、何見てたの?」
苛立ちの篭った目で睨みつけられながら床に下ろした洋太が、恭介の手に持っていた本を覗き込む。
「……なんでもいいだろ別に」
対して恭介は、さっきまで姉が見ていたかもしれない恋愛系の本を見られそうになり、咄嗟に抱きかかえる様にして隠した。
もしこの事がバレたら洋太にからかわれるのは勿論、姉にも何を言われるか分かったものじゃない。そう考えて必死に誤魔化そうとした。
しかし洋太は構わず本のタイトルを見ようと、恭介の周りをぐるぐると回って、なんとかそれを覗き込もうとする。
「ねぇねぇねぇ?何見てたのぉ?教えてよ、ねぇ?隠してないでさぁ!さぁ、ようたお兄ちゃんに教えてごらん?ね?」
「……オラァ!!」
「痛ったぁい!?そこ蹴るのやめてェ!」
(……洋太のやつ、また馬鹿やってる)
調子に乗っている洋太に、恭介がローキックで脛を蹴りつけた。
弁慶の泣き所に蹴りを受けた洋太はそこを抑えながら悶絶。本を購入してまた中の方へと戻った洋太の様子を見に来たみこが、陰からその光景を呆れた様に半目で見据える。
(ていうか恭介もいたんだ……まぁいいや、洋太に任せて先に帰ろ)
彼女は二人を本屋に残して先に帰って行き。残された両名はというと、恭介は持っていた本を元の位置に戻し、洋太は未だに悶えていた。
「はいコレ、恭介のアイス」
「おう……」
それから数十分後、書店からコンビニへと移動した二人はそこでアイスを買っていた。
洋太はバナナ味、恭介はソーダ味のアイスをそれぞれ手に持ち、コンビニ前にある逆U字のガードレールに寄りかかりながら頬張る。
「ンッン〜♪やっぱりアイスはバナナ味に限るなぁ〜♪」
(……いくら洋太が馬鹿でも、流石に姉ちゃんと付き合っているかどうかなんて言うわけないよな……)
嬉しそうにバナナ味のアイスに齧り付く洋太を見ながら、姉との関係についてどう聞き出せばいいのかなと考えた。だが一番ベストな方法が思いつかなかったので、これ以上考えるのはやめにしてアイスを食べる事に意識を向けた。
「そういえば、今日は徹にいちゃんは一緒じゃないんだな」
「………うん。なんか今日は忙しいらしいから」
いつも彼と一緒にいる徹の事を思い出しながらそう聞くと、半分残ったアイスを舐めながら洋太はどこか寂しげな声色でそう答えた。
「なんでもレンタルしてた戦隊モノの返却日が迫ってたみたいで、それの消化で忙しいんだってさ」
「へぇー、何見てたか知ってる?」
「確か……カクレンジャーとハリケーンジャー、あとシンケンジャーとニンニンジャーを借りてたって言ってたな」
「イヤ借りすぎだろ……ていうか、そんなに何枚も借りて見切れるのかよ?」
「徹曰く、めっちゃヤバイらしいです」
「……徹にいちゃんも、大概バカだよなぁ」
彼が特撮オタクなのは知っていたが、まさかそこまでだったとは……と呆れた様子で呟き、残りのアイスを一気に口の中に頬張る。
食べ終えたアイスの棒を袋に入れゴミ箱に捨ててから、そろそろ帰ろうかなと洋太の方を振り返ったが、彼は食べ終わったアイスの棒を口に咥えて不満そうな顔をしていた事に気付いた。
「どうしたんだよ洋太。見たい番組が野球で延長した時みたいな顔して」
「………あのさ恭介。なんで徹は兄ちゃん呼びなのに、僕は呼び捨てなんだよ!寂しいじゃないか〜。昔みたいに『ようた兄ちゃん』って呼ばないの?」
「いつの話してんだよ。それに本当の兄弟じゃないんだから、別に呼び捨てでも何でもいいじゃんか」
昔の事を引き合いに出しながらふてくされる洋太に対して、恭介は涼しい顔でそう答えた。
「『兄ちゃん』がダメだったら……『にぃに』や『お兄様』、『兄上』、『兄貴ィ』、『ブラザー』、『お兄たんたかた〜ん』でも良いんだ。さぁ、好きな呼び方を選ぶドン!」
「絶対に呼ばねぇし、最後の“お兄たんたかたーん”って何だよ!?気色悪い呼び方させようとすんな!!」
「なんだよ冷たいなぁ……昔みたいにもっと仲良くしようぜ?人体錬成で持ってかれた恭介の肉体を取り戻すために賢者の石を求めてガッチャな旅に出たり、ミーコ姫を取り返すために超キョウリョクプレーでクッパ大魔王と戦ったりした時みたいにさぁ?」
「そんな思い出無かっただろ!?存在しない記憶をオレの脳内に植え付けようとすんなッ!!」
怒涛のツッコミに洋太は、不満そうな顔からおどけた様に笑って見せた。
「まぁジョーダンは置いといて、気恥ずかしいなら別に無理して言わなくても良いから……あ、でもやっぱりたまには言って欲しいかな〜、なんて」
そう言いながら、咥えていたアイスの棒をゴミ箱に向かって投げた。それは見事にジャストで入り、それを見て小さくガッツポーズをする姿に恭介は「子供だなー」と少し呆れた様子を見せる。
そんな彼に対して、洋太はふと何かを思い出したかのようにある話題を振り出した。
「そうそう、この間から変な夢を見るようになったんだよね」
「変な夢?なんだよそれ」
「ん〜……なんかね、キッショい幽霊みたいなのに絡まれる夢」
そう聞き返した恭介に、夢の内容を思い出しながら語り始めた。
「その夢の中で一人歩いているとね、肌が黒くて目ん玉が無い幽霊っぽい奴に『みえる?』『みえてる?』って話しかけられてさぁ……普通に見えますって答えると、いきなり頭を鷲掴みにされたりしたんだよね」
「……なんか思ってたよりヤバイ夢だな」
夢の内容に少し顔を引き攣らせながらそう呟き、それでどうなったんだ?と続きを促す。すると洋太は軽く肩を竦めながら、困った様に苦笑いをする。
「そりゃあ勿論、正当防衛で殴ったよ。グーパンで」
「……それで?終わり?」
「うん、終わり」
「………つまんねー夢だな」
少しでも心配したオレがバカだったと呆れた様に呟くと、洋太は「やっぱそう思う?」と同意しながらケラケラと笑う。
「いつもはバナナの海に漂ってバカンスを楽しむ夢とか見てるんだけど、ここ最近はこんな夢ばっか見るんだよね〜。僕はあんなつまらない夢じゃなくて、もっと面白い夢を見たいんだけどなー」
そう話す洋太にふーんと興味無さげに呟いていたが、恭介の脳裏にふと姉の姿が思い浮かんだ。
(そういや姉ちゃん、最近寝言で「洋太……バナナ、もう要らない……」なんて言っていたような……いや、関係ないか)
隣のバカが見るようになった夢と何か関係があるのかな〜なんて考えたが、すぐにそんな訳無いかと思い直し、その思考を振り払う様に頭を振って一緒に帰路へ着いたのだった。
卍 卍 卍
(姉ちゃんはお風呂か……よし!)
あの後家に帰宅した恭介は現在、湯船に浸かっているであろう姉にカレシがいるかどうか……あの本屋で読んだ本に書かれてた『キスマーク』の確認をするべく、お風呂場に向かおうとしてた。
(オレが直接姉ちゃんに確認してやる!)
そう決意した恭介だったが、そんな彼の出鼻を挫く様に玄関が開く音が鳴った。
「お邪魔しマッスルギャラクシ〜!」
「邪魔すんなら帰ってくれー!」
「わかったほなさいなら〜……って、帰そうとしないでくれよ恭介!」
吉本●喜劇みたいなやり取りをしながら家に入って来たのは、案の定洋太だった。
こんな時に何しに来たんだよ…と訝しみながら、ドタドタとリビングにやって来た彼に何の用だと問おうとしてその姿を視界に入れたその刹那、血相を変えて二度見した。
「………おい、なんで半裸なんだよ」
其処には腰にタオルを巻いただけの姿となった洋太が、パジャマとタオルを持ったまま立っていた。
その格好に思わず困惑している恭介に対して、洋太は明るい声で言い放つ。
「いや〜実はさ、お風呂に入ろうと思ってたら、給湯器が壊れてたみたいでお風呂の中がメッチャ冷たくてな〜。しょうがないから、此処のお風呂借りようと思って来たという訳よ」
「体洗うだけなら水でも大丈夫だろ洋太は」
「それは流石に酷ない?こんな夜に水風呂入ったら風邪ひくでしょうが。いや、今まで風邪ひいたこと無いけど」
そりゃあバカは風邪をひかないって云うくらいだしな。
そんな事を考えながら呆れた目で睨み付け、これから姉がいる風呂場へと行くのに加え、このままだと再び二人が同じ風呂に入ってしまうというあまりに都合が悪い状況となった恭介は、どうしたもんかと必死に考える。
「……だったら1日くらい入んなくても良いだろ。それに今姉ちゃん入ってるから、どの道風呂に入れないぞ」
「…………そっか。なら仕方ないな〜」
駄目元でそう提案すると、あっさりと納得した様子に拍子抜けする。てっきり何か言ってくると思っていたのだが……でも取り敢えずコレで家に帰ってくれるだろう。
しかし、その考えは洋太が取った次の行動によって打ち消された。なんと目の前で少し小さめのタオルを取り出して、それを顔に巻き始めたのだ。
「……よし、行くか」
「ダメに決まってんだろォ!?」
「ん"あ"ッ⁉︎」
目隠しをしたままお風呂場へと向かおうとした洋太に、恭介は咄嗟に彼の背中にドロップキックを放って食い止めた。
そのツッコミに対して強制五体投地させられた洋太は、目隠し用のタオルを上げながら何故止めるのかと不満そうに振り向いたが、寧ろなんで止められないと思ったのかと内心反論する。
「でもせっかく服脱いだんだから、すぐにでもお風呂に入りたいでしょ?」
「だとしても、もう少し時間おいてからにしろよ!なんで姉ちゃんが入っているこのタイミングなんだよ!馬鹿じゃねぇの⁉︎」
そう咎めるも、背中をさすりながら宣う洋太の眼は真剣そのもので、微塵もふざけている様子は無かった。
恐らく彼にとっては、“姉とお風呂に入る”とか“姉の裸を見る”などといった事は重要では無く、“早くお風呂に入りたい”それ自体を重要視しているのだ。
だから姉とお風呂に入る事に対しては何の疑問も羞恥心も抱いてないし、そもそもコイツには一度『風呂に入る』と言ったら入るという『スゴ味』があるッ!…え?「一度決めた事はやり通す芯の強さを尊敬していた」んじゃなかったけ、だって?すまん、あれは嘘だ。
そして未だに目隠し用のタオルを着け直してお風呂場に行こうとしているので、流石にそれはマズイと思い慌てて止めに入った。
しかし洋太はそんな恭介を見て、何かに気付いた様な素振りをしながらこう言い放つ。
「そっか……恭介も、みこちゃんとお風呂に入りたいのか!」
「………は?」
何言ってんだコイツ、確かに入ろうとは思ってたけど、『も』って何だよ『も』って。という目で睨みつける恭介に、彼は心配しなくて良いと肩をポンッと叩きながら笑顔で答えた。
「そうだよね、たまには姉弟で背中流しっこしたりしたいもんねぇ……よーし、なら一緒にお風呂場に突撃しよう!!ちなみに僕は絶対に邪魔しないから安心してくれッ!」
「何をどう考えればそんな考えに至るんだよ!?頭沸いてんのかテメー!!」
そして返答を待つ前に洋太は、恭介の肩を掴んだままお風呂場の方へと足を進め始めた。
あまりにも突拍子もない行動に反応が遅れ、恭介が気付いた時には脱衣所の扉前まで来てしまっていた。
「だいじょーぶ。恭介はこの間までみこちゃんと一緒にお風呂に入っていたみたいだし、僕もこの間みこちゃんとお風呂に入ったから。1回入ったんだから、2回目も3回目も同じ事じゃんね?まぁ、僕の場合は目隠しと腰タオルしてたけどね」
「驚いたよ、そんな理由で大丈夫だと判断したその脳味噌に!あとなんだその人ひとり殺して自棄になった奴みたいな台詞は!?そしてオレはいつの間に裸になってんだ⁉︎ もしかしてザ・ワールド使った?」
そう叫びながら脱衣所で既に服を脱がされて全裸となったまま洋太に脇へ抱えられ、無理やりお風呂場へと突入させられた。
「みこちゃーーん!お邪魔しまーーーす!」
「……邪魔すんなら帰って」
「わかったほなさいなら〜……って、帰そうとしないでみこちゃん!?てかナニコレ、デジャヴ?」
(……キスマークは、首辺りには無いな。よかった……いや、良くねぇ⁉︎ 洋太が風呂場にいる時点で、状況はほぼ最悪だよッ!?)
外から聞こえて来たデカイ声で二人の入室を察知し、いち早く湯船の中に沈みながらさっきの恭介とほぼ同じ台詞で返したみこに、洋太はノリツッコミしながら反復した台詞に疑問を抱いていた。
未だに脇に抱えられたままの恭介は、姉の首元を観てキスマークが付いていない事を確認し、ホッと安堵したが直ぐに洋太の存在を思い出して慌てて彼を追い出そうとする。
ちなみにコレは余談だが、お風呂場の隅っこにいた老人の様な“ヤバイ奴”が彼らと入れ替わるように逃げて行っていた事は、先に入っていたみこしか知らない話である。
「オイ洋太、やっぱあとにしようぜ?姉ちゃんもこんなに来られたら困るだろうし……」
「いや。もう入って来たんだからいいよ……(あのブレスレットは脱衣所に置いたままだし、またさっきのが来ないとも限らないし……)」
「え、ホント?ありがとねみこちゃ『ただし洋太、アンタはダメよ』なぁぜなぁぜ?」
洋太が疑問符を浮かべながら尋ねた事に、みこは当たり前でしょう?とジト目で返した。
その答えに訳が分からず恭介の方へ顔を向けるが、彼からは「そりゃそうだろ」と答えが返ってくる。
「あの時は雨だったから『まぁ仕方ないか』ってなったけど、今回はアンタが勝手に押しかけて来ただけでしょ。そんなに入りたいなら後で入れてあげるから、少し待ってて」
「……うーん。まぁそこまで言うなら、仕方ないか…」
みこにそう言われると、洋太は渋々といった様子で脱衣所に戻って行こうとする。
下ろされてやっと自由になった恭介は、これで姉が洋太の毒牙にかからずに済むだろうと安堵する。
「じゃあ一旦リビングで待ってるから、上がったら教えて痛っで!小指ぶつけうげっ、ガボボボボボボボボッッ!?」
「ひゃあ!?」
「洋太ァ!何やってんだお前ェ!!」
しかし目隠しをしてた所為で視界が制限されていた洋太は、お風呂場と脱衣所を仕切る扉に小指をぶつけて怯んでしまい。その拍子で後ろへ下がった際に足がもつれた事で、浴槽に頭から突っ込んでしまった。
突如起きた惨状にみこは悲鳴を上げ、恭介はドジって転んだ洋太に怒りをぶつけながら直ぐに引き抜こうと腕を掴んで引っ張る。
「──ぶはっ!はぁ、ハァ……かなりビックリした〜、ありがと恭介……」
「ちょ、大丈夫なの洋太……!」
「げほっ。あ、あ"ー……ごめんみこちゃん、すぐ出るから……」
助けてくれた恭介にお礼を言って、濡れてズレそうになった目隠し用のタオルを押さえつつ、咄嗟に同じく湯船に浸かっているであろうみこの肩を掴もうと手を伸ばし……
──ふにゅっ☆
洋太の脳内に、ありとあらゆる情報が溢れ出した。
(──なんだ、コレは。今手の中にある、この感触は……?
大きさはリンゴよりも大きいくらいだが、水風船の様な触り心地、それでいて手触りは滑らか……ここまで分かっているのに、何も分からないし、何も感じない……
いや、違う。何もかも分かっているし、全てを理解している。
いつまでも手のひらから感じる情報が完結しない……)
“触覚”“伝達”が無限に近い作業をこなして我に帰ったのは、体内時間で3年間、実際には30秒という長すぎる時が経った後だった。
「…………………あ、みこちゃんご『──いつまで触ってんのよバカァ!!』めぎゃぶぉ!?」
触っていたモノの正体に気付いた頃には時既に遅し。浴槽の端に頭を叩きつけられた洋太はそのまま気絶した。
「………あー、姉ちゃん?大丈夫?」
「……恭介、背中流そうか?」
「え、なんで『良いから、遠慮しないで』……うん、ありがとう」
少しの沈黙の後、顔を赤くしながら口を開いた恭介に対して、顔を逸らしつつ有無を言わせず背中を流そうとするみこの圧に押されて、言われた通りに彼女へ背中を見せて姉弟水入らずの時間を過ごした。
だが恭介は見えていた、そして気付いていた。胸を押さえて顔を見せんとしていた姉の耳が、真っ赤に染まっていた事に。
「……姉ちゃん、カレシいる?」
「え、いないけど……何?急に」
「もしかしてだけど、洋太と付き合って『──あれ、僕さっきまで何オ"ぎゃアッ!?』……」
「………で、なんか言った?」
「……いや、学校楽しい?って話」
「まぁ、普通かな」
……しかしそれは少し風呂に浸かり過ぎて逆上せたからだと、そう思うようにした。でないと後ろの方で再び沈められた洋太みたいになると思ったからだ。
そして姉の反応を見て、取り合えずは二人が付き合っていない可能性が高い事を知り、安堵した。
「神様仏様みこ様、3時のおやつを用意させていただきました。自家製のバナナプリン二人前でございます、どうぞ恭介とご一緒にお上がりを」
「ありがとう洋太、ついでに近くの自販機からおしるこ買って来て。もちろんアンタの金で」
「オレはコーラね」
「へいッ!ただ今ぁ!!」
──後日、四谷姉弟から当分パシられる事になった馬鹿猿の姿があったのは、言うまでも無い。
●四谷恭介
お姉ちゃん大好きなシスコンで、馬鹿猿から勝手にブラザー認定されてる小学五年生。
洋太の事は嫌いではないしどっちかというと好きな方ではあるが、それはそれとしてお兄ちゃん面するのも“お兄ちゃん呼び”を要求してくるのもやめて欲しいと切実に思っている。
馬鹿猿「恭介ェ!僕がお前にとっての新しいお兄ちゃんだァ!」
●見円洋太
幼馴染と親友と弟とお婆ちゃんが大好きな馬鹿猿。家族と友達は普通に好き。
死んだ義兄弟・安室サボが最期に言い残した「まだおれには帰れるところがあるんだ。こんな嬉しいことはない」という言葉を胸に頂上戦争を生き残り、宇蟲王カツーラ・ドゥジャルダンを討伐するためにオオクワガタオージャーとなってクワガタオージャーである恭介と共に戦った(存在しない記憶)。
●四谷みこ
馬鹿猿に事故πタッチされた可愛そうな子。スイーツだとプリンが大好きなの。
目隠しさせながらの混浴はギリ許容範囲内だが、ボディタッチは流石にアウトだよ!
たまに幼馴染と弟が一緒にゲームをしているのを見て、本当の兄弟みたいだなーなんて思ったりする事がある。