その者は、それを名乗り世界を壊す為に動く。
全ては―――"過去"の真実を知ってしまったが故に。
『乙女座』の撃破から3日後。
弥勒夕海子の帰還もあり、防人達には休暇が与えられていた。
元々は青春を謳歌する年頃だ。夏休みの全てを"お役目"に費やす訳にはいかない。
そう思った園子は彼女達に旅館を手配し、数日間の静養期間を与えていた。
これはその裏の話……場所は讃州市のとある神社にて。
この夏の日差しに似つかわしくない黒衣の装束を身に纏った男…その名は"黒百合"。
"十二星座の使徒"とは違った意匠の仮面を付け、一人、境内に立ち尽くしていた。
どういうわけか、日中にも関わらず人が誰も居ない…きっと彼の出す雰囲気が人を拒んでいるのだろう。ここには誰も居ない。
そして彼は、この間の出来事からまだ教団に戻っていない。
"邪神教団"の『大司教』が”新生大赦"の『三神官』だった事。その事実を突きつけられ、自分は利用されていた事。
この一連の事件の全ては裏で彼らが繋がっていた。"天の神"への反抗…この世界を取り戻し、新たな信仰神の下でこの世界を再び「神の世界」へと戻すことが彼ら…いや、"邪神教団"の総意。
実際に『大司教』の正体を知るものは少なく、側近の『獅子座』と『射手座』、そして参謀とも言える『天秤座』の3人だけだ。他は知らなかったし、知ったとしても特に反応は無かった。"新生大赦"の情報が精密に伝わっていたのはそうだったのだろう。自分が行った乃木園子の襲撃だって、彼女が出先のタイミングだった事も頷ける。最も、襲われた本人も造反者の可能性を予想していた事で、炙り出すために襲撃すらも利用する程の策士だ。
――要するに、自分がやってきたことは頭の切れる者達の掌の上で踊っていた事になる。
腹立たしいと言えばそうだが、利用された自分も悪い。気にした所で、事実は覆らない。だからこの数日、戻らずにずっと考えていた。
自分の手には"呪具"へと変貌した二つの"神具"…『初代勇者』達が愛用していた武器である「生太刀」と「大葉刈」がその手の中にある。となると、今の自分の力は"勇者"に匹敵するほどと自負出来るが、「本来の目的」を達成するにはまだ足りない…こんなので「目的」が達成出来れば、この世界はもう既に"邪神教団"の手の内に収まっているだろう。
黒百合の「目的」。それは―――――――
黒百合「……世界の"破壊"…。」
自分の掌を見つめながらそう呟く黒百合。
彼は「怒り」の中で生きてきた。その"過去"故に。
この神社にやってきたのは理由がある。
そう、ここは彼女……国土亜耶がよく来る神社だ。ここに来れば、会えるかもしれない。そう思って、足を運んだ。
唯一、今の世界で"神託"を受けられる少女…国土亜耶。
変革した世界の中、その特性故に敵からも味方からもその能力に着目されている。
そう言う意味では、彼女には自由が無いのかもしれない…「最重要護衛対象」とされている彼女は、宗主・乃木園子よりも重要人物として世界からマークされている。
そんな"特別"な彼女に、自分の目的である「世界の破壊」を告げたらどんな顔をするだろう…「世界」そのものに振り回されている彼女の考えはどうなのか、それが聞きたくてここに来た。しかし、待てど暮らせど件の人物は来ない。
長居は出来ない、移動しようとしたその矢先…黒百合の前に少女が現れた。
友奈「…貴方は……!!。」
結城友奈。
これまた、とんだ大物だ。二年前、今の亜耶と同じ…いや、それ以上に世界に振り回された少女が目の前に現れた。これは、偶然の産物……そして、伝説的となっている「友奈」の名を持つ少女…神に最も"愛された"少女。
当然、自分を警戒する。それもそうだろう、自分は"新生大赦"から追われている身だ。だが、逃げようとは思わない。
黒百合「……あんた一人か?。」
友奈「…黒百合…っ!。」
端末を取り出し、どこかに連絡しようとするが当然、そんなことはさせない。
今は、邪魔者には用はないのだから…そう思う黒百合は一瞬で背後を取る。
友奈「っ……!?。」
黒百合「下手な真似はよせ。首と胴体がお別れすることになるぞ?。」
友奈「……わかったよ……。」
そう言って、端末を下げる友奈。黒百合もまた、手にしていた「生太刀」を下げる。
黒百合「少し時間を取らせる。あんたで良い、聞きたいことがある。」
友奈「…私に……?。」
突拍子もないこの発言に、彼女の警戒心は一気に緩んだ。そして、黒百合自体も殺気を消した。
黒百合「あんたは…世界を憎んだことはあるか?。」
友奈「…それを聞いて、どうするの…?。」
黒百合「良いから答えろ。」
黒百合は友奈の顔を見る。
――自分を拾ってくれたのは『獅子座』だった。そして、彼女…『獅子座』もまた、"結城友奈"本人だ。
しかし、彼女は世界を憎んでいる。自分を"人"から遠ざけ、神という概念にその人生を狂わされてきた。それだけじゃない、大人たちも自分を"神"の化身と勘違いしてか、事あるごとに"特別視"したのだ。
そんな事、望んじゃいなかった…"勇者"になったせいでこうまで"自分"という「個」も見ない世界に失望して、自分と同じ考え…「世界の破壊」を望むようになった。
誰かが傷付くの事が嫌?そんなもの、ただの偽善だ。みんな自分が大事に決まっている。だからこそ、"特別"な者に全てを押し付けてくる…そんな世界を感じたからこそ、『獅子座』は"結城友奈"という名を捨てた。
そして、彼女の真似事をするように自分も名を捨てた…だから今、"黒百合"という名を名乗っている。
そして友奈は、こんな事を聞いてくる黒百合に違和感を感じる。
どこか、"憎しみ"のような深い闇を感じて。
だが、その質問に友奈は当然のように、こう返した。
友奈「そんな事、あるわけないよ。」
黒百合「…何故だ、あんたは神と世界に散々振り回されてきたんじゃないのか?。」
友奈「そうだよ?でも、誰かを憎んだって何かが変わるわけじゃない…私は成すべきと思ったからこそ、現実を受け入れた。心が折れそうになった事もあったよ?でも…やっぱり、誰かが泣いているのが嫌だった。」
黒百合「そんなのは偽善だ。人は他者の事を考えない、理解しない。その渦巻く悪意の中でいつも苦しむのはあんたのような人間だ。」
友奈「苦しんだって、それは一瞬の事だよ。」
黒百合「だからって、他者の為に血反吐を吐くと?バカバカしい。俺は現実を知った、"過去"を知った。この世界は嘘だらけだ、神と真実を知る者が都合よく世界を回していただけにしか過ぎない。本当の自由なんてものは、最初から無かったんだ。」
友奈「でも、その世界の中で貴方は生きているんだよ?。」
黒百合「そうだな、だから壊すと決めた。このくだらない世界を壊して全部無くなればいい。そうすれば、嘘も真もないだろう?。」
友奈「ダメだよそんなのっ!!。"今"を取り戻すために戦ってきた人たちの思いが全て…!。」
黒百合「それはただの"呪い"だっ!。」
友奈「呪い…?。」
黒百合「"今"を取り戻すためにずっと祈り、託されてきたと言いたいんだろう!?。ご苦労な事だよな、300年もの月日の中でその"祈り"は"呪い"に変わっていったんだよっ!。世界が変わっても人は変わらない!。その"祈り"さえも"呪い"に変えられるんだからな!。」
友奈「違う!。それは…!。」
黒百合「俺はこの理不尽な世界を破壊する!。その為ならなんだって利用してやるさ!。」
友奈「させない…!。」
友奈は意を決した目で端末を取り出す。
友奈(…彼を止めるために私はもう一度だけ…!。)
――"勇者"になる!。
ディスプレイに表示されたアイコンをタップ。
眩い光と桜の花びらに包まれてその姿を変える。
対する黒百合はそんな姿を見て、静かに「生太刀」を抜いた。
―――"擬似勇者外装"の伍式。
かつてのあの姿に酷似したその外装は友奈の新たなる力だった。
拳を握り締めると、電撃が走る。手甲は馴染んでいる、もう一度…戦う決意を込めて。
その瞬間、爆発的な踏み込みで友奈は突撃。黒百合と激しくぶつかり合う。
黒百合「驚いたな!人が傷付くのは嫌なんじゃないのか!?。」
友奈「嫌だよ!?。でも、誰かを傷付けようとする人はもっと嫌だ!!。」
凄まじい拳圧。受け止めた黒百合はその余波で腕が痺れる。
黒百合(…噂以上の…!。)
友奈「どうしてそこまで世界を憎むのか教えて!。貴方の事を知りたいんだ!。」
黒百合「偽善を振りかざす奴になど…!。」
「生太刀」を振るい、空気ごと切り裂く黒百合。しかし、友奈は身体を逸らせてその斬撃を避ける。
黒百合(直感で避けた!?。本物の"勇者"は一味違うな!!。)
友奈「だああああっ!!。」
強烈な拳の乱打。「生太刀」を盾に受け続けるが流石に何発かはその身体で受ける。
一発一発が重い…友奈の格闘術は二年前よりも洗練されていた。
あの時、園子からこの「疑似勇者外装」の開発について聞かされた時から夏凛に劣らないほどの鍛錬を積んできた。正直、戦うことに戸惑いはあった。園子もその事を重々、承知していた。最も、人を傷付けることが嫌いな彼女は「対人戦」には向いていない事が。だから、無理強いはしなかった。最悪、一人でも同意しなければ彼女は"旧勇者部"のメンバーにこの外装を纏うことが出来るアプリを送らなかったという。しかし、全員は事態を受け止め、決断してくれた。もう二度と、戦うことが無いはずなのにこの時代の為に戦う次代の"勇者"達の為に。
その思いを拳に乗せて黒百合に挑む。
鈍い音がこだまする。直後、黒百合は地面を滑りながら後退。その腹には受けた攻撃の跡がくっきりと残っていた。
友奈「はぁ…はぁ……。」
黒百合「ごふっ…流石だな…こんな強敵、今まで対峙したことが無い…本物の"勇者"の強さは伊達ではないということか…。」
友奈「"勇者"に本物も偽物も無いよ。成すべきと思った事に一直線になれれば誰でも"勇者"なんだから…。」
黒百合「…フン……あんたはあの人とは真逆だ。世界の真実を知っても絶望しなかった。だが、そんなのは異例だ。大抵は受け入れられずに腐っていく。あんたのように心の強い人間なんてそうは居ない。そう言った人間に寄り添った事はあるか…?。」
黒百合の雰囲気が一気に変わる。
「憎悪」。その一言に尽きる。彼の抱える静かな「怒り」が、戦意を掻き立てる。
黒百合「世界から爪弾きにされた者の怒り…俺もその一部だ。世界の真実を知って、受け入れられずに腐っていく…そしてそのやり場のない怒りはやがて「憎悪」となって、世界に残り続ける。この「大葉刈」だってそうだろう?。」
「生太刀」から「大葉刈」へと武器を変えた黒百合。先ほどとは打って変わって訳が違う。
黒百合「世界の真実を知る者によってこの世界の歴史は操作されて来た。本当の事を知らずに過ごし、死んでいった者はさぞかし幸せだっただろう。だが、全ては偽りの中で生きてきた…神と人の「取引」によって、この世界は都合よく回されてきたんだ!。そして、真実を知った者が革命を起こそうとすれば、批判が生まれ罵倒される!。知らない者によってな!!。」
友奈「っ……貴方は……!。」
黒百合「俺のこの「怒り」の理由を知りたいと言ったな?。良いだろう、教えてやる…俺のこの「怒り」は……!。」
飛び出した黒百合から冷たいオーラが放たれる。
友奈はすかさず防御態勢に入るも……。
黒百合「―――嘘と知りつつも、世界を守ってきた"勇者"達に対する「怒り」だッ!。」
「大葉刈」から放たれた斬撃はまるで時が止まったかのように静止。両腕を交差して防いだ友奈は歯を食いしばる。
そして……一気にその場周辺が薙ぎ払われた。
叫ぶことなく、友奈はその場に倒れる。そして、そのすぐ目の前には満身創痍の黒百合が。
黒百合「……覚えて…おけ…俺のこの「怒り」は…分かち合えない……。」
弱々しくその場を去る黒百合。友奈は薄れゆく意識の中、「疑似勇者外装」が強制解除された。
友奈「――黒百合…貴方…は……。」
彼の「怒り」。
友奈はそれを感じ取った後、意識を手放した――――
…………………end。
黒百合の「怒り」。
それは、"勇者"に対するも野だった。
偽りで塗り固められたこの世界を守り、そして真実を知った者が世界から省かれる。
それを知った友奈が出す答えは―――
その一方、休暇を与えられた防人達は園子が貸切った旅館でその身体を休めていた。
次回
第47話 戦士達の休息。