見える子ちゃんと見えない夫くん   作:yu-ki.S

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──『別れ』と『再会』。
──永遠に残る呪縛の言霊。
──凡夫が贈りし紫苑。
──今は只、アナタに祝福を。


もしかしたら、ずっと後悔してるのかもしれない

 古来より日本の夏には、『お盆』という行事がある。正式名称は『盂蘭盆会』と云われており、中国仏教が起源とされてるらしい。

 

 概要としては、あの世から現世へ戻って来た先祖を供養する為に行われ続けた風習で、胡瓜の馬や茄子の牛を用意したりするなどして、故人への冥福を祈るものとなっている。

 

 お盆に死者が戻って来る理由として一番有名なのは、地獄で年中働く鬼達が骨休みをする為に罪人を煮る釜の蓋を開ける日が、旧暦時代における年明け最初の満月の翌日である1月16日と、7月16日──お盆の時期であり。「地獄でも休日があるんだから、他の者にも休日を取らせよう」ということで、そのタイミングで祖霊や亡くなった人々も家に帰って来るらしい。これらの記述が、“地獄の釜の蓋も開く”ということわざの語源となっているとのこと。

 

 しかし、あの世から死者達の魂がやって来るという事はつまり、あの世とこの世の境界が曖昧になってしまうという事でもある。

 

 私が“見えてはいけない存在”を見える様になったのも、そんな夏の頃からだった。

 

 

 

「前にもはっぴを着たラムラビはあったんだけどね、今回のはなんと!グラサンを着けているレア物なんだ〜」

 

「………へ、へぇ……」

 

 未だに蝉のけたたましい鳴き声が支配する、残暑の午後。

 夏季限定だという赤い法被を着て片手には扇子を持ったウサギのぬいぐるみ、お祭りラムダラビット・グラサン付きverを購入した親友のハナと一緒に町中を歩きながら、私は相槌をうっていた。

 

『……ケテ……タスケテ……』

 

 近くで佇む、顔の一部が削り取られた黒装束の存在……本来ならば見えない筈の“ヤバそうな奴”をスルーしながら。

 

(なんか、前よりハッキリ見え始めてる……)

 

 私こと四谷みこは、何処にでもいるごく普通の女子高生()()()

 なぜ過去形なのかというと、ある日を境に突然人ならざる存在が見える様になってしまったからだ。

 もちろん最初からハッキリと見えていた訳ではない。始めの頃は黒いモヤみたいなモノが、視界の端をチラついていただけだった。

 それが日を追う毎に段々と濃くなっていき、今ではハッキリと姿と輪郭を視認できる様になってしまったのだ。しかも見える様になっただけでなく、声も聞こえる様になっていた。

 

『タス……ケテ……』

 

 その証拠に、ハナと会話している最中でも“ヤバそうな奴”の助けを求める声が、ずっと隣で囁きかけて来るのである。

 

「それでお腹の部分を押すと『ハーハッハッハッハ!』って声が……って、みこどうしたの?」

 

「え? い、いや……なんでもないよ」

 

 囁き声に気が向いていた私は急に話を振られて、慌ててそう誤魔化した。

 すぐ隣で“ヤバそうな奴”がうろついているなんて言える筈がないし、もしも“奴ら”に見えてる事がバレたら何が起こるのか……想像しただけでも身震いがしそうだった。

 ハナに悟られない様に、“ヤバそうな奴”が徐々に離れていくのを視界の端に捉えながら、内心ホッとしながら何事も無かった風を装いながら話を続けた。

 

「じゃあねみこ〜!」

 

「うん、またね……」

 

 それから少しして、ハナと別れた私は自宅へ向かいながら小さく溜息を漏らした。

 

(……よし、今日もなんとか乗り切った…)

 

 最近“ヤバい奴”がイヤでも視界に入る様になって以来、私は全力でシカトをキメていた。

 ハナと会話している時はもちろんのこと、ひとりで道を歩いている時も、いきなり隣に出現した時も、死んだはずのお父さんと一緒に出て来た時も、常に徹底的なシカトを続けていた。

 だがそれでも“奴ら”への恐怖は一切消える事なく。加えて、いつまでこんな日々が続くのかという果てしない憂慮が、私の心を蝕み始めていた。

 

(ホント心臓に悪い……いつになったら見えなくなるんだろ……)

 

 どっと押し寄せてくる精神的疲労を感じ、一刻も早くこの現状を何とかしたいと思いながらも、無知な私には何の解決策も浮かばず、八方塞がりの状態が今日まで続いていた。

 そして今回遭遇した“ヤバい奴”のことを思い出しながら、倦怠感を覚えつつ自宅への歩みを進めていたのだが……

 

「……工事してる。はぁ、別の道通るか……」

 

 いつも使っている道が工事で通行止になっていたので、普段は通らない道へと入って行った。見慣れない光景に不思議と新鮮味を覚えながら、スマホを片手に歩いていると……不意に何かが顔に纏わりつく様な感触を覚えた。

 

「な、何これ……蜘蛛の巣?」

 

 顔についたものを払うと、なにやら蜘蛛の巣らしきモノが手についていた。

 払い除けた後も顔に鬱陶しく絡む糸をなんとか取り除いた私は、なんでこんなところに蜘蛛の巣が……と疑問に思っていたのだが、次の瞬間その考えは一気に吹き飛んだ。

 

『つかまえたぁ』

 

 不気味な声が聴こえた刹那、“ヤバいナニカ”が8本の腕で私の背中に張り付き。尋常な悪寒が全神経を走り回ると同時に、身体が重くなったのを感じ始める。

 今まで感じた事のない程の恐怖に支配され、心臓を鷲掴みにされているかの様な感覚に襲われた事で、全身から冷や汗が噴き出して来ていた。

 

「ッ………き、今日は楽しかったナ〜……あはは……」

 

 突然のことで悲鳴をあげそうになるが、それでも必死に堪えてそれを飲み込んだ。

 おそらく蜘蛛みたいな“ヤバい奴”に取り憑かれたのだと思った私は、恐怖に震えながらもソレから目を逸らして、なんとか言葉を絞り出して虚勢を張った。

 

「あ……明日も、こんなに良い日ならいいのに……っ⁉︎」

 

 我ながらよく声を出さずに耐えれたなと感心していたのもつかの間、“ヤバい奴”がいやらしさを感じる手付きで、私の胸や腹部を撫で回し始めた。

 

(やだやだやだ怖い怖い!やめてやめて気持ち悪い!お願いだからはやく離れてッ!?)

 

 そのおぞましさにまたもや悲鳴を上げそうになったが、ここで声をあげたら“ヤバい奴”に『見えている』ことがバレて、最悪の事態に陥ると直感で感じ取った私は必死に飲み込み続ける。

 

『きこえてるぅ? ねぇ みえてるぅ? ねぇっ??』

 

(ひっ!?)

 

 だが私の心情などお構いなしに、耳元から囁いてくるチロチロと舐め回す様な気色の悪い声が、鼓膜をこれでもかと突き刺しに来る。

 更に追い討ちをかける様に、“ヤバい奴”は私の身体を6本の腕で弄りながら、残りの二本腕で首を絞める様に掴み始めたのだ。

 

『ねぇねぇ きこえてるよねぇ? みえてるよねぇ? んねぇー?』

 

(……なんで、なんで私だけ……こんなのが、見えるの……?)

 

 霊能力者でもなければ、悪魔祓いでもないし、況してやお寺育ちのTさんでも無い。

 そんな私が背中に憑きながら弄び続けている異形の化け物を、どうにか出来るだろうか?否、出来るわけがない。だからこそひたすら無視して、普段通りにしていたというのに……最早意味の無い現実逃避をしながら、必死に耐え続けていた。

 何故自分だけがこんな目に遭わないといけないのかという理不尽への怒りと、いつまでこんなことが続くのかという絶望感に押し潰されそうになりながらも。

 

(お願い。誰か、助けて──)

 

 息苦しさでパニックになり、恐怖と不快感で頭がいっぱいになり……全身から力が抜けて、もはや立っているので精一杯な状態にまで陥ってしまった私は、目に涙を浮かべながらも、縋るような気持ちで必死に呼びかけた。

 来るはずもない助けを、声すら出さずに。

 

『ねぇ みえて……ッ!? な なんだ…アイツはっ!?』

 

 そんな時。生理的嫌悪感を感じさせる声が、酷く怯えながら狼狽する声へと変わった。

 

『なんでッ なんで こっちにくるの!? ねっ!?』

 

 何が何だかわからない私は、涙でグシャグシャになった顔で後ろを振り返る事も出来ず。“ヤバい奴”が『何か』に怯えているという訳のわからない状況と、その“ヤバい奴”が怯えるくらいの『何か』が近付いて来るという恐怖で、身体の震えが止まらなかった。

 

『やめて こないでよ ねっ!? や やめろ くるなッ!やめ──』

 

「──みこちゃん!」

 

 次の瞬間、背後から別の腕が生えて来て、誰かに後ろから抱きつかれた事がわかった。

 それと同時に、私の身体を支配していた手や腕が消え去ったのを見て、さっきまで取り憑いていた“ヤバい奴”が、断末魔をあげる暇もなく消滅した事も何となくわかった。

 

(……な、何が、起きたの……?)

 

 余りに衝撃的な出来事の連続で、もう何がなんだかわからないまま、私は誰かに強く優しく抱きしめられていた。

 だがその体温を感じていると不思議と安心出来て、さっきまで感じていた恐怖も何処かへと消え去ってしまった。

 

 背中越しに伝わる心地よい温もりのお陰である程度落ち着いたところで、ようやく私は助けてくれたであろう人物の声をリプレイさせる事が出来た。

 そしてその声を……馬鹿っぽさを残しつつ、底抜けに明るい声を、ずっと前から知っていたことを思い出した。

 

 どうして今なの?今までずっと疎遠だったのに?なんでこのタイミングで?

 そんな想いが何度も廻り、だけれど『彼』との再会に喜ぶ自分がいたのも確かで。すぐに涙で濡れた顔を拭った私は、今も抱きついてくる『彼』の顔を見るために、後ろを振り返った。

 

「……洋太、久しぶり」

 

「うんっ、みこちゃん久しぶり!」

 

 久し振りに会った幼馴染の姿は、まるで朝日が昇るみたいに、淡く輝いて見えた。

 

 

 卍 卍 卍

 

 

「………なんで私、あの時の夢を……」

 

 スズメの囀りと共に鳴り響く目覚ましのベルで目を覚ました私は、重たい瞼を擦りながらゆっくりと起き上がった。

 ……まさか、本当に輝いていたとは思わなかったなぁ。なんて思いながら、中学卒業後はずっと顔も見てなかった洋太が助けてくれた時の記憶を……私が“ヤバい奴”に憑かれた日、偶々あの道を通りかかったらしいアイツと再会して、また交流を持つ様になったあの日の出来事を振り返っていた。

 まあ再会した当初は余りにタイミングが良かったので、「洋太も『見えている』のではないか?」と思ってそれとなく聞いてみたりしたが、どうやら本当に偶然だったらしく、そもそも『見えている』ワケでもなさそうだった。

 

(……今日こそは、見えませんように……)

 

 それはまぁ兎も角。毎朝同じような事を心の中でそう祈りながら一息つき、窓の向こう側には“ヤバい奴”も何も居ないごく普通の光景が広がっていることを祈りつつ、カーテンを勢いよく開いた。

 

「おはよーみこちゃん!いい朝だネ!!」

 

「……」

 

 眩しい程の朝日が射し込んで来るのと同時に、窓ガラス越しに幼馴染がにゅっと顔を出して来た。ちなみに私の部屋は二階にある事を此処に記しておく。

 いきなり生えて来た洋太に思わず心臓が跳ね上がりそうになりつつも、すぐに平常心を取り戻して窓を開ける。

 

「ん?どないしたのみこちゃん……あ、もしかして僕に見惚れちゃいだだだだだだだだッ!!ごめんて!?ちょっとしたジョークだから!鼻引っ張らないで!?」

 

 イラっとくるキメ顔を見せる洋太の鼻を無言で思いっきり引っ張り上げながら、向こう側にあるゴミ捨て場に居る“やばそうな奴”に目配せし、今日も『見えてしまっている』事実に溜息を漏らすのであった。

 

「……で?何しにきたの?」

 

「いてて……実は昨日の帰り、透子さんに『明日久し振りに朝ごはん食べない?』って言われたから、お言葉に甘えようと思って……今日はその報告をいち早くしに来ました!」

 

「わかったから、早くそこ降りて。他の人に見られたら恥ずかしいから」

 

 鼻を摩りながらも嬉しそうにニカッと笑った洋太に、私は思わず苦笑いしてしまった。

 コイツは昔からこういう変に律儀なところがある事を思い出しながら窓から降りる様に促すと、「ほいさー」と気安く返事した洋太がひょいっと猿の如く身軽さで下の方へ着地し、そのまま玄関前に置いてあったバッグを手に家の中へと入っていった。

 

「……日に日に見えるようになってる気がする」

 

 先ほど見たゴミ捨て場の“ヤバい奴”のことを思い出しながら制服に着替えた私は、溜め息混じりに部屋を出て下へ降りて行った。

 

「なぁ恭介、昨日のバナナ食べないのか?別にオヤツの時間だけしか食べちゃダメってワケじゃあるまいし」

 

「オレは洋太やハナと違って、朝から何本も食わねぇんだよ。あ、姉ちゃんやっと来た」

 

『おはようみこ、最近よく眠れてるみたいだね。また良い夢見た?』

 

「洋太くん、ご飯できたわよ。ホラ、みこも早く食べなさい?」

 

「透子さんあざまーす!からのいただきマッスル〜!」

 

 リビングへ行くと案の定、洋太がバナナを食べながら恭介の隣に座って話していて、お母さんが私達の朝食を持って来ていて、奥の席にはお父さんが新聞を読んでいる姿が目に入った。

 

「洋太……もう三本以上バナナ食べてるのに、まだ食べれるの?」

 

 椅子に座りながら視線を下の方へ傾けると、目玉焼きを乗せたトーストを手に取って大口開けてかぶりつく洋太の前にある皿の横には、既にバナナの皮が三つほど置いてあり。さっき食べていたので四本目である事が伺えた。

 

「ヤダなぁみこちゃん、バナナは別腹だよ!」

 

「そんなデザートは別腹みたいな……あ、まって。また口汚れてる」

 

 たった5口でトーストを食べ終えてサムズアップする洋太の口周りは、案の定目玉焼きの黄身とパンの食べカスによって汚れていた。

 私は呆れながらティッシュを取り出して口元を拭ってあげていると、お母さんがやけにニマニマした表情でこちらを見詰めていた。

 

『相変わらず二人とも仲良いなぁ。もしかして、もう既に付き合ってたりして〜!わはは……ホントに付き合ってないよね……?』

 

 どうしたのかなと思っていると、お父さんがそんな妄言を言い出したので、何時ものようにスルーしつつ内心何言っているのかと思いながら溜息を吐いた。

 

「そういや冷蔵庫にプリンあったけど、あれ姉ちゃんの?」

 

「んぐっ……プリンって、昨日みこちゃんが買った栗の奴だっけ」

 

「うん、そうだけど……」

 

「名前書いておかないとまた食べられるぞ、今度は洋太に」

 

「恭介ぇ?流石の僕も、勝手に人の家のプリンを食べる程卑しくないよ?バナナだったらちょっと自信無いケド……」

 

 ベーコンを咥えてた洋太がもぐもぐ咀嚼しながら突っ込みをいれて、それを聞いてたお父さんは気まずそうに「去年の話をむし返すなって……」と困り顔で頭をかいていた。

 そんな光景を目にしながら、私は去年の事を……お父さんにプリンを食べられて大ゲンカして、そのまま仲直り出来ないまま永遠の別れをしてしまったあの日の事を、トーストを齧りながらふと思い出していた。

 

 

 

「ごちそうさまでした……あれ?」

 

 それから朝ごはんを食べ終え、学校を行くべく洋太に声をかけようとさっきまで彼が座っていた所へ目を向けるが、そこには既に誰も座っていない空席があるだけで、お父さんもいつのまにかリビングから居なくなっていた。

 

「お母さん、洋太は?」

 

「洋太くんならさっき、仏壇の方に行くって言ってたわよ」

 

「………そっか」

 

「じゃあ姉ちゃん、オレ先にいくね」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

 それを聞いた私は苦笑すると、先に学校へ行こうとする恭介を見送りながらキッチンに向かい、冷蔵庫にあるプリンを持って同じ様に仏壇がある和室へ足を運んだ。

 

「──今日の朝、恭介にプリンを食べたこと言われてましたね〜」

 

『いやぁ………あはは、耳が痛いよ』

 

 少しだけ開いた引き戸の向こうでは、仏壇にバナナをお供えしてた洋太が胡座をかき、後ろからお父さんに見守られながら話をしているのが見えた。

 

「食べ物の恨みは怖いですよねー。覚えてますか? 小2の頃、みこちゃんが食べてたケーキの残ったイチゴを『お腹いっぱいで食べないのかなー』って勘違いして、そのまま食べたらめちゃくちゃ涙目で怒られて……うん、ホントに悪いことしたな……」

 

『わはー、懐かしいねぇ。確かあの頃、なけなしのお小遣いで買ってきた新しいケーキをあげて許して貰うまで、洋太くんもみこにずっとシカトされて涙目だったよね〜』

 

 洋太は苦笑いしながら頬をポリポリ掻いていて、お父さんは当時の事を思い浮かべてわははと笑っていた。そんな二人の楽しそうな声を聞きながら、私はそんな事もあったなぁと思い出し笑いしてしまう。

 今はもう気にして無いが、あの時は話しかけられても一緒にバナナ食べようと誘われても土下座されてもずっと無視を続けて、すごく号泣されながらケーキを渡されてやっと許してあげたんだっけ。あとお返しにアイツが食べてようとしてたバナナを丸ごと食べてやって、「コレでおあいこだね」なんて言ってたな。

 まぁそれはいいとして、私もプリンを仏壇にお供えするべく、そのまま和室の引き戸を開けようとして……

 

「──あの時、僕がちゃんと仲直り出来るように、みこちゃんと会っていたら……

 真守さんは今でもこんな話で、みんなと笑っていられたのかな……」

 

 洋太の沈痛な呟きを聞いて、思わず取っ手から手を離してしまった。

 

 

 卍 卍 卍

 

 

「あ、真守さん。こんばんわ」

 

「お、洋太くん!部活帰りかい?」

 

 野球部の活動を終えて、帰るついでに晩御飯の買い出しをしてた僕は、仕事帰りの真守さんとばったり出くわしていた。

 

「まぁ、そんな所ですね。あとは今日の晩御飯と、明日の朝ごはんの買い出し」

 

 お父さんは基本仕事で帰り遅いし、流石にそろそろ料理くらいは出来るようになりたいなと思い。小5の頃から透子さんに色々と教えて貰いながら、朝ごはんや晩御飯を作る様にしていた。

 

「へぇ〜、偉いなぁ洋太くんは。料理も出来るんだっけ?」

 

「透子さんに何回か教わって最近ようやく、簡単な料理ならそこそこ上手く作れる様になったくらいですけどね……」

 

 手に持った買い物袋を見て感心した様にウンウンと頷く真守さんを見て、僕は照れ臭いなっておもわず頭を掻いた。

 

「あ、そうそう。ちょっと洋太くんに相談があるんだけど、少し時間いいかな?」

 

「良いっすよ。僕に出来るところまでなら……あ、バナナ食べます?」

 

 バナナを差し出しながらそう聞くと、真守さんは優しい笑みでありがとうと受け取ってくれた。

 それから帰路で一緒にバナナを頬張りながら、真守さんがみこちゃんと大喧嘩してしまった事と、謝ろうにも中々口を聞いてくれない現状を相談された。

 

「あ〜……そりゃあ怒りますよ〜。僕だって、食べようと思ってたバナナ勝手に食べられたら、嫌な気持ちになりますもん」

 

「でも洋太くんだって、みこと喧嘩して口を聞いてくれなかったことあったでしょ?」

 

「ぐふッ!……昔のことを掘り返されると、痛いです……」

 

 心に負った古傷が開いたのを我慢しつつ、僕はどうすれば二人が仲直り出来るかを考え、何個か案を思いついたので話すことにした。

 案その一は新しいプリンを購入することだが、どうやら食べてしまったプリンは季節限定品だったらしく、仕事帰りでは中々手に入らないらしい。

 案その二は手作りプリンを提供。だが素人がいきなりスイーツなんて難易度の高い料理を作れるかと言われたら、正直言って難しい可能性が高い。

 案その三は……

 

「んん〜〜………こういうのは『時間が解決してくれる』って、よく聞きますよね。だからある程度時間が経ってキッカケが出来れば、また普通に接してくれるんじゃないですか?」

 

「うーん、そんなもんかなぁ?」

 

「みこちゃんだって、別にお父さんの事を死ぬほど憎んでる訳じゃあるまいし。丁度いいタイミングで謝れば許してくれるとは思いますよ」

 

 やっぱこの辺りが無難かな〜と思いながら微笑むと、真守さんは確かにそれそうだねと言って頷いてくれた。

 

「そういえば洋太くん、最近みこと会ってないみたいだけど……やっぱり部活とかで忙しいのかい?」

 

「それもありますけど……なんか新しくできた親友といるの楽しくて、そっちといるのもいーなー!なんて思ったりして……」

 

 確かに家事とか掃除とか晩御飯作ったりでも忙しかったりはするんですケド、一番は“家が隣なんだからいつでも会えるやろ”と思っている節もあったりするからなのかなーやっぱ。

 

「まぁでもとりあえず、今度みこちゃんと会ったら仲直り出来るように話しておきますよ。だから真守さんも、頑張って仲直りして下さいね?」

 

「あはは……がんばります」

 

 そんなこんなで話しながら歩いているうちに、どうやら家に着いたらしい。

 

「んじゃあ、自分はこの辺で」

 

「うん、今日はありがとうね……あ、そうだ」

 

 それぞれ会釈しながらドアを開けようと手をかけた瞬間、真守さんは何かを思い出した様に僕を呼び止めてきた。

 

「──これからも、みこの事よろしくね洋太くん」

 

「……はい、また一緒にバナナ食べましょうね。今度はみこちゃんと」

 

 ──この時僕は、真守さんがどうして急にあんな事を言い出したのか、よく分からなかった。また昔みたいに仲良く一緒になって欲しかったからなのか、疎遠状態を解消させたかったからなのか。

 そりゃあ最近はみこちゃんと疎遠な感じになってるけど、仲良くしていくのは当たり前だと思ってるし、何よりみこちゃんの事が大好きだった。もちろん幼馴染として。

 それでも……まぁ、今度でもいいか。どうせ、いつでも会えるんだから──なんて軽い気持ちで、何にも考えずに家の中へと入っていった。

 

 

 ──その数日後、真守さんは死んだ。

 

 

 卍 卍 卍

 

 

「昔から、知ってた筈なのに。誰かと居られることが、ずっと続くわけじゃないって……」

 

 あの日、お婆ちゃんが死んだ時から骨身に染みて学んだ筈なのに。

 大切な人が突然居なくなる事もあるって事を、あの日思い知った筈なのに。

 『明日』もあるんだから大丈夫だろうと、傲慢にも僕は思い上がっていた。

 あれからずっと、何も学べてなかった。何も成長出来ていなかった。

 そんな後悔に苛まれながら、仏壇の前に座って項垂れていた。

 

「あの時、無理矢理にでも仲直りさせていたら、ほんの少しでも積極的に動いていれば、正しい『選択』を選んでいれば、こんな事にはならなかったかもしれない……でも、出来なかった」

 

 膝の上に置いた手を血が滲む程握りしめ、『選択』を間違えた自分自身への怒りで頭がいっぱいになる。……いや、コレだけならばまだ良かった。

 問題はその後……真守さんの葬式で、人前では気丈に振る舞っていたみこちゃんが、誰も居ない所でひとり静かに泣いているのを見かけてしまった時。

 

「『よろしく』って言ってくれたのに……僕は守れなかった……

 みこちゃんの笑顔を、守れなかった……」

 

 幼馴染なら、彼女を慰めるなり元気付けるなりすれば良かったのに。真守さんと仲直りさせられなかった罪悪感が、また『選択』を間違えるのでは無いかという恐怖が、それを拒んでしまった。

 

 僕は彼女に、何もしてあげられなかった。

 また僕は、『選択』を誤ってしまった。

 

 それでまた失敗するんじゃないかって。

 そのせいで彼女を悲しませるんじゃないかって。

 そう思った僕は、余計に会うのが怖くなった。足りない頭のせいで、また彼女を泣かせてしまうかもと思ったから。

 彼女と会わないように、避けるようになってしまった。会ってしまったら、罪悪感で胸が苦しくなると思ったから。

 

 それなのに……あの夏の日。高校生になった僕が外で親友と遊んでた時、友達と一緒に歩いていたみこちゃんを見かけ、不敬にも『また会いたい』という想いが溢れてしまった。

 

「みこちゃんとまた会おうと思えたのも、徹が『会いたいなら会えばいいじゃねぇか!』って言ってくれたからなんです……」

 

 そういう意味では、徹が親友で本当に良かったと。不安と後悔に苛まれていた僕に、前を向かせてくれた事には感謝しかなかった。「お前馬鹿なんだから、ウジウジ悩むのは性に合わねぇだろ」と言われたのは流石にムッとしたけど。

 

 大切な親友が繋ぎ直してくれた繋がりを、今度こそはと胸を張って守っていきたい。

 だからこそ……もう失敗したくないと、今度こそ約束を守りたいと、強く思った。

 だからこそ、これだけは言わせて欲しかった。

 

「ごめんなさい真守さん、ずっと約束守れなくて……」

 

 たとえ許されなくても良い。守れなかったのは事実だから。

 

「ごめんね、みこちゃん……

 僕がもっと頭が良かったら、あんな思いさせなかったのに……」

 

 それでも今度こそもう決して間違えない為に、僕は僕の罪を告白し、静かに懺悔した。

 ……うん、少しスッとした。やっぱこういうのは吐き出すのが一番だな。ちょっと愚痴みたいになってしまって、真守さんに申し訳ないけど。

 

「…………すみませんね、こんなつまらない話して。

 それじゃあ真守さん、そろそろお暇させて『──何してるの洋太、遅刻するよ?』もらア"ッ!?」

 

 突然思い切り開かれた引き戸の音と背後からかけられた声に、僕は思わず口から心臓がまびろ出そうな程に素っ頓狂な声を上げてしまった。

 慌てて振り返れば、そこに居たのは既に学校へ行っていたと思ってた、幼馴染である四谷みこだった。

 

「み、みこちゃん?もしかして、今の聞いちゃってたり、してない?」

 

「……なんの話?私、いま来たところなんだけど」

 

「そ、それならいいんだけど……」

 

 どうやら聞かれてはなかったらしい。内心ホッと胸を撫で下ろしたが、みこちゃんの顔は何処か思い悩んでそうな感じだった。

 ……もしかして、真守さんと喧嘩したのを思い出してるのかな? そう思っていると、彼女が仏壇に何かを置いたのに気付いた。

 そこにあったのは、みこちゃんが食べたかっていた栗のプリンだった。

 

「……みこちゃん。そのプリン……」

 

「………いつまでも、気にしてないから」

 

 表情を覗き込もうとする僕から顔を逸らして、仏壇の真守さんに向かってそう呟いた。

 ……やっぱり気にしてるよね。でも、いつまでも気に病んでたらダメだからって、前に進もうとしてるんだね。

 その事に気付いてしまった僕は、また何もしてあげられない事に歯痒さを感じた。

 

 ──また一緒にバナナ食べましょうね。今度はみこちゃんと。

 

 ……いや、ひとつだけある。今の僕にも出来ることが、たったひとつだけあった。

 今更かもしれないけど、少しでもあの頃より一歩進みたいという気持ちで拳を握りしめると、隣にいるみこちゃんに顔を向けた。

 

「ごめん、先行ってて。すぐ戻るから」

 

「……わかった。早くしてね」

 

 そう言って仏壇に置いといたバナナを手に取り、更に懐からもう一本のバナナを取り出して、僕はキッチンの方へと向かった。

 

 

 

「いってきます」

「じゃあ、いってきまーす!」

 

「気をつけてね二人とも」『いってらっしゃい』

 

 一緒に透子さんへ手を振りながら、学校への道をみこちゃんと歩いていた。

 

「ん〜、今日はいい天気だねみこちゃん!こんな日には、“テンキー”でも買っちゃお〜かな〜?()()だけに。ハイッ、アルトじゃーないと!!」

 

「はいはい、そういうしょーもないギャグはいいから。早く学校に行こう」

 

 そう言ってギャグを軽くあしらいながら、みこちゃんはスタスタと先に行ってしまった。

 ……あれ?なんか反応が薄いぞ? 辛辣なツッコミをくれる事を想定してたんだけど。まぁそんな日もあるかと気を取り直し、みこちゃんの隣で歩こうと足を早めながら“さっきの”バナナを取り出した。

 

「はい、みこちゃん。一緒に食べよ?」

 

 そう言って差し出したのは、半分に切られたバナナ。

 みこちゃんを元気付ける為に、真守さんの仏壇に供えたのを包丁で半分こにして持ってきたのだ。うん、コレはかなり冴えてるアイデアなのでは?

 

「………ありがとう」

 

 対するみこちゃんは少し驚いた顔した後、すぐにそれを受け取ってくれた。

 それを見た僕も半分になったバナナを取り出し、そのまま二人で食べ歩きする。

 

「んぐんぐ……ねぇみこちゃん、味はどう?」

 

「……うん、普通かな」

 

「そっかぁ〜、普通かぁ……」

 

 まぁ流石に味は変わらないか〜と、バナナをモグモグしながら少し残念に思っていると、隣から「ねぇ、洋太」と声をかけられた。

 

「ん?なにみこちゃん?」

 

「──私、洋太と出会えて、洋太と一緒にいられて、良かったと思ってる」

 

 何事かと思って彼女を見ていた僕はそれを聞いた途端、どきりと心臓が跳ね上がる。

 やっぱあの独り言、聞いてたのではないか?いや、本人が聞いていないみたいなこと言ってたし、多分違うと思うけど。

 だとしたらどうして急にそんな事を……と困惑する僕を他所に、みこちゃんは頬を赤らめながら話を続ける。

 

「だから……これからも、よろしくね」

 

 ──この時僕は、みこちゃんがどうして急にそんな事を言い出したのか、よく分からなかった。今後もこんな関係を続けたいと思ったからなのか。それともただ単純にそう思ったからなのか。あるいはバナナをくれたお礼なのか。

 だけど今はただ、ほんのチョッピリだけ、心が軽くなった気がした。

 

(……真守さん。僕、今度はちゃんと守ります。約束も、みこちゃんの笑顔も。

 もうみこちゃんを、悲しませたりしません。だから──)

 

「………うんっ、今後ともよろしくね!」

 

 照れ臭そうに微笑みかける幼馴染に、僕もとびっきりの笑顔で応えながら、通学路を進んでいった。

 

(この時間が、この日常が少しでも続く様に、見守っていてください)

 

 

 

『……言われなくても、ちゃんと見守っているよ。みこのことも、洋太くんのことも』

 

『ぷりん ばなな』

 

『あ、ダメ!オレのだぞ。ふたりから貰ったプリンとバナナなんだから』

 

 そして四谷家の和室では、馬の様な異形にそう叱りつける真守が居て。

 仏壇の上には、プリンと半分だけとなったふたつのバナナがあった。




●見円洋太
どうでもいい事で大喜びし、
どうでもいい事でムキになり、
どうでもいい事で過去を引き摺る。
そんな何処にでもいる凡夫、それが馬鹿猿。

●四谷みこ
今まで培って来たスルースキルを総動員して、
馬鹿で愚直で変な所で真面目な幼馴染と、
いつもと変わらない態度で接する。
そして複雑な感情を抱きながら、今日も彼の手を繋いだ。

●四谷真守
みこのお父さんで、故人。
死んだ今でも守護霊として、娘と息子の様な子に後悔(呪い)を遺してしまった事を気に病みながらも、今日も今日とて家族と娘の幼馴染を優しく見守っている。
それはそれとして、娘はまだあげないからね!?

●四谷透子
みこのお母さんで、未亡人。
夫を失った今でも母親として、みこと恭介を女手一つで育て上げ、洋太の事はもうひとりの息子の様に思いながら接している。
それはそれとして、いつになったらみこのお婿さんになってくれるのかな〜なんて思ってる。

●四谷家のヤバい奴
最後の最後に出てきた、馬みたいな姿をした異形の化け物。
真守のお友達みたいなものだが、洋太が来るのを察知するとすぐに避難を始めるので、真守はそれを見て「あ、そろそろ洋太くん来るかな?」と察する。

●みこのケーキのイチゴを食べてしまった馬鹿猿(8)
ごめ゛ーーーん‼︎勝手にイチゴ食べてごべーーーん‼︎‼︎
ホントに僕が悪るがったァーーー‼︎‼︎
滅茶苦茶自分勝手でみっともねぇんだけども‼︎
ぼぐ、こんなんで許してくれるとは思わないけど‼︎‼︎
このケーキで!勘弁してぐれるわ゛けにはいかねぇがなァー!?ダメ゛かな゛ー!?
お願いだがら……みこちゃんと一緒にいさせてくれェ‼︎‼︎
もう一度……!!ぼくをキミの幼馴染でいさせてくれ゛ェ!!

●お祭りラムダラビット・グラサン付きver
やぁやぁやぁ、祭りだ祭りだ〜!
袖振り合うも他生の縁、躓く石も縁の端くれ!
共に踊れば繋がる縁!この世は楽園!
悩みなんざ吹っ飛ばせ!!
笑え笑え!ハーハッハッハッハッハ!!
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