生きとし生けるもの全ての命を奪わんとする地獄…。
小さい頃、絵本で読んだ地獄の閻魔がいるような場所…。
私たちが今、居るのは…2年前まであったあの地獄そのものだ…―――
"黒百合"との戦闘中、私たちは突如として起きた"樹海化"によってロッジとは別の空間に飛ばされた。
でも、何かがおかしい…以前、『獅子座』がけしかけた"樹海化"は、具現化したものだ。つまり、偽物…しかし、今私たちが足を付けているのは"樹海化"を起こした世界じゃない…そう、これは……――――。
芽吹「……「外」の…世界……。」
―――轟々と燃え盛る灼熱の世界…まるで、太陽の中に居るかのような壮大な地獄の世界…私達は"ここ"を良く知っている。
2年前、まだ勇者達が"天の神"を撃退していなかったあの頃…私達"防人"が担っていた"お役目"…。
四国を覆う結界外の世界の調査、そして神代の国造りの儀式を再現し、神樹様の種を植えて世界を蘇らせる反抗作戦…通称『トヨアシハラ作戦』。
それが私たちの"お役目"だった。
あの地獄とも言える"お役目"で幾度もこの世界に足を運んだ事は今でもしっかりと覚えている。
あの時、植え付けられた恐怖心は防人だった子たちの心をいくつも折り曲げている…今いるメンバーだって、発足当時のメンバーじゃない。この作戦で心が折れた者たちと入れ替わりでやってきた子…そして、全てが終わり"新生大赦"として新たなスタートを切ったときに入った子…その様々だ。
こんな地獄を経験したメンバーなんて、現在は"壱番隊"と"肆番隊"のメンバーくらいだろう。
今あるこの状況に誰が巻き込まれたかなんて分からない…通信機器はもちろん、効かない…。
今、言えるのは私達"壱番隊"のメンバーと…この転移に巻き込まれたであろう"黒百合"がこの場に居ることだ。
目の前の光景は置いといて、とりあえず私は仲間たちに声を掛ける。
芽吹「みんな、起きてっ!。」
流星「ぅ…め…芽吹さん…?。ここ…は…?。」
起き上がったみんなも自分と同じ反応だ…ただ、流星だけはこの空間の事は知らない…もちろん、雀は絶望した表情で。
雀「ね…ねェ…これって、何かの夢だよ…ね…?。」
芽吹「残念ながら、現実よ。この状況を良く知っている奴がいる…これ、あんた達の仕業でしょう?。黒百合。」
黒百合はその光景をずっと見ているだけで何も言わない。
シズク「テメェ、何か言ったら…っ!。」
黒百合「騒ぐな。俺も少しばかり、混乱している。」
…"混乱"?。
今、そう言ったの…?。
私は彼の言ったその言葉に思わず声を詰まらせてしまった。
この状況を生んだのはコイツ等のはず…なのに、何故……。
流星「待ってくれ。もしかしてお前もこの事は知らないのか…?。」
黒百合「…ああ。俺が聞いていたのは"樹海化"の事だけだ。少しばかり、特殊な"樹海化"を発動させてお前たちを混乱させる為の「網」を仕掛けていた…最も、それをやろうとしたのは『乙女座』と『魚座』だがな。」
シズク「…ちっ…最初からオレ達を嵌めようとしやがったのかっ!。他の連中は…!?。」
黒百合「ロッジの内部に特殊な術式を描いていたから内部に突入しない限りはこの「罠」に掛かる事は無い。しかし、この状況……あまりにも"現実的"過ぎる…。」
夕海子「…黒百合も知らないこの状況…それにこの空間……芽吹さん。」
芽吹「…ええ。黒百合、ここは一時休戦としましょう。ひいては、共闘…というのはどうかしら?。」
突然の提案。弥勒さん以外のみんなは当然、驚く。
なんたって、敵に共闘を申し出ているのだから。ましてやあの"黒百合"。しかし、これが"使徒"なら話にならないだろう。そう、彼も知らないということは、彼自身もこの「罠」に嵌められているのだから。
しかし、彼も冷静だった。流石にこの状況で手を組まない選択肢はないのだろう、素直にも。
黒百合「いいだろう。今は確執なんてものを気にしている状況ではないからな。俺もお前達と同じく"嵌められた者"同士だ。決着をつけるにしても、ここで死ぬわけにはいかない。その提案、喜んで飲もう。」
雀「えっと…心強いけど大丈夫かなぁ……後ろからバッサリ…なんてことはないよね…?。」
黒百合「…あんたがそれを願うならやってやらないことは無いが?。」
雀「ひいぃぃいいっ!!?。」
黒百合「冗談だ。安心しろ、そこまで俺は馬鹿じゃない。流石に状況は理解している。」
シズク「…妙な真似しやがったら遠慮なく撃ち抜いてやっからなっ!?。」
…こうして、黒百合は私達と行動を共にすることにした。
散策から結構な時間が経過した…会話は、無い。
この空間は果たして、何を意味するのか……私たちがロッジに突入し、黒百合と交戦したタイミングでの出来事…全て、見られていたのか…。
だとしたら、何故黒百合までも巻き込むことに?。これが、教団の罠だというのなら彼もその詳細は知っていたはず…それが分からないと言うのなら、教団内で彼を敵視する者の仕業?。
偶然、巻き込まれたわけではない……今回のこの作戦で起きたアクシデントは全てのタイミングに置いて"完璧"過ぎる。
私達といい、黒百合といい……確実に私達に狙いを絞ったタイミングだ。
全てが疑心暗鬼となる中、私達の目に飛び込んできたのは……"あの悪魔"達だった。
夕海子「…これ…本物ですの…?。」
無数に湧き出る白い怪物……その先の光景を埋め尽くさんとする大群…その質量で攻めてくるコイツ等の恐ろしさは良く知っている。
芽吹「…"星屑"…。」
その刹那、"星屑"達は侵入者に気付き一斉に飛来してくる。
雀「ひェえええええっ!?。なんでコイツ等がまた…!?。」
シズク「クソ、一体、なんだってんだ!?。」
その中で、黒百合は先行して飛来してくる"星屑"を斬り伏せた。
黒百合「パニックになるのは仕方ないが、最悪なことにこれは"本物"だ。」
流星「っ…邪神教団が生み出した因子で作ったものかっ!?。」
黒百合「だとしても、これは無限に近い数だ。こんな数、生み出してしまえば世界はまた2年前と同じ状況となる……。」
"2年前"…。
黒百合は自分が発したその言葉に、疑問を抱いた。
…この状況…消えたはずの"星屑"の大群…この空間……まさか……。
黒百合「……現実…俺達は…時間を…遡っている…?。」
芽吹「え…!?。」
流星「うおおおおっ!!。」
迫り来る星屑を、流星はトンファ―で叩き落した。
だが、湧き水のようにどんどん溢れ出てくる"星屑"はまさに数の暴力。
数体、倒したところで彼らにとっては何の痛手も被らないのだ。それどころか、彼らにはそういった感情が無い。ただ、マシーンのように本能で人間を選別し、殺しに向かってくる…痛みも何もない恐ろしい敵なのだ。
そうなると、自ずと人間は精神面から崩れて行ってしまう。死に向かう恐怖と、倒しても無限に溢れ出てくる脅威。いくら勇猛果敢な人物であっても、それはどうにもならないことだ。疲労感から、動きが鈍る…敵は消耗しない、持久戦においては勝ち目などない。
この戦いを生き延びるのは……退路を探すのみ。
流星(倒しても倒してもきりがない…これが、2年前までの出来事だったというのか…!。)
シズク「消耗した奴から加賀城の後ろに退避しろ!。"星屑戦"における戦法、忘れたわけじゃねェだろうな!?。」
雀「うえぇぇっ!?。わ…私の後ろに隠れるのっ!?。」
シズク「ガタガタぬかすなっ!前に出るよかマシだろうがっ!。」
芽吹「弥勒さんっ!!。」
夕海子「ええ!!。」
2人は「強化装束」を身に纏う。
続く流星も「疑似満開」を使用しようとするが…。
芽吹「ダメよ流星!。「疑似満開」は使わないで!。」
流星「でも…っ!。」
夕海子「貴方の"それ"は消耗が激しいですわ!。ここは、私たちにまかせてくださいましっ!。」
2人は突撃。夕海子の戦槌と芽吹の二丁銃剣のコンビネーションにより、眼前に迫ってきた一群は殲滅。
しかし、それでも数の暴力で攻め入ってくる"星屑"達は物怖じすることなく進軍の勢いを殺さない。
黒百合「……化け物風情が…!!。」
跳躍した黒百合。
彼を追って、数百体の帯を描きながら星屑は大口を開けて迫り来る。
黒百合「…消えろ。」
"呪具化"した『生太刀』と『大葉刈』の一閃。
空間ごと断絶するその一撃は、自身に向かってきた"星屑"の一団を殲滅。
その余波は後方の一団にも直撃した。
シズク「おいおい……味方だとああも頼もしく感じちまうのか…。」
シズクの背後に迫り来る"星屑"の1体…しかし、彼女はノールックで撃退する。
雀「わお……。」
シズク「はっ…二年前よりも強くなってんだよこっちも。」
順調に戦闘をこなす一同。しかし、それも長くはもたない…この無尽蔵な敵を相手に真正面から力で対抗するのはバカバカしいだろう。
なんとしても、元の空間に戻らなければならない。だが、どうやって戻ればよいのか皆目見当もつかない。
ここが、黒百合の言う「二年前の時間軸」であれば、この空間の外…つまり、「壁」が消える前の四国に戻れるはず…でもそれは、良い選択とは言えない……そう、"自分達の存在"そのものが、この時間軸の世界にとってイレギュラーなのだ。もし、二年前の自分達と遭遇することになれば……。
そう思うと、やはり元の時間軸に戻るのが得策だろう。
迫り来る星屑を退けながら、ただひたすらに生き残る道を模索する。身体はもうボロボロだ。黒百合にも疲れが見える。芽吹と夕海子の「強化装束」状態の時間も残されていない…雀の防御だって、限界がある。足を止めるのはまさに自殺行為だ。この無限にどう立ち向かえば良いと。それに、"バーテックス"本体だって現れる可能性も大いにある。時間はもう…無い。
次第に絶望感が込みあげてくる…だがその時、雀が前方に何かを発見した。
雀「ねェ、みんなっ!あそこっ!!。」
ほんの僅かだが小さな空間の裂け目を見つけた。
そして、その外に見えるのは…「大橋」だった。
芽吹「あの出口の先は私達の"時間軸"!?。」
流星「なら、そこを潜れば…!!。」
希望を見出した一同。傷だらけの身体を押し、全力でその歪みに向かって走り出す。
しかし、歪みはどんどん縮小していく…。
シズク「おい、小さくなってねェかっ!?。これを逃したら終いだぞっ!!。」
雀「うえぇぇんっ!。それはやだよォォっ!。」
疲労と痛みで走るのもままならな一同…だが、これを逃せば帰れない…。
そして、追い打ちをかけるように、"最悪の敵"が行く手を阻む。
芽吹「な……"バーテックス"!?。」
"星屑"とはわけが違う上位種…かつての"勇者"や自分達を幾度となく苦しめてきた個体…そして、それは最も攻撃性の高い種…「蠍座」の"スコーピオン"だった。
歪みはどんどん小さくなってくる…この種を相手にまともに戦えば、この機会を逃がすことになる。
ここにきて、最悪な展開……黒百合も焦りを募らせる。
だが、その時…――――。
夕海子「……楠さん。前だけを向いて、全力で歪みに向かって走りなさい。他の方達も、振り返らずに。」
芽吹「は……何を…!?。」
一呼吸、置いた彼女。
そして、口にしたのは…―――
夕海子「―――私が「殿」を務めます。」
殿(しんがり)……その言葉の意味は…―――
当然、全員が"反対"する。
シズク「馬鹿かお前っ!。そんなの、認められるかっ!。」
雀「そ…そうだよ!一人だけ置いていくなんて出来ないっ!。」
しかし、彼女は優しい笑みを浮かべて…。
夕海子「…ありがとう。でも、これしか方法はございません。全員が生き残るには、条件が悪すぎる…それに、この空間に長居出来ないのは分かっていましょう?。」
流星「だとしてもなんで貴女がっ!。待ってください、俺が「疑似満開」で…!。」
夕海子「なりませんっ!!。」
流星「何故…!?。」
夕海子「…後輩に任せて先輩が逃げるなんて、格好悪いでしょう?。それに、抜けた先で"使徒"と戦うことになるかもしれません。貴方は…最後の"切り札"です。」
流星「だとしても!!。」
夕海子「さあ楠さん!!。行きなさい!。」
「強化装束」状態の夕海子は戦槌を担ぎ、"スコーピオン・バーテックス"と対峙する。
しかし、芽吹は決断出来ない。ここで大事な仲間を一人置いて帰還なんて…―――
そう考えていた矢先、夕海子の怒声が響く。
夕海子「楠芽吹!!。潔い決断をする貴女らしくもないっ!。ここで全滅するおつもりですかっ!?。」
芽吹「で…でも…っ!。」
夕海子「"隊長"としての責務を果たしなさいっ!。貴女の決断一つで多くの仲間が助かるのですっ!。私は大丈夫ですからっ!。必ず生き残って、皆の元へと帰りますっ!。約束いたしますわ、この弥勒夕海子…女に二言はありませんっ!。」
そう言って、"スコーピオン・バーテックス"と激闘を擦り広げる夕海子。
しかし、疲労故か、明らかに追い込まれている。それにこの個体が持つ"猛毒"は受ければ確実に命の保証はないと言える…でも、それでも彼女は止まらない。
大切な仲間の為に…いつしか、自分の夢と同じように彼女たちが大切だから…―――。
…頑張るしかない。この大切な仲間達を生きて返すために。
彼女の血飛沫が舞う中、流星たちが加勢に入ろうとする。だが……。
芽吹「……全員、弥勒さんを残して元の"時間軸"への帰還を命ずる……黒百合、貴方もよ…。」
黒百合「…フン。」
黒百合は一足先に歪みに入っていく。刻一刻と、歪みは小さくなっていく。
もう、時間はない…―――。
その決断に、全員が涙する。当然、雀は大粒の涙を流しながら。
雀「嫌だよォォっ!。ここで弥勒を置いて戻るなんて!!。みんなで生きて帰るんでしょ、ねェメブっ!!。」
芽吹「五月蠅いっ!!いいから言う通りにしなさいっ!。弥勒さんの覚悟を無駄にしないでっ!。」
涙を流しながら苦渋の決断を強いた芽吹の顔は、修羅のようで…でも、「そうするしかない」という悔しさに感じさせる。
シズク「……馬鹿野郎が………。」
流星と雀の首を掴んで、シズクはそのまま振り返ることなく歪みに突入。
芽吹はその最後まで、そこに居た…そして……――――。
芽吹「…約束よ………絶対に……帰って来なさい……。」
夕海子「……当然……ですわ………だから………『さよなら』は………言いません………。」
―――受けた傷と、"スコーピオン・バーテックス"の毒……生還は……絶望的だ。
芽吹は俯きながら、振り返ることなく歪みに入る。そして、それと同時に元の時間軸への『門』は消えた。
夕海子「―――さあ、もっと付き合って…くださいまし………私の………。」
――――"英雄譚"の為に。
…………………end。
…大事な仲間一人を置いて、元の世界へと帰ってきた。
そして、芽吹は知る…。
―――この"出来事"の裏を。
次回
第39話 "それでも"、私達は…――