自分が楽しむために。強い者と競いたいが為に。
その者はこう、呼ばれていた。
――狂人…と。
~新生大赦・本殿~
送られてきた情報を見るその少女…乃木園子。
彼女は"新生大赦"へと名を変えた現大赦の宗主…つまり、この世界を見届ける使命を背負った立場だ。
この選択は自分の意思だ。神樹が消え、路頭に迷い始めた世界を束ねるべく、自らがその先頭に立って人々を導く。
これが、彼女が自分に課した最後の"責任"だった。
勇者という立場もあった…それよりも、「乃木家」という家名が大きく影響したことが一番の理由だった。
「乃木家」…それは、西暦時代に覚醒した初代勇者である「乃木若葉」を先祖に持つ家系だ。
その影響力は凄まじく、300年経った今でも色褪せていない。そして、"大赦"と呼ばれる組織においては「上里家」と双璧を成す圧倒的な権力を保持している。その家系の娘ということもあり、信仰していた神亡き今、そして代々「巫女」の家系である「上里家」が表舞台に立つ事は違うと感じた彼女が自らの青春を投げ打ってまで、世界の為にその頂に立つ事を決めたのだ。
若干「16歳」…本来ならば、青春に満ち溢れた学生生活を謳歌するはずだった。これまでの功績を考えれば、それは誰もが許す事だろう。しかし、"勇者"であった事、世界の真実を知っていた事、そして…「乃木家」という事。
その責務を負う為に、自分自身でそう決めた。かつての"先祖"のように。
その小さな背中にのしかかったものはとても重いものだ。一人で背負うには到底、無理がある。
だけど、全てが分かっているうえで選んだ道だ。だから、後悔は無い。
これが、今の"乃木"を背負う者の…覚悟だ。
――――――――――――――――――。
園子「……へえ…亜耶ちゃんをね~……。」
「双子座」と交戦したしずくと流星の報告から、彼らの計画が大きく動き出したことを察した園子。
"国土亜耶の拿捕"……それは、彼女の持つ能力に『三神官』が目を付けた事。
その能力についてはとっくに知っていた事だけに、ここ最近の動きを見るにきっとその為の下準備を行っていたのだろう。そして、今になって"使徒"が動き出したことは、彼らの計画がいよいよ大詰めになった事が予測できる。
玲司「…以上が、山伏達からの情報っス。因みに高崎ですが…完全に、敵になっちまいました。あの様子だと、「双子座」の力を使いこなせているかと…。」
園子「…残念だね。彼女の目的は生き別れた片割れの妹さんを探す事…離婚したご両親は旧大赦とゆかりある機関で働いていたそうだから、防人になればきっとその答えに辿り着けると思ったんだろうね。実力共に有望な人だったけど…仕方ない。願わくば、その妹さんと静かに暮らしてくれる事を願いたかったけど…。」
玲司「…宗主様、高崎の罪は……。」
園子「…重罪だよ。妹さんと一緒に、その力を高める為に各地で騒ぎを起こしているんだから…貴方の気持ちも分かるけど、流石に私情は挟めないかな…。」
玲司「分かってます。だからこそ、これ以上の罪を重ねる前に妹共々、捕まえて反省してもらいてェって思うんです。」
園子「…そっかぁ…うん、久遠さんはとても優しい人なんだね?。」
「優しい。」
その言葉に、玲司は表情が曇る。
玲司「そんなんじゃねェっすよ。全体で見れば、俺も楠達に押し付けてる無能な大人の1人だ。いつだって、血と涙を流すのは神に見初められた少女達…そんな時代が終わったっていうのに、それでもまだアイツらに委ねる事しか出来ねェのが何よりももどかしいんスよ。だからせめて、アイツらに寄り添えるような大人が1人でも多く居る必要がある…やってる事はただの保護者面した偉そうな大人って事っスよ。」
自分を卑下する玲司に、園子は歩み寄る。
そして、頬を叩くような仕草で手のひらを彼の頬に添えて。
園子「…ううん、そんな事は無い。2年前、私達は大人という存在が信用出来なかった。事あるごとに、"勇者"である私達に頭を下げて大きなお役目を懇願するような人達を見て、「どうして」って思ってたから。」
――――――――――――――――。
2年前…いや、それよりもさらに2年の月日を遡り、小学生の頃から彼女は"勇者"になっている。
代で言えば、初代勇者に次ぐ新たな勇者…"二代目“ということになる。
本当は、もっと多くの"勇者"が居たのかもしれない。しかし、それは旧大赦が揉み消した歴史の真実の影に隠れてしまった人たちだって居ないとは言い切れない。だから、自分達が何代目なのかなんて分かりもしないし、どうでもいいことでもあった。
だけどあの時、友奈の元に集まった多くの"英霊"達がそうだったのだろう。"神"という存在に振り回され、自分と同じく頭を下げる大人達を見てきた人達…つまり、"勇者"達だ。
当時の彼女達がどう思っていたかは分からない。けど"勇者"という存在になった事で、大人達への信頼を無くした者が少ないとは思えなかった。
本当は、導いて欲しかった。寄り添って欲しかった。
ただ1人、寄り添ってくれる人はいたがそれ以外は自分達に己の運命さえも押し付けてくる重圧を与えてくる大人達ばかりだった。
…私達は、何のためにここにいるの。何のために、痛い思いをしているの。何のために…生きているの。
当時は、そんな感情でぐちゃぐちゃになるほど精神が摩耗してしまっていた。
だけど、久遠のような考えを持つ人がいる事に、園子はあの"選択"が間違えて無かったんだと…そう、思えた。
だからこそ、彼のその卑下を否定したかった。もっと、胸を張って言って欲しい…そう思って。
園子「だから、もっと寄り添ってあげて欲しい。否定されても、諦めずに…寄り添ってあげて。"特別"である私達は力はあっても、心はまだ幼い…私が思う"大人"って、心がずっと太い人達って思ってるから。そこだけは…絶対に敵わない領域だから。"力"は任せてくれていい、でも"心"だけは…支えてあげて。」
玲司「…了解っす。身に染みました、宗主様がそう言ってくれんなら俺も前を向けるってもんスよ。」
園子「ふふ、よろしくね〜?。」
あっけらかんと笑う園子は、その場から去っていく。
そこに、影から見守っていた安芸がやってくる。
安芸「人の事言えないでしょうに。全く、乃木さんったら無茶を隠すのが下手ね。大きな問題を前に、何とかしようと考え込んでいる…。」
玲司「先輩…それって…。」
安芸「ええ…自らが動くつもりよ。仮にも彼女は…"最強の勇者"でもあるから…――。」
安芸(そして、それを"止めない"事。乃木さん、いつだって貴女は…。)
厳しい局面に立ち向かおうとする―――。
――――――――――――――――。
本殿から飛び出した園子が持つものは、「擬似勇者外装」の"零式"…いわば、そのプロトタイプ。
自分が主導となって開発を進めた次代の勇者システム…神の恩恵が無い"人造勇者"とも言えるもの。
当然、友奈達だけに任せておくつもりなんてなかった。
その“零式"の存在を知るのは自分と安芸のみである。そして、それを持ち出す事は本当の有事だと言う事。
これは、園子と安芸の間に交わされた"盟約"なのだ。
辺りが暗くなる…分厚い雲が太陽の光を遮り、今にも雨が降りそうになる。
そして、その暗雲が体現したかのように目の前に1人の男が現れた。
「あらあら…これはこれは、宗主様じゃあありませんか。」
声だけで分かる。
…まともじゃないと。
園子は思わず身構えた。
園子「…あれれ。おかしいな…私、怖いのはお化けと友達が傷付く時くらいなんだけどな…。」
無意識に、身体が震える。
声を聞いただけで、本能的に警鐘を鳴らしているのだろう。
…ヤバい相手だと。
その男は「蠍座」のマークを施した仮面を付けていたが、外して地面に捨てる。
そしてその顔を園子は……知っていた。
園子「…貴方は!!。」
スコーピオン「ああ…知ってんのか。まぁそうだろうな、悪名高いからなぁ……悪い意味で有名人だ。でも、昔の名前は捨てた。今は「蠍座」を名乗ってる。」
赤い髪の男…そう、数年前の"反大赦団体"が引き起こした「上里家襲撃事件」でその人間を殺した張本人…その残虐性故に件の団体が解体されてからは旧大赦によって身分諸共、抹消された人物だった。
当初は警察部隊によって逮捕され、終身刑を言い渡されて収監されていたが獄中死したと報告が上がっている…今思えば、『三神官』によって捻じ曲げられた情報だったのだろう。彼らの手引きで脱獄し、"邪神教団"に入り「蠍座」として第二の人生を歩んでいたのだ。
園子にとっても、あの事件は大きな意味を持つものでもある。
親交の深かった「上里家」の人間…ましてや、その娘であり自分と同じ歳の子供が殺された事件なのだから。
そして、園子の身分を知っている「蠍座」はその頃を思い出すかのように当時の事を語り始めた。
スコーピオン「別に殺すつもりなんて無かったんだけどな。身代金を奪って活動資金にしたいっていうもんで攫ったんだけど…ビービー喚くからイライラしちまってな。脅すつもりがナイフを喉にブッ刺しちまった。まぁ、事故だ。よくあることさ。」
淡々とそう言う「蠍座」に、園子は珍しく「怒り」を露わにする。
普段、感情に駆られる事なんて殆ど無い。ボーッとしてはいるが、物事の大局を冷静に見極められる彼女はいつだって「最適解」を導く為に思考を働かせる。
特に、宗主となってからは謀(はかりごと)を巡らせる機会が多く訪れるからだ。
でも、今だけはこの男が許せないほどにまで憤りを感じている。自分でもよく分からないが、これが怒りに「呑まれる」ということなのだろう。
気が付けば、「擬似勇者外装“零式"」を起動させようと画面を切り替えていた。それに気が付いた「蠍座」はまるで、おもちゃを与えられた子供のように満面の笑みを浮かべながら―――
スコーピオン「いいぜ乃木園子!。最っ高だッ!まさか、お前までその外装を持っていたなんてなッ!楠ってやつにも興味はあったがお前の方が楽しめそうだ!。何せ、"最強"と呼ばれた"勇者"と戦えるんだからなッ!。」
二振りのナイフを取り出す。
「蠍座」の得物は2本のロングナイフ。
その刀身は紫色に怪しく光り、毒々しい雰囲気を放っていた。
園子「…快楽的な戦闘者…貴方には『三神官』の理念なんてものは関係無いんだろうね…まるで、人の皮を被った"バーテックス"だよ。」
ふぅっと、深呼吸した園子は胸に手を当てる。
園子(マズイね…冷静になれないや…こんな人が亜耶ちゃんの前に現れたのなら、最悪な事に…だったら…ッ!!。)
「擬似勇者外装“零式"」を起動。
咲き乱れるスイレンの花弁が彼女を包み込む。
紫色の衣装に、防人に似た武骨な装甲を胸部と頭部に装着。手には馴染んだ槍。花弁を振り払うと、その姿が現れた。
それを見た「蠍座」の戦意は更に高揚する。
スコーピオン「はっはぁッ!。"勇者"でなくとも、威圧感はスゲェな!。全身がビリビリしやがるッ!俺を楽しませてみせろよッ!。」
園子「貴方のような狂人を野放しには出来ないよねッ!。命を軽んじてる人は大っ嫌いだから、私ッ!!。」
同時に地面を蹴って飛び出す両者。
"最強"と"最悪"。
その二つが、激突する―――
……………………………end。
狂人と激突する園子。
戦闘者としての練度は彼の方が上で、特に対人戦に関してはリードを許す戦いへと発展してしまう。
しかし、彼女はそれでも強かった。
かつて、自分達を守るために獅子奮迅の戦いを繰り広げた"親友"の姿を知っているから。
守る為に戦う。
それが…強さだから。
次回
第55話 背負う者、閃光の園子。