…少年と少女は、これから待ち受ける己の運命に翻弄されることになるだろう。しかし…ちっぽけながらも"人"としての思いを以って、これからも力強く前を向いて行こう。そう…心に従って。
だが、その暗雲は徐々に魔の手を伸ばしてくる…。
乃木先輩…宗主様が讃州中学にやって来てから数日が経った。
あれから、国土さんはとても落ち着いている。どうやら、自分の置かれた状況に順応したみたいだ。それはそれで、良かったと思う。
そして俺は相変わらずだ。訓練付けの毎日…未だに、山伏先輩から一本も取れない。楠先輩も、この間の"十二星座の使徒"との激突以降、自身の訓練メニューをより強化したプログラムでその項目を積み重ねている。それでも、楠先輩だって年頃の女の子だ。俺が言うのもおこがましいがあまり無理をしないでほしいと、心の中でそう思う。
そして、その帰り道…何故か久しぶりに海が見たくなった。「寛永通宝」のあの巨大な砂絵がある側の海岸に寄ってから帰ろうと思う。
訓練で疲れた身体を押して、少し休むとしよう…そう思って、砂浜を歩いていると1人の女の子を見かけた。
「はっ!せやっ!でぇえええいッッ!。」
二振りの木刀を華麗に振り回しながら、夕陽に照らされたその砂浜で鍛錬を積んでいる。その動きからするに、相当な手練れだろう。つい、魅入ってしまう。そして、その人は俺に気付いた。
「…何…?。」
流星「え…あ…いや、凄く綺麗な剣捌きだなって…。あれ、貴女は…。」
その人に見覚えがある。確かこの人は…"三好夏凛"さん。そうだ、この人も勇者部の部員で、宗主様と同じく卒業した人だ。髪型を変えたのか、ツインテールではなくて完全に下ろしていたのですぐに気付かなかったが、その目つきと声でなんとなく分かった。
夏凛「当たり前よ、これくらい出来ないと"あいつ"に笑われちゃうからね。そういうあんたは…讃州中学の子…?。」
流星「はい。紫藤流星といいます、3年です。」
夏凛「3年か…私達の後輩ってわけね?。その…樹…犬吠埼樹は元気にしてる?。ちゃんと、部活動を頑張ってる?。」
流星「犬吠埼さんとは同じクラスですよ。部活動の事はよく知りませんが、勇者部の活動については校内でも噂されてます。」
夏凛「そっか…良かった。って…わ…私が心配したところでなんだって言うのよ…部長なんだからそれくらい当然よ、全く!。」
流星(…うん、所謂「ツンデレ」ってやつかな……感情の起伏が激しい人だ。)
夏凛は木刀を地面に置く。そして、流星の目を見て。
夏凛「あんた…不思議な奴ね。その目…なんか、覚悟を決めた奴特有の目をしてるわ。」
流星「覚悟…ですか。そんなのはありませんよ、ずっと前から俺は…自信なんてものがありません。毎日、ボンヤリと生きていただけの奴です。でも……なんでしょうね、「成すべき」事が分かってからは少しはそう言う顔が出来るようになった…んですかね。」
夕陽を見つめながら、流星は砂浜に座る。
流星「その道が例え、どんな道であっても進むと決めましたから…ただ、足掻いているだけです。わからないなりに…ね…。」
夏凛「…ふぅん…その傷、あんたも何か武道でもやってるの?。それ、鍛錬を重ねているやつの手よ?。」
流星「はは、武道だなんて…ただ、身体を鍛えているだけですよ。それにしても、三好先輩はそれだけで分かるんですね?。貴女も武術を?。それ、双剣術でしょう?。珍しいなって思ってたんです。」
夏凛「ええ、そうよ。これこそが私の誇りでもあるもの…ずっと、積み重ねて来た日課だから抜けないのよね。」
流星「なるほど…邪魔しちゃいましたね、じゃあ俺は帰ります。少し、海が見たかっただけですので。それじゃ。」
踵を返して、歩いていく流星。夏凛はその背中を見届ける。
夏凛(…あいつが、芽吹の言っていた奴ね。危なっかしいけど、決意を込めたあの目…芽吹が目を掛けるのも分かる気がするわ。"友奈"に少し似てる気がする。)
夏凛は再び立ち上がり、木刀を手にする。
夏凛(…その宿命はきっと、困難なものになるよね…でも、あいつならきっと乗り越えられる気がする。だから負けんじゃないわよ?。)
…………………………。
…瀬戸内海に位置する孤島。そこは漁船すらも立ち入りしない海域。
そこに、「邪神教団」の本拠地がある。その内部は中世の時代を思わせるような形作りで、所々に"バーテックス"を象ったオブジェが置かれていた。
~邪神教団・大神殿~
「…前回は奴らに一杯、食わされたようだな。「サジタリウス」?。」
「蟹座」を表す「♋︎」のマークが施された仮面をつけている人物が「射手座」に話しかける。その声から察するに、男性だ。
サジタリウス「フン…少し、油断をしただけだ。それに、今回は奴らの戦闘能力を確かめに行っただけ…。」
「蟹座」…"キャンサー"は鼻で笑うように。
キャンサー「だが、失態には変わりないぞ。防人の隊長…楠芽吹の首くらいは獲ってもらいたかったがな。」
サジタリウス「そこまで脅威とは思えんが…"勇者"がいない今、あんな量産型の隊長に何ができる?。確かに新生大赦の戦力ではトップクラスとも言えるが、我らが"十二星座の使徒"の足元にも及ばんだろう…。」
キャンサー「その過信が命取りとなるのだ。我々が"十二星座の使徒"となりうるのは"完成体バーテックス因子"が適合したため。故に、元の名を捨ててこの気高い称号を名乗っているのだ。我々に失態は許されん。次は私が出よう…この目でしかと見極めるとする。"勇者"に代わる現代の戦士の力量を。」
そう言って、キャンサーは大広間を後にする。その様子を他の"十二星座の使徒"が見ていた。
…………………………。
~新生大赦・防人寮~
自身の訓練メニューを終えた芽吹は一息ついていた。
他のメンバーとは違い、彼女のメニューは2倍近いものとなっていた。
いつも夜遅くまで鍛錬を続けている…そう、"十二星座の使徒"という強敵と出会ったしまったが故に。
…正直、強かった。そして、知らずのうちに自分の心が"呑まれかけていた"事に気付かなかった。あの時、流星が居なかったらきっと「射手座」のペースに乗せられて苦戦を強いられていただろう。
情けないのと悔しいのと、感情がゴチャゴチャになる。だが、訓練をしていればそれを忘れられる気がする…そう、"勇者"はもう居ないのだ。彼女達の苦しい"お役目"は終わり、今度は新時代を切り開いた彼女達に代わって、自分たちがその表舞台で守っていかなければいけない。それが、今の防人の役目だ。
そして自分は隊長…弱いところなんて見せるわけにはいかない。
そんな思いを噛み締めて、部屋に戻ろうとしたその時…目の前にピンクの髪の少女が現れる。
彼女の名前は「高崎美咲(たかさき みさき)」。1年ほど前に防人に加わったメンバーの1人だ。ナンバーは「8」。以前いた「8」の防人は2年前の戦いを終えて辞退。その空白の席を彼女が授かったのだ。
その戦闘能力は芽吹と引けを取らない…夏凛を除いた人間で芽吹と同格なのは、彼女くらいだと言われている。そして彼女は…芽吹の席を狙っているとでも言えるだろう。
美咲「楠さん、そんなに頑張ってたらいざという時に力が出ないよ?。」
芽吹「…高崎さん…いえ、隊長として不恰好な姿は晒せないわ。皆を引っ張る為にも私は強くならなくちゃいけない。」
美咲「ふ〜ん…あの新人の男の子の為にも?。」
芽吹「……ええ。彼は"異例"…その身は奴らにとってもこの上ないくらい良い研究材料になる…だから、守らなくちゃいけない……。」
美咲「そ。頑張りすぎは足元掬われるからね…私、あなたの座を諦めてないから。」
それだけを言うと、寮の中へと去って行く美咲。芽吹も続いて戻ろうした矢先……。
芽吹「!!?。殺気!?近い…!!。」
慌てて振り返る芽吹。その瞬間、キャンサーが現れて彼女を連れ去る。
……………………………。
芽吹「…っ…ここは……。」
夜の海岸。一瞬だけ眠らされたかのように意識が朦朧とする。
キャンサー「防人隊長・楠芽吹。私の名前は"キャンサー"。"十二星座の使徒"の一柱「蟹座」を司るもの……。」
黒いローブを脱ぎ捨てるとまるで鎧騎士のような甲冑に身を包み、左手には巨大な盾。右手には槍を携えて歩み寄る。
芽吹「「蟹座」!?。新手か…!!。」
戦衣を纏う芽吹。先制攻撃として、速射を行う。だが、その鎧に弾かれてしまう。
キャンサー「そのお手並みを拝見させていただこう…!。」
地面を蹴って飛び出すキャンサー。芽吹は歯を食いしばり、銃剣を構えて接近戦で応戦。互いの得物が激しくぶつかり、火花を散らす。
キャンサー「先日は我が同志「射手座」が世話になったな。我々のことは報告済みということか?。」
芽吹「当たり…前よ…っ!!。」
剣戟戦の最中、前蹴りを繰り出して距離を取る。
芽吹「…「蟹座」ということはコイツも"バーテックス因子"に適合した人類…ッ!!。」
キャンサー「正しくは"完成体"だ。そう…我々はその上位種である"黄道十二星座"のバーテックス因子に適合した人類…この力は人を超え、そして…神に近付くっっ!!。」
その身のこなしは達人の域。繰り出される一撃一撃が鋭く、油断をすればその槍で貫かれかねない。
キャンサー「さぁ、貴様の力を見せてみろ!!。」
盾を前面に突き出すような構えを取った途端、鋏の形へと変形する。
そして、芽吹を捕縛しようと突撃してくる。
芽吹(防御力が異常に高い…銃撃メインじゃあ歯が立たないわね…!。)
バックステップで避けた芽吹は、剣の部分を射出。蛇腹剣のようにしならせてはそのまま振り翳す。
キャンサー「なんと…ッ!!。そんなギミックまであるとは…!。」
直撃したはずなのに、傷一つつかないその鎧。芽吹は表情を曇らせる。
その瞬間、ほんの一瞬だが意識が薄れた。
……度重なる鍛錬の代償だ。まともに休めていないその体では戦闘は無理があった。このレベルの戦い、意識を一瞬でも離してしまえばそこに隙が生じる。勿論、キャンサーはそれを見逃さない。
キャンサー「もらった…!!。」
突き出された槍の一撃。そして…鮮血が舞う。
芽吹「ぐっ…あああ……っ!!。」
激痛に顔を歪める芽吹。意識が散漫としていたせいか、バリアの形成が間に合わなかった。ボタボタと流れる血…間一髪で急所は逃れたが、脇腹を抉られていた。
キャンサー「ほう…致命傷は避けたか…だが、厳しいようだな?。その表情に焦りが見えるぞ?。」
芽吹「はぁ…はぁ…はぁ……五月蝿い…わ…これしきの傷…!。」
そうは言っても、血の流れる量のせいか戦衣は朱に染まっていく。
芽吹(…不味いわね…長期戦になれば確実に意識を失ってしまう…なんとか…なんとかしなければ……っ…高崎さんの言った通りね…頑張りすぎてると、足元を掬われるって…。)
それでも、芽吹の目はまだ死んでいなかった。痛みを我慢し、再度武器を構える。
キャンサー「素晴らしいな、その気迫!。怪我に動じることなく、敵を滅さんと見るその目つき!!。どうだ、我々と来れば貴様も"完成体バーテックス因子"に適合するやもしれんぞ?。ちょうど、一枠空いているのだ。」
芽吹「お断り…よっ…!。あいつらの力で強くなってたまるもんですか…私達は"防人"…勇者に成り損ねた落ちこぼれだけど、その矜持は"勇者"と同じっ!!。私は隊長としてお前を討つッッ!。」
…だが、気合いとは裏腹に芽吹の負った傷は思ったよりも深刻だ。立っているのもやっとなほどに。だがそこに、キャンサーが再び飛びついて来た。
キャンサー「ならば、ここで死ぬがいい。」
万事休す…か。そう思った直後……。
「そこを…退いてくださいましっ!!。」
気取ったお嬢様言葉。そして、雷のような速度で走ってくる少女。手に持つのは銃剣ではなく…「ハンマー」だった。
夕海子「はあああああッッ!!。」
そのスイングを盾で受けたキャンサー。だが、あまりのその衝撃に身体が吹き飛ばされ、砂浜を転がった。
夕海子「遅くなりましたわ、芽吹さん!!。」
芽吹「弥勒…さん……!。」
弥勒夕海子。没落した実家を再興すべく、粉骨砕身の思いで努力を重ねる努力家の少女。
そして、防人達にとっては…とても心強い仲間でもある。
……………………end。
窮地の芽吹を救ったのは"弥勒夕海子"。
長らく留守にしていた彼女は独自で邪神教団を追っていた。
相手の特性に対応したかのような新しい武器を携え、"夢"のため戦う…。
次回
第11話 夢の力。