大切な親友…時間…。
でも、振り返らない。失くしたものはもう戻ってこないから。
だから、戦う。
――背負う者として。
降りしきる雨の中、その場にこだまするのは刃と刃がぶつかり合う音のみ。
叫びもなく、ただ淡々と互いの刃が交差する戦場となっていた。
互いに一歩も退かないこの戦いはレベルの高さを感じさせる。
雨は次第に強くなり、拮抗状態が続く。
そして、互いに弾き合っては睨み合う。
体力的には園子の方が消耗が激しい。相手は、人を殺すことに何の躊躇も無い人間だ。
それ故に、対人戦に対するメンタルが根本的に違う。相手が許せない人間だとしても、人を傷付ける事に躊躇してしまう所はどうしても拭えない。
そして、それは奴も理解している…そこを突いてくる可能性だって考えられるし、恐らくだがこれは全力では無い。遊び半分に楽しんでいる節が見受けられる。
故に、こちらも力の出し過ぎには注意しなければいけない。これは、戦いにおける基本だ。
スコーピオン「…どうした、もう息切れか?。」
いやらしく、そしてわざとらしく「蠍座」はそう言ってくる。
分かってて言って来ているのだろう。こちらがやせ我慢を貫いて「問題ない」事を言うと、嬲るように力をセーブして仕掛けてくる。
この人間の性格の事だ。"狩り"を楽しむ為の最上の方法を知っている。
狩る対象を極限にまで追い込み、無力さを実感させた後に力によって叩き伏せる。
特に、自分のような人間だとそのやり方が有効だろう。
園子(…だからと言って、力の差を認めてしまえばそれこそ彼の思うつぼになる…どうしよっかな…。)
小さく息を吸い込み、槍を握り締める手が自然と強くなる。
殺戮を楽しむ人間…こんな人間を相手にしたこともない。いや、人間と言っていいのか…彼は人の皮を被った"化け物"そのものだ。
躊躇してしまえば一気に仕掛けられる…かといって、急ぐこともまた、自殺行為だ。
相手の力量が分からないままにその行動を選択するのは得策ではない。
強くなる雨のせいで体温も失われる…そうなると、低体温による判断力の低下にも繋がる。
そして、体勢を整える為に一度退けば、亜耶の下に向かわれてしまうだろう。
だから、"選択"は一つしかない。
園子「…貴方こそ、その程度?。」
――"挑発"。
ここは強気に出よう。賭けになるが、彼の持つ"能力"が分からない以上は下手に動かないほうがいい。
だから耐えて、この"戦局"を支配しなければいけない。
強がりも戦術だ。冷静に見極めてこの難敵の底を探ろう。
そう思って、警戒心をより一層強くする。
その刹那、「蠍座」が迫ってくる。
スコーピオン「いいぜ、その"挑発"に乗ってやる。」
爆発的な踏み込みに、園子は思わず予想が覆る。
ここまで早いなんて…それに、こちらの"距離"を潰してくる。
防御が間に合わない…園子がした選択は――。
園子「ぐぅ…っ……!?。」
左腕を盾に、この刃を受けきる事だった。
幸い、刃は腕に食い込んで止まり、身体には届かなかった。ポタポタと落ちる鮮血と灼熱感に思わず表情が強張る。
だが、腕に力を込めてその刃を逃さまいと。
園子「…とった…よ…っ!!。」
槍を手放し、鉄拳を「蠍座」の頬に打ち込む。
堪らずのけ反り、ナイフから手を放す「蠍座」。殴られた箇所が凹み、血を噴き出す。
痛みを押して腕に刺さったナイフを引き抜いて地面に投げる。
地面を転がった「蠍座」は起き上がり、口の端から流れる血を拭う。
スコーピオン「…まさか、ぶん殴ってくるとは予想外だったな…結構、良いパンチを放つじゃねェか…。」
園子「……まあね…これでも、格闘術はそれなりに体得してたから……っ…!。」
…左腕は使い物にならない。
力がほぼ入らない。多分、骨で受け止めたのだろう。痛みも激しく、思わず玉のような汗が吹き出てくる。
それに、この"灼熱感"は……?。
そう思っていると、「蠍座」は不敵に笑みを浮かべる。
スコーピオン「回りが早いだろ、俺の"毒"は。」
園子「……毒……?。」
「蠍座」は落ちたナイフを拾い上げ、ギラつくその刀身を見せる。
スコーピオン「そうさ。ま、今回は致死性じゃあねェが、これが俺の"能力"…教えてやるよ、"十二星座の使徒"の中には、こうやって"バーテックス"特有の能力を自由に引き出せる奴がいるのさ。「乙女座」のような"虚神"にならなくても、ある程度の力は任意に引き出せる…。」
園子「…何となくは分かってたけど、それは…厄介だね…。」
スコーピオン「は…お前ら"勇者"も似たようなモンだろうが。ま、その中でも俺は特に"相性"が良くてな……他の奴らは"バーテックス因子"に振り回されて暴走の危険性を孕んでやがるが、俺は違う。俺は"スコーピオン・バーテックス"を飼い慣らしているのさ!。」
園子「…それは…勘違いだと思うよ。」
槍を拾い上げ、ゆっくりと構える。
園子「"バーテックス"の力は絶対に危険だよ…それは"人間”に扱える代物じゃない…その力に手を染めた時点で貴方は人間を捨てている…でも、それ以前に貴方は……。」
目を開き、臨戦対背に入った園子はとても美しく…そして。
園子「――"あの時"からもう、"人"じゃないけどね。」
――恐ろしかった。
途轍もない威圧感。
それはまるで、"初代勇者"であり自らの先祖、"乃木若葉"を連想させる。
だが、この"狂人"はそれでも……"楽しむ"。
スコーピオン「いいぜ乃木園子!。やっぱお前は最高だ!。俺の相手が務まる奴なんざ、「獅子座」しかいねェと思ってたが、まだこの世界にも居たなんてな!。それに、おもいっきり殺し合える奴だ!。」
園子「貴方の「お遊び」に付き合ってられないよ。でも、野放しには出来ない。貴方はこの世界に災いを呼び込む権化だよ!。」
負傷した左腕は最早、機能していない…だが、片手で握る槍の精度は先ほどよりも鋭く、「蠍座」の反応速度を上回ってくる。
スコーピオン「ヒャハっ!。やるなァ、俺が刻まれてらァッ!。」
園子「きっと、"あの子"も怖かったと思うッ!。人の命を軽んじて、奪うことに戸惑いが無い…それどころか、お遊びのように楽しんでいるその狂気的な姿がきっとッ!。」
あの事件…「上里家襲撃事件」で彼によって、命を奪われた少女…「上里日菜子」の事を思う園子。
今の彼を見ていると思う…あの団体に所属していたのだって、その理念に賛同したからじゃない。きっと、"争い"が起こると踏んだからだ。
最初から、彼の頭の中には「争い」しかない…人を捨てることだって、自分の「争い」のレベルを上げる要因としか思っていない。
それがあの悲劇を生んだ。
「反大赦団体」の人たちは殺すつもりは無かったのかもしれない。だが、彼がその全てを狂わせた。その凶暴性故に、「神刑」すらも執行されなかった。当時の神官達も「神」の裁きですら戸惑ったのだろう…歴史上から"彼"という存在を消す…。
これしか、考えられなかったのだろう。
今ならそれが分かるかもしれない。
この人間だけは……"存在"しちゃいけないと。
園子「だから私は貴方を許さない!。絶対にッ!。」
感情のままに、園子は槍を振るう。
だが、片手では限界がある…段々と、精度が落ちてくる。
だが、関係無い。
それでも、「蠍座」の攻撃を防ぎながら泥臭く戦闘を続ける。
それは次第に、「蠍座」の余裕を少しずつ削っていく事に繋がった。
スコーピオン(精神力で押して来やがるか…コイツに心理戦は無駄だな…。)
冷静に園子の猛攻撃を分析する「蠍座」。
戦闘狂というだけではなく、冷静に相手を分析出来るその思考も恐ろしさの一つだ。
だが、そんな彼でも越えられない"壁"がある。
スコーピオン(乃木園子…俺が唯一超えられねェ「獅子座」に匹敵するかもと期待したが…所詮はガキだ。勢いで俺を凌げると思い込んで……。)
反撃の機会を伺っていた矢先、園子の"一手"に思わず度肝を抜かれた。
スコーピオン「おいおい、マジかよ…!。」
動かない左腕の代わりに、召喚したもう一振りの槍を思念のみで自在に操る園子。まるで、意思を持ったかのように彼女の猛攻撃に合わせて来る。それは徐々に「蠍座」を削り、状況を覆しつつあった。
スコーピオン「そんな芸当を隠してたなんてなァ!。ますます、気に入ったぞ!。」
園子「貴方に気に入られても嬉しくはない…よッ!。」
右手で握り締めた槍の柄で殴り飛ばして距離を離した園子。
だが、彼女の体力もそれなりに消耗していた。
園子("毒"の効力が結構堪えるね…死ぬほどではないけど、確実に身体が痺れて来てる……左腕に力が全く入らない…いつまで強がれるかな…!?。)
仕込まれた"毒"に、園子の体力は奪われていく。
その気になれば、即死級の猛毒だって仕込めたはず…恐らくだが、一撃で殺す事に愉しみを見出していないのだろう。"毒"は嬲る為の手段であって、本質は対象を絶望に染めて殺すこと。
この殺戮者は自分の力を誇示し、相手に思い知らせてから殺す「狩り」がその本質だ。彼にとって、この戦いそのものが自分が愉しむ為の「狩り」でしかない。この環境と状況…まさに、うってつけだろう。
現に、毒による消耗と大雨による体温の低下で徐々に弱ってきている。それは自分がよく知っている事だ。
だが、弱気にはなれない。この背中には、守るべき者があるから…そして、自分はその全てを"背負う"と決めたのだから。
――これが、かつての"ご先祖様"が思っていた事と同じことなのかな。
そう、心に呟くと不思議と身体の中から熱意が込み上げてくる。
園子(…私は、強い人をたくさん見てきた。守る為に絶望しなかった"ミノさん"…どれだけ過酷な状況に追い込まれても生き残る事を諦めなかった"勇者部"のみんな……そして、全てを背負って次代に託した"ご先祖様"…私はその全てを知ってる…だから、私もその強い人達と同じように、心を強く持つんだ…そう……!。)
――"背負う者"として…!。
目を見開くと同時に飛び出す園子。
その速度はまるで音速の如く、一瞬で「蠍座」の懐に飛び込む。
スコーピオン(潜られた!?。だが、この距離で槍は振れまい…!。)
園子「私は乃木園子!。この時代を"背負う者"ッ!!。」
スコーピオン「っ…!?。」
――何故か、動けない。
確実に、自分のナイフの方が上だ。この距離で放つには確実に勝てる手段。だが何故か、身体が動かない。
…ビビっている?。この気迫に、魂に?。
その刹那、園子の一撃が「蠍座」に炸裂した。
飛び散る赤い液体。雨に濡れ、一瞬で薄くなるがそれは確実に…。
――だが。
スコーピオン「ぐおお……ッ……!?。」
…擦り傷だった。
放った閃光のような突きは確かに彼を捉えていた。
だが、当たるすんでで「蠍座」は避けていた。それ故に、この一撃は脇腹を掠る程度でしかなかった。
…原因はすぐに分かった。
回る毒と失われていく体温による鈍化…だが、それ以前に。
――殺す事に、ほんの一瞬だけ"戸惑った"。
力が一気に抜けたのか、槍を手放す園子。
ガランと、地面に落ちた槍が転がっていく。そしてその勢いのままに、彼女は体勢を崩して地面を転がる。
やってしまった、ここ一番の時に。
後悔に苛まれる中、戦意だけは失っていない。もう一度立ち上がり、さらに一手を…そう思っていたが、「蠍座」は動かない。
園子「…えっ…どういうこと…?。」
訳がわからない園子。すぐに反撃される事を予見していたが、何もして来ない事に余計と困惑する。その時、「蠍座」の頭の中は先ほどの"気迫“によって一瞬だけ動きが止まった事に対する戸惑いで溢れていた。
スコーピオン(ありえねェ…この俺が"ビビった"?。今のは確実に俺の勝ちだった…あんな単純な手に脇腹を少し抉られただと…それだけじゃねェ、反撃しようとも思わなかった……まさか、このガキの"気迫"に押されちまった?ほんの一瞬でも、押されちまっただと…!?。)
今まで感じた事のない"恐怖感"に、思考が追いつかない。そして、頭の中でその"疑問"を投げ続ける。脇腹からしとどに流れる血を押さえ、振り向く「蠍座」。
スコーピオン「…クソが…興醒めだ。勝負はお預けにしてやる、命拾いしたな、乃木園子。だが…テメェは俺の標的だ。使命なんかよりも先にテメェを殺してやる……。」
ほんの一瞬だけだが感じた"恐怖感"に悔しさを募らせた「蠍座」は雨の中に消えていく。そして、戦いを終えた園子は気が抜けたのかその場に座り込む。
園子「…はぁああ〜ッ…何とか、退けられた……かなりヤバかったね……。」
毒の効力はいつの間にか消えていた。やはり、死ぬほどのものでは無かった。単に身体を痺れさせる即効性の毒だったのだろう。これがもし、致死性の高い猛毒だったら…なんて考えると恐ろしい。だが、あの狂人を退けた事に今はホッと胸を撫で下ろしたい。
園子(…何故かな…あの時、一瞬だけ"ご先祖様"と"ミノさん"が隣に居た気がする……「蠍座」はそれを感じた?。いや…考えすぎか…でも、彼は放置出来ない……彼そのものが、私が戦う"理由"なのだから……彼がいる限り、あの事件はまだ"終わらない"のだから……――――。)
……………………………end。
数年前の「上里家襲撃事件」はまだ終わっていない。
「蠍座」。彼が生きている限り、あの事件は終幕を迎えられない。
園子の"戦い"はまた一つ、大きなものとなっていく。
そして数日後、亜耶は教団が本格的に自分を狙いに来た事を知る。
自分に何か出来ることは…そう考えていた時、彼女は敵となった峻輝と再会する――――。
次回
第56話 貴方が"泣いている"から。