けど……。
死なせたくないから、守るんだ。守ってもらうために……。
勇気を出せば、何かが変わるかもしれない…。
今は,そう思っている―――。
――私は臆病者だ。
小さい時から些細な事で怯える性分だ。近所の犬に吠えられただけで通学路を変えたこともある。噛まれるかもしれない…そんな、「かもしれない」というリスクが一つでもあれば全力で回避を選ぶ。
だって、怪我したくないし痛いのは嫌だし…怖いのも嫌だし。
感染症にでもなったら死んじゃうかもしれないし…そう、人は簡単に死ぬんだ。何気ない日常の中でも、「死」は常に隣り合わせにある。
登下校中に車に轢かれるかもしれない、川の近くを歩くと落ちるかもしれない、海に行くと溺れるかもしれない。小さい時はそんな事を考えながら過ごしていた。そう、私は歳を重ねる毎に「死」という概念に敏感になっているのだ。だって、2年前に本当に死ぬ思いをしたんだから。
そして、小さい頃は怖い人を見ると「いじめられるのではないか」という、ネガティブな思考を持つ者特有の怯え方故に、常にクラスや組織で一番ヒエラルキーが高い人物に取り入り、守ってもらうのが幼少期からの処世術だった。
メブに近付いたのもそうだ、あの子は訓練生時代に三好さんに次ぐ優等生だった。三好さんに負けちゃったけど、それでも「防人」のリーダーとして抜擢された実力者。何かと「私を守って」と主張して近づいたのも、そういった下心によるものだ。
強い人の後ろに隠れていれば、私は何もされないし生き残れる。
当然、そんな処世術に対して、周囲から「格好悪い」「媚びへつらっている」といった陰口を叩かれる事もあり、私自身もそんな自分の姿に自己嫌悪を抱いている。そのため、自分がなぜ勇者候補生、そして防人に選ばれたのか理解出来ない、今もそう思ってる。
でも、何でかな…誰よりも臆病者で逃げ出したい気持ちなんて誰よりもある癖に、自分が一番生き残りたいって思ってるほど自己中心的なのにどうしてか……誰にも死んで欲しくない気持ちの方が強いんだ。
強い人が死ねば、次に死ぬのは私だ…それは間違いない。けど、その強い人を死なせたくない為に私は今―――。
―――こんな、"無茶"をしている。
…………………………………………。
雀「ぐぅううう………ッッ!。」
突如として襲って来た"使徒"の1人「牡牛座」と戦う私達「壱番隊」。
奇襲にも近い襲撃だった…不意を突かれたメブは気を失っている。
シズクと弥勒が応戦するも、この「牡牛座」は数をものともしないほどにまで強く、手強い。
私はメブを守る為に、「牡牛座」の攻撃を受け止めている。
その力強さに、全身が軋み始める。盾はまだ大丈夫、けどその前に私の身体がもたないかもしれない。ジリジリと、追い詰められてる感じはする…この状況、ちっとも良くない。
タウラス「往生際が悪いな!。そんな盾で防ぐことしか能が無い貴様に、この俺が倒せるか!?。」
雀「…倒せるわけないじゃん!。私、攻撃なんておっかなくて無理だよ!。」
タウラス「…フン、ならばそのまま潰れろ!。」
ズンっと、重みがのしかかる。
力を入れて来たな…私は盾を両手で構えるが、身体が地面に沈みかかる。斬ることが出来ないなら、このまま押し潰そうって事か。
シズク「加賀城、待ってろ!今……!。」
助けに入ろうと、シズクが前に出る。しかし、周辺の小さな怪物達がその邪魔をする。それは、弥勒も然り。
夕海子「っ…雀さんッ!。」
「強化装束」を発動させようと、アプリを見る。だが、何故か起動出来ない。
夕海子(…ッ…残滓のエネルギーが足りてないのですわ…ッ!。しかも、この人造バーテックス…神樹様の残滓を少しずつ、吸い上げてる…?。)
微かながらに、両手両足から光が見える。血管のような器官を通じて、大地に残っているエネルギーを吸い上げていたのだ。そう、亜耶と流星が弾いた攻撃を、もう一度放つ為に。
夕海子(マズイですわ…流石に次の一手は防げなくてよ!。時間がもうありませんわ…楠さん…ッッ!。)
「牡牛座」の攻撃を防ぐ雀の足元に横たわる芽吹の姿を見る夕海子。
怪物が邪魔をして助太刀に行けないこの状況で、雀に全てを賭けるしかない。
芽吹が目覚める時間を…稼ぐ為に。
――――――
雀(ダメだ…潰されそう…こんな最期は嫌だな……。)
…もう、力が限界だ。諦めた方が楽できるんじゃ……一瞬だけ、脳裏に過ぎる。
しかし、足元を見るとそこには気を失っている芽吹が。そして、2年前の事を思い返す…―――。
雀(そうだ…私はずっと、メブに守られて来た…それだけじゃない、シズクや弥勒にも助けてもらってばかりだった…私が生きて来れたのも、みんなが居たからだよね……それに、私が諦めたらメブが…ッ!。)
全身の骨が砕けそうにまで重く、踏ん張っているだけでも精一杯だ。
何でこんなにも重い攻撃を仕掛けてくるのだろうか…まるで、滅茶苦茶強い重力が掛かっているかのように、重すぎる。
今、私が諦めたらメブが死んじゃう。メブはいつも諦めなかった、どんな絶望的な状況でも、ほんの小さな蜘蛛の糸一つでも希望がある限り、そこに全てを賭けた。
「誰も死なせない」。
ずっと、信条にして来たことだ。その信条に、私も救われて来た。何度も何度も何度も、不利な状況に陥っても最後まで諦めなかったのはメブだった。
…だったら、勇気を出さなくちゃいけない。
今、メブを守れるのは…自分しか居ないから―――。
雀「ッ…うああ…ああああああッッ!。」
喉が枯れるくらいに声を出す。だって言うじゃない、力を込める時には腹の底から声を出した方がいいって。何も言わないよりはマシだ、声に出していると、私が諦めてないって思わせる事が出来る。勇気だって湧いてくる。
タウラス「フン…何が、そこまで貴様を駆り立てているのだ。頑張るだけ無駄だ、弱き者は淘汰される。いつの世だってそうだ、弱肉強食の世界ではそれが当たり前なのだ!。」
力を込めてくる「牡牛座」。まだ、余力があるのか…それに、「バーテックス」の能力を使ってない。相手の底はまだ見えていない。けど、今は気にしてる場合じゃない。私が諦めたら…メブが死んじゃうから。
雀「…そんなの…知ってるよ…弱いから隠れるんだ。食われたくないから、死にたくないから隠れるんだよ…ッ。」
タウラス「だったら諦めれば良かろう、逆らわなければ良かろう?。ソイツ1人を仕留める事が出来れば貴様らなど眼中になど無い…ッ!。」
雀「だけどッ!!。」
大粒の涙を流しながら、踏ん張って見せる。もう、涙で顔がぐしゃぐしゃだ。けど、言いたいことは全部言ってやるんだ。
雀「弱くても立ち向かわなくちゃいけない時があるんだッ!怖いから一回しかやりたくないけど、今がその時って思ってるからッ!こんな事、一生したくないんだからッッ!!。」
叫びと共に、盾が光り輝く。
そして、徐々にだが押し返し始めて。
タウラス「…何ッ…?。」
雀「勇気を出せば何かが変わるかもしれないッ!私、ちょっとは変わらなくちゃいけないからッ!!誰も死なせない為にッ!。」
…メブが泣いていた。
あの「肆番隊」の隊長が死んじゃった時。
…メブが泣いていた。
弥勒を置いてあの世界から逃げ帰った時。
…あれだけ強かったメブが、一回だけ折れた瞬間だった。あんなに強い人でも、折れちゃうことがある。そして、気付いたんだ。メブは強い訳じゃなかった。心が…強かったんだ。勇気があったんだ。2年前、みんな怖がっていたけどそれはメブも同じだったんだろう。誰だって、死にたくない。死ぬのが怖いに決まってる。だからこそ、誰も死なせない為に強くあろうとしたんだ。誰よりも、心を強く持って。
…だったら、私だって……―――
雀「死なせたくないからァアアアアッッ!!。」
魂からの叫び。
その声と共に、「牡牛座」の攻撃を完全に弾き飛ばした。
タウラス「なっ……!?。」
雀「もう…出て行ってよぉおおおお!!。」
盾を全面に突き出す。すると、複数の結界が一直線上に突き進み、「牡牛座」の身体を弾き飛ばした。
タウラス「ぐおおおおおっ!?。」
シズク「…マジかよ…あれ、加賀城がやったのか…?。」
夕海子「雀さん……。」
一歩、踏み出した勇気。それが、限界だった。
やり切ったかのようにその場にへたり込む雀。後から押し寄せて来た恐怖心で身体がガタガタと震える。でも、それと同時に少しだけ達成感に満ち溢れて。
―――しかし。
タウラス「…………油断した。まさか、こんな手を使ってくるとは。」
立ち上がった「牡牛座」はゆっくりと歩み寄る。その手には得物の斧。それと同時に、背後には……「タウラス・バーテックス」が。
シズク「ッ…ヤベェ…アイツ…ッ!。」
夕海子「逃げなさい、雀さんッ!。」
雀「そ…そんな事言われても…身体がもう……。」
眼前に迫った「牡牛座」が、斧を振り上げる。
もうダメだ…そう思った瞬間―――。
「よく頑張ったわ、雀。ありがとう、貴女に救われた。」
ガキンッと、金属音が響く。
その眼前に現れた人物に、雀は涙する。
雀「ぅうう……メブゥウウウウウウッッ!。」
意識を取り戻した芽吹がその凶刃を受け止めていた。
睨みを利かせながら、「牡牛座」を強引に引き剥がした。
タウラス「楠芽吹…ちっ…時間をかけすぎたか…!。」
芽吹「私一人を倒したくらいで、勝てると思わないことね。ここにいる仲間達でもお前を止める事くらい造作も無いのよ!。」
雀「ぇええ…それ、ハードル上げすぎじゃ……。」
芽吹「いいえ、本音よ。雀、貴女の勇気が私の命を繋いだ。2年前からずっとそうよ?。自分の事、弱い弱いって思ってるけどそうじゃない。臆病でも、貴女は誰よりも勇気がある。だから、最後まで逃げずに共に戦えたんじゃない。貴女がいなければ、ここにいる仲間達はみんな死んでたわ。ありがとう、また助けられた。」
雀「そ…そんな……。」
銃剣を突きつけながら、芽吹は「牡牛座」と対峙する。
芽吹「甘く見積もったわね。この子の"矛盾"は時折、私達でも予想だにしない結果を生み出す。それが今。さぁ、チェックメイトよ、大人しく
投降しなさい。」
形成逆転。
それは、紛れもない事実。いくら「牡牛座」といえど、防人4人の攻防を止めるのは無理に等しい。そしてそれは本人が一番よく分かっている。だからこそ、"この手"を使うのだ。
タウラス「…俺の本懐は貴様達をここで仕留める事。この"浄化"を成功させるべく、司教様達から直々に下された命を全うする。最早、命など惜しくはない。さぁ…その全てを見せてみろ。俺の全てを以って、地獄に変えて見せろ!。」
取り出した注射器。
それには、見覚えがある。芽吹は血の気が一気に引いた。
芽吹「待ちなさい!それを使ってはダメよ!。」
タウラス「それが俺の「覚悟」だ。フンッッ!。」
躊躇なく、その針を首筋に根元まで差し込む。
瞬間、身体が跳ね上がり背後の「タウラス・バーテックス」と融合し始める。
「虚神(うつろがみ)」。
彼もまた、"バーテックス因子"に支配された者だった。
"バーテックス因子"を制せない者の末路は異形と化す…その事実を知ってもなお、「牡牛座」は仕える者の為に人と命を捨てる。
人の形を保ちながらも、所々に「タウラス・バーテックス」の意匠が見られた姿…体の中心にはその特徴たる「鐘」があしらわれており。
そして…周囲を吹き飛ばすような怪音波を放つ。
頭が割れそうなくらいに響き渡る防御不能の音波。それは、周囲の怪物諸共全てを破壊する。
だが、彼女達は…耐える。
シズク「ぐっ…身体がバラバラにされそうだぜ…ッ…!。」
雀「ッ…私が……っ!。」
前に立つ雀。全員が、彼女に託す。
タウラス(虚神)『そのマま、砕ケRUガイぃいいッ!。』
最早、人と呼ぶには無理がある声色。何かが混ざったかのような、不協和音。まだ、人の意思を保っている。だが、こうなればもう生き物と呼べる状態じゃない。
化け物。
そう…この異形は「バーテックス」そのものだ。故に、"討伐"するしかない。彼女達に迷いは…無い。
音波故に、前面に防護結界を張ろうが何の意味もない。しかし、彼女…加賀城 雀が防ぐのは音ではない。
雀「やらせる…もんかぁあああッッ!!。」
限界を超えた叫び。全体力を使って、もう一度巨大な防護結界を形成。そして、迫り来る音波の衝撃波とぶつかり合うと周囲の木々や建物が砕け散っていく。文字通り、全てを砕く音波の衝撃。防げなければバラバラにされる。でも、『守る』事に全振りされた彼女の意思はこの程度では揺るがない。
そして、やってのけた―――。
自身の盾を犠牲に、この破壊の衝撃波を弾いてみせた。対価は大きい、今度こそもう限界だった。その反動で吹き飛ばされ、砕けた盾と共に戦衣もボロボロとなり地面に叩きつけられる。
跳ね返された衝撃波は偶然にも「ネメシス・バーテックス」の『右腕』に直撃。大地から吸い上げていた"神樹の残滓"の供給を途切れさせる事に成功した。
彼女の"勇気"は…"奇跡"を起こした。
芽吹「…最高よ、雀。後は…!。」
夕海子「ええッ!。私達に任せてくださいましッ!!。」
好機を逃さまいと、芽吹と夕海子、シズクが一気に飛び出す。
跳ね返された衝撃波の一部を受けたのか、「牡牛座」の身体の一部は吹き飛ばされていた。
タウラス(虚神)『ヌuウうぅ右ゥゥッ!?。』
シズク「バカが、そんな化け物に成り下がってまで成し遂げたいってか!?。」
夕海子「もう、眠りなさいなッ!!。」
2人はトリガーを何度も引き、その体を穿つ。
そして、その中心から「擬似御魂」が現れる。
芽吹「…せめて、天は召される事を願っているわ。神樹様に導かれると良いわね。」
斬。
微塵も迷いが無いその斬撃は「牡牛座」の"擬似御霊"を真っ二つに叩き切った。
タウラス(虚神)『…オれ…ハ……人ヲ…超Eた………。』
ボロボロと、砂のように砕け散っていく。
何度見てもその末路は惨めで……寂しかった。
………………………………………。
芽吹「…まだ、終わっていないわね。」
"胴体部"を見る芽吹。
そこには、全てを託された流星が向かっている。雀の頑張りでとりあえず、再生は食い止められたが悠長に構えている場合ではないのは変わらない。
シズク「信じて待つ。それだけだろ。」
夕海子「ええ…今は、彼女の頑張りを讃えましょう。」
芽吹の膝の上で気を失った雀の頬には涙の跡がくっきりと残っていた。恐怖の中で、「守りたい」気持ちで勇気を出した雀。
「格好悪い」「媚びへつらっている」?。
否、彼女は大事な友達や仲間を失うことを何よりも恐れている優しい子。
みんなで生き残る為に、自分の命を賭けて勇気を振り絞れる強い子だ―――。
…………………………end。
各地に展開した勇者達の奮闘により、状況は好転しつつある。
後は……本丸だけだ―――。
次回
第64話 人である為の世界。